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欧州旗・中国国旗
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英国は政治を仕切り直し

英国では、類まれな政治の仕切り直しが行われたばかりである。今回の総選挙はいつもの様な選挙ではない。この14年間政権の座にあった与党保守党が惨敗し、ほんの5年前には少なくとも10年間は勝つ見込みがないとされていた労働党が歴史的大勝を収めた。観測筋にとって、今回の選挙結果はよく咀嚼し検証すべき点が多い。小選挙区制を取っているため最大得票の一人だけが勝ち、2番目や3番目の候補者の政党は、全国の得票数が勝利政党のそれとほぼ同じであっても議席を伸ばすことができない。

英国の新首相キア・スターマー氏は、過半数を大幅に上回る議席を得、幅広い支持を集めたものの、その層が浅いことを認識している。今回は国民が保守党の退場を望み、労働党に投票する以外にそれを実現できないという事情があったからだ。

労働党の選挙戦は「Ming vase(明王朝の花瓶)」戦略と評されることが多かった。「Ming vase(明王朝の花瓶)」とは、孫武の『孫子兵法』に記された古代中国の英知という意味ではなく、貴重でデリケートな明王朝の花瓶を持ったまま部屋を横切るかのようだと揶揄しているのだ。つまり、滑ったり転んだりして花瓶を落とし粉々にしてしまわないよう、激しい動きは一切せず、ずっと小股で慎重に歩くという慎重かつ安全第一の戦略を取ることである。14年もの間政権を握っていた保守党が激しく疲弊し支持を失ったため、労働党はヘマをせず有権者の不興を買わないだけでよかった。彼らはそれに成功したわけであるが、これは、選挙戦中に政策や新たなアイデアについてほとんど論じられなかったことを意味する。争点が国内問題だったのも不思議ではない。

 

欧州の不確実性

英仏海峡を挟んだフランスでもつい先日、国民議会選挙が終わった。左派とマクロン氏の中道与党が異色とも思える連合を組み候補者を一本化したことで、マリーヌ・ルペン氏率いる極右政党・国民連合は第1回投票の勝利を生かすことができず、第3位に転落した。とはいえ、マクロン大統領の統治力はガタ落ちしたままで、第五共和制の長期的な存続性に疑問符が付いた。ルペン氏の予想外の急失速にもかかわらず、国民連合は月曜日、ハンガリーの首相オルバーン・ヴィクトル氏をはじめとする欧州の極右グループとの連携を発表した。

ハンガリーはEU議長国に就いたばかりである。議長国は大体においてお飾り的な立場であり、権限がほとんどない。だがヴィクトル氏は、ウクライナの戦争を終結させる独自の「平和ミッション」を掲げ、EU本部や数多くの加盟国政府の反感を招いている。同首相は戦争開始から2年以上経った先週、両国が国境を接しているにもかかわらず初めてとなるウクライナ訪問を行った。その後モスクワに飛び、長年親密な間柄にあるプーチン氏と会談してから、北京を訪れて習近平氏と抱擁し、紛争当初から平和を呼びかけてきた唯一の国だと中国を称賛した。彼は、中国政府が実質的にプーチン氏のロシアを支え、侵攻開始以降、経済財の主たる供給源になっている現状を都合よく無視している。中国は、北朝鮮やイラクとは異なりロシアに直接軍需物資支援を提供していないかもしれないが、基本的なライフラインを提供しているのは中国である。西側主導の民主主義と制度に代わる世界秩序の基盤として、両国は相変わらず制限なしのパートナーシップを表明している。

