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勝者は誰に?トランプ関税激変「中国以外は90日間一時停止」 それでもトランプ「習近平が好きだ」
大統領令に署名するトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)
大統領令に署名するトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

4月9日、トランプ政権の対中追加関税50%が発表されるとすぐ、中国はピッタリ同額の対米報復関税50%を同日夜発表した。しかし世界の株価暴落と米国債が売られるのを見てか、トランプ大統領は13時間後に前言を翻した。「報復関税をしなかった国に対する関税適用を90日間一時停止する」と言い始めたのだ。その数時間前まで「90日間一時停止はフェイクだ」と断言しておきながら、「基本関税10%以外は90日間一時停止」と宣言。「しかし報復措置をしてきた中国に対しては関税を125%に引き上げる」と、これも前言を翻した。

それでいながら、そのすぐ後にトランプは「私は習近平が好きだ、尊敬している」と表明し、かつ「習近平は世界で最も賢い人物の一人」だとまで絶賛している。

まるで勝算がないことを悟ったトランプが習近平に「話し合いに乗ってくれよ」と懇願しているかのようだ。中国は対米一国に集中していればいいが、アメリカは全世界から信用を失い、輸出入控えを受けるので、勝算に自信を失っているのだろう。経済や貿易協定は「信用」が基礎だ。

実際、米中の貿易関係はどうなっているのか、データに基づいて考察を試みる。

◆米中輸出入データの現在値

まず客観的に米中の輸出入に関する現状と推移を見てみよう。

以下、図表1~図表6までの簡単な説明を示したい。

図表1:2024年における中国の輸入額の各国・地域シェア
   (中国税関総署のデータに基づいて筆者作成)

図表2:2024年におけるアメリカの輸入額の各国・地域シェア  
   (米国勢調査局のデータに基づいて筆者作成)

図表3:2024年における中国の輸出額の各国・地域シェア
   (中国税関総署のデータに基づいて筆者作成)

図表4:2024年におけるアメリカの輸出額の各国・地域シェア
   (米国勢調査局のデータに基づいて筆者作成)

図表5:中国の対米輸出入の推移
   (中国国家統計局及び税関総署のデータに基づいて筆者作成)

図表6:アメリカの対中輸出入の推移
   (アメリカ国際貿易委員会のデータに基づいて筆者作成)

図表1:2024年における中国の輸入額の各国・地域シェア

中国税関総署のデータに基づいて筆者作成

図表1から分かるように、中国は輸入の対象国を多角化し、アメリカのみに依存することを早くから避けてきた。この「アメリカ:6.33%」も、製造業の資材などがほとんどなので、一般庶民の生活には直接の打撃を与えない。また、アメリカから輸入しなくても、どこからでも輸入できる品目が多い。トウモロコシや大豆などはすでにブラジルなど、他国からの輸入に切り替えている部分が大きい。

最先端の半導体は、アメリカが2018年から対中輸出を禁止しているので、もともと輸入できていない。エヌビディアのGPU(Graphics Processing Unit、画像処理装置)の低性能のものだけはアメリカから輸入が許されていたが、そのパーセンテージはさらに小さくなるので、中国の関連企業が関税を払ってでも購入するのか(この場合は中国政府が補助金を出す可能性がある)、あるいは拙著『米中新産業WAR』の【第七章 アメリカの制裁が強化される中、なぜ中国の半導体は成長したのか】の【四、AI半導体で急成長した「中国版エヌビディア」ムーア・スレッド】に書いたように、やがて中国国内での生産が可能になっていくだろう。

図表2:2024年におけるアメリカの輸入額の各国・地域シェア

米国勢調査局のデータに基づいて筆者作成

図表2を見ると、アメリカの中国からの輸入依存度は13.32%と、かなり高い。輸入品にはウォルマートやショッピングモールあるいはアマゾンなどで買えるようなスマホやパソコン、ゲーム機、家具、おもちゃ、衣類、家電品、化粧品、アクセサリーなど、ほぼすべての庶民の日常品が目いっぱい詰まっている。

したがってアメリカが中国の輸入品にかける高関税(現時点で125%)はアメリカ国民の庶民生活を直撃する。統計が出れば消費者はすぐに反応し、トランプ政権に対する激しい不満を劇的な形で表明し始めるだろう。

図表3:2024年における中国の輸出額の各国・地域シェア

中国税関総署のデータに基づいて筆者作成

図表3を見ると、2024年における中国の対米輸出額は14.67%だが、実は個別のデータとして2025年2月のシェアは12.9%に減じている。それにしてもかなり大きいので、ここは減産を余儀なくされる可能性がある。輸入は他の国からという切り替えは、わりあい直ぐにできるが、輸出は他の国にニーズがないと切り替えられないので、図表2と同じ内容だが、アメリカの消費者が不満を表明し始めるのが先か、中国企業が悲鳴を上げるのが先か、我慢比べになる。中国は国家の責任において補助金を出したりする可能性があり、「自由の国」アメリカの消費者が「自由な意思表示」により不満を爆発させるのが先かもしれない。

