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習近平の訪露はなぜ前倒しされたのか? 成功すれば地殻変動
プーチン大統領と習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
プーチン大統領と習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

習近平国家主席が3月20日-22日の日程で訪露し、プーチン大統領と会談する。4月か5月と言われていた訪露はなぜ前倒しされたのか?国際刑事裁判所のプーチンへの逮捕状を含め、中国政府元高官を直撃取材した。

◆国際刑事裁判所のプーチンへの逮捕状を中国はどう受け止めているのか?

習近平国家主席が3月20日から22日の日程でロシアを国賓として訪問し、プーチン大統領と会談することが3月17日に発表された。すると間髪を入れずに(現地時間の)同日、国際刑事裁判所(ICC)がプーチンへの逮捕状を発布した。ICCは1998年に採決されたICCローマ規程に基づき2003年にオランダのハーグに設置された国際裁判所だ(70ヵ国以上が非加盟)。

そのような中でも習近平の訪露は実行されるのか、高齢の中国政府元高官を直撃取材した。以下、Qは筆者、Aは中国政府元高官である。

Q:プーチンにICCが逮捕状を出しましたが、習近平の訪露に影響しますか?

A:ふん!ICC!あんなものが何だ!いかなる影響も与えません。予定通りに行く。そもそも中国もロシアもアメリカでさえICCの(ローマ)規定に加盟してないんだから、何の関係もないでしょう。

Q:ウクライナも加盟してないので、プーチンは逮捕状が出た後にクリミア半島に行ったりしていますね。

A:そりゃあ、そうですよ!そこがウクライナの領土だったところで逮捕する資格はICCにはないんだから、プーチンは自由に動くでしょう。

Q:これまで対露制裁に加わってない140ほどの国々は、どうでしょうか?動揺しないと思いますか?

A:中国が動揺しなければ、大きな変化はないと思います。人類の85%に及ぶ発展途上国や新興国は「中国が対露制裁しないからこそ」、対露制裁をしない側に付いたんです。中国を信じたのです。だから中国には責任があるのです。これらの国々の人たちの中国への信頼を裏切ることは絶対にやってはならないんです。だから「対話による平和解決」のために習近平は方針を変えることなく行きます。

◆訪問日程を前倒ししたのはなぜか?

Q:習近平の訪露は、今年の4月か5月だろうという情報が流れていましたが、訪問日程を前倒ししたことに関して、お伺いしたいと思います。

A:中国はそんなことは言ってないので、そもそも4月とか5月というのも、勝手な憶測です。

Q:そうかもしれません。しかし、そもそも2月24日に中国が「ウクライナ危機に関する中国の立場」という文書を出しましたね。私はこれを分かりやすいように「和平案」と呼んでいるのですが、実は日本の日経新聞が3月9日に、中国が急いで「和平案」を出したとして、その理由を「中国の軍事科学院が去年12月にウクライナ情勢に関するシミュレーションをしたところ、2023年夏ごろにロシア軍が優勢なまま終局に向かうという見立てを出したからだ」と書いているのですが、そのようなことはあり得ますか?(筆者注:日経新聞の<中国仲裁案の裏に独自予測 「ウクライナ侵攻は夏終結」>

A:冗談じゃない!日本のメディアはどんどん劣化してきて、フェイクばっかりで人の眼球を引き寄せようとしている。日経新聞が載せているその情報は嘘八百で、素人目にはいかにもありそうだが、真に中国政治を知っている者なら、これがフェイクであることは瞬時にわかる。なぜなら軍事科学院は学者の集まりであるアカデミーに過ぎず、そんなことで中共中央が動くと思っていること自体、いかに素人が捏造したフェイクであるかがわかるはずだ。(筆者注:この意見には筆者も全面的に賛成で、筆者はかつて同じレベルの中国社会科学院というアカデミーに客員教授としていたので、これがフェイクであることは瞬時に分かった。)

Q:私は、中国はサウジ・イラン関係修復を仲介し、成功したので、「和平案」も言葉だけではなく、実際に実現させるのだということを台湾や日米等に知らせるためかと思うのですが、いかがでしょうか?

