米中貿易戦争に対する私見
孫啓明(ソン・ケイメイ)
北京郵電大学(ペキンユウデンダイガク) 経済管理学院 教授 博士課程指導教員
海南グリーン産業(環境産業)およびサービス経済研究基地 常務副主任
改革開放以降、米中貿易において、基本的に中国は貿易黒字で米国は貿易赤字という状態が続いている。改革開放の初期において主に中国は資源、一次製品および低付加価値商品を輸出しドル外貨を稼いていた。繊維貿易を例に挙げよう。中国新疆(シンキョウ)の高品質な綿の生産地では、綿農家が希少な天山の雪融け水を灌漑に使い、その上、農薬と化学肥料で土地を汚染してまで綿の生産量と品質を確保し、綿を収穫する女工の給料を下げてまで輸出の低コストを維持した。それでも中国の綿織物は米国の厳しい輸入割当に制限され、輸出された高品質の綿織物は、安物として使い捨てにされた。こうしてやっとわずかなドル外貨を稼ぐことができていた。わずかな貿易黒字は実のところ、中国労働者が苦労して稼いだ金に過ぎなかった。当時の中国の経済は弱小であり、総合的な実力も乏しいため、構造的に不平等な貿易に耐えるしかなく、やっとドル外貨を貯めてきた。そういった頃の中国はまだ米国の脅威になりえず、米国の眼中になかった。つまり、米国からみると、当時の中国は単なるローエンド製品のサプライヤーに過ぎず、利益こそもたらすが、戦略的な競合相手にはなりえなかった。そのため、対中貿易赤字に関しても、米国はだめもとで人民元の切り上げを要求するだけだった。
しかしながら、今は昔と違う。
中国はすでに世界二位の経済大国となり、米国のGDPの60%を上まわっている。「トゥキディデスの罠」という歴史的な経験が証明したように、新興の経済共同体の成長がナンバーワンの経済共同体の地位を脅かす場合、二つの共同体の駆け引きは、表層的な部分だけにとどまらず、根本的な抗争に及ぶことすらある。米中間の駆け引きは「革命」である。「革命とは、客を招いてごちそうすることでも無ければ、文章を練ったり、絵を描いたり、刺繍をしたりすることでもない。そんなお上品でおっとりとした雅やかなものではない。」(毛沢東)。米中貿易交渉では、「平等互恵」、「有無相通(一方にあって他方にないものを互いに融通し合ってうまくいくようにする)」、「ウィンウィン ルーズルーズ(合すれば則ち共に利し、分ければ共に損をする)」のような外交辞令を使うことはもちろんできるが、しかし覚えておかなければならないのは、これは食うか食われるかの戦いであり、勝者が王となり、敗者は囚人となるということだ。
見解一:第二次世界大戦後、世界最大の経済大国の米国は、第二位の経済大国に対して常に戦略的に包囲をし、効果的な攻撃を仕掛けてきた。前車の覆るは後車の戒め(前の車が覆るのを見たら、あとの車は同じわだちの跡を行かないようにせよという諺)、これまでの米国の攻撃は身の毛がよだつほどであった。
第二次世界大戦後、ソ連がアメリカの最初の競争相手になった。ソ連は連合国側の戦勝国であり、経済的、政治的、文化的な実力は米国に匹敵し、天然資源においては米国より優れていた。当時の世界情勢は、おおきく米ソの二つの超大国によって構成され、資本主義と社会主義の二つの陣営に分かれた。しかし、四十年にわたる冷戦と軍拡競争で、ソ連は天然資源を切り売りし、その資金を払うことになった。その一方、米国は単に自身が印刷したドル紙幣を支払っただけであった。この四十年間で、ソ連が持っていた国富がほぼ枯渇し、産業と経済の均衡が崩れた。そのうえ、国民福祉の向上を国家経済開発戦略の第一目標に置かなかったため、ソ連は世界で最も豊かな大国になるチャンスを失った。
ここまでは米ソ間最初の長期戦にすぎなかった。
その後、ノーベル賞受賞者の米学者ジェフリー・サックスと当時ソ連の首相代行を務めたエゴール・ガイダルが共に、ソ連の国有財産を民営化させる500日計画を断行し、ソ連経済を深刻なショック状態に陥れただけでなく、当時十五の構成共和国を有するソビエト連邦は解体し現在のロシアとなった。現在「プーチン大帝」と呼ばれるロシアの救世主が「私に十年の時間をくれ、そしたらロシア国民に強いロシアを与える」と言い放った直後、米国は石油値下げという爆弾を起爆し、国民経済が回復し始めたロシアをまた窮地に陥れた。このような長期にわたる冷戦と絶え間のない極めて正確な攻撃の末に、当分の間、ロシアが米国に肩を並べることは不可能となった。
