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習近平訪韓予定の狙いはむしろ日本
2020年8月25日
韓国大統領が訪中 北京で中韓首脳会談(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
韓国大統領が訪中 北京で中韓首脳会談(2017年)(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

訪韓の狙いには香港問題などが大きく、実はそこに日本が絡んでいる。米韓離間は既にほぼ実現しており、中国は日韓の離間を喜んでいる。日中韓自由貿易協定を進めてデジタル人民元の実現を遠くに睨んでいるからだ。

◆米韓離間はほぼ実現

中国が長いこと狙ってきた「米韓離間」は文在寅政権が誕生してからほぼ実現しており、今さら注目する話ではない。

たとえば2017年6月8日のコラム「韓国を飲み込んだ中国――THAAD追加配備中断」や2018年8月1日のコラム「遂に正体を表した習近平――南北朝鮮をコントロール」あるいは2019年8月26日のコラム<「中露朝」のシナリオに乗った韓国のGSOMIA破棄>などに書いてきたように、米韓離間という習近平政権の狙いは早くから実現しつつあるのだ。

米韓間に隙間ができたため、トランプ大統領などは2019年8月24日からフランスで開催されたG7(先進7ヵ国)サミットで「文在寅大統領は信用できない」と批判し、「金正恩委員長が『文大統領は嘘をつく人だ』と言った」と暴露するなど、公けの席で韓国の大統領を蔑視することさえ見られるようになった(参照:2019年8月27日のコラム<嘘つき大統領に「汚れ役」首相――中国にも嫌われる韓国>)。

したがって、今さら米韓間に楔を打つのが目的というような話ではない。

習近平国家主席の訪韓は、文在寅政権誕生後に何度も提唱されたが、ここに来てようやく機が熟したということになろう。

◆国連人権理事会で香港国安法の賛否表明を棄権したシンガポールと韓国

むしろ注目すべきは、習近平国家主席訪韓の赤絨毯を敷きに行った中国外交トップの楊潔チ氏(中共中央政治局委員)が、訪韓前にシンガポールを訪問していることだ。

楊潔チ氏がシンガポールのリー・シェンロン首相に「新型コロナウイルス感染症の猛威に直面し、双方は互いに見守って助け合い、産業チェーンとサプライチェーンの安定的な流れを保障し、新型コロナ対応での協力を着実に進めている。今年は中国シンガポール国交樹立30周年に当たり、両国関係は新しい歴史の出発点に立つ」と言ったのに対し、リー首相は「シンガポールは中国とのハイレベル往来を緊密化させ、二国間の協力メカニズムを生かして、アセアン・中国関係の発展を推進していきたい」と応じている。

なぜシンガポールを重視したかと言うと、一つには香港国家安全維持法(香港国安法)実施以降、多くの在香港投資家がシンガポールに根拠地を移転しているからだが、もう一つには国際社会における香港国安法への意思表明があるからだ。

6月30日にスイスのジュネーブで開催された国連人権理事会で香港国安法に対して「反対27ヵ国」と「賛成53ヵ国」の共同声明が発表されたのだが、シンガポールや韓国など数カ国は「反対」でもなく「賛成」でもなく、意思表明をすることを棄権している。

アメリカは2018年に国連人権理事会を脱退しており、反対を表明した国はアメリカを除くG7をはじめ、民主的価値観を抱く西側諸国が多い。もっとも、イタリアは習近平政権が唱える「一帯一路」に参加することを表明しており、また中国が3月11日から始めた医療支援である、いわゆる「マスク外交」の最初の対象国であったことから、「反対27ヵ国」の中には入っていない。したがってG7からはアメリカとイタリアが抜けているので、5ヵ国でしかなく、国際社会におけるG7の重みのなさを如実に表している。

一方、賛成した53ヵ国のうち、47ヵ国(88.8%)は「一帯一路」参加国であることを考えると、いかに中国の戦略が危険な効果を発揮しているかをうかがわせる。

特に今年6月7日、中国の国務院新聞弁公室はコロナに関する「中国行動」白書を発表し、「一帯一路」沿線国の内、発展途上国および貧困国に対する債務を暫時減免すると宣言した。

また6月17日にはリモートでアフリカ53ヵ国との間の首脳サミットを開催し、そこでも発展途上国と貧困国に対する債務の減免を宣言した。

そのような中で中国を敵に回して反対表明をするのは難しい。

韓国やシンガポールなどはその支援の対象ではないが、それでも「中立」を保っているのは、中国にとって好ましいことではない。

7月31日、ヒューマン・ライツ・ウォッチ等17の人権NGOは、「香港・国家安全維持法の拒否を求める世界的な呼びかけ」を行なった。

呼びかけた国は40か国の政府(欧州連合の27の加盟国すべて、オーストラリア、カナダ、インド、インドネシア、日本、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、韓国、スリランカ、タイ、イギリス)で、このうち「シンガポール、韓国」はインドやインドネシア、フィリピンなどと共に意思表明を棄権しているのだ。

