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1941年5月25日、毛沢東「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱(主力)」と発言 その虚構性を解剖する
毛沢東像(写真:ロイター/アフロ)

習近平国家主席が抗日戦争勝利記念を盛大に祝賀する根拠としている理論は「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱(大黒柱、主力)」だ。習近平政権に入ってから盛んに言い始めたのだが、実はこの言葉は1941年5月25日に毛沢東が発信していたことが「毛沢東選集」第三巻(1967年)に書いてある。

それは日本で言うところの「中原会戦」(1941年5月7日~6月15日)、中国語では中条山会戦あるいは晋南(しんなん)会戦(1941年5月7日~5月27日)と称している山西省南部における戦いの最中のことを指している。そこで本稿では、このフレーズの正当性を確認するため、徹底してその会戦時の状況を詳細に解剖してみた。

その結果、毛沢東が言っていることは全く真逆で、この会戦までは山西省南部を根拠地にしていた国民党軍が日本軍に攻撃され苦戦しているにもかかわらず、中共軍は蒋介石の協力呼びかけを無視し、国民党軍の壊滅的敗退を招いたことがわかった。おまけに、それまで国民党軍が占拠していた戦争の要地であった山西省南部一帯を、今度は中共軍が占拠する状況に持っていったのである。

この事を以て「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱だ」と宣言したのだ。この宣言をプロパガンダとして人民に浸透させ、今日の習近平政権に受け継がれ、軍事パレードなどによって日本を圧倒し威嚇しようという構図を形成している。

その意味で、1941年5月25日の毛沢東の発言の虚構性を見極めることは日本にとって切実な問題である。

◆2014年から習近平が使い始めた「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱」

習近平は2014年9月3日の抗日戦争と世界反ファシスト戦争勝利69周年記念の座談会で、「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱」というフレーズを使っている。

しかし不思議なことに、同じ年の7月7日に開催された<抗日戦争爆発77周年記念講話>における習近平のスピーチには、「中流砥柱」という言葉はない。実はスピーチの後に参観に行った抗日戦争記念館で、記念館の若い解説員(学芸員)が、延安における毛沢東の『持久戦論』を展示したパネルで解説するときに、「中国共産党の指導の下で人民抗日武装勢力が抗日戦争の中流砥柱となった」と紹介したのを習近平は聞いたのである。

すると、その次の抗日戦争に関するスピーチでは、習近平は必ずと言っていいほど、この「中流砥柱」という言葉を使うようになったことがわかった。ということは、若い解説員の説明に触発されて習近平は「中流砥柱」を使うようになったという見方ができる。

こんにちでは習近平の常套句になっており、中国のネットには「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱」というフレーズが溢れている。たとえば今年も5月28日に<中国共産党は全民族抗日戦争の中流砥柱である>というタイトルの報道を「中国共産党新聞網」がすると、それが多くの民間のウェブサイトに転載され、9月5日には「中共中央党校」が同じタイトルの報道をしている。このようにして中国のネットがこぞって「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱」を唱えるという状況が現出している。これが2014年からの中国のネット界の状況だ。胡錦涛政権までは見られなかった現象である。

◆1941年5月25日、『毛沢東選集』に出てくる「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱」

1967年に出版された『毛沢東選集』第三巻のp.762~p.763に、「極東ミュンヘン陰謀を暴露」(1941年5月25日)という見出しの毛沢東の見解が書いてある。その本の表紙と毛沢東の見解を、それぞれ図表1と図表2に示す。

図表1:『毛沢東選集』第三巻のカバー

筆者が持っている本を撮影

図表2:「中流砥柱」という文字がある『毛沢東選集』第三巻のp.762~p.763

筆者が持っている本をコピー

赤線を引いてある個所の少し前の文章から翻訳すると、そこには「この晋南戦役[1]において、八路軍は自動的に国民党軍に協力して戦闘に参加した。二週間にわたり、中国は華北のあらゆる戦線で総攻撃を開始し、依然として激しい戦闘を続けている。共産党の指導する武力(軍隊)と民衆は、既に抗日戦争の中流砥柱となっている」と書いてある。

