
香港での抗議活動は約6カ月にわたって続いているが、この数週間ほどが最も危うい状況だった。警察が例外的な場合を除きデモを許可しないから、今や何百万人もの人々が街をデモ行進する光景はもう見られないかもしれない。11月に入って続いた混乱や暴力の度合が、多くの人々に驚きや衝撃、悲しみを与えたにも関わらず、デモ隊側の要求には依然幅広い支持があるようだ。別の言い方をすれば、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官と政府に対する不信や蔑みが非常に強く、デモ隊が起こす混乱を容認することが長官に対するメッセージを伝える最も容易な手段になっている。しかし、彼女はまだ幻想の中にいて、多くの人々、特に若者が感じている怒りや不満、絶望のレベルを十分に理解していないようだ。直近の世論調査では、林鄭氏の支持率は20.2%で、79%が政府に対して不満を持っていると回答した。唯一の驚きは、彼女の手腕に満足している人がまだ20.2%いるということだ。一体どういう人たちなのだろうか。彼女はこの街をカオスの崖っぷちに立たせた。年初には想像もできなかった光景が日常と化している。
最近になり、抗議活動が激化したのは、デモ参加者の1人が立体駐車場から転落し死亡した事故を受けて、デモ隊側が街を混乱させようとゼネストを呼び掛けてからである。月曜日の早朝には、多数のデモ参加者が衝突する中で交通警官が拳銃を抜いて1人の腹部に発砲、撃たれた男性は手術を受けて腎臓と一部肝臓を切除する事態となった。幸い命は取り留めたが、この発砲がデモ隊による暴力、破壊、混乱の波を引き起こした。機動隊は催涙ガス、ゴム弾、逮捕でこれに対抗した。2014年に起きた雨傘運動の際に多くの人が立ち上がって運動を支持したのは、警察の催涙ガス使用が「香港らしいやり方ではなかった」からだ。しかし、この数週間は警察が1日に1,000発以上の催涙ガス弾を発射することも珍しくなかった。催涙ガス弾がある方向に発射されると、火炎瓶の一斉投てきによる反撃に遭う。危険だが今やありふれた光景が、香港の街に広がっている。
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発砲と同じ日、MTRの地下鉄駅を破壊していたデモ参加者らを追いかけていた地元の男性が、可燃性の液体をかけられ、火を付けられた。抗議運動やその参加者について多数の人と口論している間の出来事だった。男性は腕、顔、胴体にひどい火傷を負った。この事件ではまだ誰も罪に問われていない。また抗議活動参加者に発砲した警官も、捜査中のため停職処分になっていない。どちらの事件も携帯電話のカメラで記録されており、増え続ける暴力の激しさは誰の目にもはっきり分かるものになった。市内各地に設置されているレノン・ウォールの警備に当たっていた非武装の抗議活動支援者も、こん棒とナイフで襲われ大けがを負った。尋常なことではないが、異なる意見の持ち主に対する争いや攻撃が増え、これに眉をひそめることもほとんどなくなっている。あるジャーナリストが書いているように、伝統的に安全で平穏な香港であっても、うわべだけの文明は薄っぺらなものだ。
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この街で不思議な感じがするのは、暴動や市街戦からほんの数ブロックのところでは、しばしば普通の生活が営まれていることだ。6カ月間にわたる騒動の影響を矮小化するものではないが、大部分の人々はまだ仕事をしている。たとえ在宅勤務が可能な一部の人は積極的にこれを選択していてもだ。結婚式は今も行われている。中止になっている会議は多いが、続いているものもある。週末は混乱しても平日は適度に予測可能で穏やかになるという比較的決まったパターンに、街はある時期までは落ち着いていた。しかしこのパターンはここ数週間で打ち砕かれ、抗議活動参加者に対する発砲が起きてからは、昼食時に「私とランチを」という抗議行動が起こり、会社員がオフィスから街頭に繰り出して、「装備を整えた」黒いシャツ姿の急進派としばしば行動を共にした。ビジネス街ということもありその規模は数千人にすぎなかったが、中環のにぎやかなペダーストリートで、ランチタイムに催涙ガスを見る日が来るとは誰も思っていなかっただろう。
