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中国人全面入国規制が決断できない安倍政権の「国家統治能力」
新型肺炎感染拡大に対する対策巡り会見する安倍首相(写真:ロイター/アフロ)
新型肺炎感染拡大に対する対策巡り会見する安倍首相(提供:ロイター/アフロ)

新型肺炎の感染拡大を防ぐために安倍政権は試行錯誤的対策を小出しにしているが、先月末の「基本方針」で中国人の全面入国規制をしなかったことは多くの国民を失望させた。安倍首相は未だに習近平国賓訪日にこだわり日本国民の生活を混乱させている。

◆安倍首相、中国外交トップに「習近平国賓訪日、極めて重要」

中国共産党政治局委員で中央外事工作委員会弁公室主任の楊潔チ氏は2月28日、首相官邸で安倍首相と会談した。全ての日本国民をここまでの恐怖と不安に陥れ、日常生活もままならない状況に追い込んでおきながら、安倍首相は今もなお習近平国家主席を国賓として日本に招聘することを諦めていない。

安倍首相は会談で習近平国家主席の国賓訪日に関して「両国関係にとって極めて重要だ。十分な成果を上げるために入念な準備をしなければいけない」と強調している。

2月29日付けの中国共産党の機関紙「人民日報」の電子版「人民網」は安倍首相のこの言葉をそのまま使い「日本首相安倍晋三:習近平の今年の訪日は極めて重要」という形で報じている。もともとの紙ベースの「人民日報」(2020年2月29日 第三面)のタイトルは「日本首相安倍晋三、楊潔チと会見」というタイトルだが、強調したいのは「安倍首相が『習近平の今年の訪日は極めて重要だ』と言った」事実なので、電子版では安倍首相のこの言葉を見出しにしたものと推測できる。

2月28日付けの中国政府の通信社である新華社の電子版「新華網」も「日本首相安倍晋三楊潔チと会見」というタイトルではあるが、文中で同様に「安倍は『習近平主席が今年日本を国事訪問(国賓として訪問)することは極めて重要』と表明した」と報道している。

要は「コロナで失敗を重ねた習近平だが、日本の安倍首相がこんなにまで熱烈に会いたいと言ってきているのだから、国際社会は習近平を批判してはいない。むしろ歓迎している」と中国人民に言いたいわけで、日本は又もや中国共産党による一党支配体制維持のために手を差し伸べているのである。

一方、2月29日夜には、習近平の国賓としての来日は9月に延期される模様との日本側報道があった。中国では日本の報道の転載はあっても、中国側の報道はない。

◆体を成していない日本の「国家としての統治」

2月20日のコラム<習近平国賓訪日への忖度が招いた日本の「水際失敗」>に書いたように、1月30日のWHOの緊急事態宣言を受けながら、安倍政権が中国人の入国規制に関して湖北省から来た中国人のみしか対象としなかったのは、4月に習近平を国賓として日本に招くつもりがあったので、習近平を不機嫌にさせてはならないという忖度が働いたのだろう。

それでも日本での新型コロナウイルス肺炎患者が激増していくのを受けて、2月12日にやっと浙江省を入国規制対象に加えた。中国では全土に新型肺炎患者が分散しているので、浙江省などを一つ加えてみたところで如何なる役にも立たないことは2月23日付のコラム<国民の命は二の次か? 武漢パンデミックを後追いする日本>で述べた通りだ。

次に2月25日に、新型肺炎のさらなる感染拡大に備えた対策の「基本方針」を日本政府は発表したが、驚くべきことに、事ここに至ってもなお、安倍首相は中国からの全面的な入国禁止に踏み切ることをしていない。これはつまり、湖北省と浙江省以外からの中国人は、空港で自動的にチェックされている体温測定にでも引っかからない限り、自由に日本に入国できることを意味する。個人観光は言うに及ばず、春節を終えて日本の大学に戻ってくる中国人留学生や新たに日本の大学を受験する中国人受験者をどうするかに関しても、大学が各自判断するという、現場の「自己責任」に押し付けているのである。もちろん日本の入管が一律、再入国あるいは新規入国を不許可にするということもしないのが日本だ。

期待した「基本方針」は、日本人が日本における集まりや勤務あるいは通学、受験などに関しても、各組織が判断するという「自己責任」を日本国民に押し付けただけに終わった。

「自己責任」にしながら検査はしないというあり得ない現状に対する国民の不満が噴出すると、今度は大学を除いた教育機関の一斉休校を突然言い出すなど、とても「国家の統治」が成されているとは思えないような「行き当たりばったり」の右往左往を続けている。習近平への忖度の方を重んじて、最も感染源として警戒しなければならない中国各地からの入国に対しては規制をかける勇気がないのである。

2月20日のワシントン・ポストも“Critics said Abe appeared keener to avoid offending China ahead of a visit by President Xi Jinping planned for April than tackling the problem head on.”(「安倍は目の前にある差し迫った問題に取り組むよりも、4月に計画されている習近平の訪日を前にして、ともかく中国を不愉快にさせてはならないと必死なのである」と多くの評論家が言っている)と書いているくらいだ。

アメリカのメディアにも、ちゃんと見透かされているではないか。

習近平との蜜月を演じてきたロシアのプーチン大統領でさえ、自国民を守るためには「中国人を一切入国させない」という、アメリカ並みの冷徹な手段を断行しており、軍事同盟がある北朝鮮もまた、中国人入国を禁止している。

