言語別アーカイブ
基本操作
犯人は日本の外相か? 日中首脳会談「石破発言」隠し
日本の外務省(写真:西村尚己/アフロ)
日本の外務省(写真:西村尚己/アフロ)

10月10日の李強・石破会談で、石破首相は李強首相に対し、台湾問題に関し「日本は日中共同声明で定められた立場を堅持する」と明言した上で、「中国とともに挑発に対応する」と付け加え、中国側を喜ばせた。

しかし、日本メディアでは一切そういう報道はない。そこで、誰がどこで石破発言を隠したのかを調べてみたところ、なんと日本の外務省ウェブサイトにおける「日中首脳会談」の記述では、中国外交部に明示してある「日本は日中共同声明で定められた立場を堅持し、中国とともに挑発に対応する」という流れの文言が完全に削除されていることがわかった。

外務省が隠したということは岩屋外務大臣が隠させたと解釈していいのだろうか?

そこから浮かび上がってくる「石破政権の危ない揺らぎ」と「日本の国家観の欠如」を考察する。

◆中国外交部の報道

10月11日のコラム<石破首相、李強首相との会談で台湾問題に関し「日本は日中共同声明で定められた立場を堅持」と誓う>に書いたように、中国の外交部は石破首相が李強首相に台湾問題について以下のように言ったと書いている。すなわち、

 ――日本は台湾問題に関して≪日中共同声明≫で確定した立場を堅持しており、それを変更することはない。日本は国際的な地区の問題に関して、中国とともにコミュニケーションを強化し、挑戦(挑発的言動)に対応していきたいと望んでいる。(以上)

図表1に、石破首相が発言した部分を拡大した外交部の発表を示す。

図表1:中国外交部ウェブサイトにある台湾関係「石破発言」

 

中国外交部ウェブサイトにある「石破発言」部分を筆者が拡大

中国外交部ウェブサイトにある「石破発言」部分を筆者が拡大

 

図表1の赤枠で示した部分が「石破発言」で、拡大した赤枠内の黄色マーカーで示した部分が、台湾に関して言った内容だ。「日中共同声明」は中国語では≪日中联合声明≫と書く。「同中方」は「中国とともに」という意味で、「中国とともに(アメリカが仕掛けてくる)挑戦(挑発的言動)に対応していきたい」と書いてあることになる。

石破首相は「日米地位協定」の見直しも提唱していたので、中国側としては石破首相に「揺さぶり」をかけていることが見えてくる。

中国外交部の発表に対して日本の外務省は異議申し立てをしていないので、石破首相が黄色で示した内容を明言したのは、真実であったと解釈していいだろう。

しかし、日本のメディアでは、筆者以外にこの事実を公表しているのを、(不十分かもしれないが筆者の知る限りでは)今のところ見たことがない。不思議でならず、責任も覚えるので、いったい誰が、どの段階で隠したのかを調べていたところ、日本の外務省のホームページに突き当たった。

◆日本の外務省の報道

日本の外務省のウェブサイトには<中華人民共和国 日中首脳会談 令和6年10月10日>という報道がある(読者の皆様:技術的問題のためなのか、どうしても<中華人民共和国 日中首脳会談 令和6年10月10日>にリンク先をつけることができませんでした。<外務省のウェブサイト>をクリックなさると見ることができます。現時点では原因が解明できません。お許しください)。

構成はリンク先をご覧いただければわかるように、「1 総論、2 二国間協力、

3 二国間の諸課題・懸案、4 国際情勢」となっており、「3 二国間の諸課題・懸案」の項目に台湾問題に関する発言が、以下のように書いてある。

 ――台湾については、最近の軍事情勢を含む動向を注視している旨伝えつつ、台湾海峡の平和と安定が我が国を含む国際社会にとって極めて重要である旨改めて強調した。(以上)

この部分を、中国外交部と同じように、拡大して図表2にお示しする。

図表2:日本の外務省ウェブサイトにある台湾関係「石破発言」

 

日本の外務省ウェブサイトにある台湾関係「石破発言「部分だけを筆者が拡大

日本の外務省ウェブサイトにある台湾関係「石破発言」部分だけを筆者が拡大

 

このように一言も、「日本は台湾問題に関して『日中共同声明』で確定した立場を堅持しており、それを変更することはない」とは言ってないことになっているし、まして況(いわ)んや、「中国とともに挑戦に対応する」などと、まるで「アメリカに対して中国とともに闘うニュアンス」を秘めた【「同中方」+「应对挑战」(挑戦に対応する)】に相当した文言は皆無だ。

そもそも対中包囲網である「アジア版NATO」を提唱している石破首相が、なぜここまで中国側に立った発言をしたのか。まるで「私には軸はありません。時の流れのままに、都合よく変節するだけです」と表明しているようなものだ。

そりゃあ、そうだろう。自民党総裁選挙中は「すぐ解散はすべきでない。せめて予算委員会を開催して、国民にわが党がどういう考えを持っているかを理解していただいてからでないと解散すべきではない」と、あれだけ何度も主張して、当時の小泉進次郎候補の「すぐ解散すべきだ。わが党が何を考えているかは、この総裁選挙戦での討議で十分わかってもらえているはずだ」との主張を退けた。

それでいながら、総裁に当選した瞬間に前言を翻して「すぐ解散」を宣言してしまうのだから、その節操のなさは推して知るべしだろう。

したがって日中首脳会談で「石破発言」があったことは確かだろうが、日本の外務省は、なぜ隠したのか?

