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米中の第1段階合意、待った割には中身がない
米中貿易交渉 「第1段階」の合意文書に署名
米中貿易交渉 「第1段階」の合意文書に署名( 提供:新華社/アフロ)

貿易戦争が始まってから18ヵ月後の合意署名だった。トランプ大統領によれば「とてつもない重要なステップ」だが、第1段階の合意後も第2段階、第3段階が続き、さらに第4段階まであるかもしれない。言うまでもなく、今後も多くの段階が必要になるのは、今回合意した内容が関税導入当初にトランプ大統領や米政権が抱いていた望みやプランにはるかに及ばないからだ。合意は、外国の利益を保護するために中国に具体的な法改正の確約を求めた昨年5月の草案にも及ばず、そうした改正も今回の合意では担保されなかった。

文言の上ではトランプ氏にあつらえ向きだ。署名後の2年間で、中国が2017年の水準に上乗せして2,000億ドルを購入するという題目は、トランプ氏にとってさえ大きな数字だろう。工業製品、エネルギー、サービス、農業の4部門はすべて大きな恩恵を受けることになる。両国は今後2年間の購入額拡大を明示するために数字を発表した。その内容がどうあれ、合意はトランプ氏が言うような自由貿易とは異なり、強く管理された国家のトップダウン貿易取引である。この限りでは、中国側にとっては何も変わりはない。世界貿易機関(WTO)の規則は、いかなる国も貿易で特恵待遇を受けないと明示しているが、米中とも合意はWTOの規則に違反していないと主張する。現実には欧州の当局者は懸念を抱いており、今後の合意によっては欧州を犠牲にする恐れがあるとみている。さらに、中国と合意に達したトランプ大統領が、今度はその関心と関税賦課の対象を再び欧州に向けることを心配している。欧州は中国に輪をかけて米国に付け込んでいるとトランプ氏が主張しているからだ。世界の貿易秩序は正常に戻っておらず、すぐにそうなるとは思えない。トランプ氏の行動は貿易関係に根本的な変化をもたらし、その功罪は相半ばする。

署名の際、トランプ氏は訪中して素晴らしい友人である習近平氏と会い、次の段階の話し合いを始める考えを示したが、同時に第2段階の開始は米国の大統領選挙後になるかもしれないと示唆した。合意内容を発展させることに緊急性がないのは明らかだ。選挙後と言っても、トランプ氏とそのチームが政権から去っていたら一体どんな意味があるのだろう。

達成したのは、中身のある貿易合意ではなく貿易休戦である。第1段階の合意で、中国は米国の特定の製品やサービスを購入する大胆な約束をし、その見返りとして米国は一部の関税を引き下げ、計画していた新たな関税を見送った。中国の要求の柱は全ての関税の撤廃だったため、その点で中国は敗北したように見える。もちろん議論の余地はあるかもしれないが、今回のラウンドで先にひるんだのは中国である。中国側は「数」の面で譲歩した。しかし、おそらく法制度や市場開放の面では譲らなかった。中国が必要としている航空機や農産物、エネルギーといったモノやサービスの購入を増やす約束は、中国からの大きな譲歩とは言えまい。

知的財産権の保護については、中国側も「知的財産権保護について包括的な法制度を確立し、施行することの重要性を認識している」という。さらに、「強制的な技術移転は重大な懸念事項である」という認識も持っているという。これら文言は不十分で、特に中国の地方レベルにおける取引の実態に何ら対処するものではない。北京の中央政府で響く素晴らしい言葉と、地方の首長との交渉とはやはり別物である。中国はこのような漠然とした定式化に喜んで取り組むだろう。合意の内容から、中国の経済システムが意味のある形で変化しているようだと解釈できることは何もない。

国家の支援と指示、そして補助金まで受ける産業は従来どおり存続するだろう。中国に変化を起こすのは、今回の合意の発表内容ではなく、信用収縮や地方の情勢である。「中国製造2025」 プログラムの下で、中国が数々のハイテク産業を育成しようとしていることに現時点ではあまり言及されてはいないが、実行に移されていないわけではない。習近平氏の中国は、これまで常にそうだったように、依然として国家主義的であって自給自足を重要視している。