その国に対する評価の是非を別として、少なくとも自国民を守るという面においては、この「冷徹なほどの毅然さ」は絶対不可欠だ。

安倍首相にはそれができない。

これでも「独立国家」なのかと情けなくなる。

習近平に「一つの中国」を絶対遵守しますと誓い、絶対に独立を認めませんと安倍首相が習近平に対して宣誓しているあの台湾でさえ、自国民を守るために、なんと決然とした選択をしていることか。

◆中国大陸からの入境者を一律禁止した台湾の蔡英文総統

蔡英文政権は1月15日に新型肺炎を「法定感染症」に定め、2月5日には、香港・マカオを除く中国大陸住民の台湾への入境を全面禁止している。同時に台湾から中国大陸への渡航も禁止した。

経済効果を考える一部台湾住民からの批判はあったが、それでも毅然として方針を変えなかった。

湖北省に在住する台湾人をどう扱うかに関しても、その動き方が凄い。

2月3日に中国東方航空が247人の湖北省在住の台湾人を帰還させたのだが、その中に一人の感染者(陽性)がいたことが台湾に着いた後に判明した。台湾側は搭乗前に陰性でなければ帰還させないと要求していたが、陽性が一人紛れ込んでいたために、その後の台湾帰還を全て拒絶している。台湾側が提出した帰還者名簿と大陸側が搭乗させた乗客名簿が一致してないなど(さまざまな紛糾)もあったが、結果的に2月27日現在で1,148人の台湾人が湖北省に留まったままである。蔡英文政権は受け入れを拒絶しているのである。

同胞を見捨てるのかという批判は当然出て来るだろう。しかし蔡英文は怯まなかった。感染者を何としても抑えるために、何をどう批判されようと曲げずに感染拡大を防いだために、蔡英文総統の支持率が68.4%にまで急上昇している(台湾民意基金会データより)。蔡英文政権の防疫対策に関しては75.3%が「80点以上」と絶賛し、平均点は84.16点という高得点だ。

習近平を国賓として招くことを最優先課題としている安倍首相とはなんという違いだろう。

絶対に自国民を守ることを最優先課題にするという決断と、毅然とした統治能力の問題だ。

◆中国の特別行政区であるマカオでさえ

北京政府の管轄下にある中国特別行政区のマカオにおいてさえ、その行政区範囲内での統治者としての統治力は大きい。

3月1日付けのマカオ新聞は「マカオ、25日連続で新型コロナの新規感染確認ゼロ…累計患者数10人中8人が治癒し退院=来週末にも湖北省に残るマカオ人帰還用の救援機派遣へ」という見出しで、マカオの現状を報道している。マカオでは2月4日以来、25日間連続で新規感染者がゼロとなったとのこと。

これまでの累計患者数は10人で、最初の7人が武漢からの旅客、直近の3人がマカオ人だ。こんなことが可能になったのも、2月5日から中国大陸からの入境も中国大陸への渡航も禁止しているからである。

マカオを管轄するのは中国政府(北京政府)の全人代(全国人民代表大会)常務委員会である。この委員会が、マカオがこのような措置を取ることを許可しない限り、マカオ政府の一存では動けない。ということは北京政府がマカオ政府のこのような、中国大陸居住者の入境を禁止することを認めたということになる。

◆日本は中国に利用されているだけ

この事実を深く考えてみよう。

2月20日付のコラム<習近平国賓訪日への忖度が招いた日本の「水際失敗」>で、「中国政府はアメリカの対応を『非常に非友好的である』として強く非難する一方、日本は『非常に友好的な国』として絶賛の嵐を送っている」と書いた。今般も安倍首相と楊潔チとの会見で安倍首相が言った言葉を「習近平礼賛の代表」として中国では大きく扱っている。

しかし、自国が管轄するマカオに関しては、中国大陸からの渡航者を入境させないことを肯定し歓迎するわけだ。これはマカオを自国とみなして、自国の利益を優先しているからだ。同じ特別行政区でも香港市民が反中的であるのに対して、マカオは非常に親中的で「一国二制度」の模範生である。そのマカオがカジノを中心とした観光地としての収入源を失うことを警戒し、習近平はマカオを守ろうとしている。

ということは逆に言えば、中国人入国の全面規制をしない日本は、習近平にとっては「これ以上においしい国はない」ということになる。日本に患者が増えようが知ったことではないのだ。中国を拒絶しない「先進国(G7)」の一国があれば、その存在を中国に都合が良いように宣伝して最大限に利用できる。

2月25日から中国山東省威海市などは日本と韓国からの渡航者を規制し14日間隔離していることを中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」電子版「環球網」が報じているが、もちろん中国政府はそれを非難したりせず、むしろ奨励している。日本は世界から警戒される国になってしまったが、習近平は、「それは歓迎」なのである。

そんな日本は二階幹事長などが音頭を取ることにより中国にマスクや防護服などを大量に寄付し、中国人ネットユーザーから「そんなことばかりしてたら日本で足りなくなってしまうんじゃないか」と心配されているほどだ。そして実際、日本人はマスクが買えなくて困っている。

これが日本だ。安倍政権の実態なのである。

私自身はこれまで安倍首相を心情的に応援してきたつもりだが、習近平を国賓として訪日させることを決定した安倍首相を応援する気にはなれなくなってしまった。ましてやそのことを重視して習近平に忖度し、日本国民にここまでの犠牲を強いている安倍政権を応援する日本国民は、きっと多くはないだろう。残念でならない。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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