言語別アーカイブ
基本操作
台湾総統のニューヨーク立ち寄りを拒否したトランプ政権の顛末 「米中台」三角関係を読み解く
頼清徳総統(写真:ロイター/アフロ)

フィナンシャル・タイムズ(FT)は7月28日、「習近平国家主席との会談予定や米中貿易合意に向けての交渉のさなか、トランプ大統領は習近平との関係を重んじて、頼清徳総統が8月にニューヨークに立ち寄るのを拒否した」と報道した(登録、有料)。中国側の猛烈な抗議を配慮した結果だという。

すると、「トランプは中国大陸を重んじて台湾をないがしろにした」と、台湾メディアは燃え上がった。特に「なにも、頼清徳に世界大衆の面前で恥をかかせることはないだろう。なぜそれをマスコミに流してしまったのか」と大荒れで、頼清徳は「もともと予定していた(と言われている)8月の南米訪問は、そもそも存在していなかった」という形で「屈辱」をかわそうとしている。そのことが台湾メディアをいっそう掻き立て、頼清徳は「笑いもの」の的になっているのが現状だ。

アメリカのペロシー元下院議長もトランプの決断を激しく攻撃。それも含めて台湾メディアは面目を失った頼清徳を追い詰めていた。

ところが一転。

7月29日になると、米国務省報道官が「そもそも台湾総統の外遊予定はなかったので、アメリカの台湾に対する立場は不変だ」と宣言したのだ。頼清徳のメンツを守った形だが、これがまた台湾メディアを刺激した。

いずれにしても、以上の顛末は、トランプがいかに習近平を重んじているか(相対的にいかに台湾を軽んじているか)の証しであり、またトランプ周辺の対中強硬派とのバランスものぞかせる。今後のトランプ政権の対中・対台湾姿勢が気になる。

◆「トランプが頼清徳のニューヨーク立ち寄りを拒否」に色めき立つ台湾メディア

トランプが頼清徳のニューヨーク立ち寄りを拒絶したというニュースに台湾のメディアは燃え上がった。

中央通信社CNAは7月29日、<トランプが頼総統のニューヨーク立ち寄りを拒否 ペロシー:危険信号>という見出しで報道し、同じく7月29日、聯合新聞網は<FT:頼清徳総統はアメリカがニューヨーク立ち寄りを許さないことを知った後に、8月の外遊を取り消した>と明確に因果関係をばらしてしまった。

7月29日、EBC東森新聞は<頼清徳がニューヨーク経由を拒否された? 学者らが「トランプのそろばん勘定」を暴露:目を覚ます時が来た>という見出しで学者の意見を載せている。「トランプが何を考えているか、気が付くべきだ。台湾の人々よ、目を覚ますときが来た」という趣旨の論考だ。要は「トランプは台湾を重要視していない。いざとなった時に(台湾有事に)、アメリカが必ずしも台湾を助けてくれるとは限らない」と切実だ。

威勢よくまくしたてるのは「新聞大白話」のYouTubeだ。7月29日、<トランプが頼清徳のニューヨーク立ち寄りを拒否? ペロシーが「台湾危険シグナル」を響かせたよ>というタイトルで、面白おかしく現状を斬っている。

7月29日、聯合新聞網は、もう一本関連記事を発信して、頼清徳が支援する市民団体がリコール対象としていた国民党の王鴻薇書記長の<トランプにニューヨーク立ち寄りを拒否されて、約束していた南米訪問をも取り消すのは、国交のある南米の国に失礼ではないか>という趣旨のコメントを報道している。「ニューヨーク経由の拒否を受けて、頼清徳は台湾南部の台風被害やトランプ関税対応などを理由に、『もともと海外訪問の予定はなかった』などとしているが、8月にパラグアイ、グアテマラ、ベリーズなどの外交関係を持つ国を訪問する予定で、そのときにニューヨークを経由するということは、知らない人はいないくらい知れわたっている。それを今さら『訪問する予定はそもそもない』などと言い逃れるのは、相手国に失礼ではないか!」というのが王鴻薇の主張だ。

台湾総統府はたしかに正式に声明を出したことはないが、すでに訪問するはずだった相手国からの発信さえある。

◆頼清徳の8月南米訪問は既定路線だった

たとえば今年7月15日の「公視新聞網」は<(台湾の)林佳龍(外交部長)は代表団を率いて南米の友人であるパラグアイを訪問 パラグアイのサンティアゴ・ペニャ大統領は「8月に頼清徳総統が訪問する」と述べた>というタイトルで報道し、パラグアイのペニャ大統領が「8月には頼清徳総統の訪問を受ける」と明らかにし、かつ「今からの30日間は頼清徳総統をお迎えするために準備万端進めております」とさえ言っていることを伝えている。また、台湾メディアによると頼清徳は8月に「グアテマラ、ベリーズにも行き、ニューヨークとテキサス州ダラスを経由する予定だ」と報道している。

7月15日の聯合新聞網も<頼清徳は来月中南米を訪問 米国ニューヨークとダラスを経由する予定>という見出しで報道し、それに先立ち、台湾の林佳龍外交部長が訪問したと書いている。類似の報道はあまりに多いので省く。

