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中国メディア、韓国非常戒厳「ソウルの冬」の背景に「傾国の美女」ー愛する女のためなら
韓国大統領、非常戒厳を宣言し解除(写真:ロイター/アフロ)
韓国大統領、非常戒厳を宣言し解除(写真:ロイター/アフロ)

中国の官製メディアは6時間で終わった韓国非常戒厳を「茶番劇」と片付けたが、中国政府の通信社「新華網」の第一報の見出しを「ソウルの冬」と銘打ったために、中国のネットでは韓国映画『ソウルの春』を連想し、監視に対する警戒がすっかり緩くなってリラックスムードとなり、韓国版「傾国の美女」に関心を示す「本音」の情報が飛び交っている。

 中国のネットでは、この非常戒厳は尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が、愛妻・金建希(キム・ゴンヒ)夫人(以下、キム夫人)が数々の疑惑により検挙されようとしているので、それを阻止するために起こしたものだという結論で賑わっているのだ。

 さすが、玄宗皇帝を破滅に追いやった「傾国の美女」楊貴妃物語がある国らしい考察ではないか。

 

◆新華網: 「ソウルの冬:尹錫悦の6時間非常戒厳茶番劇」

 12月3日夜10時過ぎ、筆者のスマホの着信音が鳴った。何かと見れば韓国で非常戒厳が布かれたという中国の中央テレビ局CCTVのニュース速報。日本の報道よりも速い第一報だった。翌日、中国政府の通信社である「新華社」の電子版「新華網」は<首尔之冬:尹锡悦的6小时戒严闹剧 >(ソウルの冬: 尹錫悦の6時間非常戒厳茶番劇)という見出しの報道をした。

 「ソウルの冬」は昨年末に封切られた韓国映画『ソウルの春』をもじったものだが、実は中国では2015年に韓国映画『暗殺』と『バトル・オーシャン 海上決戦』を上映したのを最後として、それ以降は韓国映画を上映することを禁止している。2016年7月8日に韓国が在韓米軍にTHAADミサイル配備を許したことが最大の原因となっていると思われる。したがって、『ソウルの春』は中国では上映されていないのだが、それでも新華網が『ソウルの春』をもじって「ソウルの冬」という言葉を見出しの頭に持ってきたのは、その海賊版などが出ていて、ネットで高く評価されているのを中国政府も知っているからだろう。

 たとえば中国の有名な映画評論サイトにおける<首尔之春 (豆瓣)>(ソウルの春)を見ると、「8.8点」という高得点を得ている。日本のアニメ映画『すずめの戸締まり』は「7.2点」で、『君たちはどう生きるか』が「7.6点」だ。それと比べても、いかに『ソウルの春』が高く評価されているかが分かる。

 『ソウルの春』は1979年12月12日に、ソウルで発生した軍事クーデターを題材とした映画で、「ソウルの春」という言葉自体は、朴正煕(パク・チョンヒ)暗殺事件以降に韓国で一時的に勃興した民主化ムードを指す言葉だ。「アラブの春」を示唆する形で『ソウルの春』としたのだろうが、映画自体は軍事クーデターの方に重きを置いているらしい。2017年に大統領を罷免され懲役22年の実刑判決を受け、のちに恩赦を受けた朴槿恵(パククネ)元大統領(2013年~17年)は朴正煕の娘に当たる。まるで「射殺されるか逮捕されるか」のために大統領になるような韓国大統領のあり方に、中国は突き放した見方をしている。

 加えて、中国政府の通信社である新華社が、この映画『ソウルの春』をもじって報道の頭に「ソウルの冬」を付けたことが、中国のネット民を刺激した。

 いくら嘲笑しても大丈夫という安心感を与えたのか、もっぱら「愛する女のためなら」といった類の情報が中国のネットを賑わすようになった。

 

◆中国のネット:「愛する女のためなら」で賑わう

 実はキム夫人には「経歴詐称疑惑、高級ブランドのバッグ授受問題、ドイツモーターズ株価操作事件への資金提供疑惑、国会議員補欠選挙の与党公認候補選びへの不当な口利き介入、ソウル-ヤンピョン間高速道路の路線変更、海外歴訪に民間人を同行させた・・・」など、数々の疑惑が付きまとっている。そのため、野党はキム夫人に対し「キム・ゴンヒ女史特検法」を建議したが、尹大統領が2回も拒否権を行使。しかし12月10日には「キム・ゴンヒ女史特検法」を野党は国会に再提出して再び審議する方向で動いていた。それを何としても阻止しようとして、尹大統領は突拍子もない「非常戒厳」という手段に出たのだと、中国のネット民は結論付けている。

