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中国の「高市非難風刺画」は「吉田茂・岸信介」非難風刺画と同じ――そこから見える中国の本気度
1950年代初期の朝鮮戦争における吉田茂元首相に対する風刺画(中国のウェブサイト百家号より転載)

中国が高市総理を非難する風刺画を世界的に数多く発信しているが、その風刺画の手法は、筆者が天津にいた1950年年代に毎日学習させられた「吉田茂とトルーマン&マッカーサー」を非難する風刺画と同じで、1960年代に入った「岸信介」非難風刺画とも同じだ。

当時は紙媒体の「人民日報」や街に貼られたポスターなどが視覚的には主たる媒体だったが、今はネットを通して全世界に拡散させている。

中国が対日攻撃をこのレベルで行なったのは、戦後「吉田茂、岸信介」に次いで「高市早苗」が3番目で、このことから中国の本気度をうかがい知ることができる。

どんなに不愉快でも、「中国の下品さを露呈しただけだ」とか「これは習近平の焦りを表した証拠だ」などという批判でやり過ごし、留飲を下げるのではなく、真相を見極めなければ日本国民のためにならない。

本稿では事の本質と重大性を直視するために、今でもネットで見ることのできるトルーマン(元米大統領)(およびマッカーサー)や吉田茂(元総理)あるいは岸信介(元総理)への非難風刺画をご紹介する。

それによって中国の本気度と、どこまで対日非難が続くのかを推測することができるだろう。

◆中国人民解放軍や大使館がXに投稿した高市非難風刺画

まず中国人民解放軍のアカウント「中国軍号」は、11月20日に高市総理がTNTの上でマッチを擦ろうとしている姿を、11月21日には台湾有事に関して国会答弁した姿火遊びをしている姿を、そして11月22日にはパンドラの箱を開けて日本軍国主義を呼び覚ます姿などを立て続けにXに投稿した。この4枚をまとめて図表1に示す。

図表1:「中国軍号」がXに投稿した高市総理の風刺画

中国軍号のX投稿画像より転載

11月20日には、駐フィリピンの中国大使館が図表2のような高市非難風刺画をXにおける投稿文書とともに掲載した。但し、図表2ではXにある4枚の画像をそれぞれ拡大して1枚の画像になるように組み替えた。

図表2:駐フィリピン中国大使館がXに投稿した高市非難風刺画

駐フィリピン中国大使館のX投稿画像より転載

これらの漫画のトーンは、1950年代初期に天津の街中に貼られていたポスターとそっくりだ。

◆1950年代の「吉田茂とトルーマン&マッカーサー」を非難する風刺画

1950年6月に朝鮮戦争が始まると、アメリカは日本国憲法(1946年11月3日公布、1947年5月3日施行)で軍隊を持つことを禁止していたのに、突如日本に「警察予備隊」(のちの自衛隊)を設立するように指示した。朝鮮戦争で中国人民志願軍として参戦せざるを得ないところに追い込まれた毛沢東は、激しく日米を非難した。中国への侵略戦争を終えたばかりの日本が、またもや軍備を強化するのかと、毎日のように「反対武装日本!」という歌を歌わされた。街の至るところにはトルーマンやマッカーサーを非難する劇画が貼られ、そこには卑屈にアメリカに追随する吉田茂の風刺画も添えられていた。

当時の政治風刺画を探そうと中国のネットを検索したところ、なんと、当時の風刺画が特集されているページを発見した。ウェブサイト百家号に掲載されていた<漫画10選:日本の再軍備を画策するアメリカの活動を暴露>というタイトルで、当時の風刺画が2025年10月17日に公開されていたのである。

10月17日と言えば、高市自民党総裁が日本国総理大臣になった10月21日よりも4日前だ。この時からすでに中国には「高市総裁が総理大臣になったら、日本は1950年代初期のような再軍備をする方向に向かう政権になる」という認識が、一般ネット民にも共有されていたことの、何よりの証しだ。

図表3に示すのは、朝鮮半島を跨いで、アメリカの手先になって中国に足を掛けている吉田茂の風刺画である。

図表3:朝鮮戦争でアメリカの手先となった日本(吉田茂)を非難する漫画

百家号より転載

USと書いたアメリカに後ろから押されているのが吉田茂と分かるのは、当時の吉田茂の似顔絵はこの顔だったし、筆者が通っていた小学校の正面玄関にあった掲示板には、この同じ朝鮮半島を跨ぐ別のトルーマンと吉田茂のポスターがあり、そのポスターには吉田という文字があったからだ。

