起きるはずのことが起きなかった年
すべての国が新型コロナウイルス感染拡大によって変化を強いられ、傷跡を残している。どの国が最も影響を受けているかは判断が難しい。死者数は国によって大きく異なり、どの国の経済も動揺し、政治と政治家は公衆衛生の緊急事態によって軌道修正を余儀なくされている。香港では、ウイルスの最悪の事態をほぼ回避できたにもかかわらず、おそらく最も大きな政治的混乱が起きている。香港は現在、感染症のいわゆる第4波を経験しているが、人口700万人以上の都市でありながら感染者数の合計が1万人に満たないというのは、他の多くの都市がうらやむ数字である。
香港の2019年は、民主派が区議会選挙の大勝利に大いに勇気づけられて暮れた。暴力的な抵抗運動はエネルギーをほとんど失ってしまっており、年明けには催涙弾が発射されたが、これはその前年の後半の大半を通して見られた筋金入りの抗議活動の継続の結果というより、警察の過剰な行動の結果である。
抗議活動家たちが考えていたのは、2020年9月の立法会選挙であった。民主派と反対党が立法会で過半数を獲得する本当のチャンスだったのである。しかし、香港行政長官の林鄭月娥氏が新型コロナウイルスを理由に選挙を1年延期したため、その期待は打ち砕かれた。この発表の時点で香港の感染者数は年初来で5,000人に届いておらず、延期は明らかに政治的な理由によるものだった。代わりの投票方法を提示する努力は全くなされず、オンライン投票や郵送投票も一切提案されることなく、1年間の延期でさえ恣意的で、投票をただ未来に先送りしただけであった。今年は多くの国で選挙が行われており、韓国、シンガポール、ベラルーシ、キルギスタン、米国、そして直近ではインドネシアでも、感染状況が総じて香港よりはるかに悪い中で選挙を実施できている。基本的民主主義を追い求める香港の姿勢は大きく後退した。とはいえ、不正が横行するベラルーシの選挙で、選挙に敗れた側が香港の抗議団体が昨年使用したのと同じ戦術の多くを採用し、香港の抗議活動家たちがベラルーシの抵抗勢力との連帯を主張したことは注目される。これは、より広く世界的な潮流の中に位置づけることができる。つまり、香港での抗議活動は、ヨーロッパでも南米でもアジアでも、権威主義体制に対するSNSで連携したグローバルな抵抗運動の一部と見なされているのである。
立法会選挙での成功の望みがあったとしても、今年の戦いも容易にはいかないだろうとも理解されていた。しかし、政府に批判的な人々にとって状況がこれほど困難になると予測した人はほとんどいなかっただろう。香港発の報道の見出しは、ほぼ毎日、反北京や反政府の陣営にとって希望のないものばかりで、代わりに逮捕や規制の文字が目に付く。政府の要求は服従であり、異議は許されない。
香港の抗議活動をより広い世界の文脈につなげる抗議活動のイラスト
出典:抗議活動団体のテレグラムチャンネル
今年の現実
2019年後半の選挙の成功を足掛かりにしようという希望は、新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、香港政府が多数のソーシャルディスタンス施策を導入すると、たちまち打ち砕かれた。この施策は、ウイルスの拡散を遅らせるのと同じくらい、平和的な抗議活動を制限するのに効果的であった。国家安全法の制定については既に「GRICI 1527 Hong Kong City」 で論じているが、香港政府による抗議活動家への本格的な弾圧と緩やかな報復が見られたのはここ数カ月のことにすぎない。
香港当局は、中国政府の全面的な支援と後押しを受けて、反対派の組織的な大掃除を始めた。香港の市民社会と政治社会のあらゆる側面における一連の行動をくまなく詳述するには時間が足りないが、AFPが提供してくれた下記のタイムラインが過去5カ月間の出来事を見事に要約している。
逮捕された人々は、香港内の反対派名簿、つまり、中国政府がトラブルメーカーだと長年見なしてきた「札付きの悪」のリストの様相を呈している。中国本土から香港に移住した黎智英氏は、小売業で成功を収めた後、出版業界に移った。彼が手掛けた中では人気タブロイド紙「蘋果日報(アップルデイリー)」が最も有名である。最初に詐欺罪で逮捕され起訴された後、さらに国家安全法違反で起訴された。保釈は認められず、同氏が次に出廷する2021年4月まで拘束される。黎氏は長年にわたって中国政府を辛辣に批判してきただけでなく、自分に立身出世のチャンスを与えてくれたとして英国による香港統治を称賛する数少ない大物実業家の1人でもある。
長年の民主主義活動家である譚得志氏は、最初は香港でよく知られた抗議スローガンを繰り返したとして国家安全法を根拠に逮捕されたが、最終的には香港刑事犯罪条例に基づき、国家安全法以前にもあった扇動罪で起訴された。彼の罪は、中国政府が恐れているスローガンを繰り返したことである。国家を転覆するというマニフェストでもなく、暴力を振るったり財産を破壊したりする計画でもなく、スローガンを繰り返したことなのである。また、香港の抗議スローガンの場合、それが意味する行動は、香港政府の政策を明確に拒否すること以外にはそれほど明確ですらなく、政治改革に関していうと何の行動も示唆していない。譚氏の裁判は来年5月に設定されており、同氏は誰にとっての脅威でもないのに、香港のコモンローの枠組みでの無罪推定は事実上無視されている。同氏は保釈を認められず、裁判が始まるまで8カ月間拘禁されることになる。
