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父・習仲勲の執念 深セン経済特区40周年記念に習近平出席
2020年10月16日
中国・深セン経済特区、設置から40年 巨大スクリーンに映し出された習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
中国・深セン経済特区、設置から40年 巨大スクリーンに映し出された習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

10月14日、習近平は自分の父・習仲勲が提案し建設した深セン経済特区設立40周年記念式典に出席した。総書記就任後、最初に視察したのも深センで、グレーターベイエリア構想とデジタル人民元に力を入れている。

◆深セン経済特区構想は習仲勲が提案し中央に決議させた

今では「中国のシリコンバレー」と呼ばれるほどハイテク企業が集中している深センを、「経済特区」として認めさせたのは習近平の父・習仲勲だ。

1962年に小説『劉志丹』を書かせて反党活動を行ったという冤罪で国務院副総理の座からいきなり罪人にされ、1978年まで捕らわれの身であった習仲勲は、習近平やその母親・斉心などの奔走により、ようやく釈放された。

釈放に尽力したのは、当時の中共中央組織部部長・胡耀邦と、全人代常務委員会委員長・葉剣英である。

1978年2月24日から人民大会堂で開催された第五回政治協商会議全国委員会第1次会議に出席し、全国政治協商会議常務委員会委員に選ばれるところから再出発が始まった。4月5日に第二書記として広東省に派遣された。

その頃の深センはカエルが鳴いているようなあぜ道があるだけで、それも農民あるいは漁民の多くは隣接する香港に非合法的に逃亡する者が多く、農地は荒れ果てていた。逃亡者が減らない原因は、深センが貧乏だからだ。夜ともなると、橋一つ隔てた向こうには、香港の高層ビルとネオンサインが輝いていた。

そこで習仲勲は何としても深センを豊かにしようと血みどろの努力をするのである。

文化大革命(文革)は1979年10月に終わったばかりで、庶民に商売をさせようとすると文革のスローガンの一つだった「走資派(資本主義に走る者)」という批判が来る。それでも逃亡者を防ぐためには経済を繁栄させるしかない。当時の習仲勲の努力は「殺出一条血路」(命懸けで闘って血路を開く)という言葉で表されている。

習仲勲等は1930年代、陝西・甘粛・寧夏などの一帯で「陝甘寧革命特区」という革命根拠地を創っていた。

そこで習仲勲は深センなど、いくつかの広東省の都市を「経済特区」と位置づけ、「特別の経済交易に関する権限を広東に欲しい」と中央に要求し、「深セン経済特区」が誕生するに至ったのである。

1979年4月に「輸出特区」として、1980年8月には「経済特区」として正式批准が国務院から下りたが、改革開放の号令がかかる1978年12月よりも前から、習仲勲は切羽詰まった形で、改革開放を先行する行動を実際に取っていたことになる。改革開放の先駆者は習仲勲であり、「経済特区」のアイディアは習仲勲が出したものである。

1980年11月、再び中央に返り咲き、1981年3月には葉剣英の尽力で中共中央書記処書記に就任した。

しかし1987年1月に胡耀邦が中共中央総書記の座から無理矢理に引きずり降ろされたのだが、そのとき机を叩いて絶対にダメだと反対したのは習仲勲一人だった。1989年4月の胡耀邦の死によって同年6月に天安門事件が起きたわけだが、習仲勲は天安門事件においても民主を叫ぶ学生に同情したりしたため、1990年にはトウ小平により、これも全人代への出席をいきなり阻まれ、再び失脚した。

◆総書記就任後、最初の視察地を深センにした習近平

2012年11月15日、第18回党大会一中全会で中共中央総書記に選ばれた習近平は、総書記就任後の最初の視察先として「深セン」を選んだ。

ここは父・習仲勲が屈辱の16年間を耐え抜いて、死力を尽くして開拓した「経済特区」なのである。

すでにこの世にいない父の無念を悼むかのように、習近平は「深セン」の飛躍的発展に執念を燃やしている。

改革開放40周年記念の2018年10月22日、習近平は再び深センを訪れ、4日間にわたって「深セン・香港・マカオ」を連結するグレーターベイエリア構想に関する国家戦略を強調した。そして深センを「先行モデル地区」として指定し、40年前に父・習仲勲が深センを経済特区に定めた道をなぞるように、グレーターベイエリア構想に尋常ではない執念を燃やしている。

