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自己責任同意書:五輪選手は手術台への階段を上るのか
2021年5月31日
IOCのバッハ会長「コロナで選手が死んでも私のせいではない。自己責任だ」(写真:長田洋平/アフロスポーツ)
IOCのバッハ会長「コロナで選手が死んでも私のせいではない。自己責任だ」(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

米Yahoo!Sportsが、東京五輪に出場する選手に「コロナ感染で死んでも自己責任です」ということを誓わせる「リスク同意書」をIOCが求めていると報じ衝撃が走った。中国のネットでも商業主義だという非難が上がっている。

◆米「Yahoo!Sports」が東京五輪「リスク同意書」を入手

5月29日、米「Yahoo!Sports」のヘンリー・ブッシュネル記者が“Olympians must sign waiver assuming COVID-19 risk to compete in Tokyo Games”という記事を発表した。このタイトルの直訳は「オリンピック選手が東京大会に出場するためには、COVID-19(コロナ)のリスクを想定した(権利)放棄書に署名しなければならない」となるが、意味は「オリンピック選手が、もし東京大会に参加したいと思うなら、まずはコロナ感染あるいはコロナによって死亡するようなことがあったとしても、それは自己責任であることを誓う同意書にサインしなければならない」ということになる。この「権利放棄書」は言うならば「命の(責任を問う)権利放棄書」に等しい。

なぜなら、同意書には以下のような文言があるからだ。

―― I agree that I participate in the Games at my own risk and own responsibility, including any impact on my participation to and/or performance in the Games, serious bodily injury or even death raised by the potential exposure to health hazards such the transmission of COVID-19 and other infectious disease or extreme heat conditions while attending the Games.”

(私は、「本大会の競技に参加することによって受ける影響、COVID-19やその他の感染症の伝染などの健康上の危険にさらされる可能性や、本大会参加中の猛暑などによって引き起こされる重篤な身体的傷害、さらには死亡をさえ含め、自分自身のリスクと責任において本大会に参加すること」に同意します。)

つまり究極的には、「コロナに罹って死のうと、熱中症で死のうと、それは自分の責任であって、IOCなどの主催者側には責任はありません。すべて自己責任なのです」と誓わせていることになる。

これは手術台に上がるまでに医者が患者や親族にサインをさせる「生死同意書」と同じで「よくも手術によって私の大事な人を殺したなとは絶対に言いませんということを誓ってもらわないと手術はしません」という「生死同意書」と同じ事なのである。

IOCのバッハ会長は、これまでも同様の同意書は要求してきたので、何ら特殊なことではないと言っているようだが、しかし米「Yahoo!Sports」は2016年の時の同意書のコピーも入手しており、以下のように書いている。

 ―― The analogous form in 2016, also obtained by Yahoo Sports, did not mention disease or heat.

 (Yahoo!Sportsが入手した2016年の類似の用紙には、病気や暑さについての記載はない。)

◆中国の報道は?

中国の知識層が多く読む「観察者」には「国際オリンピック委員会(IOC)が選手に同意書署名を要求:コロナに感染しても自己責任」というタイトルの報道があり、そこには「Yahoo!Sports」が入手したというコピーが貼り付けられている。

念のため以下に示す。

Yahoo!Sportsが入手したコピーを中国のウェブサイト「観察者」が報道
Yahoo!Sportsが入手したコピーを中国のウェブサイト「観察者」が報道

この青色で染めた個所が冒頭で書いた英文に相当した部分である。「観察者」の記事の冒頭には以下のように書いてある。

――日本のコロナの形勢が好転を見せていない中、「絶対に東京五輪を中止しない」と言い張っているIOCは最近、大会参加選手に「コロナがもたらした健康被害に関しては自己責任において、『私自身が責任を負います』」という「同意書」にサインすることを要求している。IOCの関係者は、これは大型スポーツ競技では普通に要求される「標準的なやり方」だ、と言っている。(引用ここまで)

ウェブサイト「観察者」はさらに、日本のメディアが「少なくとも過去6回の夏季および冬季五輪では、ジカ熱が流行した2016年においてさえ、感染や死亡という文字が同意書に出てきたことはない」と報道していると言及している。

このトーンを見る限り、日本国民の声を支持しており、IOCを批判していると受け取ることができる。

◆中国大陸のネットユーザーのコメント

中国大陸のウェイボー(Weibo)における一般ネットユーザーの声を拾ってみた。検索したサイトは、「日本のバカげた話(IOCと日本政府は同じ一本のズボンにそれぞれの足を入れてるんだよ)」「人民日報・体育」、「新浪体育」あるいは「体育ホットスポット相談」・・・などなどである。個人的にもらったコメントもある。いずれも中国の庶民の率直な意見が表れている。以下、適宜列挙してみよう。

 ●オリンピックの開催権なんて、どうせ全て賄賂で決まってるんだから

 ●善人に対する生死誓約書さ

 ●なんてこった!これではまるで間接殺人じゃないか!

