スイスのビュルゲンシュトックで開催されていたウクライナ平和サミットは、6月16日に不調な中で閉幕した。なんとか共同声明は出せたものの、妥協の産物でしかなく、少なからぬ国が署名を拒否した。注目すべきは、サミットでサウジアラビアやトルコの外相あるいはケニアやチリの首脳などが非常に目立つ形で「ロシアが参加していない会議には何の意味もない」という趣旨の抗議を表明したことだ。
抗議を表明したときの「表情」を見てハッとした。
厳しい目つきと激しい口調には、何か確固たるものがある。
いずれも中国とは非常に仲が良い連中ばかりではないか!
奇妙だ・・・。
その違和感は「何かある!」という直感を抱かせた。
ひょっとしたら、この人たちは「刺客」としてサミットに送り込まれ、激しく抗議する場面を全世界に知らせるための役割を担っていたのではなかったのか?
西側諸国の一つであるはずのオーストリアのカール・ネハンマー首相は「この会議は西側のエコーチェンバー(自分と似た意見や思想を持った人々の集まる空間)とまで言っているが、オーストリアさえも、最近中国とは経済協力フォーラムを開催したばかりだ。
習近平に、してやられたか・・・・・!
彼らの発言と中国との関係を、一つ一つ確認せずにはおられない。
◆抗議表明したサウジアサラビアのファイサル外相と王毅外相との関係
ウクライナ平和サミットの全体会議という最も目立つ場面で、サウジアラビアのファイサル外相は、厳しい表情で「信頼できるプロセスにはロシアの参加が不可欠だ!」と強く主張した事実は、全世界の注目を集めた。
リンク先の表情の一つを以下に貼り付ける。
写真1:サミット全体会議で激しく抗議するサウジアラビアのファイサル外相
ファイサル外相に関しては、6月16日のコラム<ゼレンスキー大統領はなぜ対中批難を引っ込めたのか? ウクライナ戦争和平案を巡り>で述べたように、5月31日に北京で中国・アラブ諸国協力フォーラム第10回閣僚級会議が開催され、父親の病気で出席できなかったムハンマド皇太子の代わりに出席し、王毅・中共中央政治局委員兼外相(以下、外相)と会談したばかりだ。その時の写真を「写真2」として以下に示す。
写真2:王毅外相と握手するファイサル外相
このあと6月10-11日には、ロシアで開催されたBRICS外相会議にも二人は揃って出席している。
中国ともロシアとも深く関わりながらサウジアラビアは動いているのだ。
となると、ゼレンスキーの要求が激しいので、ウクライナ平和サミットには一応参加しておいて、「むしろ、逆の積極的効果を発揮できるようにしてみてはどうだろうか」という打ち合わせをしたとしても、おかしくはない。
なぜそこまで考えてしまったかというと、写真1と写真2の表情を見比べてみていただきたい。歴然とした差があるのがお分かりだろう。写真2がいつもお馴染みのファイサル外相の表情だ。写真1のような闘志をみなぎらせた顔を見たことがないし、声の張り上げ方もいつもと違う。
この違いにまずハッとしたのだ。「待てよ…」という直感が走った。
◆抗議表明したトルコのフィダン外相と王毅外相との関係
トルコのフィダン外相はウクライナ平和サミット全体会議で、かなり長い時間にわたって厳しい表情で抗議を表明した。長いので一部だけピックアップすると、たとえば「このサミットには、紛争の反対側であるロシアが参加していない。ロシアが参加していれば、実りあるものになった可能性があるが、ロシアの参加していないサミットでは意義がない」と、ゼレンスキーが最初からロシアを排除したことに真正面から抗議を表明した。その上で「ロシアは最近、新たな停戦条件を提示している。その内容がどういうものであれ、停戦に向かおうという意思表示をしていることは重要な一歩であり、かすかな希望だ」とさえ述べて、ゼレンスキーが「ヒトラーのようだ」として拒絶したプーチンの言葉を例に挙げた。
停戦交渉というのは、相手の条件が何であれ、それをぶつけ合うところから始まるのに、最初からプーチンの参加を排除したゼレンスキーに世界のカメラが並ぶ前で抗議したのである。その時の写真を以下に貼り付ける。
写真3:ウクライナ平和サミットで抗議するトルコのフィダン外相
一方、6月4日、フィダン外相は訪中して王毅外相と両国間の「戦略的協力関係」に関して会談している。その時の写真を写真4に貼り付ける。
写真4:王毅外相と握手するトルコのフィダン外相
やはり中国との接触の場合は表情がまろやかだ。ふだん見ている中共中央管轄下にある中央テレビ局CCTVで認識しているフィダン外相の表情と重ねて見た写真3の表情は、直感を確信に変わらせていた。
◆抗議表明したケニアのルト大統領と習近平との関係
ケニアのルト大統領はウクライナ平和サミット全体会議で同様に抗議表明をした。スピーチは相当に長いが、その中で「ロシアは今このテーブルに着いているべきだ」、「友人だけの会合であってはならない」、「(ウクライナにとっての)敵も含めた会議でなければならない」として、このサミットに最初からロシアが参加することを排除したゼレンスキーを非難する形となった。そのときの写真を写真5として以下に貼り付ける。
