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記憶に残る1月
英首相が訪中 習主席と会談(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

※この論考は1月31日の<A January to Remember>の翻訳です。

20261

1カ月前の本コラムで、2025年が世界のパワーバランスが米国から中国へ移行する転換点となり得た年だったかを考察した。世界情勢は以降も日を追うごとに、第二次大戦後の国際秩序に生じた亀裂を拡大させており、地政学的リスクが浮き彫りになっている。それが数値に表れた最も分かりやすい例が金価格だろう。金1オンスの価格は年初に4,400米ドル未満だったのが、1月末には5,600米ドルまで上昇し、その後4,900米ドルまで下落した。

「何も起こらない数十年もあれば、数十年分の出来事が一気に起こる数週間もある」という一節は、真偽不明ながらレーニンの言葉とされている。この言葉は、ここ1カ月の激動を見事に言い表している。怒涛の勢いで押し寄せるニュースや脅威、激しい反発や怒りの声は、そのほとんどがトランプ大統領に起因するもので、圧倒されるほどだが、重要なのは起こっていることの全容を理解することだ。というのも、その多くは相互に関連していたり、他のより重要な話題から注意をそらす役割を果たしているからだ。

ベネズエラの現職大統領ニコラス・マドゥロの拘束は、米軍の卓越した能力を知らしめた。4年前にウクライナの大統領を捕らえようとしたプーチンは、自分もこうできていればと思ったに違いない。拘束に続く公海での石油タンカー拿捕は、米軍の対外的な影響力を見せつけた。

トランプが支援を約束して煽ったイランでの抗議活動は、イラン当局による数千人の射殺という結果を招いた。現時点でトランプは介入していないが、この地域に大規模な軍事力を派遣しているため、介入の可能性は残されている。

グリーンランドが米国の国家安全保障に不可欠であり、自身の要求を満たすには米国が領有権を持つしかないとトランプが主張したことは、条約同盟国であるデンマークに領土を要求するあからさまな脅迫だ。

ダボスで開催された世界経済フォーラムで、トランプはあたり構わず同盟国を攻撃し、国連に代わる独自の機関と位置付ける「平和評議会」の設立を発表した。米国大統領としてではなく、唯一の拒否権を持つ個人としてのドナルド・トランプが議長を務めるこの組織に参加して常任国になるには10億米ドルを支払わなければならない、奇妙な組み合わせの国家群である。ダボスでは、カナダのマーク・カーニー首相もトランプの無秩序な行動を強く批判したが、これについては後で詳しく述べる。

米国内では、トランプの移民政策により2人の米国市民が殺害され、経緯を明確に捉えた現場映像があるにもかかわらず、政権は厚かましくも嘘と中傷を繰り返している。

この冬、北京には中国との外交・経済関係強化を目指す各国の指導者が相次いで訪れている。カーニーはダボス会議の前に訪中し、キア・スターマーは訪日前に中国を訪問した。ドイツのフリードリヒ・メルツは2月後半に訪中を予定している。

習近平は、相変わらず終わりのない反腐敗運動を続けている。就任以来、約13年間で約600万人が処分を受けた。1月にはまたもや人民解放軍の将軍らが粛清された。最高軍事機関である中央軍事委員会のメンバーは、習の主席就任時には11人いたが、2021年には7人に削減され、習の長年の盟友だった(と認識されていた)張又侠と劉振立が排除されたため、今ではわずか2人しか残っていない。

1月末には、パナマの最高裁判所が確定判決として、長江和記実業(CKハチソン)によるパナマ運河2港の管理を違憲と判断した。この中国企業が運営権を手放さないのなら、パナマに侵攻して運河を奪取するとトランプが脅したのは周知の通りだ。ハチソンに代わる米国主導の取引は今や宙に浮いた状態となっている。