 ●選手は惨めだね。コロナに罹ったら、たとえ直ったとしても選手生命はそこで終わりなのに。

 ●行きたい人がいるなら行けばいいさ。中国全体が出場放棄してもおかしくないくらいなんじゃないか?あんなハイレベル段階の危険区域(日本)に行ってどうするつもりなんだい?

 ●両者(IOCと日本)の金銭的な取引はさておき、東京大会が中止になったら、来年の北京冬季五輪も中止になるのかな?

 ●東京ができなくなったら、また北京にいろいろイチャモンを付け始めるよ。

 ●選手たちよ、ボイコットしようぜ。あまりにリスクが高すぎるよ。

 ●利権と取引しかない。どこまで汚れているか。理念なんてとっくに死んでる。

 ●いや、これは良いアイディアかもしれないよ。北京冬季のときも、ぜひとも生死同意書にサインしてから参加してもらうといいよ。

 ●オリンピックも、もうお終いだな。それにしてもオリンピックの商業化を始めたのはアメリカなんだってことを忘れて欲しくないね。

(筆者注:この最後のコメントに関しては、Wikipedia「近代オリンピック」の「商業主義」の項目をご覧いただきたい。)

◆ショービジネス、利権と政権維持のために日本国民の命を犠牲にするのか?

オリンピック精神が、創始者であるクーベルタン男爵の理念から遠く離れ、商業主義に走り政治化していることは誰も否定しないだろう。そのようなことのために日本国民の命を犠牲にする価値がどこにあるのだろうか?

日本政府が、日本国民の命を犠牲にしてでも断固突き進む動機は何なのだろうか?

支持率が落ちた政権を維持するためなのか、次期選挙のためなのか、それとも初期の理念を考えるという、人間としての、あるいは為政者としての思考を停止させてしまっているからなのか?

私たち日本国民の命は与党の政権維持や選挙の駒ではないし、世界各国の選手たちもIOCが金儲けをするためのショービジネスの役者でもない。

もしコロナで東京大会を中止したというのなら、それに対する損害賠償は中国に求めればいい。

日本のコロナ対策は確かに失敗しているけれど、そもそもコロナの初期対応を意図的に隠蔽したのは習近平国家主席だ。習近平がWHOのテドロス事務局長と手を組んでパンデミック宣言を遅らせたことは否定しがたい、紛れもない事実である。それがいま全人類の命を奪い苦しませている。

だから日本は何も東京大会をコロナ未収束により中止したからと言って、そのことに対する責めを負う必要は全くない。契約がどうのこととか賠償金がどうのこうのといったことは、平常時の話であって、今は全世界が「コロナの戦時下」にある。

逆に、ここまで追い込まれた全人類への謝罪と補償を中国に求めたいくらいだ。

現にバイデン大統領はコロナウイルスの発生源に対する再調査を求めているし、イギリスのジョンソン首相も賛同の意を表しているではないか。

日本のワクチン接種が遅れていることと、新しい変異種の流行の兆しもあることから、アメリカは日本への渡航を最高危険レベル4と指定して禁止したが、東京大会を中止する条件をアメリカが日本のために整えつつあるという見方も出来なくはない。

IOC最大のスポンサーはアメリカの放送大手・NBCのようで、オリンピックを商業化していったのもアメリカのようだが、人類はそろそろ「平和の祭典」の商業化と政治化に歯止めを掛けるときが来たのではないかと思う。

コロナがそのきっかけとなれば、日本は英断をした国として人類史上に栄誉ある名前を残すことになるだろう。

仮に目の前で起きている津波が、果たしてこれ以上激しくなって人命を呑み込んでいくか、それとも突如引いていくかという分岐点の時に、人々は「突如消えるかもしれない」という「賭け」に命を預けるだろうか。リスクを回避する行動に出るのではないのか。

それができないのは、そこに「商業化」と「政治化」そして「政権維持」という「命の秤にかけてはならないバロメーター」が存在しているからであることに、素直に目を向けたい。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.