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ポストコロナの世界での中国の危険な誘惑
中国は2020年に2.3%の成長率を記録し、主要国で唯一のプラス成長を維持(写真:AP/アフロ)
中国は2020年に2.3%の成長率を記録し、主要国で唯一のプラス成長を維持(写真:AP/アフロ)

最もましな経済

1年と少し前、このコラムで(EN 796/JP 815)来るべき10年間を展望した際、中国の前途は険しかった。経済成長の鈍化、何年にもわたる無秩序な信用拡大の後で増大する国家および民間セクターの債務不履行、南シナ海での中国の強硬な政策を受けた以前よりはるかに厳しい地政学的環境、香港に対する政治的弾圧、新疆ウイグル自治区で続く人道に対する罪は、習近平指導下の中国が直面した問題の一部にすぎなかった。そして、中国が重大な政治的および経済的変化を経ることなしに、それらに対処できる望みはほとんどなかったのである。しかし今や中国は、新型コロナウイルスの大流行に見舞われた最初の国であったにもかかわらず、2020年に2.3%という公式成長率を記録することができた。これはどの先進国をもはるかにしのぐ速さの回復であり、数回にわたる新型コロナウイルスの再拡大もほぼ抑え込んでいる。一見すれば、中国の来るべき10年は結局のところそれほど悪いものではなさそうである。しかし、評価を修正するにはまだ時期尚早であろう。

そうは言っても、先進国の多くの状況を見てほしい。米国、大陸欧州および英国では、コロナウイルスの流行がほぼ手に負えない状況にある。経済見通しは明らかに種々雑多で、各国の社会内にすでに存在していた大きな経済格差は、コロナ禍のために悪化の一途をたどるだけだろう。一方の極では、多くの人々が自宅で仕事をすることができず、伝統的な仕事の機会が失われる中で貯蓄は日々の生活に消え、子供たちは栄養不足になり、教育を受ける機会も失われようとしている(これら2つの問題は数十年単位で影響を及ぼすことになる)。もう一方の極では、市場の変動が激しくなる中で金融会社にとっては当たり年となり、ほとんどとは言わないまでも多くの従業員は、自宅で、無益な通勤時間や日々の煩わしさを経験することなく、オフィスと同じように生産的に仕事をすることができるようになった。彼らが高性能ブロードバンドにアクセスできることは、その子供たちの学校教育への影響は最小限にとどまることを意味し、アマゾンの物流効率によって、彼らは生物的な快適さをほとんど損なうことなく日々を過ごしている。そればかりか、このグループはより多くの貯蓄をしており、彼らの国の多くに十分なワクチンが配布されるようになった際の、旅行や娯楽に対する繰延需要の源泉となっている。こうした経済格差は、政府が資金を投入しなければならない社会・経済問題という遺産につながる可能性が高く、経済成長の足かせとなるだろう。米国については、バイデン大統領がトランプ時代の分断を克服できるかどうかを見極めるにはまだまだ時期尚早であり、EUに関しては、実のところ、2008年の世界金融危機からまだ完全には立ち直っていない。EUがコロナ禍という穴から抜け出るには、経済政策の抜本的な見直しが必要となるだろう。

新興市場の概要については、中国以外のBRIC諸国、ブラジル、インド、ロシアを見ればよく分かる。ブラジルは今回のパンデミックで非常に苦しんでおり、インドもそれと大差はないが、それほど状況がひどく見えない唯一の理由は、おそらくデータの質と死亡者数や症例の記録があまりにもお粗末だからであろう。ロシアでは、アレクセイ・ナワリヌイ氏を支持し、ウラジミール・プーチン氏を非難する抗議活動が週末にかけて爆発したばかりで、プーチン政権は新しいアイデアを使い果たし、マフィア国家とクレプトクラシー(盗賊政治)の両方ではないにしてもその混合状態にある。

誘惑

このような世界では、中国は結局のところそれほど悪くは見えない。しかし、中国の現在進行中の問題を検証する前に、歴史から2つの教訓を得ておくことは一定の価値があるかもしれない。

「私たちは、全体主義国家と純粋に経済的な関係を持つ、などということはあり得ないということを明確にしなければならない。そうした国々とのあらゆるビジネス取引に、政治的、軍事的、社会的、およびプロパガンダ的な意味合いが伴う。」

