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南米をも制する習近平 トランプ2.0の60%関税を跳ねのけるか
ペルーを訪問した習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
ペルーを訪問した習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 APEC(アジア太平洋経済協力)2024は11月15日と16日にペルーの首都リマで開催され、18日からはブラジルのリオデジャネイロでG20が開催されている。ペルーではAPECが正式に始まる前に習近平国家主席(以下、習近平)はオンラインでペルーのチャンカイ港開港式に出席し存在感をアピールした。ブラジルはBRICS(新興国)の仲間でもあり、習近平はG20でグローバルサウス(新興国&途上国)の支援に向けた一連の措置を強調した。

 アメリカが、やがて世界一に上り詰めるにちがいない中国を、何としても抑え込もうとするだろうことは、習近平政権が発足する2013年以前から中国にはわかっていた。

 本稿では、チャンカイ港の意義とともに習近平が着々と進めてきた南米制覇戦略の結果と現実を考察する。

 

◆チャンカイ港は新しい「一帯一路」の太平洋回廊

 11月14日、リマに到着した習近平は、中国が投資して完成させたペルーの大型深海港「チャンカイ港」の開港式典にペルーのボルアルテ大統領とともにオンラインで参加した。習近平はチャンカイ港を巨大経済圏構想「一帯一路」の一環と位置付けており、「21世紀の海上シルクロードが成功裏に始まった」と述べている。

 開港式典の様子は11月15日の中国外交部の報道の最後にある中央テレビ局CCTVの「新聞」CCTV13の動画でご覧になることができる。

 11月16日、CCTVの「中文国際」CCTV4は<[中国新闻]跨越万里以港为媒 苏州与钱凯携手向前>(万里を越えて港を介し、蘇州とチャンカイは手を携えて前に進む)という見出しで中国の蘇州港とペルーのチャンカイ港を結ぶ回廊を解説し、後半では万里の長城とマチュピチュの歴史的意義を位置付けている。

 11月15日の中国の「観察者網」は<中国企業はラテンアメリカでデカイことをやってのけた! ペルーは「ラテンアメリカのシンガポール」になれるのか?>という見出しでチャンカイ港開港の意義を解説している。他の多くの中国情報とも照らし合わせながらピックアップすると、以下のようになる。

 ●2019年、中国の中遠海運港口(コスコ・シッピング・ポーツ)が60%の株式を取得して支配株主となり、残りの40%の株式はペルー火山鉱業グループが保有している。

 ●チャンカイ港建設全体の総投資額は36億米ドルで、第1期工程の投資額は12.98億(約13億)米ドルに達する(今後、追加投資を行う)。コスコはチャンカイ港の運営権を「独占的」に保有しており、まずはペルーから蘇州港への直行航路を開設する(蘇州の太倉港は上海港の羅涇港区から28km程度のところにある)。

 ●最大水深17.8mの港湾は、1.8万TEU標準のコンテナを積載できる超大型コンテナ船の寄港が可能で、今のところ年間100万TEU、長期的には150万TEUのコンテナ処理能力を持つことになる(筆者注:TEUとはTwenty-foot Equivalent Unit、すなわち20フィートコンテナ換算のことで、コンテナ船の積載能力やコンテナ・ターミナルの貨物取扱数などを示す単位)。

 ●これまで南米から中国の港に大型コンテナ船で行くには、メキシコや、場合によっては北米を経由してからでないと交易できなかった(すなわち、複数の小さなコンテナ船でメキシコなどに行き、そこから大型コンテナ船に積み替えるなどの方法しかなかった)。メキシコを経由した場合でも35日間はかかっていたが、チャンカイ港と蘇州港を直行すれば25日間ですむ。

 ●ブラジルは今まで中国との貿易では、パナマ運河か南アメリカ大陸南端を経由する必要があったが、チャンカイ港ができたので、高速道路でチャンカイ港まで行き、そこから蘇州港に直行できるので、大きなコスト減につながる。

 ●チャンカイ港の開港は、中国と南米諸国だけでなく、韓国、日本、台湾などが南米との貿易に使うことも可能なので、「チャンカイ港は南米のハブ港」になり、やがて東南アジアにおけるシンガポールの役割を果たすだろう。(中国側の分析は以上)

 