A:まったくその通りです!実はご存じのように、サウジ・イラン代表が北京に着いたのが3月6日で、共同声明は3月10日に発布されています。すると間髪入れず、台湾総統の蔡英文が3月末から4月初旬にかけて南米を訪問し、その「ついでに」、アメリカに寄って、マッカーシー米下院議長と会うという情報が3月9日に流れました。

Q:そうですね、たしかに!すなわち、中国の和平案に台湾国民党は賛同するだろうけれども、民進党は賛成しないでしょうからね。

A:その通りです。民進党は去年11月の統一地方選挙で大敗を喫しました。だから来年1月の総統選では、何としても勝ちたいと思っています。民進党はそのために、国民党と違って「台湾の独立」を叫ぶことによって総統選のときの票を集めたいので、票が国民党に流れないようにアメリカに支援を求めたのです。

Q:それを抑え込むために、訪露時期を早めたということはありますか?

A:習近平の心まで私が推測することはできませんが、私の個人の意見という条件の下で発言するなら、早めた理由の一つに、そういうことを挙げることは可能でしょう。

Q:中国が「和平案」を発表したときに、欧州側は懐疑的でしたよね。特にドイツのショルツ首相は和平案が発表される前日に、わざわざ「中国のことは信じられない」と表明していますね。(筆者注:2月27日のコラム<習近平のウクライナ戦争「和平論」の狙いは「台湾平和統一」 目立つドイツの不自然な動き>で詳述。)

A:そうです、その通りです。しかしサウジ・イラン仲介に中国が成功したのを見ると、ヨーロッパの意見は微妙に変化してきました。したがって、中東問題同様、中国は実際に和平に向かって行動するのだということを台湾や世界に分からせなければなりません。

Q:なんだか、最近のドイツのショルツ首相の動きは奇妙ですね。バイデン大統領に会いに行ったり、多くの閣僚を連れて来日したり…。

A:実はアメリカが最も恐れていることの一つに、「中独関係が良くなること」というのがあります。メルケル元首相はEUのリーダー的存在だったので、中独関係が良好になると中欧投資協定がうまく進むという循環がありました。アメリカは、それを何とか阻止したかった。メルケルの場合は独露関係も良好だったので、アメリカはノルドストリームを破壊する必要がありました。ショルツにはノルドストリーム爆破の「犯人が誰であるか」に関して何も言わせないように、バイデンはショルツをアメリカ側に引き寄せています。

Q:ショルツは自分の政権の支持率が低いだけでなく、今年2月12日に行われたベルリンの選挙でショルツが党首を務める社会民主党がわずか18.4%しか獲得できず、これは第二次世界大戦の終結以来最悪の記録になっていますよね。そういうことから焦って、バイデンにすり寄っているように見えるのですが、如何ですか?(参照:2月27日のコラム<習近平のウクライナ戦争「和平論」の狙いは「台湾平和統一」 目立つドイツの不自然な動き>

A:その通りです。ショルツ政権は今、連立政権によって辛うじて成立しているようなものですから、自分が党首を務める社会民主党が最低の支持率しかないので、連立している他の党の言うことに従わなければ政権は崩壊します。そこで女性で外務大臣を務めているアナレーナ・ベアボック(緑の党)の言う通りに動くしかなくなったのです。彼女は激しい親米ですから、彼女の意向に沿った動きをしないと自分の首が危なくなる。だから訪日の際も、彼女を含めた大勢の閣僚を引き連れていくしかなかったのです。彼女だけを同行させたのでは変ですから、結果、あんな大勢の閣僚を伴って訪日するという、これも史上まれな結果になりました。もうドイツはEUではリーダー的な存在にはなれませんので、1980年生まれの若い女性外相に振り回されている哀れな状態なのです。

◆アメリカは中国の「和平案」が問題解決に役立つのを怖れている

Q:アメリカとしては、中国の提出した「和平案」がウクライナ危機解決に貢献することをいやがっていますよね?(筆者注:たとえば、3月17日の情報<Ahead of Xi-Putin meeting in Moscow, White House rejects cease-fire in Ukraine(モスクワでの習近平・プーチン会談に先立ち、ホワイトハウスはウクライナの停戦を拒否)>

