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新型コロナウイルスの世界で迫られる二者択一
黒板にかかれている冷戦の文字 (提供:INGRAM_PUBLISHING/アフロイメージマート)
黒板にかかれている冷戦の文字 (提供:INGRAM_PUBLISHING/アフロイメージマート)

世界中の国々が、新型コロナウイルスに伴う制限を徐々に解除し始めている。イタリア、スペイン、ドイツなどのEU諸国では店舗やカフェが開店し、数週間を屋内で過ごし、困り果てていた市民は、生活の一部を慎重に再開している。中国は大部分が正常化しているが、一部の地域にとどまるものの新たな感染拡大が報告され、1億人以上が再びロックダウンに追い込まれている。国によってペースは異なるが、リスクが依然として存在するとはいえ、経済を再開させ、政府が課してきた人々を疲弊させるロックダウンから前進する道を示す必要があるという明確なシグナルが世界中で発せられている。

これは正常な状態への回帰ではなく、私たち全員が突入する新しい世界である。すべてが同じように見えるが、今ではすべてを新型コロナウイルスのレンズを通して見ている。この新たに制限された世界経済で最も懸念される事態は、米中関係の断絶かもしれない。これを新冷戦と呼ぶ人もいるが、中国メディアが冷戦思考をやめるよう呼びかけるのは、決まって、中国が近隣諸国や貿易相手に圧力をかけたり脅したりしたとして、各国から正当な批判を受けた時なのである。しかし冷戦は、米国が主導する自由世界とソ連およびその同盟国との間のイデオロギー闘争であり、今日の世界を表現するモデルや比較対象としてふさわしくない。中国の思惑に疑いの余地はない。中国は自分たちがイデオロギー戦争のただ中にいるとはっきり認識しており、アメリカ、EU、日本などの国々の自由と普遍的権利を脅威とみなしている。しかし、前述のような第2次世界大戦後の古いテンプレートは今日の世界を正確には反映していない。

ここ数日、バーチャルおよびジュネーブで世界保健総会が開催されている。スイス、中国、フランス、ドイツ、韓国、バルバドス、南アフリカの首脳が開会の言葉を述べたが、米国は述べなかった。WHOへの拠出額が最も大きく、第2次世界大戦後の秩序とグローバル統治体制を中心になって構築してきたアメリカだが、彼らの姿は見当たらない。トランプ大統領はその代わりに、調査が終わるまでWHOへの資金拠出を凍結し、総会期間中に、ひときわ強いレトリックでWHOを脱退すると脅しをかけた。過去100年間で最悪の公衆衛生危機のさなかにである。米国は前線から姿を消し、かつては自由世界と呼ばれていた他の国々は、わずか数年前の2016年にエボラ出血熱が流行した時と同様のリーダーシップを米国が発揮することを期待しているが、まだ発揮されていない。トランプ大統領は、自身の直言やツイートをリーダーシップだと思っているかもしれないが、そうではない。昔からの同盟国の多くは、政府も国民も、米国のリーダーシップの欠如に不信感を抱いている。国内のパンデミックを制御できず、他国を支援しリードする意志もない国だとみなしているのである。

過去数カ月間のコラムでは、新型コロナウイルスと政府によるロックダウンの悪影響を明らかにしてきた。中国は第1波を乗り切ったものの、復旧には程遠い。失業者、特に前職に復帰できない、または復帰しない移民労働者の急増に対処しなければならない。公式統計では、このような労働者を明確に除外して失業率を算出しているため、これらの失業者による影響は見られない。しかし、地方政府と中央政府にとっては頭痛の種であり続けている。企業が実際に中国から次々に撤退しており、また総じてサプライチェーンが中国から離れて多角化していることで、雇用問題はさらに悪化している。中国は信頼できる貿易相手国とはまったくみなされていない。世界中の国々は、医療従事者向けの個人防護具に関して、中国に依存すると苦労するということを学んだ。中国から離れるための多角化が進んでいる。

ここ数週間、米国は中国を狙った容赦ない一連の措置を講じてきた。最初の標的であったファーウェイが再び標的となっている。チップの設計と製造に関する新たな規則は、米国製のソフトウェアやハードウェア上で設計または製造されたコンピュータチップをファーウェイが利用することを制限し、事実上ファーウェイの足を引っ張ることになる。

