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「習近平・プーチン」非公式会談に見る習近平の本気度
3月20日に訪露した習近平国家主席とプーチン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
3月20日に訪露した習近平国家主席とプーチン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

3月20日夜、習近平国家主席はプーチン大統領と二人だけの非公式会談を行い、ウクライナ危機に対する習近平の「和平案」をプーチンは検討する用意があると語った。案の定、アメリカは反対。そのゆくえは?

◆習近平・プーチン、二人だけの非公式会談

3月20日夜、習近平国家主席とプーチン大統領が二人だけの非公式会談を行った。非公式会談の内容は「非公式」なので公開されていないが、それに先立ち、二人は記者団の前で軽い挨拶程度の対談を披露している

この対談が面白い。

何が面白いかというと、習近平の表情だ。

まるで「慈悲に満ちた」と言わんばかりの「にこやかな笑顔」を、終始プーチンに向けている。

プーチンの方はと言えば、自分は習近平よりもやや(8ヶ月)年上だが、まるで「頼もしい兄貴」を見ているような目つきなのである。

以下にその写真を張り付ける。上記の動画から切り取ったもので、これは香港中国通訊社の「通視」というYouTubeチャンネルの動画だ。

「慈悲深げな」笑みを浮かべる習近平国家主席 出典:通視

「頼もしい兄貴」を見るような表情で習近平を見るプーチン大統領 出典:通視

拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』で、習近平のロシアに対する姿勢を【軍冷経熱】という言葉で表現した。中国国内にウイグル族などの少数民族問題などがあり、「一つの中国」を原則として台湾を「中国の領土の一部」とみなしているため、「領土主権を犯してはならない」という鉄則を堅持しているので軍事的にはロシアを支援しないが、経済的にはアメリカから制裁を受けている国同士として、絶対的にロシアの側に立つという姿勢を崩さないということを指す。

しかし、実際に習近平の心の中では、他国を侵略しているプーチンをどのように位置付けているのかを知るのは非常に困難だ。

その困難な作業に、この動画は回答を与えてくれた。

これまでの習近平のさまざまな表情から察するに、習近平はプーチンが「好き」なのだろう。本気でプーチンを信頼し、本気で経済的には支えようと考えていることが、習近平の表情から読み取れる。

しかし台湾の平和統一を悲願としている習近平としては、それでも軍事的にはプーチンを支援することはできない。台湾を武力攻撃するつもりかと台湾の選挙民に思われたくないからだ。したがって軍事支援はしない。

その分だけ「お金は落とす」ので、「どうか、私が提案したウクライナ紛争の和平案に関しては、私の顔をつぶすようなことはしないでね」というのが本音なのだろう。すなわち、習近平は本気で「和平案」を進めていくつもりなのだということが、この表情から読み取れるのである。

一方、プーチンの方も「世界で唯一頼れる大国のリーダー」として習近平を位置付けており、「あなたの言うことなら聞きます」という心情をのぞかせている。

プーチンにしても本当はいい加減で戦争をやめたいだろうが、ここまで来てしまうと、やめるにやめられないメンツというかプライドがあり、「習近平がとめたのなら、まあ、仕方ない」とばかりに、「習近平の顔を立てるために」という口実を設けて、停戦に向かっていくのではないかというムードを醸し出している。

記者団の前での会談の内容は儀礼的に褒め合うという範囲を大きく超えていないが、それでもプーチンが「ウクライナ問題に関して話し合う用意がある」と公言したのは大きい。

◆中国の「和平案」に反対表明をするアメリカ

中露首脳会談を受け、アメリカのブリンケン国務長官は「ロシア軍が占領した領土を凍結させる可能性のある中露のウクライナ和平計画に世界は騙されてはならない」と述べた。

もちろん、ロシア軍が完全撤退すれば、それに越したことはない。

しかし、そのようなことをするプーチンではなく、それを待っていたら第三次世界大戦に発展するか、どちらかの国の国民の犠牲者が限界を超えるところにまで達するしかなくなるだろう。

ウクライナが完全勝利するのならいいが、それは現実的とは思えない。

であるならば、「臨時的な凍結」であっても、ともかくこれ以上の戦火を拡大しない方が、「ウクライナ国民の命の犠牲も、これ以上は増えない」という意味で犠牲者の拡大を防げる。

だが、2月22日のコラム<ブリンケンの「中国がロシアに武器提供」発言は、中国の和平案にゼレンスキーが乗らないようにするため>の「停戦に関する米中ウの言動」という一覧表にも書いた通り、アメリカは、ともかく停戦をさせたくない。 