さらに劇的だったのは、香港中文大学と香港理工大学を寮生たちが占拠したことだ。そこには若者から年配者まで年齢を問わず急進的な活動家も集まった。両大学は、九龍と新界の主要交通路をまたいでおり、学生たちは大学とつながる陸橋からそこにがれきを投げ込んで、通行をブロックした。警察は両方のキャンパスに突入しようとしたが、レンガや火炎瓶、さらには弓矢を装備し、戦う決意を固めた何千人もの抗議集団の抵抗を受けた。その後信じられない光景が展開した。催涙ガスが大学に降り注ぎ、何百人もの人々がキャンパスを守るために屋外で一夜を過ごしたのだ。香港中文大学などでのにらみ合いは数日で終わったが、香港理工大学では本稿執筆中も緊張した対立が続き、2週目に入ろうとしている。100人ほどの強硬派の抗議者が投降を拒否しているが、暴動の容疑で逮捕されることになるだろう。1989年6月4日の天安門事件になぞらえ、大学は香港版の天安門になり警察は学生を虐殺するだろう、という安易な話が広がった。そうした事態は決してあり得ないが、そんな話がソーシャルメディアやサイバー空間で独り歩きした。多くの催涙ガスや発射物が飛んだものの、「包囲作戦」の最中に死者は出ず発砲を受けた人もいなかった。抗議活動参加者の大半は最終的に投降した。
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大学でのにらみ合いで最も注目すべき点は、「水のようになれ」という初期の抗議活動の原則を破ったことである。意図したものかどうかは別にして、このことはこれまでの抗議活動における最大の失敗となった。流動的に移動し、陣地を防御せず、攻撃したら逃げるという戦術は、警察が迅速に対応できないものだった。戦術は非常に効果的だったが、この1週間に起きた大学への包囲攻撃によってそのアプローチは覆り、抗議グループは水ではなく氷になった。水のように動く戦術は最初こそ効果的だったが、攻撃したら逃げるというヒット・エンド・ラン戦術は、長期にわたる戦略的アプローチにつながらず、抗議活動は5つの要求と多くのスローガンを超えた前向きな方針や計画を生み出せなかった。香港市民の80%以上が独立を拒否しているにもかかわらず、こうしたデモ隊の主張は独立を求めるスローガンとして受け止められている。
抗議活動の様子を伝えたテレビ報道のドラマチックな場面が、米上下両院での「香港人権・民主主義法案」の可決に一役買ったのは間違いない。同法案の成立にはトランプ大統領の署名が必要だが、その内容は、香港が中国から独立した関税地区としての特権的地位を維持できるようにするため、香港の自治の状態を毎年検証することを求めるものだ。(編集部注:11月28日時点で、トランプ大統領はこの法案に署名した)さらに同法案により、議会は自治権を制限しようとする香港や中国の個人に対し制裁を科す権限を与えられる。そうなると、例えば、香港政府高官に対するビザ発給が拒否される可能性もある。この動きに香港と中国の当局がともに反発したのは驚くことではないが、同法が効力を持ち、香港に変化をもたらすかどうかおよそ定かではない。海外からの関与や支援は、内政干渉ではなく香港の独特な地位に対する支持や関心とみなされるべきだが、解決策は現地で見いだす必要がある。
暴力の拡大により、11月24日の区議会議員選挙を政府が実施するかそれとも延期するかについて、しばらく疑問が広がった。選挙では、18の選挙区で413万人の登録有権者が452人の議員を選出する。香港の民主主義のプロセスは厳しく制限されており、区議会議員選挙は公共サービス、交通、公園などの極めて地域性の高い問題に焦点を当てた身近な行事とされている。しかし、今回の投票では、政府と抗議運動に対する信任が問われることになる。抗議グループは、体制派の政党の事務所を破壊したが、ソーシャルメディア上では、投票日には抗議活動はどんな形でも一切行わないことが呼び掛けられている。投票結果とその後の展開は今のところ不透明である。