ダグラス・ミラー

ダグラス・ミラー氏とは誰だろうか? 彼は1925年から1939年まで、ベルリンの米国大使館で商務官を務めた人物である。1941。この本は、米国は第二次世界大戦に加わることなく、ナチス支配下の世界との取引を続けることができる、と主張する米国人たちに対する、自らの直接的経験を踏まえた的確な情報に基づく回答であった。私たちが情報に通じた観察者として歴史を振り返り、ヒトラーとナチスについて語ろうとすれば、すぐに死の収容所とホロコーストのイメージが思い浮かぶが、ミラー氏がこの本を書いたのはそれが明らかになるよりも前であったし、実際のところ、彼はヒトラーとの戦いに参加するまでまだ何ヶ月も前の聴衆に向けて書いていたのである。ドイツは繁栄、成長を続ける国であり、多くの重要で有能な企業がひしめき合っていた。企業にドイツでビジネスをしたくない理由などあっただろうか。

ミラー氏の洞察についてさらに考察する前に言及しておく価値のあるもう一つの例が、20年以上も前に放送されたドキュメンタリーである。1999年、ヒストリーチャンネルは“Yanks for Stalin”(スターリンを支持したアメリカ人たち)を放送した。この番組は、1930年代、スターリン指導下のロシアを恐慌時代の米国にとっての解決策と見なした米国企業と、その多くはブルーカラー労働者であった労働者たちを取り上げた。そこには働く男たちにとっての希望があった。米国が炊き出ししか提供できなかったのに対し、国家計画がすべての人に仕事を提供していたのだった。PBSのウェブサイトには、米国の高名なロシア史研究者であり、スターリンの伝記も執筆しているスティーブン・コトキン氏による活字化された長いインタビューが掲載されている。このインタビューは、当時の歴史を知るという点だけでなく、1930年代に、そしてより規模は小さいものの実際には1920年代に直面していた多くの問題が、外国企業が中国で長年にわたって抱えていた問題と驚くほど類似しているように思えるという点でも、その全文を読む価値がある。契約違反、知的財産権の窃盗、労働者の虐待、官僚主義、外部の者への不信はすべて、意思疎通における共通の不満と特徴であった。コトキン氏は、多くの企業幹部がロシアへの投資の際に自分たちが取っていたリスクを評価していたことは明らかであり、ソ連がどのような手段で仕事を遂行しようと、彼らはほとんど良心の呵責を示さなかったと指摘している。利益の誘惑と他の競合他社を打ち負かすことのほうが、労働者の権利、社会的懸念、さらには知的財産権の窃盗よりも確実に優先されたわけである。労働者の多くが、国内の絶望的な状況を考慮すれば選択の余地がないと感じていた一方で、企業は少なくとも自発的に参入した。彼らは投資する必要はなかったが、冷徹なビジネスマンとしてのエグゼクティブたちの性質が、挑戦とリスクを歓迎したのだ。後知恵ではあるが、ソ連が米国人にもロシア人にも解決策を提供しなかったことは明らかである。

だとすれば、おそらく今後数ヶ月から数年にかけて、ポストコロナの世界の姿が明確になっていく中で、ソ連が1930年代に異なる経済モデルを提供したのとちょうど同じように、中国の魅力は他の市場と比較して増大することになるだろう。もちろん、中国はすでに世界のほとんどの国にとって最大の貿易相手国であり、過去数十年間に何兆ドルもの海外投資を行っているため、比較には限界がある。しかしまさにこの点に関して、ミラー氏の洞察は非常に的を得ている。どのような規模の経済的取引であれ、全体主義国家との取引を行う際にはひも付きとなる。なぜなら、全体主義国家はその性質上、国家が要求すれば、経済社会のすべての部門が国家の意のままとなるか、あるいは国家政策の手段として利用できるからである。それこそが全体主義国家たるゆえんである。80年前にミラー氏が示したこの洞察は、今日もなお重要である。(ミラー氏の洞察との関連でファーウェイをめぐる議論を考えると、ファーウェイの所有権は、同社との取引が中国国家に関係するかどうかに付随して決まる)。それは、習近平指導下での国家としての方向性から、現在の中国に関して特に当てはまる。習近平氏は、これまでビジネス規範をほとんど顧慮することなく、経済関係を政治的目的のために利用しようと策謀をめぐらせてきた。これは過去1年の間に明らかに立証された。最も顕著な例は、欧州における「マスク外交」である。この際、取引は純粋に商業的なものであり、中国国家が援助物資の輸送を指揮したわけではなかったが、それでも中国は政治的な影響力を行使して医療用PPE機器を供給しようとした。もう一つの例は、現在も続くオーストラリアへの嫌がらせである。オーストラリアは、中国が反中行動と見なす政治的立場を「是正」するまで、中国に対する輸出の多くをボイコットされている。

