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「トランプ・マスク会談」でトランプ氏が使っていたのは中国製モバイルバッテリー
出典:中国のWeibo(スマホの下にあるのが中国アンカー社のモバイルバッテリー)
出典:中国のWeibo(スマホの下にあるのが中国アンカー社のモバイルバッテリー)

米大統領選の共和党候補トランプ前大統領は8月12日、テスラのイーロン・マスクCEOとX(旧ツイッター)で対談し中継された。トランプのスマホの下に置かれていたモバイルバッテリーが中国のアンカー(Anker)社製のものであることを発見した中国のネット民が指摘すると、中国のネットはたちまちトランプが使っているモバイルバッテリーで騒然となった。

その燃え上がりように、中国共産党系の「環球時報」の英語電子版までが乗り出した。アンカー社はトランプが使ったモデルに「これはトランプ前大統領が使ったモバイルバッテリー」というレッテルを貼って売り始めるという大騒動。

それにしても、あれだけ中国の製造業を怨み、何としても製造業をアメリカの手に戻すと叫んでいるトランプが、なぜ全世界が見ているライブ会談で中国製のモバイルバッテリーを使うようなことをしたのだろうか?

◆「環球時報」英語版がトランプの手元にあるモバイルバッテリーに関して解説

8月13日、環球時報の英語電子版「グローバルタイムズ」が<Chinese-made power bank gains spotlight after Trump-Musk interview(トランプ・マスク会談のあと、中国製のモバイルバッテリーが脚光を浴びる>というタイトルで、ネット民が大騒動している様子を以下のように解説した。

 ――ドナルド・トランプ前米大統領とテスラのイーロン・マスクCEOによるライブ対談で、一部のネット民が、トランプが使用したモバイルバッテリーが中国のアンカー社製である可能性が高いことを発見したことから、アンカー社のモバイルバッテリーがネット上で予想外の注目を集める事態になった。

フェニックス・ニューメディアが報じたところによると、ソーシャルメディアで共有された写真には、トランプがオフィスでスマートフォンを通してマスクと会話している様子が写っており、中国ブランドのアンカー・イノベーションズの磁気モバイルバッテリーが目立つ形で使用されていた。

このことが中国のソーシャルメディアで広く伝わり、「アンカー・イノベーションズ」社の公式Douyin(TikTok)アカウントでは、このモデルは「トランプ前大統領が使用したモデルである」とラベル付けされた。

このモバイルバッテリーの価格は399元(55.7ドル)。同じモデルは米国のアマゾンでは89.99ドルで販売されている。

「アンカー・イノベーションズ」社の株価は火曜日の中国のA株市場で0.65%上昇し、54.27元(1111.52円)となった。2011年に設立された「アンカー・イノベーションズ」社は、パワーバンク(モバイルバッテリー)、ケーブル、Bluetoothデバイスなどの主要製品で、中国最大の家電ブランドにランクされている。同社は、公式ウェブサイトで100以上の国と地域に8,000万人以上のユーザーを抱えていると書いている。同社の最高収益は北米市場からのもので83億7000万元、これは総収益の47.81パーセントに達している。

◆アンカー社を創設したのは80后(バーリンホウ)(1980年以降生まれ)

中国のネットでは、あらためて「アンカー社」を創設した人物にもスポットライトが当たっている。8月3日の網易新聞(163.com)は<トランプが使った中国のモバイルバッテリー:年収175億元(約3584億円)、創設者は湖南省長沙の80后>というタイトルで創設者の物語と収益などを報道している。

ここでは環球時報の英語版と違い「アンカーの製品は、北米、ヨーロッパ、日本、中東などの140以上の国と地域に輸出されており、1億人以上のユーザーがいる」とまず報道している。

