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中国の威嚇的兵器ポスターと軍事演習 頼清徳総統就任演説を受け
出典:CCTV
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5月20日における「中華民国」台湾の頼清徳総統就任演説は理路整然としていて力強かった。「独立」を越えて「国家主権」を主張した「国家観」は、その是非を別にすれば立派なものである。ただ、1971年10月25日の国連決議【第2758号】に完全に違反しており、中国は激怒し武器のポスターで威嚇すると共に5月23日から24日の日程で実弾を伴わない軍事演習の予告もしている。

◆頼清徳総統の就任演説

5月20日、日本時間12時08分から始まった頼清徳総統の就任演説を最初から最後まで同時配信されたネットで視聴した。これまでの頼氏のどの演説よりも力強く、頼もしくさえ見えた。

就任演説に関しては数多くの予測が出ており、「九二コンセンサス」(大陸も台湾も「一つの中国」をそれぞれの立場から認めるというコンセンサス)に触れるか否か、「独立」という言葉を言うか否かが注目の的(まと)だったが、頼清徳はそのどちらの言葉にも触れず、ひたすら「国家主権」という言葉を使って、「中華民国」の立場を断定し、強く主張した。

要は、「中華民国」台湾は、れっきとした「主権」を持った「国家」であり、どこにも隷属していないので、「独立」という言葉を使うこと自体まちがっているというのが彼の論理だ。

そして「中国(中華人民共和国)」と「中華民国(台湾)」は互いに主権を持った「国家」として、「対等に」話し合いをすべきである。その話し合いによって両岸(台湾海峡を挟んだ二つの岸辺にある国)の平和と繁栄を築くべきだというのが頼清徳の主張なのである。

もし台湾が「国家」として認められているのなら、実に立派な「国家観」をその前後で述べており、冷静で理知的で論理的整合性も高かった。

しかし、その主張は、完全に19711025日の国連決議【2758号】に違反しており、国際社会で容認されるためには、この国連決議を、国連で再採決して「否決」しなければならない。

頼清徳はまた、「中国は言葉と武器で台湾を威嚇するのをやめよ」と名指しで批判したが、中国は激怒して、正に言葉と武器の威嚇的なポスターおよび軍事演習予告で、激しい怒りを表している。

◆激怒する中国――言葉と武器のポスターで表現

中国は頼清徳の就任演説に関して激怒している。

先ず、言葉の表現では5月20日16:17、新華社は<国務院台湾事務弁公室の報道官が、台湾地域の指導者の「5月20日」演説に対する立場を表明した>という見出しで、中国政府の怒りを報道している。それによれば、国務院台湾事務弁公室の陳斌華報道官は20日、概ね以下のように述べたという。

――台湾海峡の現状は複雑で厳しい状況にあり、その根本原因は民進党が「台湾独立」という分離主義的立場を頑なに堅持し、「一つの中国」原則を体現する「九二コンセンサス」を認めず、外部勢力と共謀して「独立」を模索していることにある。台湾地区の指導者は本日の演説で、その姿勢を露呈した。「台湾独立」は台湾海峡の平和とは相容れない。台湾問題を解決し、完全な祖国統一を決意するわれわれの意志は岩のように堅固であり、国家主権と領土保全を守るわれわれの能力は不滅であり、「台湾独立」の分離主義と外国の干渉に反対するわれわれの行動は断固として力強いものである。(中略)膨大な数の台湾同胞を団結させ、両岸関係の平和的、統合的発展を推し進め、祖国統一という偉大な偉業を揺るぎなく前進させる。

中国の外交部の王文斌報道官は5月20日の定例記者会見で、以下のように述べている。

――「中国」は世界に一つしかなく、台湾は中国領土の不可侵の一部であり、中華人民共和国政府は唯一の合法的政府である。台湾島内の政局がどのように変化しようとも、台湾海峡の両岸が「一つの中国」に属するという歴史的・法的事実を変えることはできず、国際社会が「一つの中国」の原則を堅持するという基本的構造を変えることはできない。ましてや、中国が最終的に台湾を統一し、台湾は必然的に統一されるという歴史の大勢を変えることなどは絶対にできないのである。

中国の国防部は523日、<剣は“台独”を指している!東部戦区は≪越海殺器≫の組み合わせポスターを発布>という見出しで、リンク先にあるポスターを公開した。「越海殺器」とは「海を越える殺器(相手を殺す武器)」という意味である。そのポスターを中央テレビ局CCTV「央視新聞」が載せているので、以下に6枚のポスターをご紹介したい。

ポスター1:踹門神器

 

出典:CCTV

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「踹門神器」は「門を蹴り破る神器」の意味で、「長空利剣、制勝先鋒」は「空を切り裂く剣、勝利を導く先鋒」という意味だ。