世界がウイルスによる不況から抜け出そうとする中、両国間の貿易戦争が再び始まろうとしている。ちょうど先週、トランプ大統領は、米国が「関係を完全に断ち切れば」、5000億米ドルの節約になるだろうと示唆した。これが何を意味するのかははっきりせず、トランプ氏のベストセラー『Art of the Deal』の二国間貿易版なのかもしれないが、これはアメリカへの信頼を醸成するものではない。同盟国も困惑している。中国経済が受けている圧力を考えると、第1段階の合意からすでに履行できそうにないが、第2段階以降に希望を抱く人はいるのだろうか。

このコラムでも論じたように、トランプ大統領は、連邦政府の退職基金が中国の上場企業に投資されることを制限しようとした。トランプ大統領の介入により、MSCIのグローバル指数と連動して一部が中国国営企業に投資される予定だった連邦退職貯蓄投資理事会の投資計画は中止された。資本戦争における最初の具体的な一歩を踏み出したNASDAQが発表した新しい上場規則は、特に中国企業の上場に影響を与え、中国の中小企業の上場が難しくなりそうである。ルビオ上院議員とホワイトハウスからの政治的圧力がこの動きに一役買っていると考えざるを得ない。

こうした経済的な緊張と動きの根底にあるのは、もちろん、ウイルスの感染拡大についてトランプ大統領が中国を非難し続け、武漢とそのウイルス学研究所で何が起きたのかを徹底的に調査する必要があるという事実である。トランプ大統領が感染拡大の調査を要求するのはもちろん正しいが、中国の隠蔽と初期の失敗があったとしても、トランプ大統領がその後の数週間から数カ月間にリスクや誤情報を軽視していたということを否定することはできない。トランプ大統領は、中国を激しく非難しながらも指導者の習近平氏を称賛し喝采するという、相反する人格を演じている。今日の中国の行動は習近平という一人の人物によって動かされている。中国に対して怒りを表しながら、その指導者を偉大な人物であり友人だと称賛することはできない。

この嵐が吹き荒れる中、中国は手をこまねいていたわけではない。ウイルスがヨーロッパ中に広がると、中国はヨーロッパ諸国の支援者としての役割を大きく見せるために、各地の感染対策に関与し、嫌がらせのような宣伝を展開した。ウイルスを米軍が中国に持ち込んだという無意味な説を展開し、ウイルス感染が拡大し始めた12月と1月の初期の行動を明らかにすることを一貫して拒否してきた。開放性と透明性は中国共産党と相容れず、彼らが情報提供を拒否すれば、何が隠蔽されているのかについて、さらに憶測が広がるだけである。

さらに、中国は反発する国への嫌がらせを躊躇することもない。オーストラリアは、早いうちに国内のウイルス感染拡大を抑え込むことに成功した国だが、ウイルスの発生についての独立した調査を要求した。これが中国を怒らせ、中国はお返しにオーストラリア産の牛肉と大麦の輸入を制限し、ワインと乳製品にも制限を拡大しようとしている。すでに打撃を受けている経済への追い打ちである。

これが、各国が直面しようとしているロックダウン後の世界だ。協調の世界ではなく、真の分裂と不信の世界である。これは前世代の冷戦とは異なる。また違った世界なのだ。

ソ連とその同盟国とのつながりは、自由世界のほとんどの人々の日常生活にはほぼ無関係であった。中国の場合はこれとまったく異なる。中国は、ほぼすべての主要経済圏にとって第1位か第2位の貿易相手国なのである。

