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台湾の野党議員リコール投票はなぜ大敗したのか?
台湾で最大野党議員のリコール投票へ 反対派が集会(写真:ロイター/アフロ)

7月26日、台湾で最大野党・国民党立法委員(国会議員に相当)(以後、議員)に対するリコール(解職請求)投票が行われたが、頼清徳政権(民進党)側は大敗を喫した。その原因を中共のプロパガンダ(浸透工作)のせいにする傾向が強い。そういった要因は否定できないものの、頼清徳政権自身の「言論弾圧」と言ってもいいほどの過度な取り締まりが横行していたという経験をしたばかりだ。

実は今年初夏、台湾の「隠された歴史を研究する民間団体」に取材形式のオンライン講演を頼まれたのだが、「長春食糧封鎖という包囲戦から何を学ぶべきか」と聞かれたので、「大陸が台湾統一に際して、長春包囲戦と同様の包囲作戦を実行する可能性がある」と、書面によるQ&Aに回答したところ、真夜中なのに電話が入ってきた。

「遠藤先生、それだけは言わないようにしてください!」と切羽詰まった声で訴える。

「えっ!なぜですか?」と聞き返すと「そんな事を言ったら親中だと指摘されて生きていけなくなります!」と言うではないか。

何ごとかと説明を求めると、どうやら頼清徳政権が激しいネット言論の摘発をしていて、少しでも「大陸が台湾を包囲して統一を試みるだろう」と言った者には、「親中のレッテル」を貼り、個人は生きていけないほどのバッシングを受けるし、民間組織などは存続が不可能になるよう経費を遮断する方向で動くという。

「メールで書いたら証拠が残るので、こうして電話にしました。もっとも、電話も盗聴されている可能性がありますので危険ですが、でも講演では“台湾包囲網”だけは絶対に言わないようにしてほしいので、緊急に連絡させていただきました。どうか“台湾封鎖”のようなことは仰らないでください」と泣くように懇願してきたのだ。

驚いた。

この経験を参考にしながら、リコール大敗の経緯と台湾世論を考察する。

◆野党・国民党議員に対するリコール

今さら言うまでもないが、現政権の民進党は「台湾独立派」で、特に頼清徳総統は極端なほど独立志向が強い。対する野党第一党の国民党は「対中融和的」とされ、「統一には慎重であるものの、経済的には中国を切り離すことはすべきではない」と考えているのが現状だ。

立法院では、議員(立法委員)113議席のうち、民進党が51議席しかないのに対して、最大野党の国民党は52議席を占めている。国民党が野党・民衆党や他の野党と連携すれば、少数与党の議案はほぼ否決され、政権運営がうまくいかない。特にトランプ2.0になってからは、台湾にも同等に厳しく、防衛費の大幅な増額を要求してきた。米国の要求を最重要視した頼清徳政権は、議会で何とか防衛費増額の予算案を通そうとしたのだが、国民党を中心とした野党の反対に遭い、増額の割合を削減あるいは凍結せざるを得ない状況に追い込まれている。

そこで頼清徳総統は、台湾各地の市民団体を支援する形で、「国民党議員は大陸のプロパガンダなどによる浸透工作に加担している」として、「国民党議員24人に対するリコール運動」を展開し、賛否を問う住民投票が26日に行なわれた。結果、24人すべてに対する「リコール反対票」が賛成票を上回り、罷免されなかったというわけだ。

国民党が中国大陸の浸透工作に加担していると言っても、その証拠が出されたわけではなく、また若者に人気がある民衆党の柯文哲・党首を政治献金の虚偽記載疑惑・汚職疑惑で逮捕したりするなど、頼清徳政権の強硬性が先走っており、台湾の一般民衆の反感を買っている側面は否めない。

特に今年6月24日に頼清徳総統は「野党は濾過(ろか)されるべき不純物」という趣旨の発言をしている。この発言は大いに物議を醸し、野党側を勢いづかせた。

民進党側は、今回のリコール投票で大敗したのは、中国による激しい妨害に直面したためだと主張しているが、それだけではないことを、「野党は不純物」発言や、冒頭で書いた講演会主催者側の感想などが示している。

◆台湾民意教育基金会の最新の世論調査

今年7月15日、財団法人「台湾民意教育基金会」は<大罷免(=大規模リコール)、国家アイデンティティと台湾民主>というタイトルで世論調査の結果を発表した。

その中からリコールに関係するデータを拾って、ご紹介する。

図表1:「罷免すべき」に賛同するか否か?

