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IPEF(インド太平洋経済枠組み)に対する中国の嘲笑的対米酷評と対日批判
バイデン大統領来日で発足したIPEF(写真:AP/アフロ)
バイデン大統領来日で発足したIPEF(写真:AP/アフロ)

バイデン大統領の提唱でスタートしたインド太平洋経済枠組み(IPEF)に対し、中国は軽蔑にも似た酷評をし、それに追随する日本に対しても自らの首を絞めると嘲笑っている。中国の受け止めを考察する。

◆バイデンが提唱したインド太平洋経済枠組み(IPEF)に関する中国の酷評

今年2022年2月11日にバイデン政権がインド太平洋戦略を発表し、18ページからなるリポートを出した時点から、中国の対米酷評は始まっていた。

しかし5月23日にバイデン大統領が来日し、正式にインド太平洋経済枠組み(IPEF=Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity)が立ち上がると、そのことに対する中国の批判は酷評を越えて嘲笑に近いものとなっていった。

発足段階での参加国は「米国、日本、インド、ニュージーランド、韓国、シンガポール、タイ、ベトナム、ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、そしてオーストラリア」の13カ国で、台湾を入れる勇気はなかったことに、中国としては一種の「勝利感」を味わっているムードが伝わってくる。「一つの中国」原則を重んじたために、「台湾」を入れるなら「中国(北京政府)」を入れるしかなく、それでは「対中包囲網」になり得ないので、「さあ、何もできまい」という気持ちが文面から伝わってくるのである。

IPEFの共同声明にも「中国を名指しするだけの勇気を持っていない」ことに、参加国の中国への配慮が滲み出ており、これもまた「中国の存在を無視できない参加国」という優越感にも似た安堵感が、酷評の中にそれとなく表れている。

IPEFの合意は「公平で強靭性のある貿易、サプライチェーンの強靭性、インフラ・脱炭素化・クリーンエネルギー、税・反腐敗」の4つの柱から成っており、アメリカがどんなに中国排除を目的としていても、この内容なら困るのは参加国自身だと、鼻息は荒い。

そのため中国におけIPEFに対する酷評の情報があまりに多いので、これまでのコラムのように、一つ一つリンク先を張ってご説明することは困難である。そこで膨大な情報の中からいくつかの共通項を拾ってみると、以下のようになる。

  • いま世界は自由貿易に向かって動こうとしているのに、アメリカは偽装した保護貿易主義へと進んでおり、しかも「中国を排除しよう」、「仲間外れにしてやれ」というのは冷戦構造への逆戻りで、それはソ連崩壊と同時に、1994年に終わったパリ調整委員会(ココム=対共産圏輸出統制委員会)を彷彿とさせる。
  • 「中国を仲間外れにしてやれ」という理念が、貿易面で中国とは切っても切れないアジア諸国に共有できるはずがなく、アメリカの「小さなグループ」を作って誰かを虐めようとする分裂主義的行動は、冷戦構造以上にみっともなく、アジアの平和と豊かな繁栄に貢献するとは到底考えられない。分裂主義はアジアの繁栄を後退させ、参加国はバイデンへのメンツのために、やむなく名前貸し」をしているだけである。
  • もしバイデンがCPTPPに戻ってくるというのなら、一定の説得力があり、中国としても反対はしない。しかし、自分自身は自国の利益のためにTPPに戻ることはせず、アメリカにおける中間選挙や大統領選挙のために「やりました感」を出しているだけだとすれば、バイデン一人の自己満足であり、周辺国は大いに迷惑をしている。
  • アジアにはRCEPが既にあり、ASEAN諸国には地域協力プラットフォームもあり、これらにおいては自由貿易の理念を中心とした関税の引き下げや投資の自由など、魅力に満ちた互恵関係が動いている。しかしIPEFには関税の引き下げもなければ自由貿易的理念もなく、参加国にいかなるメリットももたらさない。中国を外してしまえば、そもそも「市場」がないので参加国には「儲け」が出てこない。ただ参加国を束縛して「中国を仲間外れにしましょう」という理念を共有する枠組みは必ず失敗し、「アメリカが笑いものになる」だけで終わるだろう。

◆参加国のダブルスタンダード

中国の酷評はそれにとどまらない。

中国を追い出そうとしながら、参加国はそれぞれ個別には中国に譲歩し、中国との貿易を盛んにさせていこうと、こそこそと水面下でやっているではないか、というのが中国の指摘だ。

●アメリカの場合

バイデンは5月23日、トランプ政権時代に中国に課してあった制裁関税の引き下げに関して検討していると表明。もっとも5月31日、アデエモ米財務副長官はる対中制裁関税の引き下げについて物価抑制という短期的な効果だけで決断しないと言ったり、一方ではイエレン財務長官が実施に前向きな半面、対中貿易協議を担うタイ通商代表部(USTR)代表は慎重など、政権内に温度差があり、一枚岩ではない。このこと自体がバイデン政権のあやふやさを表していると、中国政府は見ている。

そのような中、5月31日にアメリカのNBCニュースが<漂流するバイデン政権内部>というショッキングなタイトルで「バイデンは支持率の低下に動揺しており、選挙戦中の約束を果たそうと必死だが(無理ではないか・・・)」という趣旨の報道をした。

すると中国のネットではすぐさま<米メディア:バイデンはホワイトハウスの適切でない発言に不満、支持率がトランプより低くなるのではないかと心配している>という、バイデンにとってはグサリとくるような見出しの報道が現れたほどだ。もう、バイデンを茶化して楽しんでいるという感さえある。