 図表1に、チャンカイ港と蘇州港を結ぶ航路を図示した。これは新しい「一帯一路」の太平洋回廊である。

 

図表1:チャンカイ港と蘇州港を結ぶ航路

筆者作成

筆者作成


 

◆南米諸国の「一帯一路」加盟状況とBRICS加盟状況

 習近平は「一帯一路」構想や「BRICS+」などによって、グローバルサウスを中心とした「非米側陣営」を束ねていこうとしてきたが、何と言っても南米は「アメリカの裏庭」。そこに入り込んでいくのだから、並大抵のことではないだろう。

 しかし習近平は国家主席になった2013年から、アメリカが中国の成長を抑え込もうとするだろうことを織り込んで、巨大経済構想「一帯一路」やハイテクにおいて自力更生する国家戦略「中国製造2025」を計画し戦略的に動いてきた。

 その結果、2023年における各種情報によれば、「一帯一路」加盟状況とBRICS加盟状況は図表2にようになる。

 「一帯一路」に加盟していない国はBRICSに加盟あるいは加盟申請をしている。図表2の左右2枚を合わせると、ほとんどが赤色(共産中国)に染まっていることがわかる。パラグアイだけは「中華民国」台湾と国交を結んでいるのだが、それでも図表3をご覧になると、やはり「赤い」。

 

図表2:南米諸国の一帯一路&BRICS加盟状況

筆者作成

筆者作成


 

◆南米諸国の対中貿易と対米貿易の動向

 東南アジア諸国だろうと南米諸国だろうと、あるいはアフリカ諸国や中東諸国もそうだが、米側に付くのか、それとも中国側に付くのかで揺れている。経済的にはどちらにも付いていたいが、アメリカは対中制裁をするので、アメリカの方針に横並びして自国の経済発展を遅らせ自国民を困らせるようなことをしたくないと思うのが、ほとんどの中小国の偽らざる心境だろう。

 一方で、中国は言論統制などがあっても、他国を一方的に制裁するようなことはしていないので、経済交流という意味から行くと、中国に傾いている方が「踏み絵を踏まされないですむ」ので、中国に傾きやすい。

 そこで、世界銀行のWorld Integrated Trade Solutionの2022年データに基づいて「対米貿易が多いのか」それとも「対中貿易が多いのか」を算出してマップ化したところ、図表3のようになった。

 

図表3:南米諸国の対中&対米貿易傾向

世界銀行のデータに基づき筆者作成

世界銀行のデータに基づき筆者作成


 

 さすがにアメリカにごく近く隣り合っている国々は対米貿易の方が勝っている。青色が濃い方が、より対米貿易の方が大きいことを意味する。

 一方で赤色は真っ赤な国とやや薄い赤の国では多少の貿易強度が違ってくるが、それでも全体的に見れば南米大陸が「赤く染まっている」ことが見て取れる。

 気になるのは、台湾と国交を結んでいるパラグアイだ。

 けっこう、赤いではないか。

 パラグアイの大統領は思想的に反共だったのだが、近年は経済面から共産中国(中華人民共和国)との国交樹立を検討している議員も少なくない。2022年9月28日に「フィナンシャル・タイムズ」が、パラグアイのマリオ・ベニテス大統領が台湾に対して、「外交関係を維持するために10億ドルを投資するように要請した」と報じた。そのような経緯もあり、中国とは国交がなくても真っ赤なのだろう。

 ペルーのチャンカイ港の開港は、南米と中国との貿易を躍進的に促進させ、トランプ2.0での対中高関税が文字通り実施されたとしても、非米側陣営内での貿易によって、世界を循環させていくのではないかと推測される。特に農産品の輸入に関しては、アメリカから南米に切り替えることによって、中国の胃袋を満たすことになるのではないだろうか。

 ひょっとしたら、アメリカが存在していなくても成立する「非米側経済圏」が地球上に誕生するのかもしれない。

 それを予め防ごうとして、トランプ次期大統領は、就任前に「アルゼンチンのトランプ」と言われているアルゼンチンのミレイ大統領とのみ会談したのではないかということも考えられる。

 以上、チャンカイ港開港をきっかけにして、南米に対する習近平の戦略を考察してみた。今後の中米関係分析の一助になれば幸いである。

 

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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