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高市発言に習近平はなぜここまで激怒するのか? 日本は台湾問題を口実にせずに日本の防衛力を強化すべき
習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

日独伊

11月7日における高市総理の国会答弁に対して習近平が烈火の如く怒っている。そのために中国が次々にくり出す日本叩きカードに関しては広く報道されているし不愉快なので、ここでは触れない。本稿では、「習近平がなぜそこまで激怒しているのか」を考察し、「日本は台湾問題を口実にせずに日本独自の防衛力を強化すべきだ」という論を張りたい。

第二次世界大戦で敗戦国となった「日独伊」3ヵ国のうち、自国の軍隊を持っていないのは日本だけだ。それこそが逆に異様なのであって、この異様な日本の国防状況をもたらしているのは、戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の統治下(実際はアメリカの占領・統治下)で日本国憲法が作られたからに他ならない。台湾問題を口実にして安保法制を論じること自体、筋違いだ。

もっと堂々と正道を歩むべきではないのだろうか。

◆習近平は高市発言の、どの部分に怒っているのか?

高市総理は11月7日の衆議院予算委員会における立憲民主党の岡田委員の存立危機事態に関する質問に対して、「たとえば海上封鎖を解くために米軍が来援をする、それを防ぐために何らかの他の武力行使が行われる。こういった事態も想定される」と前置きした上で、中国の台湾統一に言及し、「たとえば台湾を統一、完全に中国北京政府の支配下に置くようなことの為にどのような手段を使うかそれは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし…」と答弁し、「それがやはり戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これは、どう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます」と続けた。

中国はこれに対して激しく反応し、留まるところを知らない。

習近平が激怒しているのは、言うまでもなく、高市答弁の

 A:台湾を統一、完全に中国北京政府の支配下に置くようなことの為にどのような手段を使うか。

 B.それがやはり戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これは、どう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます」

に対してだ。

Aに関しては、「中国にとって、台湾はあくまでも中華民国時代における国共内戦の延長戦上にあり、他国に指図される覚えはない」という大原則がある。特に1972年の国交正常化における日中共同声明で、日本国は中国(中華人民共和国)に対して

二、日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。

三、中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

と誓い、署名捺印している。

したがって、発言Aからして、すでに内政干渉だと中国は受け止めている。

筆者自身、国共内戦中の1947年から48年にかけて中共軍による長春包囲作戦によって包囲網の中で家族を餓死で失い、国共両軍の空間地帯であった「チャーズ」に閉じ込められ」餓死体の上で野宿させられた経験を持っている。その原体験から見れば、台湾は「長春包囲作戦」で敗退した蒋介石率いる国民党軍の終着駅であって、国共内戦はまだ終わっていない。朝鮮戦争勃発により中断されたまま、こんにちに至っている。

日本は1945年8月の敗戦により関東軍司令部の関係者は一般の日本人を見捨てて日本に引き揚げ、1946年には在中国の一般の日本人も、特定の日本人技術者以外は基本的に日本に引き揚げることができたので、現在の日本政府も、中国人が持っている「台湾は国共内戦の終着駅」という大きな事実を認識することができないようになってしまっていると思う。

日本政府は、まずこの絶対的事実を深く認識した方がいいのではないだろうか。

それは日本の一般庶民の生活を守るための「戦略」として必須だと思われる。

Bに関しては、中国は台湾を統一するときに「武力攻撃」をするというのは現時点では考えにくく、「長期的大規模軍事演習」を、台湾を囲む形で行なうと考えられる。2週間ほど「軍事演習」をすれば、台湾はエネルギー源が枯渇して白旗を挙げる可能性が高い。

そのことは拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』で書いたし、2024年5月26日の論考<アメリカがやっと気づいた「中国は戦争をしなくても台湾統一ができる」という脅威>でも書き、また2024年10月18日の<中国、台湾包囲軍事演習 シグナルの一つは「アジア版NATO」への警告か?>でも少し触れている。

それなのに、高市総理が「それがやはり戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば」と答弁しているのは、高市総理を応援している者の一人として残念に思う。

軍事演習で飛ぶ「砲弾」は「武力行使」ではない。

日本も日米軍事演習などに参加し、その際に近代的な最先端の「砲弾」を使用するだろう。それは「武力行使」ではない。

中国は「武力行使」と非難されないようにするために「軍事演習」という手段を使うという戦略を描いている。なぜなら万一にも統一されたときに、武力攻撃などをしたら台湾の人々が中共政府に従うわけがないし、半導体産業の最先端TSMCを「傷を付けずに中国が頂く」ということもできなくなるからだ。

国際社会では「軍事演習」に対しては、いかなる他国も干渉できないのが通例だ。

高市総理周辺は、中国のこの戦略に関して高市総理に情報提供をしていないとすれば不勉強で、これでは高市総理を守ることができない。

もっとも高市総理が「戦艦」という、第二次世界大戦後、今では世界のどの国も使ってない軍艦の艦種を、これまでも何度も使って「存立危機事態」を説明しているところを見ると、防衛相も外務省も「奉仕できない」形で高市総理の独断で「国家の代表である総理として」国会答弁をした可能性がある。

それが日本の庶民生活に甚大な影響をもたらすに至ったのは、高市内閣全体の責任かもしれない。

◆なぜ中国は日本だけをターゲットにするのか?

中国はバイデン元大統領が5回も「中国が台湾を武力攻撃したら米軍は台湾を支援する(≒米軍を派遣する)と豪語していたのに、そのたびにアメリカに対して激しい抗議活動を展開していたかと言うと、そうではない。

なぜか?