ミラー氏の引用を紹介することで、今日の習近平指導下の中国がヒトラー指導下のドイツに等しいと暗示したいわけではない。中国の新疆ウイグル自治区での収容所体制を、膨大な数の人命を奪った死の収容所や大虐殺と比べることはできないが、中国は各国にウイグル人を中国に送還するよう強要し、彼らはその後姿を消している。そのような行動を可能にしているものこそ、中国の経済的影響力である。

EUが2020年の末に包括的投資協定(CAI)を急いで締結した際、ミラー氏の洞察に従わなかったのは残念なことだ。メルケル首相は、EU連合議会議長国としての任期が終わる前にこの協定に署名しようと圧力をかけたが、その際、この協定が及ぼす非経済的な影響を完全に無視した。それはむしろ、狭い範囲の経済的利益を他の要素と切り離して扱うもので、過去1年間の中国に対する態度の変化を考えるとまったく場違いなものに見える。

希望する現実

中国の2020年についてはいくつか覚えておくべきことがある。見出しとなっている成長率は、失業率、特に公式の失業者数に含まれていない移住労働者の失業率の大幅な上昇を覆い隠しており、また上に挙げた問題はいずれも解決されていない。実際、そうした問題の多くはここ1年ほどで悪化の一途をたどっている。2020年には国有企業の債務不履行が記録的な数に上っており、香港国家安全維持法の導入の経緯はこれまでこのコラムで詳しく紹介されている。また、中国が新疆ウイグル自治区で少数民族ウイグル人を大量虐殺していると米国政府が明言すようになったのは、ここ数週間になってからのことである。それらのいずれも、中国にとって快適な10年を示唆するものではない。コロナ禍に対する成功にほころびが見えたとしても、中国は引き続きほんの小さな流行に対しても徹底的な封じ込めを行い、ためらいもなく数千万人もの人々を厳しく拘束し、数日間のうちに何百万人もの人々をより一層首尾よく検査していくだろう。しかし、それは中国自体にとっての問題につながることになる。国境を閉鎖した中国は、どうやって世界に向けて再びその門戸を開くのだろうか? 中国は感染を恐れて国際的な往来を再開することができない。さらに、感染力の強い新たな変異種の登場によって状況はより複雑になった。14億もの国民にワクチンを接種するには何年もかかるだろうし、感染が広範囲に及んでいなければ、多くの人はワクチン接種をそもそも受けたがらないだろう。中国独自のワクチンの有効性は限られているように思われるが、中国は最も高い有効性を示しているファイザーとBioNtech、およびモデルナの「西洋」ワクチンは安全ではないという非常にばかげた主張を始めている。中国は、他の多くの国が国際的な人の往来を再開したずっと後になって、世界から閉め出されていることに気付くかもしれない。

中国国内の事情が依然として厳しいのであれば、米国の指導者が交代しても中国の立場が楽になるとは思えない。トランプ氏の大げさで、時には人種差別的な中傷はなくなったが、代わりに中国に関しては、より協調的で計算された、そしてたぶんより効果的な政策が採用されるようになるだろう。バイデン大統領は中国に対するトランプ氏のいかなる措置も撤回しておらず、すぐには撤回しないだろうし、彼の政権はまた、中国がウイグル人を大量虐殺していることを認めている。当面の間は、バイデン氏が国内のコロナウイルス感染状況に焦点を当てることによって中国は利益を得るかもしれないが、中国とのより強硬な路線に対する幅広い超党派的支持は依然として残っている。

このコラムで何度も繰り返している通りだ。中国を無視することはできない。無視するには中国の経済はあまりにも大きく、グローバルなプレーヤーとしてあまりに活動的であり、世界のあらゆる国とあまりにも多くのつながりを持っている。中国との関与は不可避的なものであり、気候変動や海洋保護をはじめとするグローバルコモンズの問題に関しては、時には不可欠なものとなるだろう。しかし、「私たちは、全体主義国家と純粋に経済的な関係を持つなどということはあり得ない」というミラー氏の洞察を忘れてはならない。企業や国家はこれまであまりにも長い間、経済的な問題はきれいに処理可能で、波及コストなどあり得ないという甘い、あるいはシニカルな信念の下に中国と関わってきた。中国は何度も、それが真実でないことを証明してきた。グローバル・ビジネス・エリートたちは、先進国や自由世界では当然とされている基準や価値観が欠けていることを分かっていながら、それを推進することはおろか、擁護することにさえ失敗してきた。そうしたアプローチは、本来、とうの昔に改められているべきなのである。

 

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.