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タリバンが米中の力関係を逆転させる
アフガン各地でタリバンが攻勢(提供:Taliban/ロイター/アフロ)
アフガン各地でタリバンが攻勢(提供:Taliban/ロイター/アフロ)

アフガニスタンにタリバン政権が誕生するのは時間の問題だろう。米軍撤収宣言と同時に中国とタリバンは急接近。一帯一路強化だけでなく、ウイグル問題のため習近平はアルカイーダ復活を認めないだろう。となると、アメリカができなかったことを中国が成し遂げ、中国が世界の趨勢を握ることにつながる。

◆7月28日、タリバンが天津で王毅外相と会談

7月26日にアメリカのシャーマン国務副長官が訪中し、天津で王毅外相らと会ったことは7月29日のコラム<米中天津会談、中国猛攻に「バイデン・習近平会談」言及できず―それでも習近平との近さを自慢するバイデン>で書いた。シャーマンと会った翌日の27日には同じく天津で王毅はモンゴルのバトツェツェグ外相と会い、28日には、なんと、アフガニスタンのタリバンを代表する一行が同じく天津を訪問して王毅外相と会談している

タリバンはアフガニスタンにおける反政府武装勢力で、アメリカが支援してきたアフガニスタン政府と対立してきた。ところが米軍がアフガニスタンから撤収すると宣言して以来、タリバンは一瞬で勢力を拡大し、まもなくアフガニスタンを制圧する勢いである。

以下に示すのは王毅外相とアフガニスタンのタリバン政治委員会のバラダール議長との写真と、タリバンの政治委員会や宗教評議会あるいは宣伝委員会などの関係者一行との合同写真である。

 

タリバンのバラダール議長と王毅外相(中国外交部のウェブサイトより)

タリバンのバラダール議長と王毅外相(中国外交部のウェブサイトより)

タリバン代表団(外交使節)と王毅外相(中国外交部のウェブサイトより)

タリバン代表団(外交使節)と王毅外相(中国外交部のウェブサイトより)

王毅はこの会談で以下のように語っている。

――中国はアフガニスタンの最大の隣国として、常にアフガニスタンの主権独立と領土保全を尊重し、アフガニスタンの内政に不干渉を堅持し、アフガニスタン国民全体に対して常に友好政策を追求してきた。 アフガニスタンはアフガンの人々のものであり、アフガニスタンの未来と運命はアフガンの人々の手に委ねられるべきだ。米軍とNATO軍のアフガニスタンからの性急な撤退は、まさにアメリカのアフガニスタン政策の失敗を意味しており、アフガニスタンの人々は自分たちの国を安定させ、発展させる重要な機会を得ている。

これに対してタリバンのバラダールは以下のように応じている。

――中国を訪問するチャンスを得たことに感謝する。中国は常にアフガニスタン国民の信頼できる良き友人であり、アフガニスタンの平和と和解のプロセスにおいて中国が果たした公平で積極的な役割は大きい。タリバンは、平和を目指し達成することに十分な誠意を持っており、すべての当事者と協力して、アフガニスタンの政治体制を確立し、すべてのアフガンニスタン国民に広く受け入れられ、人権や女性と子どもの権利と利益を守ることを望んでいる。(中略)中国がアフガニスタンの将来の復興と経済発展に大きな役割を果たすことを期待している。そのための適切な投資環境を作っていきたい。

つまりタリバンは、アフガニスタンの経済復興に中国の支援と投資を希望しているということだ。

◆アフガニスタンからの米軍撤収は習近平にとって千載一遇のチャンス

2001年9月11日に「9・11」事件が起きると、その年の12月にアメリカが主導してアフガニスタン侵攻を始めた。それまではアフガニスタンの4分の3ほどを占拠していたタリバンは、アメリカによるアフガニスタン政府支持により撤退を余儀なくされた。アフガン政府を支援したのは米軍だけでなくNATO主導の国際治安支援部隊(ISAF)も加わっていたため、タリバンとの間で紛争が絶えず、多くの犠牲者を出してきた。

20年間にわたり、アメリカはアフガン統治のために「1兆ドル以上を費やし、数千人もの自国の軍隊を失った」とバイデン大統領は言っている

もっともタリバンとの和平交渉を行ったのはトランプ前政権で、2020年2月29日に「和平合意」に漕ぎ着けている。和平合意ではアメリカは135日以内(2020年6月半ば)に駐留米軍を1万2000人から8600人に縮小すること、タリバンはアフガニスタンをアメリカなどに対するテロ攻撃の拠点にしないように過激派を取り締まること、約束が履行されれば駐留米軍は2021年春に完全撤収することなどが決まった。

しかし捕虜の釈放などに関するアフガン政府との意思疎通が行われていなかったことなどから紛争が継続したため、バイデン大統領は今年4月、タリバンによる攻撃継続などを理由に、撤収期限を5月1日から9月11日に延期すると発表した。しかし7月8日には、8月31日までに撤収すると期限を変更している

状況は時々刻々変わっていっているので正確なことは言えないが、少なくとも8月13日における勢力図を見ると、以下のようになっている

ウェブサイト FDD7s LONG WAR JOURNALより転載

ウェブサイト FDD7s LONG WAR JOURNALより転載

赤はタリバンの占領地域で、濃いオレンジは危険地域(タリバンが優勢な地域)、薄いオレンジは中程度に危険な地域で、黄色が危険性の低い地域、すなわちアフガニスタン政府側が何とか勢力を保っている地域である。黄色は一か所しかないので、ほぼタリバンによって制圧されていると言っていい。