ここに挙げた出来事はほんの一部に過ぎない。そのどれもが問題のパンドラの箱を開くことになり、今後の展開もさまざまに予想される。我々は今の状況をどう理解すればいいのだろうか?トランプはいわば極めて高度な3次元あるいは4次元のチェスをしているのだと考える人もいるかもしれないが、実際ははるかに単純で憂慮すべき事態だ。米国の政策は、毎日・毎週のように新しいエピソードが始まるリアリティ番組のようだ。視聴者にとってはスリリングな展開で、主役のドナルド・トランプが常に注目の的となる。NATO加盟国に防衛費の増額を迫る強硬な発言など、トランプ劇場の中で自分たちが気に入る部分や賛同できる部分だけを選んで取り上げる人々は、米国の一方的な行動による深刻な損害と信頼の喪失から目を背けている。欧州では米国に対し、トランプ政権2期目以前ほどの信頼を置いている人はほとんどいないだろう。アフガニスタンとイラクで犠牲になった欧州の兵士たちを軽視するトランプの発言は、記憶に残り許されることはない。

マドゥロは自国を破滅に追い込んだ恐ろしい指導者だが、彼の追放に貢献したとしても、トランプのほぼすべての行動の中心にある欺瞞や腐敗を正当化することはできない。ベネズエラの石油収入を自身が管理する米国外の口座で保管する行為であれ、トランプ一族が米国政府を相手に数十億ドルの損害賠償を求めて提訴した行為であれ、いずれも大統領職から成り下がった彼のリアリティ番組の一部なのだ。

 

カーニーの対応

昨年のカーニーの選挙勝利は、トランプに対する彼の強い反発とカナダ侵攻の脅威が直接的な結果であった。カーニーは知識に裏打ちされた理性をもって、自国を守るだけでなく、トランプ発の混乱への対応を模索する多くの国々に雄弁に語りかけている。トランプは演説で70分間も怒鳴り散らしたが、カーニーによる15分間の短い演説こそ注目に値するものだった。同氏は、中堅国が現在直面している問題を次のように明快に要約してみせた。

大国は今のところは単独行動を取れるだけの余裕がある。大国は市場規模、軍事力、そして条件を決める影響力を持っている。中堅国にはそれがない。

覇権国と2国間で交渉するだけでは、我々中堅国は弱い立場で交渉することになる。提示された条件を受け入れ、最も譲歩できる国になろうと競い合うのだ。

これは主権ではない。従属することを受け入れつつ主権を演じているに過ぎない。大国同士が競争する中で、その狭間に位置する国々には選択肢がある。恩恵を得ようと互いに競い合うか、それとも結束して影響力を持つ第三の道を切り開くかだ。

カーニーの言う単独行動を取る大国とは言うまでもなく米国と中国を指しているが、ロシアもまた、経済力のためではなく、軍事的侵略と、領土征服のために自国民数百万もの死傷者が出ても厭わない姿勢ゆえに、このリストに含める必要がある。

カーニーは、多くの中堅国が自問すべき問いを投げかけた。英国、日本、韓国、ブラジル、オーストラリア、27のEU加盟国など、どこであれ、米国や中国の気まぐれに翻弄されることなく、この新たな地政学的環境を乗り切るにはどうすればいいのか。

ダボスでの演説の1週間前、カーニーは北京を訪れ、2017年以降冷え込んでいた外交関係を修復した。中国は、カナダが米国政府の要請で孟晩舟を拘束したことを受け、2人のカナダ国民を人質に取っていた。中国が数十年にわたりカナダの政治に積極的に干渉していたことも明らかになっており、カーニーは中国との関係が決して単純なものではないことを認識している。それにもかかわらず、同氏は大胆にも中国との新たな戦略的関係を呼びかけた。ただし、実際に中国と合意した貿易協定は比較的限定的である。

カナダの貿易の60%以上は米国が相手だ。何十年にもわたって米国の利益のために戦い、犠牲となってきた最良の隣国であるにもかかわらず、カナダは米国からの侮蔑、愚弄、関税措置を免れなかった。カーニーが他の中堅国に連携を呼びかけているのは正しいアプローチだ。中国とのデカップリングさえ非現実的であるのに、米国とのデカップリングなどさらに非現実的だ。米ドルが担う役割と米国ビジネスの活力・革新性が世界経済を牽引しているが、米国が信頼できない同盟国・経済パートナーとなってしまった今、変化は避けられないだろう。

