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蘇州日本人母子襲撃 中国外交部「偶発的事件」回答に違和感
中国外交部の毛寧報道官(写真:ロイター/アフロ)
中国外交部の毛寧報道官(写真:ロイター/アフロ)

6月24日午後、中国江蘇省蘇州市にある日本人学校スクールバスのバス停で日本人母子2人が襲撃され、それを阻止しようとした乗務員の中国人女性が刺されて重体となっている。これに関して中国外交部報道官は「遺憾」とした上で「警察の初歩的判断では偶発的事件だとしている」と回答。

一方、中央テレビ局CCTVは「偶発的事件」という言葉を使っていない。

その違いに強い違和感を覚えるとともに、「偶発的」という言葉で表現したこと自体に、どうも納得がいかない。周辺事情を検証する。

◆中国外交部の定例記者会見における回答

6月25日に開催された中国外交部の定例記者会見から、蘇州日本人母子襲撃事件に関する質疑応答部分だけを抜き出すと以下のようになる。

●テレビ東京記者の質問と毛寧報道官の回答

記者:質問が2つあります。まず昨日蘇州で日本人の母子が刺されました。これは日本人に対する攻撃だったのか、それとも事故だったのかに関して詳細な情報を提供してくださいますか?次に今月10日に吉林省で3人のアメリカ人が刺されましたが、短期間に被害者が外国人だった事件が2件ありました。これに関してどう思われますか?

毛寧:中国人の負傷者はすぐに病院に運ばれ治療を受けており、現在、日本人2名に関しては命の危険はありません。犯人は現行犯逮捕され、さらなる取り調べを受けているところです。このようなことが起きたことを遺憾に思います。

私の知る限り、警察は初歩的判断でこの事件は偶発的事件としており、目下さらなる調査を進めているところです。同類の偶発的事件は世界中のどの国でも発生する可能性があり、中国は、中国国民と同様に、中国にいる外国人の安全を守るための効果的な措置を引き続き講じて参ります。

●日本経済新聞記者の質問と毛寧報道官の回答

記者:蘇州で日本人母子が襲撃された事件についてお伺いします。 容疑者の国籍、職業、犯行の動機などの情報を提供してください。 今回の事件は、日中関係や中国における日本人の仕事や研究にどのような影響を与えているとお考えですか。

毛寧:事件はまだ捜査中なので、警察が発表する信頼できる情報を待つことをお勧めします。 私が言いたいのは、警察の初動判断によると、これは偶発的事件であるということです。中国は世界が認める、最も安全な国の1つです。私たちは常に外国人が中国に旅行し、中国で学習したりビジネスをしたりして生活することを歓迎し、中国での外国人の安全を確保するための効果的な対策を講じ続けます。(外交部ウェブサイトからの引用は以上)

外交部報道官は、日本の2社の質問に対して、いずれも「偶発的事件」としていることに非常な違和感を抱いた。もちろん「警察の初歩的判断で」という譲歩形は付けているものの、「偶発的」という言葉でこの事件を位置付けることに抵抗を覚える。

●中央テレビ局CCTVは「偶発的」という言葉を使っていない

一般に、中国外交部の発表と中国共産党が管轄するCCTVなどが使う用語は同じであることが多い。そこでCCTVではどのように報道しているかを見てみたところ、そこには「偶発的」という言葉はなかった。

全文を以下に掲載する。

――蘇州市公安局蘇州ハイテク区局によると、6月24日16時頃、蘇州ハイテク区泰源路新迪センターのバス停でナイフによる負傷が発生し、3人が負傷した(うち中国人1人、日本人2人)。

蘇州高新区局の巡回警察は、速やかに現場に到着して対応し、容疑者の周某容疑者(男性、52歳、最近他所から蘇州に来た無職者)をその場で逮捕し、直ちに負傷者を病院に搬送して治療を受けさせた。

現在、負傷した中国人は、容疑者の犯行を阻止しようとした過程で重傷を負ったため、現在も救命措置が続いている。日本人負傷者1名は命に別状のない状態で治療を受けており、もう1名の日本人負傷者は同日中に退院した。   

周某は刑事拘禁されている。事件の調査と処理はさらに進められており、犯罪行為は法令に従って厳罰に処せられる。(CCTVの報道は以上)

これは警察の通報をそのまま伝えたもののようなので、もう一つの、外交部定例記者会見を伝えたCCTVの報道を確認してみたところ、そこでもやはり、外交部報道官が言った「偶発的事件」という言葉が削除されている。これにより違和感は確信へと変わっていった。

◆「偶発的事件」という表現になぜ違和感を抱いたか

これは筆者の直感でしかないが、なぜこんなにまで「偶発的事件」という言葉に違和感を持ったかに関しては二つの理由がある。

一つは、6月11日に吉林省吉林市で起きたアメリカ人講師に対する刺傷事件と今般の日本人学校スクールバス襲撃事件の共通点だ。アメリカも日本も、現在、対中包囲網を形成するのに必死で、中国との関係は良くない。

