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フェンタニル理由にトランプ氏対中一律関税70%に ダメージはアメリカに跳ね返るか?
ドナルド・トランプ次期大統領(写真:ロイター/アフロ)
ドナルド・トランプ次期大統領(写真:ロイター/アフロ)

トランプ次期大統領(以下、トランプ)は11月25日、中国がフェンタニルをメキシコやカナダに輸出して、アメリカにおけるフェンタニル患者を激増させているとして、大統領就任初日に中国に10%、メキシコとカナダに25%の追加関税を課すと投稿した(中国の場合は「60%+10%=70%」になる)。

 これに対しカナダのトルドー首相は11月29日に訪米してトランプと会食し、メキシコのシェインバウム大統領は11月26日の記者会見で、米国のトランプ宛てに書簡を送付することを明らかにした。中国は商務部が11月28日の定例記者会見で「一方的な関税引き上げに対する中国の立場は一貫している。アメリカはWTOの規則を遵守すべきで、中国と協力して中米経済貿易関係の安定的かつ持続可能な発展を共同で推進すべだ」と述べている。

 中国とアメリカにおけるフェンタニルの実態と、中国に対する一律関税の影響および中国に高関税をかけた時のアメリカが受けるダメージについても考察する。

◆フェンタニルに関する流れと実態

 トランプ氏は25日の投稿で「中国は私に麻薬密売人が摘発された場合、死刑を科すと言ったが、彼らは実行してない。中国が実行するまで追加関税10%を続行する」という趣旨のことを書いているが、そもそも中国では麻薬としてのフェンタニルを製造していないので、中国にはフェンタニル患者はいない。

 中国ではフェンタニル(合成ピペリジン系オピオイド)は手術後や末期癌患者などへの強烈な鎮痛剤として使われているのであって、日本でもモルヒネを鎮痛剤として使うのは一般的な現象だ。もっとも、フェンタニルの効力はヘロインの50倍、モルヒネの100倍とも言われ、それだけに副作用も大きい。

 しかし中国は麻薬としてのフェンタニルを生産しておらず、その原材料となる「前駆物質」を医薬用として生産しており、インドでも同様に前駆物質としてのフェンタニルを生産しているが、アメリカはインドに関しては何も言っていない。

 中国は1840年代のアヘン戦争により、長い期間にわたって西側列強諸国による侵略を受けた手痛い歴史があるので、建国後、どのようなことがあっても二度と再び民族の屈辱を味わってはならないとして、麻薬の使用や麻薬密売に関して非常に厳しい刑法を設け、何度か改正している基本的に50グラム以上の麻薬密売をした者はたちどころに死刑に処せられる。

 それに比べてアメリカは多くの州で大麻の売買も使用も合法化されている基本的に麻薬中毒患者に対しての処罰はなく密売に関してはフェンタニル40g以上の場合、初犯だと5年以上、再犯だと10年以上から終身刑に処せられる程度だ

 その結果、メキシコや華人華僑が多いカナダなどの一部の人たちがこの事実に目を付け、治療用を隠れ蓑としてフェンタニルの前駆物質を購入し、メキシコやカナダでの違法実験室や工場が中国から購入したフェンタニル前駆物質を麻薬に加工してアメリカに販売しているのが実態のようだ

 おまけに、アメリカにおける違法実験室がメキシコから密輸した加工フェンタニルの粉を錠剤にしているとのこと。カナダやメキシコが目を付けないはずがない。

 11月28日の中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は<アメリカ流フェンタニルの「武器化」が繭を生み出し(アメリカを)自縛している>と題して、アメリカ自身が麻薬患者を生み出し、自縛しているのではないかという論理を展開している。そして「フェンタニル前駆体とキシラジンは、ごく普通の複素環式化合物であり、合法的な化学物質のサプライチェーンの重要な構成要素であり、国際麻薬管理条約によって管理されておらず、国際的に認められた禁制品リストにも掲載されていない」が、「中国だけは世界で最初に全てのフェンタニル類似物質を規制対象にしてリスト化した国である」と主張している。

 中国における麻薬中毒患者の全人口に対する割合は「0.064%」と、極度に少なく、アメリカでは少なくとも13.5%の20歳以上人口が30日以内に吸ったことがあり、総人口割合は「11.1%」と、比較にならないほど多い。

 それは「大麻自由化」にも大きな原因があるだろう。

 アメリカが自国で規制と懲罰を厳しくすれば、この割合は減っていき、カナダもメキシコも商売にならなくなるので、その意味ではフェンタニル使用者のゾンビ化は、アメリカが自ら創り出していると言えなくもない。

◆アメリカによる対中一律関税は中国にどれだけの影響を与えるか?