そして、誰がそうさせたのだろうか?

◆岩屋外務大臣の決裁権限と会見記録

日本の外務省のウェブサイトには、日本語情報だけでなく「英語版(English)」も必ずあり、全世界の誰もが読めるようになっている。それだけ大きな報道になるので、当然最終的には大臣の決裁があってこそ公開していいというシステムになっているはずだ。すなわち公開文言の最終決定権は大臣にあると言っていいだろう。

したがって前掲の外務省のウェブサイト<中華人民共和国 日中首脳会談 令和6年10月10日>にある文言は、最終的に岩屋外務大臣が決めたはずだ。

それ以外にも、その傍証となる記者会見における岩屋外務大臣の発言を見つけたので以下に示す。

日中首脳会談の翌10月11日の記者会見<岩屋外務大臣会見記録(令和6年10月11日(金曜日)14時00分 於:本省会見室)>では、「日中関係(台湾問題)」という項目があり、China Daily(中国日報。中共中央宣伝部管轄下の英字日刊紙)の記者の質問に対して岩屋外務大臣の回答が、以下のような形で載っている。

 【China Daily 江記者】(以下は英語にて発言):岩屋さん、中国の王毅外交部長は、10月9日、電話会談を行いました。王毅外交部長は、日本側が、台湾問題に関する政治的約束を守り、揺らぐことなく一つの中国の原則を堅持し、地域全体の平和と安定を大切にし、特に、外部勢力が地域の対立をあおることを防止することを希望する、と表明しました。これに対し、日本政府は具体的にどのような行動をとるつもりでしょうか。よろしくお願いします。

 【岩屋外務大臣】:台湾との関係については、1972年(昭和47年)の「日中共同声明」を踏まえて、非政府間の実務関係として維持していくというのが、我が国の一貫した立場でございます。「一つの中国」という考え方は、理解し、尊重するけれども、これは両岸において、平和的に、解決されなければならないという考え方でありますけれども、これが我が国の、引き続いての一貫した立場でございます。
 政府としては、このような従来からの基本的立場を踏まえて、日台間の協力と、交流の更なる深化を図っていく考えでございます。(記者会見に関しては以上)

このように、岩屋外務大臣は、「日中共同声明」に触れながらも、重視するのは「台湾との関係に関して、非政府間の実務関係として維持していくこと」であり、「日台間の協力と、交流の更なる深化を図っていくこと」であると言っていることに注目したい。

これらは、石破首相が李強首相に言った内容とは全く真逆だ。

加えて、China Dailyの記者の「特に、外部勢力が地域の対立をあおることを防止することを希望する」という王毅外相の言葉を鑑みると、中国外交部ウェブサイトにある石破発言の【「同中国」+「应对挑战」】の意味が、より明確になってくる。

すなわち石破首相は明確に「日本は、中国とともに外部勢力(アメリカ)が地域の対立をあおることを防止したい」と李強首相に対して明言したということになる。

そして、その事実を隠させたのは岩屋外務大臣だろうことが、これら一連のファクトから見えてくる。

日本国民に対しては、「日本はあくまでもアメリカと台湾の側に立っている」ことを明示するために、日中首脳会談の翌日に、李強首相に対する「石破発言」を相殺すべく、特に「日本は日台関係を重視している」旨、強調して見せた。だから実際の「石破発言」を日本の外務省ウェブサイトから削除させたと推測される。

岩屋外務大臣は、そして石破首相は、日本国民を騙したのだ。

それを見抜けないのか、見抜こうとしないのか、日本のメディアのジャーナリスト魂は、どこに行ったのか?

なお、岩屋氏は自民党総裁選のときの石破氏側の選挙対策本部長だった。

◆節操のない石破首相の「ぶれる」言動:「国家観なき日本」の哀れ

以上から結論的に言えるのは、「いかようにも言説を変える石破首相の節操のなさ」と「国家観なき日本」の哀れさである。

対中包囲網「アジア版NATO」を提唱するかと思えば、一方では中国にへつらって「中国とともに外部勢力の挑発と闘う」的なニュアンスの発言をしてみたりする石破首相の「軸のない揺らぎ方」にこそ、中国は目をつけていると解釈すべきだ。

ひょっとすると中国側は石破首相周辺に「もし李強首相と会談したいのなら、中国側に利する(中国外交部ウェブサイトに書いてある石破発言のような)発言を会談においてすること」という、「ごく深い水面下での要求(威嚇?)」をしていたのかもしれない。

筆者自身、大臣級の日中間会談を実現させるために何度も「ごく深い水面下での交渉の仲介」を、日本側のためにしてあげた経験がある。こういった場合、日本側が何としても中国側との会談を実現したいという強い望みを持っているので、中国側が「そんなにまで会談したいのなら~~をせよ」という要求を突き付けてくることがしばしばある。

現在のところ中国側は、石破政権はコントロールしやすいと踏んでいる。

石破氏が自民党総裁でいてくれれば、難攻不落のアメリカの「中国崩壊戦略」を崩せるかもしれないと、中国は石破首相をコマの一つとして使おうとしているのである。おそらく中国にとっては、できるだけ長く石破氏が首相でいてくれることを願っているだろう。

ここまで軸がぶれるのは、石破氏に「確固たる国家観」がないからだ。

国家観を持たない日本の弊害は11月1日に出版される『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』で指摘した。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

カテゴリー

最近の投稿

RSS