1970年代、今度は日本が米国の次の攻撃の標的となった。第二次世界大戦後、米国は敗戦国の日本を支援し発展させ、ドルの発行を拡大し、自らの世界覇権を確立した。また日本を太平洋の戦略的拠点にし、ソ連と中国の発展を抑制してきた。米国の支援を受けた日本の経済は飛躍的に成長し、世界経済史の奇跡を起こした。1980年代末、日本の金融資産は一度米国を追い抜いき世界一位になった。しかし、1980年代初頭、米国は円高を求める「プラザ合意」で、急速な円高とその後のバブル崩壊という爆弾を仕掛けた。日本が円高の幸福感に浸っていたとき、――つまり、日本の金持ちが世界中の高級品と骨董品を買い占めていたとき、日本の企業がコロンビア・ピクチャーズやロックフェラー・センターなどの不動産を買収していたとき、そして「東京の財産が米国を買える」「自由の女神像を購入し和服を着させる」と言い放っていたときに――、爆弾が炸裂し、バブルが弾けた。それ以降、日本経済は「失われた20年」という低迷が続いている。その後、かろうじて世界第二位、第三位の地位を維持してきたが、米国の言いなりになって、歯向かう勇気すら失ってしまった。
米国の三番目の、そして最も手強い相手は、EUである。そして米国のユーロに対する正確な攻撃は、最も巧妙なかつ最も奇妙で、市場の力を最大限に利用した攻撃とも言える。イギリス、フランス、ドイツはどれも自国一国では米国と対抗できないが、彼らが力を合わすと、足し算以上の力を発揮することになる。EUが生まれた日から、ユーロの目標はヨーロッパを団結させ、ドル覇権を破ることにある。実際、ユーロは特定な区域と時間においてドルと互角に戦えた。米国にとって、ユーロはその生まれた日から、ドルの天敵であり、悩みの種である。しばらくの間、ヨーロッパの力は強く、ユーロも勢いがあるため、米国は簡単に手を出すことができなかった。ただ、2000年以降、米国が手を出す最大のチャンスがやっと訪れた。EUのメンバー国の経済状況はピンキリで、政府は長い間膨大な債務を抱え込むようになった。今振り返ってみると、2008年のリーマン・ショックは、米国がヨーロッパの債務危機という爆弾の最良の導火線となった。また、その後に続く難民危機、イギリスのEU離脱危機はユーロという摩天楼を崩壊させる「連続爆弾」となった。このように指摘する理由は二つある。第一に、金融危機の結果から見ると、米国は傷を負うことになったがそれほど深刻ではなかった。ロシアと日本はいつも通りで、中国はチャンスをつかむことができ発展したが、ユーロのみが崩壊寸前となった。現在の傾向を見ると、EUとユーロ圏は明らかにジリ貧に陥っており、なす術がない状態である。第二に、米国はここ三十年間経済サイクルを調節してきた力と2000年のドットコム・バブルを対処した経験から見ると、サブプライム住宅ローン危機が発生した後で、米国は最初のドミノを倒させないための「リーマン・ブラザーズ」を破綻させない能力を明らかにもっていた。米国はこのリーマン・ショックを遅らせ、もしくは挽回する力をもっているにもかかわらず、特に何もせず、この金融危機で連鎖的に欧州債務危機など一連の危機を起こさせ、EUおよびユーロを破ることができた。その手段の巧妙さ、攻撃の精密さは、まるで天の采配であるようであり、息を呑むほどの素晴らしい手腕であった。このことは一人の人間、一つの任期の政府ができることではない。米国による長期戦略の駆け引きの結果であり、米国が長い間、市場の法則をうまく操り、競合相手を正確に攻撃する戦略思想を持っていたという賜物であった。ユーロの衰弱は、ドルにとって大きな勝利であった。この時点で、ルーブル・円・ユーロは全部ドルによって完膚なきまでに叩きのめされた。言うまでもなく、その次の標的は人民元になるであろう。
見解二:今後米中の駆け引きにおいて、貿易戦争は序の口に過ぎず、これからは実体経済戦争、ハイエンド技術戦争、情報戦争、金融戦争があり、最悪の場合、本物の戦争の可能性も否定できない。
実体経済戦争では、「中国製造2025」戦略は米国の製造業の自国回帰戦略と対抗するであろう。米国はハイエンド製造業を支配しているが、ローエンドとミドルレンジの製造業は完璧ではなく、熟練労働者は不足している。中国の製造業の自己評価は「数こそあるが強くはない」であるため、「中国製造2025」の戦略は製造業を強く発展させることにある。中国のローエンドとミドルレンジ製造業はすべての分野をカバーしていて、世界でももっとも完備な製造業とも言える。さらにハイエンドの高速道路とマグレブ技術も所有しているため、中国の製造業がロシア・日本・ドイツなどの国と提携できれば、世界最高峰になるであろう。ハイエンド技術においては、ファーウェイは一矢を報いることができたが、全体的に中国は劣勢となっていることを認識しなければならない。ファーウェイの鴻蒙OS VS グーグルのアンドロイド、北斗衛星導航系統 VS GPS、この差を埋めることはまだ長い道のりが必要であろう。