多くの人々がここ数カ月にわたる林鄭月娥政府の無策ぶりを嘆いている一方で、抗議活動がもたらした混乱と破壊は行き過ぎであり、警察は街の平穏を取り戻すためにもっと厳しく対処すべきだと考えている人々もいる。野党側や民主派、また多くの若い新人候補が選挙で健闘するだろう。とはいえ、デモ隊側の暴力の過激化によって有権者が不安を感じていることも確かだ。重要なのは結果を推測することではなく、すべての当事者が投票結果を尊重し、そこから教訓を引き出すことだ。この数週間に及ぶ困難な時期を経た後の選挙は、うまくいけば香港が直面している行き詰まりから抜け出すきっかけになるかもしれない。ただし、市民の一部には投票を許されない人たちがいる。街頭での抗議活動に参加した人の大半はティーンエイジャーで、実際、破壊行為で有罪判決を受けた被告のうち最年少は12歳だ。しかし香港で選挙権が認められるのは18歳からだ。彼らの声は街頭なら聞いてもらえるが、投票ブースでは聞いてもらえないのだ。
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この数カ月間、仕事や娯楽で香港へ行くことは可能だった。抗議活動の影響を感じることもほとんどない。ビジネスをしている人には、中環や金鍾の通りは影響を受けていないように見えることもよくある。黒いシャツやガスマスクを見ることはなく、大規模な警察隊の存在も目に入らない。街は通常より静かだが、頻繁に訪れていない人はそれさえ気づかないかもしれない。ここ数週間で状況は多少変わったが、抗議活動がもたらした本当の長期的な影響は、スローガンや破壊行為ではなく、交通の混乱でもない。それは個人、友人、家族に起きていることなのだ。
香港理工大学でのにらみ合いが続く中、わずか数百メートル離れたところで数百人の抗議活動参加者が交差点を封鎖し、レンガ、廃棄物、竿、その他あらゆるがれきを道路にまき散らした。警察の注意を大学からそらし、活動参加者の一部が避難できるように狙った行動だ。抗議活動参加者や見物していた地元の人たちに話を聞いて分かったのは、絶望的な状況だった。あのような行動でうまくいくという現実的な希望はほとんどなかったが、何もしないよりはましだった。何かをしなければならず、これが彼らができることだった。朝は南に向かう車線から北に向かう車線にレンガがばらまかれていたが、午後になると他の人たちが、北行きの車線から南行きの車線にレンガを戻して、分布を均一にしようとしていたのだ!目に見える効果はない。実際には道路はすでにしっかりと完全に封鎖されていたからだ。しかし、地元の人たちは何かをできることを示したかったのだ。圧力を強める習近平の中国のもとで、若者たちは絶望を感じ、将来を憂えている。
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高信頼社会だった香港は低信頼社会になってしまった。政治に無関心と思われることが多かった街で今、人々の心にあるのはたった一つの話題になった。もっとも友人や家族、同僚と激しい議論になるのを恐れ、抗議活動について話さないでいる方が気楽なときもある。うつ病の罹患率やメンタルヘルスの問題はおしなべて増加し、自殺率も上昇している可能性が高い。抗議活動をめぐり、友情は絶たれた。世代間の亀裂が露呈し、修復は望めないかもしれない。一般に年齢が高い住民は親体制派で、抗議活動への支持が低い傾向があるためだ。若者たちは当然ながら、中国支配の下での自分たちの将来を心配し、就職の見通しが残されているかどうかさえ気にしている。雇用主にとって、香港の大学の学位が有利にではなく不利に働く可能性を学生たちは懸念している。現在そして未来に対する絶望感が漂っている。香港にとって大きな悲劇である。大多数の市民に広がった怒りに無為無策だった行政長官と政府によって、社会は不必要に引き裂かれてしまった。
ビジネスの観点から見れば、香港が中国へのゲートウェイとして機能し続け、中国の金融市場の発展に独自の役割を果たすことは可能だ。しかし、この都市の魂や多くの住民の人生がひどく傷ついている状況では、それは何か二の次のようなことに思えてしまう。
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