そのほか、有名だがはるかに若い3人の活動家に最近判決が下された。黄之鋒、周庭、林朗彦の3氏はまだ20代だが、香港特別行政区の抗議活動のベテランだ。昨年半ば以降の抗議活動に関連して集会を違法に開いたとして、12月初めに7カ月から13.5カ月の懲役刑を言い渡された。日本語に堪能で日本に多くのファンがいる周氏は、判決の翌日に24歳になった。同氏は現在、国家安全法に基づく捜査を受けており、3人がさらなる容疑で起訴されても不思議ではない。皮肉なことに、これらの若い活動家たちは過去の抗議活動、特に2014年の「和平佔中(セントラルを占拠せよ)」運動で有名になったが、昨年の抗議活動では指導者と見なされていなかった。それどころか、昨年の抗議活動は、「和平佔中」運動で見られた中核的指導者のグループの考え方を明確に拒否したのだ。内紛や分裂に容易につながりうる考え方であり、それがきっかけで「和平佔中」運動が終わったからである。
逮捕者のリストは、自由を求めて香港の外へ駆け込んだ人々のリストと一致している。12人の活動家が高速艇で台湾に脱出しようとしたところ、香港警察の支援を受けたと思われる中国本土の警備隊に海上で摘発された。彼らは現在、深圳の刑務所に拘禁されたままとなっている。もっとうまくいっている人たちもいる。黄之鋒氏、周庭氏と共に香港の政党である香港衆志を設立した羅冠聡氏はイギリスにたどり着いた。同様に立法会の元議員である許智峯氏は、会議のためにデンマークへの渡航許可を得たが、保釈条件を破ってイギリスに渡り、亡命を申請した。許氏がイギリスに脱出した結果、同氏の家族の銀行口座がHSBCによって凍結された。最初に凍結された正確な理由は不明で、後に口座の凍結は解除された。しかし、国家安全法は、同法に基づく捜査の際に財産を凍結し押収する権限を警察に明示的に与えているため、それが意味するところを思うとぞっとする。国家安全法は香港警務処にとって、国家安全保障の名の下に何でもやりたい放題行うための法的な隠れ蓑となっていることが多い。
「バッジョ」の異名を持つ梁頌恆氏は立法会議員に選出されたが、宣誓が不誠実だったという理由で議席を剥奪された。同氏は最近、アメリカに到着して政治亡命を申請したと発表した。
これが現在の林鄭月娥政権下での香港民主主義の残念な現実である。この政権の唯一の関心事は香港市民の幸福ではなく、北京への忠誠なのだ。もっとも、抗議活動家や反対派に過失がないと決めつけるとしたら、それは間違っている。彼らの戦術に欠陥があったと考える人もいるだろうし、昨年の抗議活動での少数派の行き過ぎた行動に警戒するのは当然のことだ。しかし、これらは香港政府に反対するための実効的な空間が何年も空洞化した末に起こったことなのだ。香港返還以来、反対派に対して積み上げられてきた法的枠組みと、何百万人もの市民の懸念に真摯に向き合うことを完全に拒否する香港の歴代指導者たちが、今日の香港をもたらした。習近平のかつてなく権威主義的な中国の中で働く林鄭月娥氏の下では、改善の見込みはほとんどない。
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香港の司法
SCMPウェブサイトのスクリーンショットの一部。香港の2つの裁判事例が並んでいる。方仲賢氏は20人の警官に早朝急襲されて逮捕された。昨年の抗議活動でレーザーポインター20個を所持していたのが見つかり、攻撃用武器所持の疑いで拘束された。安価で手に入りやすいレーザーポインターが、警察官の注意をそらし混乱させるために使われたことで、香港警察によって武器と見なされた。同氏は最高7年の懲役刑を受ける可能性がある。一方、美容整形の失敗で患者を死なせたとして有罪になった地元の医師が受けた判決は懲役3.5年であった。
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すべてが思い通りに進んでいるわけではない
逮捕と訴追にもかかわらず、すべてが政府の思い通りに進むわけではない。司法の独立はまだ維持されており、本土と一部の香港の当局者はその独立性を切り崩そうとしているが、多くはまだ正しいことをしている。提示された証拠に基づいて事件を判断し、十分な情報に基づいて独立した判断を下しているのである。
何俊堯、林子勤、王詩麗の3人の判事は、いいかげんな訴追が行われていることを非難している。さかのぼって8月、何氏は警官暴行の罪で訴追された区議会議員の仇栩欣氏を無罪とした。判決の中で同氏は、警察官の証言は信用できず、「嘘に嘘を重ねている」と述べた。 警察の不実を厳しく糾弾したのである。
現在は活動が禁止されているが公然と香港独立を推進している香港民族党の創設者である陳浩天氏は、警察官を暴行した罪で裁判にかけられたが、Lily Wong氏は、こうした刑事裁判で要求される「合理的な疑いの余地がないほどの立証」の基準を満たしていないとして無罪を言い渡した。
これらの無罪判決は、被告にとって重要であり、司法の独立の強い兆しではあるが、香港の全体的な方向性を変えるものではない。香港の反対派は首をゆっくりと絞められつづけている。昨年の抗議活動全体が過激派的であり、香港や中国への脅威であるとされ、政府への反対は独立の推進と見なされている。林鄭月娥氏は、昨年と同様、数百万人の香港人の懸念に全く耳を塞いだままでいる。同氏は最近のインタビューで、昨年の騒動の責任について問われ、次のように答えているのだ。「自分が悪いとは思っていない。私が何か悪いことをしたのだろうか。私は十分に正当な理由をもって一本の法案を提出したのだ。」
新型コロナウイルスのワクチンが開発されればパンデミックのトンネルの出口がようやく見えると思われるため、ある種の正常化が始まるだろうが、香港の反対派が一息つけると考える理由はほとんどない。この弾圧は、市民社会のすべての面で次々と背筋を凍らせ、現世代の香港人から将来への希望を奪うだろう。
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