教育文化と情報管理の面では、中国のマルクス主義政治経済学が西側のミクロマクロ経済学と対陣し、孔子学院が発信する中国伝統的な「中庸」文化が米国の外国文化と対抗するが、両者は共に強い独立性を持つため、短期的にも長期的にも拮抗するであろう。金融戦争では、ドルは人民元よりはるかに強いが、人民元の最大の利点は、国家によって集中的に制御できることにある。人民元の国際化が米国の通貨管理の罠に陥らない限り、中国政府が金融危機を解決する能力は米国と匹敵するかもしれない。また軍事的には、米国は明らかな優位性を持っているが、「古来から兵を知る者は好戦的にあらず、我らを侵す者、たとえ地の果てに逃げても誅殺すべし」のように、中国の実力も侮れない。
見解三:米中駆け引きの戦略方針について。ロシア・ヨーロッパと連合し、「一帯一路」沿いの国が団結し、共に発展することで、安定した三極体制を形成する。
米中の駆け引きは簡単に勝負がつくこともないであろう。中華人民共和国はその建国の日から、米国などの資本主義国家に包囲されてきた。半世紀後の現在、政治面での「9・11」と経済面での「金融危機」により米国が下り坂になりつつもドルがルーブル・円・ユーロに打ち勝った後、中国がやっと世界第二位の国となり、人民元がついにドルと対陣する資格を得ることになった。実際、米国は常に中国の発展を抑制してきた。ただ競合相手が多すぎるため、今まで中国を正確な攻撃の標的にすることはなかっただけだ。今となっては、中国は既に米国の最も強力な競合相手となっている。米中間の戦略的な駆け引きは既に幕を開け、尖閣列島問題、香港の雨傘革命はまだ序の口に過ぎず、南シナ海問題こそゲームのスタートである。米国の中国に対する戦略的な海上封鎖に対抗するため、中国は「一帯一路構想」を提唱し、人民元の国際化の基盤を強化するためにAIIBを設立した。そのため、「一帯一路」沿いの国と団結し、共に発展することが、中国の恒久な目標と行動規範である。
三角形の安定性原理によれば、三つの頂点が互いに牽制し合ってこそ、安定的なバランスのとれた調和した世界体制を構成できる。理想的な「三つ鼎(てい)」の三極体制はこうなるであろう。EUは解体されず、政治的・経済的・軍事的同盟として米国から独立し続け、世界の一極を成す。中国とロシアが経済的・軍事的・外交的な共同体を形成し、世界の平和安定を維持する力として一極を成す。そして最後の一極は米国である。
安定した三極体制を形成する最大の困難は、中国とロシアの同盟にある。中ロの同盟にはまだ不確定要素が多いが、世界戦略体制が変化する中で、中国とロシアが生存と発展のためにこの同盟を結ぶことは、必然的な傾向であろう。理由は3つある。まず中国とロシアは長い間ドル覇権に苦しめられてきた。抑圧があれば反動が生まれるように、中国とロシアは自国の強さを望んでおり、ドル覇権から脱却する共通した欲求を持っている。つぎに、中国とロシアはどっちも自国のみで米国と対抗できない。合すれば則ち共に利し、分ければ共に損をする。二つの力が一つになってこそ、世界の一極となりうる。さらに、中国とロシアは資源、産業、軍事面での相互補完性が強く、共に膨大な人口と土地面積をもっているため、二つの国が連合すれば、多くの問題を解決できるであろう。中ロ同盟は中国に巨大な戦略的支援を提供できる。戦略的な世界構造を設計し、主導することによって中国の苦境を解決できる。また中国が周辺地域での様々な問題に対処する能力も大幅に向上でき、南シナ海問題も簡単に解決できるであろう。さらに中国とロシアは協力して中東情勢に参入し、中東諸国と戦略的提携を行える。中ロ同盟の強い吸引力は、中東諸国の一部の「脱米」を加速させ、中ロ同盟の衛星国を増やすことにつながる。
安定した三極体制を形成するもう一つの困難は、EUを解体させないことである。ヨーロッパの債務危機、難民の受け入れ、イギリスのEU離脱、フランスの動乱、ドイツの財政難などの問題は全て表面的な問題に過ぎない。財政統合と軍事統合こそ、EUを解体させない根本的な解決策であろう。
中国内部から見ると、強い空軍と海軍を発展させることは、大国として台頭するための必要条件である。そのため、中国の強軍戦略と南シナ海での開発と建設は、必然的な選択であろう。「中国製造2025」に基づいて科学技術により強国を作ることは、中国の経済力を向上させる唯一の道である。国民教育と自国文化に対する自信こそ、中国を発展させる動力源になるであろう。
(この評論は6月14日に執筆)
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