しかし、国際機関において「議決」という形での再度の意思表明が迫られる可能性を秘めている。国際社会においては、国力の大小にかかわらず、「一国一票」の重みは同じだ。

4月19日のコラム<トランプ「WHO拠出金停止」、習近平「高笑い」――アフターコロナの世界新秩序を狙う中国>に書いたように、中国がいま狙っているのは、国際社会における意思表示なのである。

◆遠くはデジタル人民元の実現――そのために必要な日中韓自由貿易協定

2019年11月5日のコラム<習近平「ブロックチェーンとデジタル人民元」国家戦略の本気度>で触れたように、習近平は10月24日、中国共産党中央委員会(中共中央)政治局第十八回集団学習という会議で、「ブロックチェーンを核心的技術の自主的なイノベーションの突破口と位置づけ、ブロックチェーン技術と産業イノベーション発展の推進を加速させよ」と述べた。

そして今年5月の両会(全人代+全国政治協商会議)における「ブロックチェーン」や「デジタル人民元」に関する提案は、2019年の両会の時に比べて75%も増えている。

中国問題グローバル研究所(GRICI)の中国側代表の孫賢明教授は2019年7月18日発表の論考「米中貿易戦争における人民元の台頭」で人民元の国際化とデジタル人民元に関して以下のように、中国がまずは「アジア元」体系の形成を目指すだろうことを早くも予言している。

――短期的な目標は、香港ドルとニュー台湾ドルを内部的に統合し、「中華圏人民元」を作り出す。中期目標は、日本の円と大韓民国のウォンなどアジア国家と協力し、「アジア元」体系を作り上げ、世界通貨体系における米ドル・ユーロ・アジア元の「三つ鼎(がなえ)」体制を確立させる。最終的な目標は、理想的な、各国の総合経済力及び貿易額に基づく、デジタルの、非中央集権的または非ソブリンな世界通貨を確立させることである。

まさに、孫教授の予測通り、今年5月21日、両会の中の全国政治協商会議委員が「クロスボーダーなデジタルステーブルコインの香港における開発に関する提案」(以下、「提案」)を行っている。

ステーブルコインとは「安定した価格を実現するように設計されたデジタル通貨」で、「提案」は「人民元、日本円、韓国ウォン、香港ドル」により構成されるバスケットに裏付けられたステーブルコインを(反対が少ないように)民間主導で形成し、中国の中央銀行およびその関連監督管理機関による監督管理下にあるサンドボックスでクロスボーダー取引を開始してみる」というのが骨子だ。

サンドボックスというのは「砂場、砂箱」のことで「ソフトウェアの特殊な実行環境として用意された、外部へのアクセスが厳しく制限された領域」のことを指す。

このような「提案」の場合、必ず背後には中国政府があり、習近平政権の意向がある。「提案」は「中日韓港」(港:香港)ステーブルコインを中心に行われているが、前掲の孫教授は「だから中国政府は中日韓自由貿易協定を急いでいる」と強調した。

習近平の狙いは、法定デジタル人民元の実現によって、いつかはアメリカを金融界において凌駕することで、そのために「一帯一路」やアフリカの「信用格付け」さえされていないような国に投資する。西側諸国はそれを「債務の罠」と呼ぶが、実は自国の信用できる貨幣や金融機関さえないような国は、やがて「デジタル人民元の方が信用できて便利だ」と思うようになるかもしれない。習近平の狙いはそこにある。

国連人権理事会における香港国安法賛成国が反対国の2倍に上るのは、この狙いが現実になりつつあることを物語っている。

ここで韓国を説得すれば、香港における「中日韓港」デジタル通貨の実験に成功するかもしれない。そのためには日本を誘い込まなければならないのである。

安倍首相は今になってもなお、習近平の国賓来日を中止するとは宣言していない。それどころか自民党の二階幹事長は習近平国賓来日を絶対に実現すべきだと今も主張している。そしてポスト安倍を狙う政治家は、二階幹事長に取り入って、同じく習近平国賓来日を絶賛するという体たらくだ。習近平訪韓予定の目的を「米韓離間」などと言っている場合ではない。

狙いは日中韓自由貿易協定の早期実現であり、墜とそうとしている相手国は日本なのである。

それでもなお、日本の政治家は目覚めないのか。そのことを憂う。

(詳細は白井一成氏との共著『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』)

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.