カーニーがEUに働きかけた具体例として、カナダはEU以外の国として初めてSAFE(欧州安全保障行動)プログラムに参加すること挙げられる。このプログラムはEU防衛産業の強化と資金調達を目的としており、米国のNATOへの関与に揺らぎが見え始めたことを受けての対応である。英国は条件に合意できなかったが、カナダは合意できたのだ。EUはこの1カ月で、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイの4カ国に対する関税を引き下げるEU-メルコスール貿易協定に署名し、さらにインドとは「あらゆる貿易協定の母」と呼ばれる合意を別途結んだ。

カーニーの他にも多くの指導者が北京を訪問した。ダボス会議の後、英国のスターマー首相は中国と日本に向かった。成果は乏しかったが、カナダと同様、英国首相としての訪中は8年ぶりだ。スターマーは、国内外のほぼすべての政策で困難に直面しており、対中政策も例外ではない。中英関係を振り返れば、中国からの経済的利益は依然として掴みどころのないものであることが証明されているにもかかわらず、同氏は今なお大きな経済的成果が得られると信じている。スターマーはウイスキーの輸入関税引き下げを実現し、中国に入国する英国民のビザを免除する約束を取り付けたほか、アストラゼネカによる対中投資を発表した。しかし、英国経済に直ちに大きな恩恵がある成果は何もない。アストラゼネカによる投資を成果と見なすのは、中国で家族や弁護士との面会も許されないまま拘束されている同社の現地幹部について一切言及がなかったことを考えると、やや違和感がある。中国でのビジネスは依然として非常に不安定な環境にあり、一夜にして状況が変わり得ることを改めて思い知らされる。

 

中国の変わらぬ姿勢

今のところ、トランプの怒りから逃れられる国はなさそうだ。実際は、米国と最も強力な同盟で結ばれている国々こそが、最も激しい非難と脅威に晒されている。トランプの主張や他の主権国家の領土を武力で奪い取ろうとする姿勢が国際規範に違反するのは明らかだ。約100年にわたり、軍事力で勝利した者をその土地の合法的所有者と認める領土征服戦争は違法とされてきた。1928年のパリ不戦条約の理念は第二次世界大戦の勃発で崩壊したが、その廃墟から1928年を踏まえて新たなルールが構築された。領土を巡る国家間の戦争は今や違法であり、国家が干渉を受けずに国政を担う権利は、国連が掲げる国際法秩序の中核原則となっている。この体制は決して完璧ではなく、多くの戦争が起き、そのほとんどに米国が関与してきたが、1945年以降、米国が他国の領土を求めて戦ったことは一度もない。グリーンランドに対する米国の要求は、こうしたルールに基づく秩序の核心を揺るがすものだ。

カーニーが指摘する通り、国際秩序には亀裂が生じている。従来の秩序を調整するどころか崩壊させる勢いだ。中堅国はより結束を強め、防衛力と予算を増強し、大国への依存を減らし、規制のない自由貿易とグローバル化に伴って足元の国内で生じる現実的な社会問題に正面から向き合わなければならない。米国大統領がリアリティ番組のような振る舞いを続ける中、その同盟国や友好国は新たな対応を取る必要があるが、中国なら米国よりも好ましく安定したパートナーシップを築けると考えることはできない。中国は昨年、1.2兆米ドルの貿易黒字を記録した。中国は卓越した重商主義大国であり、その経済モデルを変える兆しはまったく見られない。政治的には、かつては意見に耳を傾けたであろう最後の残存する側近たちをも粛清し、習近平は権力の頂点でますます孤立している。中国はベネズエラの主要な支援国であり、マドゥロが最後に受け入れた国際代表団が中国からのものであったことを忘れてはならない。中国との友好関係は、マドゥロに情報提供することも、彼を救うこともできなかった。カーニーの言うこの分断された世界で、米国に起因する問題を中国が解決してくれるなどと錯覚してはならない。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.