 そういった情報はあまりに多いので、どれか特定の情報を選び出すのは困難だが、それでも証拠がないと信じていただけないと思うので、以下にいくつかの例をお示しする。中には、新華網の「ソウルの冬」出現前から「愛する女のためなら」を書いているネット民もいる。それらを含めて列挙してみる。

 ●<#这一晚韩国发生了什… >(この一晩で韓国で何が発生したのか?)は「着火させたのは彼の愛妻・金建希の贈収賄事件だった。金建希はディオールのバッグを受け取り、野党はその事実をしっかりとつかみ、最終的に金建希が投獄される可能性は否定できない状況が迫っていた。尹錫悦はもう耐えられず、いきなり非常戒厳を発令したのだ。『愛する女のために、私は全世界を敵に回してもかまわない!』と宣言したに等しい。このようなテーマは、小説や映画の中だけに描かれているとは思わない方がいい」と書いている。
 ●<因为女人,韩国紧急戒严! >(女のせいで、韓国は非常戒厳下にある)は「問題の核心は尹錫悦の女(愛妻)だ。この女は汚職や贈収賄の疑いがかけられ、上場企業の株価を操作し、大統領をコントロールし国政に干渉していたことも明らかになった。学歴不正も判明している。今年5月には、韓国のファーストレディが捜査対象となった。すると8月に、その捜査担当官が突如として自殺した。変だと思わないかい?国が大事なのか、それとも美しい女が大事なのか?尹錫悦は女を選んだんだよ」と書いている。

 ●<韩总统夫人引爆戒严事件?尹锡悦“护妻骚操作”惹怒民众:我老婆无辜啊都累瘦了!>(韓国大統領夫人が非常戒厳を誘発したのか?尹錫悦は「妻を守るために騒動を起こし」国民を怒らせた:あー、妻は無実だ、痩せてしまったじゃないか!)というのもある。

 ●<韩国一夜变天,尹锡悦为救妻子不惜全国戒严,结果遭内外联手逼宫>(韓国は一夜にして変わり、尹錫悦は妻を救うために躊躇なく全国に非常戒厳を発令したが、内外の力によって退位を求められている)などもあり、これは見出しを見ただけで内容が分かるので、説明は省略する。

 

◆中国のネットは、米ベッタリの尹政権自爆は中国に有利と喜んでいる

 現在、この原稿を書いている時点で、尹錫悦大統領に対する弾劾決議の結果はまだ出ていない。韓国の国会議席数は300で、現在は野党の「共に民主党」が170議席、与党の「国民の力」は108議席だ。野党にはほかに「祖国革新党」12議席、「その他、無所属など」が10議席ある。

 弾劾決議が可決されるためには全議席の2/3、すなわち200人の賛成票を得る必要があるが、与党から8人の「弾劾賛成者」が出ない限り、弾劾決議は可決しないので、今のところ何とも言えない状況だ。

 それでも韓国検察は6日、このたびの非常戒厳に関して、ソウル高検検事長をトップとする特別捜査本部を立ち上げたと明らかにしているようなので、キム夫人の捜索は断行されるだろう。

 となれば、たとえ弾劾決議が可決されなかったとしても、韓国の政権は非常に脆弱になり力を失う。いつ軍事クーデターが起き、大統領の弾劾が再度要求されるかわからないような不安定な国から資本は逃げ、韓国経済は大きなダメージを受けるにちがいない。そのときに頼るのは中国だ。いずれ野党が政権を取るだろうから、中国にも北朝鮮にもロシアにも悪くない状態になる可能性が高い。

 中国のネット掲示板には「アメリカの五大盟友 日韓英法(フランス)独(ドイツ)は何でまた今年揃って事件を起こしているのか?」という見出しの書き込みがある。それを以下の図表に示す。

 

図表:中国のネット掲示板の書き込み

出典:中国のネット

出典:中国のネット


 

この掲示板はURLでリンクさせても、すぐに内容が次のテーマに移ってしまうので、いっそのこと画像をキャプチャーして貼り付けることにした。ここに書いてあるのは、以下のような内容である。

 ――日本は年頭から地震への対応がまずく、その後、首相選挙で自民党が絶対多数を失い、韓国の非常戒厳は世界の笑いものになったし、イギリスは労働党が政権を獲得したと思ったら経済が突然低迷した。フランスは前倒しで選挙を行った数か月後、62年ぶりに内閣が総辞職したし、ドイツ政府も混乱に陥っている。今年はアメリカの主要同盟国5カ国がなぜか一斉に混乱してしまっている。(以上)

 

 たしかにこういうことも言えなくはない。

 トランプ2.0は不平等にならないように同盟国にも対等に関税をかけると言っており、イーロン・マスク氏がどれだけの活躍を見せてくれるか未知数ではある。

 しかし、尹政権自爆が中国に不利には働きそうにない心情を、新華網の見出し「ソウルの冬」が物語っているのではないだろうか。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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