財団法人台湾民意教育基金会の調査結果を転載の上、日本語は筆者注

頼清徳総統が支援する市民団体は「この一年あまり、国民党議員は憲法を踏みにじり行政を乱してきたので罷免すべきである」と主張している。これに対してリコール投票前の段階での調査で、民意はその主張に「同意しない」が「同意する」よりも上回っている。日本語的には「賛同する」、「賛同しない」と書いた方がいいのかもしれないが、台湾では「同意」という言葉がキーワードとして使われ「同意(トンイ―)マスコットキャラクター」までが現れているので、ここではその現状に沿って「同意」という中国語をそのまま用いた。

図表2:大規模リコールは「反共・台湾防衛」の意識を高めるか?

財団法人台湾民意教育基金会の調査結果を転載の上、日本語は筆者注

頼清徳総統が支援する市民団体は、国民党議員を罷免することによって「反共・台湾防衛」が果たされると主張しているが、これには無理がある。頼清徳総統として、何としても議会における最大野党・国民党の議席数を減らし、結果的に「少数与党」である民進党の議席数を相対的に増やそうということが目的なのであって、そのような政争のために選挙で選ばれた国民党議員の特定の議員を意図的に選んで罷免しようということ自体が邪道だ。リコールが「反共・台湾防衛」に役立つと思わない人が53.1%もいるというのは、もっともなことだろう。

図表3:大規模リコールは台湾の存亡に関わるか?

財団法人台湾民意教育基金会の調査結果を転載の上、日本語は筆者注

図表3に至っては、なおさらだ。国民党議員をリコールすることが「台湾の存亡に関わる」などという大げさなことを主張することに賛同しない人が53.6%もいるのは当然だと言っていいだろう。むしろトランプ関税を受け、一致団結をして難局に立ち向かっていかなければならないときに、国民党議員を減らすことが「台湾の存亡に関わる」などという主張に賛同する人は少ないに決まっている。

今年4月27日の台湾の「経済日報」は、ワシントンのシンクタンクであるブルッキングス研究所が4月25日、台湾国民の米国に対する信頼度に関する世論調査を発表したと報道している。それによれば、トランプ2.0では、台湾国民の米国に対する信頼度が低下し、中国本土の台湾侵攻に対するワシントンの関与に対する信頼度も低下し、回答者の46.7%が、台湾有事の際に米国が台湾を支援することは「不可能」または「可能性が非常に低い」と考えていることがわかった。このように少なからぬ台湾の人々が強い対米不信に悩まされ、米国をもはや台湾にとって「信頼できないパートナー」とみなしている時期に、政争のために選挙で選ばれた国民党の議員を恣意的に選んで罷免することに没頭するのは適切ではないと思っていることが判明したのである。

台湾の存亡を言うなら、米国が台湾を見捨てるのか否かの方がもっと重要だと、台湾の人々が思っていることが図表3に如実に表れていると解釈される。

図表4:頼清徳総統に対する評価

財団法人台湾民意教育基金会の調査結果を転載の上、日本語は筆者注

図表4では、頼清徳総統に対する評価を下したようなもので、中国語では「頼清徳の声望」と書いてあるのでそのまま用いたが、「評価が下された」と解釈していいだろう。これまで頼清徳氏の声望は高かったが、冒頭に書いた、中立的な歴史研究をしている民間団体の主催者が「頼清徳総統による言論弾圧」と言い、弾圧の対象となることをあれだけ恐れているということは、民主主義が歪められていることの証の一つだろうと思われる。それがこの財団法人台湾民意教育基金会の世論調査の結果としても、表れているのではないだろうか。

8月23日には別の国民党議員7人を対象としたリコール投票が行われる予定のようだが、このようなことをやればやるほど、頼総統政権は追い詰められていくのではないかと懸念する。なぜなら、国民党議員は再度台湾国民の信任を得たことになり、議会では一層力を発揮することになる可能性が高いからだ。

冒頭に書いた歴史研究をする民間団体は、長春包囲戦(チャーズ)を掘り起こしたいと思っているほどだから、親中であるはずもなく、全くの中立である。長春食糧封鎖では、国民党は長春市内にいる一般庶民を見殺しにしたので、チャーズを掘り下げることは、国民党の味方をする行動でもない。そういった中立の人々が頼清徳政権を「言論弾圧」として恐れるようでは、台湾の民主主義そのものが歪められているのではないかと憂う次第である。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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