図表4:2024年におけるアメリカの輸出額の各国・地域シェア

米国勢調査局のデータに基づいて筆者作成

図表4は米中だけに注目すれば図表1と対を成すものだが、トランプがカナダやメキシコにやや寛大なのは、輸出額のシェアが大きいからだ。

ならば、いつごろからこのような状況になっているのかを見るために、その推移を図表5と図表6に示した。

図表5:中国の対米輸出入の推移

中国国家統計局および税関総署のデータに基づいて筆者作成

図表6:アメリカの対中輸出入の推移

アメリカ国際貿易委員会のデータに基づいて筆者作成

中国側から見ようと、アメリカ側から見ようと、圧倒的に中国の対米輸出が対米輸入よりも大きく、「中国が対米貿易を通して得る利益」は「アメリカが対中貿易を通して得る利益」よりも、はるかに大きいということが言える。

トランプとしては、これを解消しろということなのだが、中国としては「解消したいなら、アメリカが自国内で日常品を製造したらどうですか?」ということになる。

ところが、拙著『米中新産業WAR』に詳述したように、アメリカの製造業は空洞化してしまって、製造業に従事するエンジニアがいないのである。その現状を図表7に示す。

図表7:激減してしまったアメリカのエンジニア

『米中新産業WAR』の序章(p.12)から転載

『米中新産業WAR』の序章(p.12)にある図表2から転載

図表7をご覧いただければ歴然としている通り、製造業を担うエンジニアがいなければ、家電など、庶民の日常品を製造することはできない。したがって、先に音を上げるのはアメリカだろう。

◆トランプ変心の影に「米国債売却」と中国政府の「人民元安」誘導

中国では「米国債がバカ売れしてる!」といった記事が出回っている。たとえば4月9日の「証券時報網」は<米国債、突然の爆売り!>という見出しで、米国債が急激な勢いで売られていることを報道している。

また同じく4月9日の「英為財情(Investing.com)」は、<中国は米国債を売却してしまおうとしているのか>という見出しで、アメリカの常軌を逸した対中関税に対する報復として米国債を売り飛ばしているといった趣旨のことが書いてある。そして中国政府が「人民元安を容認する」方向に動いているといった情報も飛び交っている。

これは中国に限ったことではなく、たとえば日本の日経新聞が<米関税停止、背景に米国債売り 「金融戦争」市場が警戒>という見出しで、【トランプ政権は9日、発動したばかりの相互関税をわずか13時間で部分凍結した。背景にあったのは、株式や通貨に加えて安全資産とされた米国債まで売られる「トリプル安」の発生だ。市場は貿易戦争だけでなく、債券や通貨までもが各国の攻撃材料となる金融戦争を恐れている。】と書いてある。さらに【中国・人民元は対ドルで17年ぶりの安値となり、トランプ関税のショックを和らげるために中国当局が緩やかな人民元安を容認しているとの見方が強まる。】ともある。

これは中国のネット上での多くの情報と一致している。トランプは「このままではまずい」と思って、9日に相互関税の発動を宣言したその舌の根も乾かぬうちに、節操もなく今度は自分の宣言を凍結したということになる。

中国に対しては125%の追加関税を課すと豪語しながら、その一方では習近平を絶賛するようなことを言っている。

◆トランプが再び「習近平を絶賛」

4月9日、中国に対して125%の追加関税をかけると豪語したトランプは、その直後に「私は習近平国家主席が好きだ。尊敬もしている。もちろん会いたいと持っている」と記者団に語ったと、ウォールストリート・ジャーナルが<トランプ大統領は中国との関税交渉に前向き>という見出しで報道している。

またBBCも、トランプが「習近平は賢い人物であり、最終的には非常に良い合意に至るだろう」と大統領執務室で記者団に語ったと報道している。「習近平主席は世界で最も賢い人物の一人だ」とも述べたとのこと。さらに、「習近平は何をすべきかを正確に理解しており、祖国を愛している」、「いずれ電話がかかってくるだろう。そして、いよいよ交渉が始まる」と、習近平への期待を吐露したというのだから、対中関税は、そこに持って行くための「脅し」に過ぎないのではないかとも思われる。

しかし、習近平としてはこのたびのトランプ関税のチャンスを逃すことはしないだろう。李強首相はEUのフォンデアライエン委員長と電話会談しているし、習近平は4月15日からマレーシア、ベトナム、カンボジアなど東南アジアを歴訪することになっている。

4月6日の論考<トランプ関税は「中国を再び偉大に(Make China Great Again)」 英紙エコノミスト>の図表3に示したように、習近平の野望は「アメリカを外した新しい貿易秩序」を構成していくことではないだろうか?

もっとも、今回の「中国を除いた他の貿易国すべてに対して10%の関税だけかけて、残りの関税に関しては90日間一時停止にした」トランプの突然の豹変は、習近平にとっては「想定外の痛い誤算」ではなかっただろうか?他の「被害国」が必ずしも連帯してくれるとは限らない状況になった。

まるで「騙し打ち」に遭ったように習近平は思っているかもしれない。

そうは言っても、ここまでコロコロ変わるリーダーがいる国を安心して貿易相手にする国も少ないという側面もあろう。

どちらが勝者になるかは読みにくくなったように思う。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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