一方、中国は上海協力機構(SCO)の新規加盟国としてベラルーシを迎え入れた。中国に事務局を置く同機構は、中央アジアへの中国の勢力圏拡大を目的に創設され、中国のほか、「スタン」諸国とロシアが原加盟国である。ラトビア、リトアニア、ポーランド、ウクライナ、ロシアと国境を接するベラルーシは、どんなに創造力をたくましくしても、中央アジアの大国あるいはこの機構にふさわしい国であるとは考えられない。ただロシアの同盟国であり中国の独裁主義の枢軸国というだけだ。正式加盟を確固たるものにするため、ベラルーシ加盟の正式発表前から入念に準備していたことが明らかな中国とベラルーシは、現在ポーランド国境のすぐ近くで「反テロ」演習を実施している。どのようなテロリストを想定しているのかは不明だが、EUとの国境付近に中国人民解放軍部隊を駐留させることは、ロシア支援に関わる中国の意図のみならず、東シナ海や南シナ海を中心としたアジア太平洋でのその思惑に対する懸念と疑念を高める以外の何ものでもない。

こうした行動はむろん違法ではないが、習近平氏の極めて稚拙な判断を反映している。彼は、これが欧州でどれだけ否定的に受け止められるかを理解していないか、あるいは理解していても単に気にしていないのだ。どちらがより憂慮すべきシナリオかを把握することは難しいが、彼は緊張や誤解を和らげることに注力するような人間ではない。

欧州全域で変動と混乱が十分に落ち着いたとしても、米国に目を向ければ懸念は高まる一方である。バイデン氏が年を取り過ぎていることは明らかであり、率直に言ってトランプ氏も同様だ。だがあのテレビ討論会におけるバイデン氏の最悪のパフォーマンスは、彼がさらに4年の任期を務めるのは難しいことを物語っている。討論会以降のイベントではパフォーマンスも話し方もましになっていたが、ダメージを受けたことは確実であり、民主党は別の候補者を擁立すべきであろう。

 

複雑化する世界に必要な一貫したアプローチ

ほんの数年前と比べても、私たちの住む世界がより複雑かつ危険になったことは誰の目にも明らかだろう。ウクライナやガザ、ミャンマーでの戦闘は現地の人々に壊滅的な被害をもたらし続けている。これを、戦争は決して軽率に始めるべきものではなく、また力を示す行為でもなく、リーダーの失策に他ならないということを忘れないための重要な教訓としなければならない。

著名な歴史学者ニーアル・ファーガソン氏は、英国の大衆紙『デイリー・メイル』に最近寄稿した文章の中で、英国で労働党が前回政権を握ったときのことを回顧している。それは1990年代のことであるが、世界は今、20世紀末当時より1930年代に似ているとの見方をファーガソン氏は示した。1930年代との相似性を指摘したのは彼が初めてではなく、それが世界の地政学的緊張の高まりを反映していることは間違いない。 

英国の選挙戦では国際問題にほとんど焦点が当てられず、また中国については実質的にまったく触れられなかったが、それをもって、労働党指導部はこれから政権を握ろうというのに世界情勢に対して無策だと断じることはフェアでないだろう。デービッド・ラミー外相は『フォーリン・アフェアーズ』の2024年5/6月号に文章を寄せ、外交政策に対する自らの進歩的主義的リアリズムのアプローチについて簡単に説明しているが、 その中で中国問題に関しても述べている。 

英国は代わりに、より一貫性のある戦略、つまり中国に挑み、競争すると同時に、必要に応じて協力する戦略を取らなければならない。これは、中国政府が英国の利益に組織的な課題を突きつけ、中国共産党が安全保障上の真の脅威をもたらすという認識に基づくアプローチとなる。また同時に、英国経済にとっての中国の重要性を鑑み、中国政府と協力しなければ、いかなる国家集団も気候危機やパンデミック、人工知能がもたらす世界的な脅威に対処できないことを踏まえた対応だ。デリスキングとデカップリングには決定的な違いがある。中国と西側の関係が長く続き、進化することはすべての人の利益となるはすだ。

出だしとしては悪くないが、労働党が政権を握った今重要となるのは、首相に就任したキア・スターマー氏がこれをさらに発展させ、中国共産党が西側にもたらす脅威の高まりに対処するうえで必要なアプローチを確立することである。ここで言う西側とは、地理的地域としての西側ではなく、一連の制度・立憲的規範の「略称」であり、この規範は欧米諸国だけでなく、日本や韓国など多くのアジア諸国やアフリカ諸国でも採用されている。