A:実は最大の問題は、そこにあります。すなわち、アメリカは中国の「和平案」によってウクライナ危機が解決されたりしたら、立場を失います。そうでなくとも、アメリカが解決できなかったサウジ・イラン関係修復を、中国は成功させている。アメリカの中東における力は完全に激減したといっていいでしょう。そこで中国の「和平案」に対して、アメリカには二つの選択をする可能性が出てきます。一つは「ロシアが完全敗退するまで、絶対に停戦させない」という選択で、しかし、それではアメリカの経済が成立しなくなるということから、いっそのこと、中国が動く前にアメリカ主導で早めに戦争を終わらせるべく、ゼレンスキーに引導を渡すという選択です。後者の場合だと、中国の「和平案」が効力を発揮する前にアメリカが強引な停戦に向けて動くという可能性が出てきます。

いま現在の情況から見ると、アメリカの次期大統領選挙でバイデン再選は困難を極めているので、せめて民主党が負けないために、共和党の「ウクライナ支援を軽減させる」という主張をアメリカの選挙民が選択する前に、民主党政権でウクライナへの支援を終わらせてしまう可能性があるのです。その場合に備えて、中国としては一刻も早く行動してウクライナ危機解決のために習近平が提唱する「和平案」が効果を発揮したという結果を作る必要が出て来るでしょう。

Q:だから訪露日程を早めたということですね?

A:はあ、まあ、私の口から、そもそも「早めた」などという概念を持ち出すことはできませんが、状況は述べた通りです。あとは遠藤先生の推測にお任せしましょう。

取材は概ね以上だ。

アメリカが常に中国が停戦に動こうとすると、それを阻止してきたことは2月22日のコラム<ブリンケンの「中国がロシアに武器提供」発言は、中国の和平案にゼレンスキーが乗らないようにするため>に掲載した時系列をご覧いただければ一目瞭然だ。しかし今般はそれをさせないように、習近平が訪露日程を早めたと解釈するのが妥当だろう。

◆中国がサウジ・イラン関係修復に成功したことは世界の勢力図に地殻変動を起こす

事態はそれだけには留まらない。

ユダヤ人入植地拡大を目指す、アメリカの傀儡政権のようなイスラエルは、もともとはアメリカの同盟国だったサウジなどを使って、対イラン包囲網を形成することに力を注いできた。しかし3月12日のコラム<中国、イラン・サウジ関係修復を仲介 その先には台湾平和統一と石油人民元>に書いた、今般の中国の仲介によるサウジ・イラン関係修復実現はアメリカの中東における力を激減させただけでなく、中国とロシアが、アフリカと中東に大きな力を持つ結果を招くことにつながる。

事実、イランとともに倒すべき国としてアメリカが包囲網を築かせていたシリアのアサド大統領は、サウジ・イラン関係修復を受けて、3月15日に訪露しプーチンと熱い握手を交わしている。アメリカはそのシリアから大量の石油を不当に盗んでいることを日本メディアは報道しない。その事実をThe Cradleというオンラインニュースサイトが<Washington continues its oil looting operations across Syria>という見出しで報じているが、登録しないと読めないので、機械翻訳記事のようだが<米軍はシリアで原油の窃盗に励んでいる【翻訳記事】>をご覧になると概要がわかる。

おまけに、アメリカを後ろ盾とするイスラエルは、震災に苦しむシリアにミサイル攻撃をして死傷者を出している。このようなことまでされれば、シリアのアメリカへの憎悪は尋常ではなく激しくなるばかりだろう。

これまで筆者は『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』など多くの機会に、中国は「ロシアー中国ーインド」と、大陸を南北につなぐ経済圏を軸として、中央アジアやアフリカ、中東を引き寄せ、巨大な「非ドル経済圏を形成しようとしている」と力説してきたが、今まさにその構想が実現しようとしている。

今般の習近平の訪露に続く、ウクライナのゼレンスキー大統領とのオンライン会談がどのような方向に行くかによって、世界情勢はさらなる地殻変動を起こし、大きく変化していくことだろう。

日本の岸田政権には、この巨大な地殻変動の兆しは見えていないのではないかと憂う。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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