少なくともこれまでは、何としても戦争を継続させようとしてきた。

3月20日のコラム<習近平の訪露はなぜ前倒しされたのか? 成功すれば地殻変動>に書いた、高齢の元中国政府高官の話によれば、今回は中国の停戦促進への動きが具体化してきたため、アメリカは「中国に平和への貢献をさせてはならじ」とばかりに、習近平が提案する「和平案」を否定するだけではなく、「アメリカがウクライナ紛争を解決した」という功績を残すために、ひょっとしたらウクライナに引導を渡すかもしれないとさえ、推測している。

◆ウクライナは習近平の「和平案」をどう受け止めているのか?

では、そのウクライナは習近平提案の「和平案」を、どのように受け止めているかというと、3月17日のコラム<ウクライナ外相が中国外相と電話会談 中国の「和平案」を称賛>に書いたように、ウクライナのクレバ外相は習近平提案の「和平案」を称賛している。

3月20日には、ウクライナ外務省のニコレンコ報道官は、「中国がロシアへの影響力を行使してウクライナ侵略を終わらせることを期待している」と重ねて述べている。

もちろん両者ともにロシア軍の完全撤退を望むことを基本としているのは確かだろう。それでもなお、そうとは書いていない習近平提案の「和平案」に期待していると、ウクライナ側は言っているのだ。

もちろんゼレンスキー大統領は「ロシア軍完全撤退とは書いてない和平案」を出した「習近平となど会いたくない」とは一度も言っておらず、何としても習近平と会話したいと、「和平案」公表後にも言っている。

◆習近平は「イラク戦争20周年」のタイミングを狙った

一方、アメリカのブリンケン国務長官は習近平のロシア訪問を、「プーチンの残虐行為を覆い隠すための行為だ」と強く非難している。その非難の理由として国際刑事裁判所(ICC)がプーチンに逮捕状を出した直後の訪露を挙げている。

中国は、アメリカがこう出るであろうことを百も承知だ。なぜなら習近平の訪露日程が報道された3月17日の直後に、ICCがプーチンに対する逮捕状を出しているので、この逮捕状は、習近平の訪露をアメリカに非難させるために仕組まれたものだと、中国は解釈しているからである。つまりICCの中心的な人物(西側の仲間)とアメリカが示し合わせたものだと中国では見ているのだ。

そのため習近平は、あえて3月20日―22日という日程を選んだとも言える。

3月20日は2003年にアメリカがイラク戦争を始めた日だ。イラクが大量破壊兵器を持っているからということを理由に、国連決議も経ずにいきなりイラクを侵略したが、実際には大量破壊兵器は存在しなかった。だというのにイラク戦争で20万以上の民間人を死に追いやっただけでなく、イラク戦争によりイラク国内の治安を劇的に悪化させ、ISが活動する環境を生む結果を招いた。

アメリカのこの行為は、明らかに「戦争犯罪」であるにもかかわらず、時のジョージ・ブッシュ大統領は糾弾されていない。

それは不公平で非正義だというのが非西側諸国の論理で、中国の中央テレビCCTVをはじめ多くのメディアが、習近平の訪露に合わせたように、大々的にイラク戦争の犯罪性を報道している。

これもまた、習近平が訪露日程を決めた背後にある事情の一つであることを考えると、その戦略性は侮れない。

◆台湾の馬英九元総統が訪中

習近平の戦略性は、まだある。

3月20日のコラム<習近平の訪露はなぜ前倒しされたのか? 成功すれば地殻変動>に書いたように、高齢の元中国政府高官は、習近平の訪露日程の調整に「台湾の蔡英文総統が訪米して、マッカーシー米下院議長と会談する可能性がある」ことが関係していると話してくれたが、それを証拠づけるような情報が飛び出してきた。

習近平がモスクワに向かって旅立った同じ日の3月20日、台湾メディア中時新聞網は、3月27日に「中華民国」台湾の馬英九元総統が12日間の日程で訪中すると発表したのだ。

親中の代表であるような馬英九の訪中が成功すれば、習近平の悲願である台湾平和統一への道が一歩近づく。そのためにも、習近平としては、何としてもウクライナ危機に対する「和平案」が有効に働くことを、来年1月の総統選に向けて、台湾の選挙民に発信していかなければならない。1949年10月に中華人民共和国が誕生して以来の国家運命がかかっているのである。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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