合意には一種の履行徹底メカニズムが組み込まれているが、どのように実行されるのかはまだ全くはっきりしていない。どちらの側からも比較的迅速な行動は可能になっている。中国に責任を取らせることはトランプ陣営の目標の柱である。

合意の第4章は金融サービスを特に対象としているが、約束されたことの多くは事実上すでに実施されている。GRICIは以前、金融セクターの外国企業への開放状況を取り上げたが、もはや開放だけでは十分ではない。中国の地元企業があまりに多くの分野で支配を強めている上、外国企業がアクセスを求め始めた当初に比べて、金融環境も見違えるほど変化している。米国側は、中国企業から米国の金融分野へのアクセスの申請があれば「迅速に」取り扱うと約束しているが、これは承認が下りることを意味するのではなく、無回答というもっと手っ取り早い方法で終わる可能性もある。米国の金融規制当局は、中国の金融企業のコンプライアンスや統制の機能を非常に懸念しているはずだ。これらの懸念は実態に沿うものだが、米国が申請を拒否すれば、今回の合意がもたらした友好的な雰囲気を損なってしまう。申請処理のスピードアップや相互投資に対するより開放的な姿勢を双方が約束すると合意文書でうたっても、できることは限られている。

第1段階の合意は、むしろ盛り込まれなかったことが注目に値する。ファーウェイについては当然ながら言及はない。運命のいたずらか、最高財務責任者(CFO)の孟晩舟氏の身柄引き渡し裁判は合意署名後わずか数日で始まった。発端となった米国における容疑は、イランとの関係をめぐるビジネス慣行や、虚偽の開示、制裁回避の扶助に関するものだ。中国ではこれらの問題は何ら変わらないままだ。

中国は、香港や新疆ウイグル自治区などに関するより広範な人権問題に言及がなかったことを喜んでいるだろう。しかし、もし米国がこれらの問題に関する文言を挿入しようとしていたら、合意は成立しなかったはずだ。純粋かつ単純に貿易だけの合意だった。当面の緊張は緩和されるが、これらの問題はいずれも直ちには解消されず、米中関係における大きなとげとして残り続ける。当然ながらここで湧く疑問は、米中がこの程度の内容で合意するなら、なぜそれほど長い時間がかかったのか、という点だ。1年以上前に合意できなかった内容は実質的に一つもないのではないか。長期にわたる関税は、関係を変えたいという米国の明白な意思を中国に示したとはいえ、これまでの大声やツイート、騒ぎは大した結果をもたらさなかった。トランプ氏は、他の困難な課題をすべてやり遂げる決意を本当に持っているのだろうか。

米中間の大きな懸案の解決がほとんど進展していない中で、トランプ大統領が訪中に熱心な様子なのは心配だ。トランプ氏が香港に行きたいという大胆な発言をしたのであれば、香港におけるしかるべき民主化要求を支持する明確なシグナルになったはずだ。しかし、トランプ氏の香港訪問を中国は決して認めないだろう。もっとも、。同じ中国の西方では、100万人以上のウイグル人が収容施設に入れられ、完全な監視下に置かれているというのに、果たしてトランプ氏は北京を訪問して、大規模なパレードや旗を振った歓迎を受け入れてもよいのだろうか。自由世界の最有力指導者である米大統領をもてなすという名誉を習近平氏に与えながら、中国に対して毅然とした態度を取ることは難しいだろう。中国の国家政策は依然として国際的な規範に遠く及ばない中、米国は民主主義と基本的人権の擁護のため主張するリーダーでなければならない。