今回の深セン訪問は、第3回目となり、10月13日午後に深センに着いているので、その日から中央テレビ局CCTVでは報道に力を入れ、続けて14日も15日も連続して習近平の式典参加と「重要講話」を報道している。深セン市のGDPは40年前の1万倍になったそうだ。

◆グレーターベイエリア、特に深センを中心に法定デジタル人民元実現を狙う習近平

習近平が深センを「先行モデル区」に指定したのは2019年8月18日で、香港デモが燃え盛る真っ只中のことである。昨年8月19日のコラム<「こっちの水は甘いぞ!」――深センモデル地区再指定により香港懐柔>にも書いたように、香港を懐柔する目的があったのは事実だ。人口が全中国の5%しかないのに、国家全体のGDPの12%を生み出している現実も大きい。

しかしそれ以上に習近平の狙いは中央銀行が発行する法定デジタル人民元の実現にある。

今月26日からは第19回党大会五中全会が開催され(~29日)、来年の全人代で発表される新しい第14次五ヵ年計画の内容が決定されるが、実は法定デジタル人民元構想は2016年に発表された第13次五ヵ年計画の中に「ブロックチェーン技術」という形で盛り込まれている。

2019年10月24日の中共中央政治局学習会議で、習近平は「ブロックチェーンを核心的技術の自主的なイノベーションの突破口と位置づけて、ブロックチェーン技術と産業イノベーション発展の推進を加速させよ」と述べた。

その後、法定デジタル人民元は深センなど4つの都市で試行的使用が試みられ、今年10月12日には深センで市民が参加する法定デジタル人民元の大規模な実証試験を始めた。総額1000万元(約1億6000万円)の法定デジタル通貨を抽選で5万人の市民に「紅い封筒」を通してネットで配布するという具体的な試みだ。

中国の現行の人民元に対するデジタル支払い(キャッシュレス)は世界トップクラスで、2018年の支払い金額が39兆ドル(約4290兆円)であるのに対し、アメリカは1800ドル(約19.8兆円)でしかない。中国の0.46%だ。

中国の最終的な狙いは、現行の人民元では絶対に現在のドル基軸には勝てないので、法定デジタル人民元を用いて「米ドル覇権」を崩そうということにある。

それをグレーターベイエリア、特に深センを中心に展開していこうという狙いが、この深セン訪問に込められている。

◆リスキーな「一帯一路」沿線国を逆利用し、法定デジタル人民元の普及を狙う

中国国内で使われたとしても、それが国際社会で流通しなければ国際通貨としての価値は生まれない。特に通貨が流通するには、「その国家への信用度」が何よりも不可欠だ。

人権問題や香港国安法問題などで、民主的だった習仲勲とは全く逆の方向に動き、国際的信用を失っている習近平政権に、そのようなことができるはずがないと誰でもが反射的に思うだろう。

しかしコロナで人が現金を使わなくなっただけでなく、中国は一帯一路沿線国の内の発展途上国に対して、コロナ流行のために負債返還の減免を今年6月7日に宣言した。マスク外交で一帯一路を「健康シルクロード」と名付けている。これがやがて「法定デジタル人民元シルクロード」となるべく、習近平は虎視眈々と狙っているのだ。

隠された骨格にあるのは、実は中国が債権を持っている大多数の国は「信用格付け」(金融商品または企業・政府などの信用状態に関する評価を簡単な記号または数値で表した等級)すらされてない国がほとんどだということだ。どの国もあまりにリスキーなために、これらの国にお金を貸さない、その危険性を押して中国はお金を貸している。

つまり信用格付けさえ成されてないような国では、自国の銀行への信用どころか、自国の貨幣をさえ信用してない。したがってそのような国の国民は、今でも既に経済的強国である中国の人民元をキャッシュレスで使い、その方が安心だと思っているのである。

それらの国で使われている現行の人民元を中国の中央銀行が発行する法定デジタル人民元に置き換えれば、相当数の国家の流通通貨になっていく。

それが世界的信用を得る所に行くのはなかなか困難で、遠い道のりがあると思うが、そのためにも中国は日本を中国側に引き付けておきたいのである。

菅内閣の舵取りの分岐点は、ここにも潜んでいる。

中国のシャープパワーに取り込まれている自民党の二階幹事長が背後にいる限り、習近平を国賓として招聘すると主張し続けた安倍内閣の危なさは今もなお残っており、そこから目を離すことはできない。

(なお、習近平の狙いとデジタル人民元に関しては、白井一成氏との共著『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』で詳述した。)

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.