トランプ氏は米国の大統領として初めて、貿易での不当な行為について中国を非難し、世界で責任ある役割を果たそうとしていない中国を非難した。多くの国々、特にアジアの国々が中国の台頭と嫌がらせを目の当たりにする中、中国の脅威に対応しようとする姿勢はそれらの国々の懸念に同調するものとして歓迎されたが、米国は各国を団結させリードすることができていない。その代わりに、中国を罵り、暴れまわって退場しようとしている。WHOを脱退するという脅しははったりかもしれないが、必要なのは、米国がWHOに関与することである。WHOが中国の影響力を過度に受けているという米国の主張は正しい可能性が高い。なぜなら、中国は自らの政治的利益のために国際組織を標的にし、大きく弱体化させることに重点を置いているからである。その最たる例は、台湾が国内での流行を阻止した際立った成功例であるにもかかわらず、台湾をWHOから除外したことである。米国はWHOにとって最大の財政的貢献者である。なぜもっと大きな義務と責任を負わないのか。医療における世界的な協調の必要性はかつてなく高まっており、たとえ米国が新たな機関を設立したとしても、適切に機能させるためには、中国が加盟しなければならない。なぜなら、歴史が示すように、中国は何世紀にもわたって人獣共通感染症の発生源となっているからである。

G・W・ブッシュ大統領とオバマ大統領の対中関与政策に戻すことはできない。すべてがうまく機能し中国が責任あるステークホルダーになることを期待して、中国に関与し貿易を行ったが、その実現には至らなかった。中国を刺激しないように、批判的な声は無視され、中国に対する批判はかき消されたり、せいぜい秘密裏に行われたりした。そのような時代のことは、今後のための解決策にも指針にもならない。

しかし、トランプ大統領が現在何をしようとしているのかは、まったく明らかでない。英国はある意味で、新しい世界的現実の試金石である。ボリス・ジョンソン首相は12月の選挙で勝利すると、EU離脱を進めることを計画し、自由貿易の海原を航海するグローバル・ブリテンを喧伝したが、その世界はもはや存在しない。EUへの関与を減らしたいというジョンソン首相の願いは、WTO、米国および中国とのFTAにかかっていたが、WTOは事務局長が任期を1年残して辞任することを表明し、[A1] 暗礁に乗り上げている。米国のFTAには、中国との取引を制限する具体的な条項が盛り込まれるだろう。ジョンソン首相は、米国と中国のどちらかを選ぶという非常に厄介な立場にあり、ほとんど動きがとれないと感じている。ジョンソン政権はすでに、与党の主要メンバーの一部からの激しい抗議にもかかわらず、英国の5Gネットワークの非中核部分の構築にファーウェイが参加することに同意した。それが、米国が提案するどのような協定においても調査の対象となることは疑いない。

しかし各国は、中国と米国の二者択一を望んでいない。中国は、世界的なリーダーシップをとる立場にも、世界的な称賛を集める立場にもない。40年間の経済成長の後でさえ、中国は世界のどこにも真の友人を作ることができなかった。そして現在のオーストラリアへの対応は、長年にわたり相互に有益な関係を維持したとしても発言が気に入らなければ敵対的になるという典型的な例である。中国帝国に住むことや、その属国になることを歓迎する人はいない。しかし、米国と米国のリーダーシップは、最も必要とされている時に失われてしまった。中国に向けられた言葉による攻撃や経済的な攻撃を喜ぶ人もいるかもしれないが、その果てに米国が実際に何を望んでいるのかは非常に不明確である。より開かれ透明性があり公平な中国を目指しているのかもしれないが、習近平総書記と中国共産党には届いていない。米国との恐ろしい対立に国を引きずり込んだだけでなく、国内的にも経済的なストレスがかつてなく強まっていることから、習総書記は国内で大きな圧力を受けている。これまで中国は世界と連携しながら経済問題から抜け出すことができたが、今回はそうはいかない。

おそらく中国指導部は、11月の米大統領選でトランプ氏が交代し、新たなアプローチが取られることを期待しているのだろうが、確実とは言えない。そもそも、11月では遅すぎる。政治の世界では1週間は長い時間だが、ウイルスの時代には特にそうである。社会が活動を再開するにつれ、さらなる感染拡大のリスクが現実のものとなり、それに伴って経済がさらに影響を受け、緊急対策がとられることになる。しかし、米国のムードも変化している。中国に厳しい態度をとることは、現在の政治情勢の重要な要素である。現在トランプ大統領が迫っている二者択一は和らぐかもしれないが、いつも通りにはいかないのである。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.