近年、在中の外国人を殺傷しようとするような事件は特に起きていなかったと思う。それがここに来て二件も起き、しかも対象がアメリカ人と日本人だということは見逃すわけにはいくまい。

もし、中国にいるフランス人とかドイツ人あるいはロシア人などが襲撃されているというのなら、中国人同士を襲撃するのと同じ程度に通り魔的な偶発性として片づけることができるが、そういう事例を見たことがない。

もちろんだからと言って背後に中国政府系列の組織的なものがあるかと言えば、そんなものがあるはずがない。なぜなら、外国企業を誘致したくてならない中国政府が、そのようなことをするはずがないからだ。

となると、中国全体の日米に対する視点が、今回の事件を起こさせるような社会的雰囲気を醸し出していると考えるのは自然だろう。

その意味で、これが「偶発的事件」とは思えないのである。

二つ目は中国外交部の劣化だ。

CCTVの報道は、外交部の定例記者会見を転載したヴァージョンでも、前述したように「偶発的事件」というキーワードを削除している。

CCTVは中共中央が直轄しているので、非常に慎重で周到である。

しかし、外交部は国務院の直轄下にあり、本来ならば国務院新聞弁公室など関連の組織が間に立って、徹夜をしてでも徹底して国外に出るニュースあるいは事件に関しては「どのような言葉で表現するか」を検討する。

定例記者会見は如何なる質問が出るか分からないからと思われるかもしれないが、概ね事前に把握していて、Q&Aのサンプルが用意されている。

しかし、今は大局を見渡す「外交部長」が事実上「不在」に等しい。

王毅氏は外交部長を兼務してはいるが、外交担当の国務委員のような役割を果たしていて、本務は中共中央政治局委員であり、中共中央外事工作委員会弁公室主任だ。外交部の業務が疎かになるのはやむを得ないことだろう。

それが「偶発的」という言葉で位置付けてしまうか否かの分岐点にもなっているように感じたのである。せめて「単発的」という言葉に置き換えれば、ここまでの違和感を覚えなかったかもしれないが、それだけの細やかさが、今の外交部にはない。以上二つの意味で座りの悪い違和感を覚えたのである。

◆中国の一般のネット民はどう思っているのか?

念のため、過去のWeibo(ウェイボー、微博)のランキングを示すサイトで調べてみると、なんと6月25日の15時18分~50分の間、Weiboのホットなテーマのランキング1位になっているのを発見した。それを以下に示す。

出典:Weibo

出典:Weibo

図表の真ん中あたりに「历史排名曲线」という文字があるが、これは「ランキング推移」という感じの意味で、「日本母子蘇州襲撃」というキーワードでWeiboに書き込んだコメントのランキングが「1、10、20・・・」位という数値で縦軸に示してある。

ランキングが1位になったあとも、順位は下げながらも延々とコメントが続いている。それらの膨大なコメントの中に、いくつか共通するものがあるのを発見して、さらに驚いた。

なんと、筆者とはまったく違う観点から、結局は「偶発性」を否定することにつながるような内容が書いてあるではないか。それらの要素だけを抜き出すと以下のようになる。

 ●吉林の場合も、蘇州の場合も、50代半ばの者だよね。おまけに無職。

 ●お金をもらったら、何でもやるんじゃない?

 ●ビザの一部免除に関する政策が出されてから、いやに多くの外国人が中国に来るようになり、やたら「なーんだ、中国って安全な所じゃないか」といった類の発信をしてると思わない?

 ●それって、中国の国際交流が進み、中国政府にとっては嬉しいことだろうけど、喜ばない人がいるよね。それって誰だろう?

 ●中国が嫌いな国に決まってるじゃないか。アメリカと日本だよ。

 ●なら、たとえばアメリカのCIAからお金をもらって「やれ!」と言われればやるよね。犯人が若者だったら愛国心から衝動的に動くだろうけど、犯人が50代半ばの無職男っていうのがカギなのさ。この共通項、おもしろくない?

 ●「中国は危険な所だから行くな!」というメッセージを世界に発信して、中国を困らせてやろうと企んでいる者がいる。

概ね以上だ。

もちろん最も多いのは「犯人の襲撃を阻止しようとして犠牲になった中国人女性」の勇気を讃えるコメントだが、予想もつかなかったのは「ビザ免除政策に関するコメント」だった。それを基礎にして犯人の年齢などに注目していることに圧倒された。どれが真実かは分からないにせよ、中国のネット民の分析力には、思わぬ拾い物をしたような驚きを覚えた次第だ。

どこから斬り込んでいっても、この襲撃事件は「偶発的事件」だとは思えないという結論に行きつくのかもしれない。

日本人は気を付けた方がいいだろう。(この結論にたどり着かせるのが犯人の狙いかも知れないが、それでもやはり、気を付けるに越したことはないと思う。)

 追記:日本人を守ろうとして犯人に刺され重体となっていた中国人女性が亡くなられた。中国人の中には自らの命の危険を顧みず咄嗟に日本人小学校関係者の命を守ろうとする人もいる。その尊い精神に尊崇の思いを捧げるとともに、心からのご冥福をお祈りしたい。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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