●韓国の場合

5月23日の中国外交部における定例記者会見で、韓国の記者が「IPEFは開放性、包括性、透明性の原則に基づいており、特定の国を除外するものではありません。ですから韓国はIPEFに参加していますが、しかし一方で、最大の貿易国であり隣国である中国との経済・技術協力を強化しています。中国はこのことをどう思っていますか?」と質問している。外交部報道官は「対立と分裂を招くような行動は適切ではありません」と、やや嘲笑的な表情で回答している。

●日本の場合

5月29日の共同通信の<外務省中国課に「戦略班」 習主席の支配体制分析>にもあるように、岸田首相はバイデン大統領に追随して「安全保障面で米国との連携を強める」一方、結局は<中国とは経済面の結び付きを中心に「建設的な関係」(岸田文雄首相)の構築を目指している>ではないか、というのが中国の皮肉に満ちた指摘だ。

◆岸田首相の「新資本主義」は失敗する

興味深いのは、特に岸田首相の「新資本主義」に焦点を当てて分析していることだ(「余計なおせっかい」とも言えなくはないが、一応、中国が日本をどう見ているのかの参考になるとは思うので、ご紹介したい)。

この分析に関しては、たとえば中国共産党機関紙「人民日報」に姉妹版「環球時報」などが<「日本はインド太平洋経済枠組み(IPEF)>に反ぜいされるだろう(=自分の首を絞めるだろう)>という論理を展開している。他の多くの分析も参照しながら趣旨を書くと以下のようになる。

  • IPEFは日中および地域の経済・貿易協力だけでなく、日米経済貿易協力や日本自身の景気回復にも深刻な悪影響を及ぼす。
  • 岸田政権は、日本が国連安保理常任理事国に加盟するのをアメリカが推薦してくれるなど、より多くの「安全保障」と引き換えに、中国の発展に対抗するための枠組みに協力している。
  • 岸田政権は「経済安全保障」強化を目的として経済安全保障大臣の新たなポストを創設したり、経済安全保障推進法を国会で可決させたりしているが、しかし、アメリカが提唱し支配するIPEFは、欧米のメディアからさえ、「市場開放も関税引き下げもしない」など、多くの側面から疑問が投げかけられている。
  • 岸田政権の、ワシントンとの「小さなサークル」への追随は、アジア太平洋地域の経済発展で形成されている日本の成果をさえ台無しにするだけでなく、日本自身の経済回復に深刻な悪影響を及ぼす。
  • 中国と日本は、世界第2位と第3位の経済大国として、APECやRCEPなどの地域経済協力メカニズムの重要なメンバーであり、アジアにおける2大経済大国(中国と日本)の政策と態度は、地域経済協力の有効性と見通しに大きな影響を与える。
  • だというのに岸田政権は事実上、中国をターゲットとしたIPEFに自ら好んで組み込まれ日中協力を妨げおきながら、「経済的に中国と建設的な関係を構築していきたい」と言うことは、あまりに矛盾に満ち、中国の協力を得られると思っているのは計算違いだ(そうはいかない)。
  • 岸田政権は、経済「成長」と「分配」の良好な相互作用を実現する「新資本主義」開発コンセプトを提唱している。しかし、日本は少子高齢化などの経済・社会問題に直面しており、財政・金融政策の余地は極めて限られているため、岸田政権が「新資本主義」の進展を図るには、対外経済協力、特に中国と米国の2つの重要な経済・貿易パートナーとの関係を適切に処理することが急務である。それなしに「成長」と「分配」を目指す「新資本主義」の達成など絶対にありえない。日本は自ら好んで自分の首を絞める道を選んでいる。(引用はここまで)

◆ASEANを含めた中小国に「米中どちらを選ぶか」という「踏み絵」を強制するな

日米がいま必死になってやっているのは、中露を除いた世界各国に「米中どちらを選ぶか」という「踏み絵」を強要していることだと、中国側は批判している。

たとえば日本の外務省がASEAN諸国に対して行った世論論調査で、以下のような2021年度の結果が出ている。「日米中」3ヵ国にだけ注目して示す。

Q1:あなたの国にとって、現在重要なパートナーは次の国・機関のうちどの国・機関ですか?

         1位:中国   56%

         2位:日本   50%

         3位:アメリカ 45%

Q2:あなたの国にとって、今後需要なパートナーとなるのは次の国・機関のうちどの国・機関ですか?

          1位:中国   48%

          2位:日本   43%

          3位:アメリカ 41%

一般に日本が調査した場合は、日本にやや好意的な選択をする傾向にあるが、日本の外務省が調査したというのに、中国がトップであることが、中国にとっては嬉しくてならないようだ。

そこで中国では、ASEANを含めた中小国家に「日米どちらかを選べ」というような残酷な選択を迫るものではないと批判が噴出している。

 

以上、今回は、あくまでも中国が、日米が一丸となって推し進めているIPEFに関する中国の反応のみにテーマを絞り、現状をご紹介した。

私見を述べるなら、拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の第二章に書いたように、全世界で中国を最大貿易国としている国の数は、2018年統計で190ヵ国のうち「128ヵ国」で、アメリカは「62ヵ国」に過ぎない。その点から見ると、「中国を締め出すための経済協力機構」の構築の難度は高いのではないかと危惧する。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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