写真5:ウクライナ平和サミットで抗議するケニアのルト大統領
一方、ケニアは中国と一帯一路で固く結ばれており、昨年10月に開催された一帯一路サミットにルト大統領が出席し、国交樹立60周年記念を祝して習近平国家主席と会談している。その時の写真を写真6として以下に示す。
写真6:ケニアのルト大統領と習近平国家主席
これが同一人物かと思うほど、写真5には敵意に近い闘志があり、周辺にいる人物たちの表情も同様に柔和ではない。
なお、今年1月にはケニアのムダバディ外相が訪中して王毅外相と会談し、一帯一路を中心とした戦略的コンセンサスの下、未来を共有する「中国・ケニア運命共同体」の構築を進めることに合意し、共同声明を発布した。念のため、そのときの写真も写真7として貼り付ける。
写真7:王毅外相と握手するケニアのムダバディ外相
◆抗議表明をしたチリのボリッチ大統領と習近平との関係
チリのボリッチ大統領はウクライナ平和サミットで「チリはロシアのウクライナ侵攻に一貫して反対してきた」としながらも「今日、それがどんなに困難だと見えても、どんなことをしてでもロシアはこのテーブルに着いているべきで、ロシアがいないのはおかしい」と、丁寧ながらも、やはりロシアを最初から排除したゼレンスキーの考え方に異議を唱えた。以下にその時の写真を写真8として示す。
写真8:ウクライナ平和サミットで抗議するチリのボリッチ大統領
一方、ボリッチ大統領は2023年10月に一帯一路国際協力フォーラムに参加するために国賓として招かれ、習近平と会談している。その時の写真を写真9として以下に示す。
写真9:習近平国家主席と握手するチリのボリッチ大統領
写真9をご覧いただくと、なんとにこやかな表情だろうと、誰でもが写真8との違いに気付かれるだろう。写真9ではボリッチは左手を習近平の背中に回すほど親密だ。
特にチリは、拙著『嗤(わら)う習近平の白い牙』の【第七章 習近平が狙うパラダイム・チェンジ】で述べたように、EVに不可欠なリチウム電池製造に関して、そのリチウム鉱石の宝庫の一つであるため、リチウム鉱石の共同開発が、二国間経済協力メカニズムに関する共同声明の中にも盛り込まれている。一帯一路関係だけでなく、中国とチリとの関係は深いのだ。
◆ウクライナ平和サミットを「西側のエコーチェンバー」と称したオーストリアのカール・ネハンマー首相と中国との関係
オーストリアはここ数年、目まぐるしく国家(連邦政府)の首脳が代わっているので首相の名前を間違えやすいが、今はネハンマー(ネ―ハマーとも)が首相を務めている。彼はウクライナを訪問しゼレンスキーとも会っているくらい、ウクライナを支援しているはずだ。その彼がウクライナ平和サミットの全体会議ではなく、会議場外での通りがかりの取材の際ではあるが、「われわれは西側諸国のエコーチェンバー(反響室)にいるようなものなんだよね。つまりさ、全ての西欧諸国とアメリカは、ウクライナで何が起きて欲しいかに関して既に合意している。でも、それだけでは十分じゃないんだよね」と、さらっと言ってのけている。
エコーチェンバーというのは、冒頭に書いたように「ネットなどで、まるでエコーのように自分と似た意見の人たちが集まる空間」のことで、そこで交わされる情報だけが正しい世論だと勘違いし、他の世界が見えなくなってしまう現象を指す。
ウクライナ平和サミットはそのエコーチェンバーに過ぎないと「ウクライナを支援しているオーストリアが言った」のは衝撃的だ。
中国のネット空間で、あまりにこの発言が大きく取り上げられているので、念のためと思ってチェックしてみたところ、今年6月6日に「中国・オーストリア経済協力フォーラム」がウィーンで開催されたばかりだということがわかった。
そうは言っても、これはさすがに中国との打ち合わせの下での発言ではないと思ったのだが、ところが、とんでもないツーショットを発見してしまった。オーストリアのネハンマー首相が、なんと、ケニアのルト大統領と仲良くツーショットを撮っている証拠写真を見つけてしまったのだ。もちろん会場はウクライナ平和サミットが開催されていた会議場の一つ。まるで「やったね!」と言わんばかりの表情ではないか。
写真10に、ネハンマー首相がX(旧ツイッター)に投稿した写真を示す。
写真10:オーストリアのネハンマー主張とケニアのルト大統領
ということは、ひょっとしたら、オーストリアも含めて、全て「仕組まれたもの」だったのだろうか・・・・・・。
どうしても「お主も、ワルよのう…」という悪代官同士の老獪な「したり顔」が浮かび上がってくる。それは拙著『嗤(わら)う習近平の白い牙』で著した習近平の顔、そのものだった。
この論考はYahooから転載しました。
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