創設者の生い立ちと創設に至る物語に関しては以下のように書いている。

 ――創設者の陽萌(男性)は1982年に長沙で生まれ、17歳のときに北京大学のコンピュータ・サイエンス学部に入学し、卒業後は米国に留学してテキサス大学オースティン校でコンピュータの学習を続けた。修士号を取得した後、陽萌は高級エンジニアとしてGoogleに入社した。この間、彼は会社の最高賞であるFounder’s Award(創設賞)を受賞した。あるとき陽萌はノートパソコンのバッテリーを交換したいと思ったのだが、そのとき、使われているバッテリーが100ドル(2010年頃では約9000円)で、高すぎることを知った。ノートパソコンに装填されているオリジナル以外のバッテリーは20ドルで売っているのだが、ユーザー評価は低く、品質が保証されていないことを知った。

彼はこの瞬間、ビジネスチャンスの匂いを嗅ぎつけ、費用対効果の高いバッテリーブランドは必ず大きな市場があるだろうことを直感した。そこで彼は、中国の成熟したサプライチェーンを利用して、高品質のホワイトラベル製品を直接卸売りで購入し、それをAmazonプラットフォームを通して海外のユーザーに45ドルで販売し、大成功を収めた。

こうして陽萌はGoogleにおける100万元の年俸を放棄して帰国し、故郷で起業する道を選んだ。正式に年俸100万を放棄し、中国に戻ってビジネスを開始することを選択し、故郷で海翼電商(2018年にアンカー・イノベーションズに改名)を創設し、カリフォルニアでAnkerブランドを登録した。アンカーはたちまちAmazon、eBayなどのプラットフォームで成功を収めたのだった。

下記に貼り付けたのは、創設者・陽萌の写真である。

アンカー社の創設者・陽萌

 

出典:網易新聞

出典:網易新聞

 

記事には市場に関しても書いてある。

 ――北米がアンカー社の主要な市場で、昨年の収入は83.7億元(1700億円)で全収入の47.81%を占めている。次に多いのが欧州で36.8億元(750億円)、日本では24.9億元(500億円)、中東では9.1億元(180億円)、の収入がある。注目すべきは中国大陸内では6.37億元(130億円)の収益しかなく、総収益のわずか3.64%でしかない。

◆アンカー社は2021年に「世界No.1モバイル充電ブランド」認定

アンカー・ジャパンのプレスリリースによると、2021年11月にEuromonitor International(ユーロモニター・インターナショナル)が実施した調査結果において、Ankerブランドが「世界No.1モバイル充電ブランド」として正式に認定を受けたとのこと。日本市場での充電関連製品の累計販売個数が3,000万個を突破したという。

なお、アンカー社はトランプが使用したのはまちがいなくアンカー社のものであることを、中国のネットで認めている。

◆トランプにとって中国の電子製品こそは仇敵のはず

それにしてもトランプはなぜ、不用意にも全世界が見ているライブ対談で、こともあろうに中国製のモバイルバッテリーを使うようなことをしてしまったのだろうか?

かつてファーウェイ製品がデータを盗み取ると言って大規模な制裁をファーウェイ製品に科し、中国の半導体産業を徹底して潰そうとした大統領ではなかったのか?

ネットには「アンカー社のモバイルバッテリーならデータを盗まないというのかい?」といった書き込みが多い。「トランプ・マスク会談」の勝利者は中国のアンカー社だ、という書き込みも見られる。

トランプは、今年11月の大統領選に向けても、「アメリカの製造業を取り戻す!」と誓っているのではないのか?

その中国の電子製品を使っていることを、このように目立つ形で公開してしまったのでは、大統領選への宣伝には逆効果だっただろう。アメリカの製造業の空洞化を、無残な形で見せつけたシーンだった。

7月に受けた銃撃で、一躍「無敵の王者」の座を不動のものにしたかに見えたトランプだったが、バイデン現大統領が撤退し、若いハリス現副大統領に民主党の大統領候補が代わった今、今般の想定外のミスは小さくないように思われる。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

 

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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