その証拠に図表4に示すように、椅子に座っている同じ似顔絵の人物には「吉田」という名前が書いてある。「杜魯門」と書いてある人物は「トルーマン」のことである。朝鮮戦争が一時停戦になったので、アメリカが中国に勝てなかった(=敗退した)ということを表している。

図表4:朝鮮戦争で敗北したと中国が見ているアメリカのトルーマン等と吉田茂

百家号より転載

念のため、もう一枚、「吉田」と書いてある風刺画を図表5に示そう。

図表5:「アメリカの犬」となっている吉田茂を非難する風刺画

百家号より転載

図表5は、「アメリカの犬」となった吉田茂が、犬の好物の骨をぶら下げられて、よだれを垂らしながらアメリカの指図通りに「亜州(アジア)大陸」に向かっている状況を風刺したものだ。

それ以外にも、日本を再軍備させるために、戦犯として監獄にいた旧日本軍や旧満州国の幹部をマッカーサーが釈放してあげる風刺画など、数多くの風刺画が1950年代初期に全中国を覆った。その何枚かをまとめて図表6に示す。

図表6:アメリカの手先となって動く日本と、そのために監獄から釈放された戦犯

百家号より転載

◆1960年代の岸信介に対する風刺画

1960年代に日本で起きた安保闘争に関して、2012年12月16日に、Asia-Pacific Journal : Japan Focusが、1960年代に人民日報に載った政治風刺画をThe 1960 ‘Anpo’ Struggle in The People’s Daily 人民日報: Shaping Popular Chinese Perceptions of Japan during the Cold War  人民日報に見る1960年安保闘争−−冷戦中中国の一般的日本観の形成 – Asia-Pacific Journal: Japan Focusという形でまとめている。

この時の日本の総理は言うまでもなく岸信介、安倍晋三元総理の祖父だ。

驚くべきことに、このAsia-Pacific Journalがまとめている1960年代の人民日報に掲載された岸信介の風刺画を最初に報じたのは、なんと、日本の毎日新聞だ。作者は有名な政治風刺1コマ漫画家であった那須良輔氏。長いこと毎日新聞の政治欄における1コマ漫画を担当しておられたようだ。

1960年5月9日の毎日新聞に掲載された風刺画を、同日、人民日報が転載している。凄まじい速さだが、それだけ那須良輔の画力が早くから気に入っていたということでもあろう。

図表7に、那須良輔氏の毎日新聞における風刺画とそれを転載した人民日報の風刺画を示す。左側が毎日新聞、右側がそれを転載した人民日報の紙面だ。

図表7:アメリカのために四つん這いになっている岸信介

Asia-Pacific Journalより転載

風刺画は岸信介が四つん這いになって背中を提供し、その背中を踏み台にしてアメリカ(US)が中国に侵入しようとしていることを表している。

人民日報はこの風刺画を皮切りに、つぎつぎと岸信介の非難風刺画を掲載している。それを4枚一組にして、3組分並べて図表8に示す。

図表8:岸信介に対する非難風刺画

Asia-Pacific Journalより転載

◆中国の本気度

以上、吉田茂と岸信介のケースを並べると、今般の高市発言に対する中国の怒りの本気度と強度が見えてくるのではないだろうか。本日、11月23日も、南アで開催されたG20首脳会議で高市総理と李強首相が同席していたが、目を合わすこともなければ、高市総理のスピーチに李強首相だけは拍手をしていなかった。中国のこの姿勢はしばらく続くものと考えておいた方がいいだろう。

本稿でお見せした中国の長い歴史における日本国の総理に対する風刺画を眺めてみると、高市総理に対する非難の強度は、吉田茂、岸信介に次ぐ激しいものであることを認識すべきだ。

こういった中国の反応を「習近平の焦り」といった、日本人の耳目に心地よい言葉でスルーしようとするのは、少しも日本国民のためにならない。長い歴史と、正確な国際情勢を直視しながら、日本政府も日本国民も「いま何が起きているのか」ということの真相を直視した方が良いのではないかと思う次第だ。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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