それは第二次世界大戦で、アメリカは中国を侵略した国ではないので、アメリカに対して「中華民族の屈辱」を味わったとは思っていないからだ。何なら習近平は9月3日の「抗日戦争勝利80周年記念」で、アメリカを「反ファシスト戦争の仲間」として讃えたほどだ。

日本だけをターゲットにするのは、第二次世界大戦で日本が中国を侵略したからだ。

もちろん中国共産党軍を率いていた毛沢東は日中戦争中、日本軍と結託して中国人民を裏切っていた。そのことは2024年8月16日の論考<中国共産党には日本に「歴史問題を反省せよ」という資格はない 中国人民は別>で書いたし、拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』で詳述した。

しかし、中国人民、一般庶民の感情としては侵略されたときに受けた数多くの心の傷跡があり、少しでも火を点ければ燃え盛り始める。それも江沢民が「反日教育」を始める前までは日本に憧れる中国人が多かったが、火を点けてしまったので逆戻りは出来ない。この終戦と逆行して燃え始めた「民族の怒り」を習近平政権も受け継ぐしかないのである。そうでなければ中国を統治することができない。

だから高市発言のように「着火点」的役割をする事態が発生すれば、いつでも燃え上がる態勢でいなければならないのが、現在の中国だ。

◆習近平はなぜ、ここまで激怒しているのか?

それにしても、今般の中国の反応はあまりにヒステリックで尋常ではない。

習近平はなぜここまで激怒しているのかを考察する必要がある。

一つには、習近平は国家主席として在位中に、何としても「台湾統一」という「中華民族の悲願」を成し遂げたいと思っているからだ。これまで国家主席の座は「任期5年、最大2期まで」と決まっていた。それを、中華人民共和国憲法を改正してまで国家主席の任期制限を撤廃したのは、在位中に「台湾統一」を成し遂げたいからに他ならない。

その邪魔をした高市発言に対する怒りがあるのだろう。

そうでなくとも、11月1日の論考<日中首脳会談ようやく実現 寸前までじらせた習近平の思惑>に書いたように、高市自民党総裁誕生により、中国が愛している「公明党」が政権与党から追い出された(と習近平は思っている)。だから高市総理誕生に際して、(日本の歴代総理誕生で初めて)祝電を送らなかった

それでも総理としての所信表明演説で日中間の「戦略的互恵関係」に触れるなどしたので、「まあ、仕方ないからAPECでの日中首脳会談に応じてやるか…」という「善意」を、習近平としては高市総理に示したつもりだ。

ところがAPEC期間中、台湾代表と会うことだけなら許容範囲内だが、高市総理はそのツーショットをXで公開してしまった。これは日本の歴代総理で誰もやらなかった抑制的ラインである。そのラインを超えて習近平の顔に泥を塗った。

このことは、トランプの対習近平の姿勢との比較において11月5日の論考<トランプが「中国を倒すのではなく協力することでアメリカは強くなる」と発言! これで戦争が避けられる!>の【図表6:APECにおける日・台代表との会談と中国からの抗議の有無】で説明した。

この時点で習近平の堪忍袋の緒は切れていたのである。

そこに加えて、習近平の国家命運をかけた「台湾統一」問題に関して高市発言があったので、習近平としては自分の人生をかけた目標を、あの「高石早苗が邪魔をするのか!」と、激怒したのだろうと思う。

◆日本は台湾問題に口実を求めずに、堂々と日本の防衛力を強化すべき

冒頭に書いたように、第二次世界大戦で敗戦国となった「日独伊」3ヵ国のうち、現在、自国を防衛するための軍隊を持っていないのは日本だけである。

ドイツの場合は、第二次世界大戦直後は、いかなる軍隊も持つことが禁止されていたが、冷戦を機に1955年に再軍備を開始しており、同年、NATOに加盟して、堂々と軍隊を持つに至っている。

イタリアの場合は、1943年に自ら敗戦を宣告し連合国側に付いたので、戦後もそのまま軍隊を保つことができた。初期は規模を制限していたが、冷戦により規模の制限を徐々に撤廃していった。イタリア共和国憲法第11条で、「戦争行為」自体は制限している(「イタリア共和国は他国市民の自由を抑圧する為の戦争行為、または国家紛争を調停する為の戦争行為を行ってはならない」と謳っている)。

それに比べて、わが日本国はどうなのか?

冒頭に書いたように、戦後GHQの統治下で制定された日本国憲法は、アメリカの要求により「軍隊を持ってはならない」ことになっている。

日本は今、台湾問題などを口実にするという姑息な手段を使わずに、堂々と軍事力を強化する道を模索すべきだ。

ヒトラーがソ連やヨーロッパ諸国を侵略しても、いま現在軍隊を持つことが許されているのに、日本は中国を侵略したのだから軍隊を持ってはいけないとは、中国は言えない。そのような論理は成立しないからだ。

日本はサンフランシスコ平和条約によって独立国家になった。

ここでもし中国が抗議を始めたら、国際社会全体で中国に対抗すべき事態になる。

日本が軍隊を持ってはならないと制限したのはアメリカだ。

しかし、くり返そう。日本は独立国家だ!

アメリカの意図に沿って制定された日本国憲法を改正するというのが、最も正直な道であり、正道ではないのだろうか。

日本国民のその選択に対して、中国には何も言う資格はない。

なお、それでも「いま日本に何ができるのか」、「日本はいかなるカードを持っているのか」という喫緊の課題がある。それに関しては別途、他の論考で公開したい。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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