ここにある[1]に非常に重要な以下の注釈がある。すなわち、

[1]:晋南戦役は中条山戦役とも呼ばれる。1941年5月、日本軍は約10万人の兵力で、黄河北方の山西省南部と河南省北部の中条山地域に侵攻した。この地域に集結した国民党軍は約15万から16万人であった。これらの国民党軍は、主に共産党と戦うことを任務としており、日本軍との戦闘準備が整っていなかった。日本軍が侵攻すると、その多くは戦闘を避ける戦略をとった。そのため、華北各地の八路軍が率先して攻撃を開始し、同蒲路、正太路、平漢路、白晋路などの日本軍の輸送路を遮断し、積極的に国民党軍と協力したにもかかわらず、国民党軍は依然として完全に敗北し、3週間で約7万人の兵力を失い、中条山とその周辺の広大な領土を失った。(以上、毛沢東選集より引用)

この[1]が、どれほど虚偽に満ちた内容であるかを証明できれば、今日の習近平政権の抗日戦争に対する主張の欺瞞性を証明することができる。したがって、その試みに挑戦したい。

まず[1]にある「これらの国民党軍は、主に共産党と戦うことを任務としており」という言葉だが、これは冒頭の中原会戦のウィキペディアにさえ書いてあるほど明確な話で、国民党側司令官は(国共合作に積極的な軍人)衛立煌(えい・りっこう)だ。むしろ中共に協力的過ぎることを蒋介石に叱責され、中原会戦第一日目の5月7日には、叱責を受けるために重慶にいた。そのため中条会戦場に駆け付けるのが遅れたと中国語のウィキペディア中条山会戦には書いてある。したがって中条山会戦に関して「これらの国民党軍は、主に共産党と戦うことを任務としており」は虚偽だ。

次に[1]にある「華北各地の八路軍が率先して攻撃を開始し」および「積極的に国民党軍と協力したにもかかわらず」に関しては、さらなる詳細な資料を基にして解剖する。

◆中共側資料『建党以来重要文献選編』の欺瞞

1998年に中央文献出版社で中共中央文献研究室によって編集出版された『建党以来重要文献選編』(1921-1949)第十八冊には毛沢東が発信した電報などが収められている。その263頁に1941年5月9日の電文がある。それを図表3として示す。

図表3:1941年5月9日に毛沢東が発した電文

『建党以来重要文献選編』(1921-1949)第十八冊から転載し筆者が赤線を加筆

図表3の(二)の赤線部分には【国民党(蒋介石)は我が軍に協力を求めているが、挑発的にも、「共産党が日本と妥協しないのなら、華北で攻勢をかけて、日本軍の前進を止めるべし」と言っている】と書いてある。これは1941年4月13日に日ソ中立条約が締結されたので、ソ連・コミンテルンの管轄下にある中国共産党も「堂々と日本と仲良くしていい」ことになるので、その意味も含みながら「日本と妥協せず抗日戦争に加わるのなら」と蒋介石が言っているということを意味する。

図表3の(三)の赤線には【我々の方針は、この挑発に乗らず、現状の態勢を保ち、各根拠地を固めること。耐心強く「敵軍・傀儡軍(汪兆銘軍)・裏切り分子」に対する工作を発展させる(これが非常に重要)】と書いてある。即ち、「国民党軍に協力するな」という意味で、もっと具体的には「日本軍と戦うな」ということを意味している。

そして毛沢東は「協力してほしいのなら、まず次の4点を満たせ」と蒋介石に回答している。その4点の中には「軍資金・弾薬の迅速な支給」や「反共活動の停止」などがある。

5月14日にも関連電文があるが、それは省略して毛沢東が5月16日に彭徳懐に発信させて電文を図表4に示す。

図表4:毛沢東が彭徳懐に発信させた1941年5月16日電

『建党以来重要文献選編』(1921-1949)第十八冊から転載し筆者が赤線を加筆

図表3の(4)の赤線部分に書いてあるのは「各兵団に参加する兵団は今月の23日までに準備を整え、指令が出るのを待機せよ」という意味である。

冒頭に書いた中国語のウィキペディアでは中条山会戦(=晋南会戦=中原会戦)5月27日には終わっていると書いてある。日本側の情報は敗残兵の掃討作戦を含めているので、中原会戦は6月15日まで戦われたと書いてあるだけだ。数多くの資料を総合的に突き合わせると、戦争の勝敗は5月13日、遅くとも5月15日には決着してしまったというのが共通認識だ。