第1段階の合意で、中国は継続する数々の問題に対処するための時間を稼いだ。貿易戦争はもちろん中国にマイナスの影響を与えたが、全般的な減速は不良債権の増大が経済に重くのしかかっている結果だ。この状況は全く変わっておらず、最近の経済への外的ショックである武漢の新型肺炎が、さらに大きな問題を引き起こすだろう。GRICIは先月、今後10年に中国が直面する問題を検討したが、保健医療の問題は深刻な懸念事項だった。昨年の豚コレラ騒動で、畜産業および関連する報告や監視のレベルの貧弱さが明らかになったが、その繰り返しが今武漢で起きている。中国社会の大部分は、システムにショックがない限り問題なく機能し続ける。武漢の新型肺炎は非常に顕著で重大なショックとなった。国の対応は2002年から2003年にかけて流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の時よりはましだが、その対応や報告には依然として不信感が強い。このような混乱が中国の春節休暇の時期に発生したことは、感染拡大や経済への影響の深刻化を招く結果になるだろう。武漢の新型肺炎は、「人の企てを神が笑う」という昔からの警句をタイミングよく想起させる。国家主導の経済や追加購入の約束は、市場の現実や現場の実態に常に直面しなくてはならない。臨機応変に対処できる十分な柔軟性を持つことが、先進的な開放経済には不可欠である。状況が変化すれば政策も変更する必要がある。会議室の中にいる交渉担当者がいくら良かれと思っても、未来を支配することはできない。

中国と関係を持つことは現代世界の避けられない現実である。いかなる国も中国と縁を切ることはできないし、一帯一路構想であろうと南シナ海であろうと、中国の国内外の行動を無視することもできない。世界第2位の経済大国である中国との貿易は、そうした関係の一部であるはずだが、中国側は過去数十年にわたってその関係を巧みに利用・悪用してきた。関係や関わり方のリセットがまさに必要だった。中国にはまだ多くの重要な問題が残されているが、そうした問題の尺度として貿易赤字を用いるのは非常にお粗末で効果のない方法だ。今回の合意は少なくとも当面、資本市場やサプライチェーンの緊張をある程度緩和するが、米国ひいては世界と中国との非対称な関係や関わり方に適切に対処する効果はほとんどない。

企業や学術機関を通じた中国による知的財産権のスパイ行為や窃取は、依然として進行中の懸念である。中国自身の憲法の下でも違法とされる基本的人権の侵害が日常的に行われている。外国企業に対する不公平で偏向した扱いや国の傘下にある企業などへの補助金によって、中国の経済は動いている。第1段階の合意では、これらの問題に適切に対処することはできなかった。今後段階を重ねてさらに動きがあるとしても何年も先になると思われる。中国を巡る米国の政治家の姿勢は和らいではいない。ルビオ上院議員らは今回の合意文書で矛先を収めることはなく、米国の資本市場を利用しようとする中国企業に対する資本面の規制の厳格化をさらに求める動きを続けるだろう。

貿易戦争は一服したかもしれないが、もちろん終結はしていない。合意違反を非難する声が今後数カ月に出てくるはずで、言葉による攻撃は再び激しさを増すだろう。トランプ氏は、素晴らしい友人である習近平氏から間違いなく裏切られるだろう。もう1人の新たな親友、金正恩氏に裏切られたのと同じように。中国経済は依然難しい状況にあるが、一部で予想されるような崩壊はないかもしれない。しかし成長率が最小限にとどまり不良債権を処理し切れない中、打撃は何年にもわたり深刻になるだろう。武漢の新型肺炎拡大は、中国の保健医療システムが依然としてお粗末であり、報告や情報伝達はさらにお粗末であることをあらためて示している。中国の野望は今後数年で大きく潰えるだろうし、今回の一時的な休戦も経済の下支えや中国の変化にはほとんど効果がないだろう。それでも中国には根本的な変化が必要なのだ。しかし、外から押し付けられた合意では必要な変化は実現できない。中国と中国国民が、システム全体を通じた開放と説明責任を向上させるために必要な変化を求め、実現する必要がある。しかし、それは貿易合意の有無にかかわらず、これまで同様にずっと先のことのようである。

フレイザー・ハウイー
フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.