紅と緑の文字で書いてある「剣鋒瞰獨」は「剣の鋒で台独を俯瞰する(上から見下ろす)」という意味で、戦闘機「殲(せん)-20」(J-20)(第5世代ジェット戦闘機)の「殲」の字の発音と「剣」の発音が同じ[jian]なので、「剣」は「殲-20」を表している。

ポスター2:炸弾卡車

 

出典:CCTV

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ここでは戦闘機「殲-16」(J-16)(戦闘爆撃機)が「爆弾トラック」となり、「攻防一体、戦力満載」であると書いている。

ポスター3:中華神盾

 

出典:CCTV

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このポスターには、戦艦052D(昆明級ミサイル駆逐艦)が「中華の神盾として、波を切り裂き、虎を追い、狼を駆逐する」と書いてある。

赤と緑の文字で書いてある「鐧鏈鎖獨」は、戦艦二つが「鐧(かん)の鎖でつながり台独を封鎖する」という意味である。「戦艦」の「艦」の発音が[jian]なので、同じ発音の「鐧」と言う文字を持ってきている。「鐧」は中国の伝統的な武器で、刃がない金属製の角棒が据え付けられた剣という外見をした打撃武器である。

ポスター4:登陸猛将

 

出典:CCTV

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このポスターは071型ドック型輸送揚陸艦が「上陸猛将として、刃を抜いて、海を越え輸送する」ことを表しており、「鐧鏈鎖獨」はポスター3と同じ意味である。

ポスター5:東風快遞

 

出典:CCTV

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このポスターには東風導弾 DFシリーズ(中距離/大陸間弾道ミサイルシリーズ)のミサイルが「東風の宅急便として、国の重器の使命を必ず達成する」という意味のことが書いてある。

赤と緑で書かれた文字「箭雨清獨」は、ミサイル・ロケットが「矢の雨で台独を清掃する」という意味で、ミサイル・ロケットを「箭(jian)」という文字で代表している。

ポスター6:量大管飽

 

出典:CCTV

出典:CCTV

 

「量大管飽 剣指蒼穹 気貫長虹」は「ミサイルの量が多くて腹一杯になり、剣が蒼天を指し、気迫が虹を貫く」という意味だ。「遠箱火」は「遠距離箱式ロケット弾(火箭弾)」を指しており、PHL-191型多連装自走ロケット砲を指す場合が多い。「箭雨清獨」はポスター5の場合と同じである。

一方、CCTVは以下のような「6枚組み合わせポスター」を作成して、特別報道を行った(事態が流動的なので、最初のリンク先が消え、現在のリンク先になっている)。

CCTVの「6枚組み合わせポスター」報道

 

出典:CCTV

出典:CCTV

 

6枚組のポスターの下に書いてあるのは以下のような意味である。

        外部勢力に頼るのは邪道

       「独立」を謀るのは絶望の道

        統一を促進するのは活路

        祖国は絶対に統一しなければならず、必ず統一される

◆中国、激怒の行動 軍事演習

5月23日9時5分、東部戦区は<東部戦区発布“聯合利剣—2024A”軍事演習区域見取り図>なるものを発表した。それによれば軍事演習区域は以下のようになる。

図表:中国国防部(東部戦区)が発表した軍事演習区域

 

出典:東部戦区

出典:東部戦区

 

東部戦区によれば軍事演習は5月23日と24日に行われるようだが、実弾を伴う演習ではなく、短期間で終わる。これを2022年8月4日から行われた、ペロシ元米下院議長訪台に伴う、実弾軍事演習およびその区域と比較すると、習近平がどうするつもりなのかが見えてくる。

比較対象となる軍事配置と、いざとなったら(台湾が独立を宣言したら)習近平がどのような軍事行動を起こすかに関しては、6月3日に出版される『嗤う習近平の白い牙』の【第三章 習近平は台湾をどうするつもりなのか?】で詳細に考察している。

機会があれば、別途コラムで分析したい。

なお、総統が就任演説で主張したことが台湾の立法院で認められるわけではなく、台湾政府としてどのような決議を出すかは別問題だ。5月18日のコラム<台湾 頼清徳政権誕生前夜の立法院(国会)大乱闘>で書いたように、立法院は与党51議席に対して野党60議席である。頼清徳の「国家主権」論の方向に動く可能性は非常に低いだろう。

だから中国大陸側も「威嚇」だけは派手にするが、軍事演習も実弾を伴わない短期間のものしかしていない。

ここからが綱渡りのような駆け引きが展開されるだろうことが予測される。

追記:元のタイトルにあった「越海殺器」の意味が分かりにくいというご指摘がありましたので、タイトルを分かりやすい言葉に書き換えました。525日記。

この論考はYahooから転載しました。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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