中国共産党は、被害妄想の米国議員や認識不足の根っからの「冷戦戦士」が頭の中で生み出すような脅威をもたらすことはない。だがその脅威は、同党が自ら書き、発表したものからはっきりと見て取れる。習近平氏は10年以上にわたり、中華人民共和国が西側の開かれた社会に対抗する立場を取ることを望むと述べてきた。

欧州であれ米国であれ、保守派の多くにとってプーチンはある種のヒーローであり、「伝統的な価値観」と西洋文明の 擁護者とみなされてきた。保守派ポピュリストの政治家は、NATOの拡大からロシアを守るためウクライナ侵攻を余儀なくされたというプーチンの主張を、訳も分からず受け売りすることがあまりに多い。冷戦終結時の平和の配当をうまく生かせなかったことはむろん非常に残念であるが、2024年2月にウクライナに侵攻したのはロシアの戦車と部隊であることを忘れてはならない。台湾海峡で脅威を生んでいるのは、台湾による中国本土の侵攻でも威嚇でもなければ、周辺の国際水域で航行の自由を行使している米国やその同盟国でもない。また、フィリピンやベトナムは南シナ海に人工島を建設し軍事拠点化などしていない。

 

アジアの対応

デービッド・ラミーの言っていることは正しい。英国には、一貫性のある対中政策が必要である。EUも早急に中国がもたらすリスクに一致協力して対処する必要があるが、英国もEUも債務負担や低成長、経済格差、移民をめぐる数々の国内問題に気を取られることになりそうだ。中国の近隣諸国にとって、脅威と挑発はより差し迫った問題である。中国人民解放軍はベラルーシで演習を実施しているものの、欧州に侵攻してはいない。だが韓国にとっての北朝鮮の脅威と同様に、台湾に対する軍事行為は現実的なものであり、フィリピンとの折々の軍事衝突も間もなく起きそうな気配が漂う。

日本と韓国、台湾は、中国に対する西側のアプローチの明確化と導入に貢献している。遠く離れた西側同盟国より、中国で何が起きているかに関する情報が多く、理解も深い。今求められている一貫性のある政策とは、政府のすべての活動分野を網羅した包括的なものでなければならない。まず中国の近隣諸国は、自分たちには同盟国があり、その同盟国に助けを求めれば、オーストラリアであれ、EUや英国、そしてもちろん米国 であれ、中国に対する自国のアプローチ改善に助力が得られると知っておく必要がある。マンパワーと防衛システム、その両面での軍備への投資が不可欠となる。防衛力が弱いと、軍事的野心を勢いづかせるだけである。中国政府系ハッカーなどによる企業や大学の知的財産(IP)や主要技術の組織的窃盗を理解することが極めて重要となる。中国共産党は、強い中国の実現のためには、正当な手段であれ不正な手段であれ、主要な技術・科学的ノウハウを中国に持ち込むことが不可欠であると明言している。IPや技術の窃盗は米英の大学に限った問題ではない。韓国と日本もその被害に遭っている。とはいえ、調整が最も難しいと思われるのは対中経済政策である。世界第2位の経済大国であり、またほぼあらゆる国の最大の貿易相手国であることから、自国の経済を中国から完全に切り離すことは不可能である。だが、中国への依存を減らし、サプライチェーンを複数確保し、中国共産党による政治主導の経済的威圧にともなう真のリスクを把握し、必要に応じて国内企業・産業を支援することはできる。

こうした状況が、この30年ほど続くグローバル化を逆行させることになるのだろうか。答えはイエスである。だがそれを、中国とのよりレジリエントな経済関係に置き換え、中国の経済的影響力を弱め国家安全保障を強化するべきだ。国際貿易の拡大とグローバル化は明らかにメリットをもたらしたが、均衡を失い目先の経済的利益に目がくらむことが少なくない。均衡を取り戻すには過去からの脱却が必要となる。その取り組みでは、中国共産党の現状を踏まえた強固な対中政策が不可欠となる。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.