 トランプは選挙運動中から中国に一律に60%の関税をかけると言っていたので、トランプが大統領選で勝利する前の10月22日に、中国では<アメリカの(対中)関税は、どれくらいの影響を(中国に)与えるか? ——世界貿易分析モデル(GTAP)に基づく測定>という、中国の経済学者による詳細な分析が載っている。あまりに長いので「3つのシナリオに対しての両国のGDPに対する影響の予測」の結論だけを書くと、以下のようになる。

 1.アメリカが中国に対してのみ一律60%の関税をかけた場合、中国のGDPは「-2.1%」の影響を受け、アメリカのGDPも同時に「-1.8%」の影響を受ける。

 2.アメリカが中国に対して60%の関税、ほかの国に対しては10%関税の関税をかけた場合、中国GDPは「-1.6%」の影響を受け、アメリカのGDPは「-5.1%」の影響を受ける。

 3.アメリカが中国に対して60%関税、ほかの国に対して10%関税をかけたときに、中国もアメリカに対して60%の報復関税をかけたとすれば、中国のGDPは「-2.3%」の影響を受け、アメリカのGDPは「-5.5%」の影響を受ける。

(分析は以上)

 となると、11月30日のコラム<中国に勝てず破産した欧州のEV用電池企業ノースボルト トランプ2.0で世界に与える影響>にあるように、中国が報復関税を準備していることを知っただけで、EUが譲歩する気配を見せているのだから、中国はトランプにより一律70%もの関税をかけられたら、当然のことながら報復関税をかけに出てくるかもしれない。

 その場合、アメリカはWTO規則に違反して一方的に中国に対して高関税をかけたために、自滅していくリスクもないではないことになる。

◆米中貿易データから見える米中の今後_アメリカにダメージか?

 まず、中国の対外輸出額における各国・地域の2023年シェアを図表1に示してみよう。

図表1:中国対外輸出額の各国・地域シェア2023

 

出典:中国税関総署

出典:中国税関総署

 

 図表1から明らかなように、中国の貿易相手国・地域の最大のものは「ASEAN、EU、アメリカ」である。アメリカは一国でEU全体と同じ金額なので、さすがだと言える。

 しかし、EUが前掲のコラム<中国に勝てず破産した欧州のEV用電池企業ノースボルト トランプ2.0で世界に与える影響>にあるように、ノースボルトの破産で中国に対する負けを受け入れるしかないところに追い込まれたので、EU部分はもっと膨らむはずだ。

 さらに、11月19日のコラム<南米をも制する習近平 トランプ2.0の60%関税を跳ねのけるか>に書いたチャンカイ港建設に代表される新しい手を南米に対して打っているので、その成果もじわじわと出てくるだろう。

 図表1のうちの、対米輸出品目には何があるのかを知りたく思い、TRADING ECONOMICS(2023)が扱っているUnited States Imports By Categoryや、United States Imports from Chinaなどを基にして上位10品目のデータを作成し、図表2に示してみた。

図表2:中国の対米輸出上位10品目のアメリカにおける輸入総額における%

 

TRADING ECONOMICSを参考に筆者作成

TRADING ECONOMICSを参考に筆者作成

 

 図表2から明らかなのは、アメリカ庶民のおもちゃとかスポーツ用品などの75%は中国から輸入し、家具も約30%は中国から輸入しており、さらに紡織品も40%近くを中国から輸入しているので、ここに70%の関税がかかると、その差額分(高騰した物価分)を庶民が負担しなければならなくなり、アメリカ国民の経済生活には大きなダメージを与えることになる。

 電気・電子機器、機械、プラスチック、光学機器、鉄鋼製品などの製造業に関しては、アメリカにそもそも製造業に従事できるエンジニアが不足していることから、これら製造業に関する部分に70%もの高関税をかけたら、アメリカの製造業界は悲鳴を上げて倒産していく危険性を孕んでいる。

 これに関しては数多くのデータがあるものの、最も簡単な世界銀行の国際開発指標のデータに基づいて米中日の製造業付加価値額の推移をプロットすると図表3のようになる。

図表3:米中日の製造業付加価値額の推移

世界銀行のデータを基に筆者作成

世界銀行のデータを基に筆者作成


 図表3からは、明らかに「中国が成長し、アメリカは伸び悩み、日本はひたすら衰退の一途をたどっていること」が見てとれる。では最後に、2023年におけるアメリカの輸入上位国トップ10を見てみよう。

図表4:アメリカの輸入上位国トップ10

 

TRADING ECONOMICSを参考に筆者作成

TRADING ECONOMICSを参考に筆者作成

 

 図表4から明らかなように、このたびフェンタニルを理由に追加関税をさらに上乗せするとした「メキシコ、中国、カナダ」こそがアメリカの3大輸入国なので、アメリカは計り知れないダメージを受ける可能性がある。

 イーロン・マスクがいたとしても、トランプ2.0政権が関税によって勝てるとは思いにくいのだが、いかがだろうか?

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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