
7月20日、トランプ大統領は<アメリカの防衛サプライチェーンの確保と重要物資の国内調達の確保>という大統領令に署名した。実際はアメリカの国防関連企業から中国の影響を排除しようというものだ。
トランプが対中関税競争で譲歩し、米中二極化体制であるG2構想を提唱したのは、習近平が昨年春のトランプ関税に対して米軍武器製造に不可欠なレアアースなどの輸出規制で徹底して対抗したからだ。だからトランプはG2構想提唱に当たり、「中国を倒すのではなく協力することによってアメリカは強くなる」と言っている。それでいながら、なぜ今また「米軍武器製造関連企業から中国の影響を排除せよ」などという大統領令を発布したのか?
そもそも中国のレアアースなしで米軍武器は作れないはずだ。このような大統領令に新たに署名しながらG2構想を保てるのだろうか?
◆2017年来の対中政策の後追い
今年7月20日に大統領令を発布したので、新たにトランプが「中国の影響力排除」に出たのかと思ってしまうが、実はこの政策は2017年、トランプ1.0政権時代の「防衛産業再建、対中重要物資依存の削減、供給網可視化政策」の延長線上にある。以下、順を追って、トランプ1.0から始まり、バイデン政権時代も何をやって来たかを確認したい。
1.トランプは2017年7月21日、大統領令13806号を出し、米国の製造業・防衛産業基盤とサプライチェーンの脆弱性を調査させた。
2.現行の米国法10 U.S.C.( United States Code、合衆国法典) 4872は、「ネオジム磁石、サマリウム・コバルト磁石、タングステン、タンタル、モリブデン」などについて、中国・ロシア・イラン・北朝鮮で生産されたものを国防総省が調達することを原則禁止している。
3.バイデン政権も2021年の大統領令14017号に基づき防衛関連供給網を調査し、国防総省は2022年に「防衛上重要なサプライチェーンの確保」を発表した。「国内生産能力の増強、重要鉱物、半導体、蓄電池、ミサイル・弾薬などの供給網強化」が柱だった。アメリカでは共和党政権の政策を民主党政権でも継続することは一般にないが、バイデン政権までは「対中政策」に関して「反中」でなければならないという共通認識があり、これだけは前政権の方針を全面的に否定するということをしていない。
4.しかし、長年この方針を執行したにも拘(かか)わらず、現時点ではなお対中依存度を削減できていない。それでは「中国に甘すぎる」という誹(そし)りを受けないとも限らないので、トランプとしては11月の中間選挙を控えて、改めてこれまでの方針をより厳しく執行することを米国民および米議会議員に見せようとしたものと解釈できる。
◆トランプ関税とイラン戦争が、このタイミングを選ばせている
このタイミングをトランプに選ばせた理由として、まず考えられるのは2025年4月に宣言したトランプ関税だ。習近平によるレアアースなどの対米輸出規制がトランプにアメリカの弱点の所在を思い知らせたことは言を俟(ま)たない(詳細は『G2構想 勝つのは米国か中国か』の【第五章 製造業とレアアースでアメリカを圧倒する中国】の【2 中国のレアアースがなければ米軍武器は製造できない】にある図表5-3などを参照)。
また今般のイラン攻撃は、米軍の「ミサイル・迎撃弾・ロケットモーターの在庫と生産能力の不足」が表面化させてしまった。トランプは7月15日にも「防衛企業に増産を要求」し、国防総省はパトリオットなどの増産に約200億ドルの民間投資を呼び込もうとしている。
したがって今般の大統領令は、G2構想を捨てて、突如「対中強硬策にトランプが変身した」というのではなく、「イラン戦争で供給能力の不足が露呈した結果」と見る方が妥当だと言っていいだろう。
◆サプライチェーンにおける中国排除を「努力目標」にしている大統領令
事実、冒頭に書いた大統領令を詳細に読むと、以下のような内容が含まれていることがわかる。
- 適合する対象材料を入手するために徹底的な努力を行った証拠を文書化するか、または不適合な対象材料を取得した時点で適合する対象材料が入手できなかったことを証明すること。
- 主契約者または下請け業者が、不適合な対象資材をサプライチェーンから除去するために講じるべき手順を説明すること。
- 緩和計画の完全な実施に向けた厳密なスケジュールを設定すること。
- 元請け業者または下請け業者が対象資材の国内供給源を認定できなかった場合でも、10 U.S.C. 4872に基づく免除の目的において入手不可能とはみなされない。ただし、元請け業者または下請け業者が、問題となっている対象資材の国内供給源を認定するために積極的かつ十分な資金を投入し、継続的に努力していることを実証した場合はこの限りではない。
- 特定された調達品の納入において、信頼できない外国の供給業者から供給される資材または部品を含むサプライチェーンに依存する請負業者に対し、法律、安全、任務要件、および既存の契約要件に従って、可能な限り速やかに、信頼できない外国の供給業者から供給される資材または部品の代替供給元を認定し、利用することを要求する。ただし、そのような代替供給元が利用できない場合は除く。(以上)
したがって今般の大統領令は即時全面禁止ではなく、企業が、たとえば
- あらゆる代替供給元を探した証拠
- 依存を減らす計画
- 切り替えまでの期限
- リスク緩和策
などを提出すれば、引き続き例外を認められる仕組みとなっていることがわかる。さらに代替供給源への切り替え義務に関しても、明確に「代替供給源が存在しない場合を除く」という条項さえあるくらいだ。
つまりは「中国に代替できる供給網がない場合は仕方がないが、精一杯努力はしたという証拠を出せ」という「努力目標」の設定程度でしかないということになる。
ということは米国民に対して、「ほらね、ここまではキチンとやっているよ」ということを見せたいという本音が、トランプにはあるとしか言いようがない。
『G2構想 勝つのは米国か中国か』を書いた者としては、責任を覚えるため、トランプが何か言ったり行動したりするたびに「あっ! これはひょっとしたらG2構想崩壊につながるのではないか…」と、毎回ヒヤヒヤするのだが、今度の場合も、7月19日のコラム<トランプ演説の「中国の2020米大統領選介入」対中批判はG2構想を崩壊させるのか?>同様、どうやらG2構想崩壊にはつながらないようだ。責任上、少しだけ安堵した。
この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。
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