だというのに、もう国民党軍が惨敗して4万人以上が戦死し、3万人以上が捕虜になっている段階になって、初めて開戦当初に蒋介石が依頼してきた協力をする方向での指令を出し、しかも戦争が終わる4日前の5月23日まで「動いてはならない」(命令が出るまで待機せよ)と打電するとは何ごとか。

国民党軍が日本軍に壊滅的な打撃を与えられているのを、毛沢東は「嬉しそうに眺めていただけである」。

このことは、2021年5月16日に台湾の研究者・許劍虹氏が<国民党軍が華北を失うきっかけを作った決定的な戦役>というタイトルで非常に興味深い分析をしている。明確に「毛沢東は、日本軍の攻撃を受けている国民党軍に中共軍が援助の手を差し伸べるのを阻止せよという指示を出している。日本軍による打撃を受けた国民党軍は、私を喜ばせざるを得ない。国民党と共産党の地位はこの戦役により、根本的に逆転したのだ」という趣旨のことを書いているのだ。

◆中共軍の狙いを見破った日本軍の記録『戦史叢書』

決定的なのは、実は日本軍の戦場記録である『戦史叢書第090巻 支那事変陸軍作戦<3>昭和十六年十二月まで』である。その272頁にある文章を図表5に示す。そこには「しかるに蔣系軍が潰滅的打撃を受け根拠地を失うと、虎視眈々として機をうかがっていた共産軍は直ちにその勢力を該地域に侵入させ、蒋系軍に代わって根拠地を確立した。これにより、北支の遊撃戦は共産党軍の独占するところとなった」と書いてある。

図表5:中共軍の狙いを見破った日本軍側記録

『戦史叢書第090巻 支那事変陸軍作戦<3>昭和十六年十二月まで』を転載し筆者が赤文字加筆

◆1941年5月24日「大公報」:中共軍は国民党軍敗残兵から武器を奪った

国民党政府側メディア「大公報」は1941年5月24日に図表6のような報道をしている。第18集団軍というのは中共軍(八路軍)のことである。「中央軍」は「国民党軍」のこと。概要を書くと:

(1)日本軍の報道:中共軍は(国民党軍に協力しないどころか)高みの見物を決め、国民党軍の敗残兵から武器を奪った。

(2)上海16日合衆電:日本軍報道官の秋山は、山西省南部における日本軍の戦果を自慢し、「日本軍と共産軍は一度も互いに攻撃したことはない」と述べた。

(3)18日ワシントン・スター紙は「中共は蒋介石を見捨て、汪兆銘支持に転じる可能性がある」とする社説を掲載。

となる。

図表6:中共軍は国民党軍がやられるのを「高みの見物」

1941年5月24日の「大公報」の報道を転載し、筆者が赤で加筆

最後に「大公報」は中共軍への行動を期待しているが、中共軍は中原会戦(中条山会戦、晋南会戦)が終わった後に国民党軍の元根拠地を頂いただけだ。それにより国共両軍の勢力は逆転し、中共軍が強力になっていく。

これを以て毛沢東は「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱だ」と宣言し、抗日戦争記念館で2014年にそれを知った習近平が、同じ言葉を唱えるようになり、こんにちのように盛大に抗日戦争勝利80周年記念を祝賀し、強大な軍事力を世界に誇示する軍事パレードを行うに至っているのである。

中国を侵略するなどという蛮行を実働に移した旧「大日本帝国」の愚かさは、今もなお、自らが何をやったのかを自覚していないという意味で、依然として「愚かである」としか言いようがない。

いま日本では自民党の総裁選が進行中だが、その中で真実を直視する勇気を持った候補者はいるだろうか。日本の未来に暗然とする。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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