タリバン政府が誕生するのは、もう時間の問題だ。

ここアフガニスタンが、中国寄りの、というより反米のタリバン勢力によって制圧されれば、「世界は中国のものになる」と中国は思っているだろう。

米中覇権争いの天下分け目の戦いの最中に、アメリカは中国に巨大なプレゼントをしてあげたことになる。

このような時代に国家のトップであるというタイミングに巡り合えたことは、習近平にとっては千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスだと言っていいだろう。

◆一帯一路がつながるだけでなく、ウイグル統治に有利

中国がパキスタンとの関係を「パキスタン回廊」などと呼んで緊密化させ、一帯一路の西側への回廊をつなげてきたことは周知のことだが、イランを始めとした中東諸国とのつながりにおいて、一か所だけ「抜けている地域」があった。それは正に今般米軍が撤収する「アフガニスタン」で、ここは長きにわたって紛争が続いていたので、周辺国との交易などというゆとりはなかったのである。

しかしアフガニスタンが中国寄りのタリバンによって支配されれば、アフガニスタンは完全に中国に取り込まれて、以下の地図のように「一帯一路」構想の中に入っていくことだろう。その投資の約束を、7月28日に訪中したタリバン外交使節団は王毅外相と約束したのである。

白地図に筆者が現状を書き込んで作成した

白地図に筆者が現状を書き込んで作成した

赤で囲んだ中央アジア5ヵ国は、1991年12月26日にソ連が崩壊した後、1週間の間に中国が駆け巡って国交を結んだ国々だ。石油パイプラインの提携国であると同時に、ロシアも入れた上海協力機構という安全保障の枠組みの重要構成メンバーでもある。

緑で囲んだ中東の国々は、3月31日のコラム<王毅中東歴訪の狙いは「エネルギー安全保障」と「ドル基軸崩し」>で書いた、王毅外相が歴訪した国々だ。

ポコッと抜けていた地域を、アフガニスタンのタリバンがつないでくれれば、北京から西側は「中国のものだ」と習近平は喜んでいるだろう。

北に目をやれば、ロシアと中国は歴史上かつてないほど緊密だと、プーチン大統領は言っている。そのロシアと中国に挟まれたモンゴルが親中でない状況でいられるはずがない。

「一帯一路」巨大経済圏構想は、ますます「巨大」になっていくばかりだ。

一方、新疆ウイグル自治区のウイグル族(ウイグル人)たちは、イスラム教を信じており、スンニ派が多い。アフガニスタンも主としてスンニ派で、これまでは新疆からアフガニスタンへ逃げるウイグル人がおり、それが過激派集団に取り込まれていたという噂が絶えなかった。そのため「テロ鎮圧」を口実としてウイグル弾圧を強化してきた中国としては、タリバンと仲良くすることは非常に都合がいいのである。

なぜなら後述するように、タリバンは和平合意で「アフガンをテロの温床にしない」と誓っているからだ。

◆米中覇権の分岐点:アルカイーダの復活を抑えることができるのは中国だけ?

7月9日、タリバンのスハイル・シャヒーン報道官は以下のように述べている

  • 中国の復興投資を歓迎し、投資家と労働者の安全を保証する。
  • 以前アフガニスタンに避難していた中国のウイグル人分離独立派戦闘員の入国を、タリバンは今後許さない。
  • タリバンは、アルカイーダやその他のテロリストグループが現地で活動することも阻止し、アメリカやその同盟国、あるいは「世界の他の国」に対する攻撃を行うことを許さない。

一方、先述の7月28日のタリバン代表団との会談で、王毅は以下のように言っている。

――東トルキスタン・イスラム運動は、国連安全保障理事会がリストアップした国際テロ組織であり、中国の国家安全保障と領土保全に対する直接的な脅威となっている。タリバンは、東トルキスタン・イスラム運動など全てのテロ組織との線引きを明確にして徹底させ、断固として戦い、地域の安全と安定および開発協力の障害を取り除き、積極的な役割を果たし、有利な条件を作り出すことを期待している。

これに対してタリバン側は以下のように応じた。

――タリバンは、アフガニスタンの領土を使って中国に不利なことをする勢力を絶対に許さない。アフガニスタンは近隣諸国や国際社会と友好的な関係を築くべきだと、タリバンは考えている。

となると、アメリカがNATO軍を従えて20年間も支援してきたアフガニスタン政府では成しえなかったこと(=テロ組織を撲滅させて紛争のないアフガニスタンを建設すること)は、中国がタリバンと手を握ることによって成し遂げるかもしれないという未来が、目の前にやってきているということになる。

もし中国がテロ組織撲滅をやり遂げてアフガニスタンの経済復興と国際社会への復帰を成し得たならば、世界は中国の方が統治能力を持っているとみなす可能性がある。すなわち、米中の力関係は、タリバンによって逆転するかもしれないという、もう一つの「恐るべき現実」が横たわっていることになるのかもしれない。

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なお本日8月15日は終戦の日である。76年前の終戦前夜、ソ連が参戦したという情報が入るやいなや、長春市(当時の「満州国新京特別市」)にいた関東軍は、丸腰の開拓団を始めとした日本人居住者を捨てて、いち早く南の通化に逃げていった。私はそのとき関東軍司令部のすぐ近くに住んでいて、司令部から資料を焼く煙が立ち昇るのを目撃した一人だ。米軍が撤収した後に残されたアフガニスタン市民の困惑を見るにつけ、あの時の不安と絶望を思い出す。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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