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習近平はなぜG20首脳会議を欠席したのか? 中国政府元高官を単独取材
BRICS首脳会議には出た習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
BRICS首脳会議には出た習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

インドで9日から開催されているG20首脳会談に習近平国家主席が欠席し、代わりに李強国務院総理が出席した。これに関して日本では、「2023年中国標準地図」問題があるので「臆病者の習近平」は非難されるのが怖いからだとか、国内問題で外遊するゆとりがないからだとか、果ては「お友達のプーチンがいないから」という奇想天外なものまでが飛び出している。

そこで高齢の旧友である中国政府元高官に単独取材し、真相を得た。

それは思いもかけない理由だった。

 

◆取材結果:李強は副総理を経験していないので外交の訓練をさせている

江沢民政権時代から、ASEAN関連首脳会議に出席するのは、国務院総理と決まっており、インドネシアで開催されたASEAN関連首脳会議に李強・国務院総理(=首相)が出席したのは、ごく自然のことである。

しかしG20首脳会議に関しては、習近平は国家主席になってから一度も欠席したことがなく、このたび欠席したのは確かに異例だ。

したがって冒頭で述べたような奇想天外な憶測がなされるのも、分からないではない。ただ、どう考えても納得のいく理由ではないので、何が背景にあるのかは知りたいし、考察する必要があるだろう。

そこで、もう90近い高齢の中国政府元高官に連絡して、「習近平がG20首脳会談を欠席した本当の理由」に関して単独取材を行ったところ、思いもかけない回答が戻ってきた。

 

――理由なんて簡単なものさ。李強総理が副総理を経験してないので、外交の経験がないからに決まってるじゃないか。一国の総理となったからには、あらゆるチャンスを活かして外遊させなければならない。BRICS首脳会議の場合は、それこそ習近平がずーっと唱えてきた「BRICS+(プラス)」を通して多極化を図ろうという正念場の会議だったから、これはさすがに李強では役割を果たせないが、G20なら、ちょうどいい訓練の場になるだろう。

それだけのことだよ。

李克強の場合は、副総理の時に相当な外遊の数をこなしているから、総理になったあとは、習近平の代わりに出席させる必要はなかったが、李強の場合はそうはいかないんだよ。でもこうして常委(中共中央政治局常務委員)を訓練し強化していくんだから、悪いことじゃない。(回答は概ね以上)

 

なるほど――。

そういう事だったのか。

念のために調べてみたが、李強の場合、チャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員7人)になる前には、外遊といった外遊はしたことがなく、一度だけ2018年に政党間交流の目的で代表団を率いて南米3ヵ国を訪問したくらいのものか。7月14日~22日にかけて、「キューバ、パナマ、ペルー」を訪問している。

今年の3月に国務院総理になってからは6月18日~21日のドイツ訪問と6月21日~23日のフランス訪問がある。

その後は、今回のインドネシアにおけるASEAN関連首脳会議(9月5日~8日)とインドにおけるG20首脳会議(9月9日~10日)となる。

 

◆李克強が国務院副総理だったときの外遊経験

一方、李克強が国務院副総理の時(2008年~2013年3月)の外遊には、概ね以下のようなものがある。

 ●2008年12月20日~30日:「インドネシア、エジプト、クウエート」

 ●2009年6月23日~29日:「トルクメニスタン、ウズベキスタン、フィンランド」

 ●2009年10月29日~11月5日:「オーストラリア、ニュージーランド、パプアニューギニア」

 ●2010年1月25日~28日:「スイス」

 ●2011年1月4日~12日:「イギリス、スペイン、ドイツ」

 ●2011年10月23日~27日:「北朝鮮、韓国」

 ●2012年4月26日~5月4日:「ロシア、ハンガリー、ベルギー、EU」

                           (概ね以上)

 

拾い切れてないかもしれないが、実に経験豊かだ。

李強にも、遅ればせながら、これに匹敵するくらいの経験を積ませなければならないから、これからも習近平の代わりに李強が出席するという国際会議は増えるかもしれない。

これで、ようやく納得した。

 

◆ASEAN関連首脳会議で取り上げられなかった「2023年中国標準地図」問題

日本では専ら、ASEAN諸国が激しく中国が今年も新しく発表した「2023年中国標準地図」に抗議しているので、ASEAN関連首脳会議では、必ずこの問題が大きく取り上げられるから、「臆病な習近平」はそれを避けたいためにG20首脳会議を欠席したのだというのが主流だ。国内問題が惨憺たる状況にあるので、国際舞台で大恥をかいたら国内における権威が無くなるからと、背景説明まで立派だ。

ところが実際の理由は全く違っていただけでなく、フランスの国際放送RFI(Radio France Internationale)は、<ASEAN首脳会議の共同声明は、中国の新地図に関して言及しなかった>と報道している。会議に出席したASEAN諸国の中のある外交官がジャカルタ・ポストに「どの国もこの議題に関して提起しなかった」と語っているという。声明の中では、ただ「我々は、相互の信頼と自信を強化し、紛争を複雑化したり状況をエスカレートさせたりする可能性のある行動を自制する必要性を再確認する」と謳っただけだ、とジャカルタ・ポストは述べているとのこと(RFIの報道概要は以上)。

 

日本人は、「習近平がいかに無能か」あるいは「いかに追い詰められて絶望的状況にあるか」という視点で情報を発信すると、喜んで飛びついてくる。だからそういった視点で分析した情報が多いが、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』に書いたように、習近平はOPECプラスを誘い込みながらBRICSや上海協力機構を軸として地殻変動を起こそうとしている。

日本人が「愚か者、習近平」と拍手喝采している間に、中国は日本の先を行くだけでなく、グローバルサウスを惹きつけて、戦略的に地殻変動を起こそうとしているのだ。

日本は真実を見る客観的な視点を持たないと、ますます立ち遅れていくばかりではないのだろうか。そのことを憂い、警鐘を鳴らし続けたい。

 

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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