注目すべきは、中国大陸(北京政府)の方の外交部が7月15日に記者会見で抗議したことだ。ロイター社の記者が「パラグアイの大統領が、台湾の頼清徳総統が来月同国を訪問するので、その準備を進めていると述べました。頼総統はベリーズも訪問する予定で、アメリカを経由する可能性が高いと言われています。中国はアメリカに対し、頼総統のアメリカ経由を認めないよう要請したのでしょうか?またアメリカの反応はどうでしたか?」という質問をしている。

それに対して林剣報道官は「一つの中国」原則を踏みにじっているパラグアイに激しく抗議するとともに、アメリカ経由の可能性に関する質問に対して「中国はアメリカと台湾の間のいかなる形式の公式交流にも断固として反対し、台湾当局の指導者がいかなる名義、いかなる理由であれアメリカに出入りすることに断固として反対し、アメリカが“台湾独立”分離主義者とその分離活動をいかなる形でも黙認し、支援することにも断固として反対する。アメリカは台湾問題の高い敏感性を認識し、『一つの中国』原則と米中3つの共同コミュニケを堅持し、最大限の注意を払って台湾問題に対処すべきだ」と激しく憤りを顕わにした。

トランプは、これに対して配慮したものと思われる。

7月30日のFTは、<アメリカが6月の時点で、台湾の国防部長(国防相)が訪米することを拒否していた>(登録、有料)という事実までつかんでいたことを報道している。その理由は「中国との貿易交渉が迫っていたからだ」とのこと。一部の米当局者は、「台湾の顧立雄国防部長の訪米を認めれば、米中貿易交渉が損なわれ、習近平国家主席との首脳会談実現に向けたトランプ大統領の努力にも悪影響が出ると懸念していた」とFTは記事の中で書いている。

◆「米中台」三角関係 前代未聞のアメリカの対応に彷徨う台湾

台湾の対米トランジット外交は、1994年に李登輝総統が中南米歴訪の時に給油のためにホノルルを経由したことがきっかけとなっている。帰途、ホノルルでの短期滞在を要求したが、時のクリントン政権が「一つの中国」政策を理由に、給油は許したもののビザの発行は拒否している。しかし李登輝の抗議と、米議会議員からの激しい批判に遭い、クリントンは李登輝が1995年に私人としてコーネル大学を訪問することを許可した。あれ以来、アメリカの大都市立ち寄りというトランジット外交が始まり、これまで基本的に拒否されたことがない。2006年の陳水扁総統によるアメリカ立ち寄りの失敗は、台湾の方がアメリカ経由をキャンセルしたような恰好なので例外とすれば、今回のトランプによる拒否は、米中国交回復以来、米台関係史の中で初めての出来事であるということもできる。

問題は、これをどう解釈するかだ。

トランプは同盟国であろうがなかろうが、ほぼアメリカにとって有利であるか否かだけで、相手国との関係を「二国間関係」により決めていく傾向にある。その上、世界の専制主義的な大物リーダーが好きだ。最初の内はプーチンと習近平が気に入り、特に「自分が大統領になったら、1日でウクライナ戦争を停戦にさせる」と豪語していただけに、何としてもプーチンとの1対1の良好な関係でウクライナ戦争を解決しようとしていた。ところがプーチンは口先ではトランプとの電話でトランプが気に入るような言葉を発しながら、一方では(トランプに言わせると「夜になると」)言葉とは裏腹の激しいウクライナ攻撃をする。遂にトランプの堪忍袋の緒が切れて厳しいロシア制裁に出ると言い始めている。残るは習近平だ。習近平だけが(自分の面目を保つための)「頼みの綱」なのである。

そうでなくとも大統領就任早々、「私は習近平が好きだ!これまでもずーっと好きだった」とまで公言している。

おまけに米中貿易では圧倒的に中国が勝っている上に、中国製品や中国のレアアースがないと、アメリカは武器さえ製造できないような惨状だ。「アメリカ・ファースト」を貫き、来年の中間選挙を勝ち抜くには、「習近平の機嫌を損ねたくない」という気持ちが働いているのではないかと判断される。台湾などは二の次で、もともと強い興味を示していなかったのだが、ここに来て中国大陸優先モードに入っているように見える。

しかし政権は対中強硬論者で固めているので、ルビオ国務長官などが黙っていない。そこら辺とのバランスを図りながら、それでも「習近平重視路線」は続けるだろう。

このような中、習近平の「台湾に対する堪忍袋の緒が切れないように」持って行き、台湾有事を引き起こさせるような頼清徳政権の独立志向を抑え込む。堪忍袋の緒を固く締めて耐える役割は頼清徳にさせる。

これが当面の「米中台」三角関係ではないだろうか?

7月28日のストックホルムにおける米中貿易交渉では、8月12日だった関税暫定停止期間を、さらに90日間延期させることに決まったようだ。少なくともこの90日の間では、上記の「米中台」三角関係が続く可能性がある。途中で米中首脳会談などがあった日には、どのような「変数」が待ち構えているかわからない。見ものだ。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

カテゴリー

最近の投稿

RSS