かつては世界を制覇していた液晶パネルの王者シャープが幕を閉じた。気が付けば中国が液晶パネルの世界トップを走っており、世界生産シェアの70%を中国製が占めている。トップ企業3社とも中国だ。
現状と、なぜこのようなことになったのかを考察する。
◆世界のトップを行く中国の液晶パネル産業
2016年、シャープが台湾のホンハイ(鴻海精密工業)に買収さ
遂にあのシャープが液晶パネル産業から消える。
栄枯盛衰とは言うものの、時代が一つの区切りを迎えたことを突き付けてくる。
では、新しい時代では、いったい世界のどの国のどの企業が覇者となりつつあるのだろうか?
2024年1月4日のTrend Forceのデータを見て驚いた。
なんと、中国が圧倒的トップを行っており、しかもトップ3社までが全て中国ではないか。図表1にTrend Forceにある2023年の主たる液晶パネルメーカーの生産シェアを企業別&国・地域別の円グラフにして示してみた(細かなデータは無視した)。
図表1:液晶パネルメーカーの生産シェア
世界1位のメーカー「京東方」はBeijing Oriental Electronicsの頭文字を取って「BOE」と通称されており、2位の「華星光電」は中国のテレビ大手TCL科技集団(TCL)の子会社で英文ではChina Star Optoelectronics Technologyと称し、「CSOT」と略称されている。3位が同じく中国のメーカーで「惠科(惠科股份有限公司)」で「惠科」は中国語で「Hui-Ke」と発音するため、一般に「HKC」と略称されることが多い。
この3社が世界のトップ3で、いずれも中国のメーカーであるため、中国(大陸)の合計が67.3%となり、世界の液晶パネル産業を制覇しているということができる。
◆液晶パネル産業の推移
いったいいつから、このようなことになってしまったのだろうか?
揃ったデータを全て持っているところは見つからないので、中国のCSDN(Chinese Software Developer Network)のウェブサイトにある<世界の液晶パネル生産能力は中国へと移り、車載ディスプレイ画面は飛ぶ鳥を撃つ勢いだ>という見出しの情報に載っているデータと、前述のTrend Forceのデータなどから拾い集めて作成した結果を示したのが図表2だ。
図表2:主要な国・地域の液晶パネル生産シェアの推移
日本以外は2000年あるいは2005年以降のデータしか揃ってないので、現時点では世界の概ねの傾向を知るという意味で、図表2に示した内容で考察してみよう。
まず図表2を見ただけで明らかなように、日本(黄色)は1995年辺りをピークとして、世界の王者の位置から一気に転落していき、シャープがホンハイに買収されたあとも回復する兆しは見せていない(この経緯と原因は日本の読者は熟知しておられると思うので省略する)。
日本の没落に代わって現れたのは韓国や台湾だが、2005年辺りから中国が少しずつ頭角を現し始め、2018年には台湾と韓国をも抜いて世界一に躍進し始めた。
当然のことながら拙著『「中国製造2025」の衝撃』で書いたように、習近平が指示して2015年に発布したハイテク国家戦略「中国製造2025」の影響もあるが、それ以前から中国は複雑な試みと進展を模索している。
◆BOEは如何にして誕生し、成長したのか?
6月3日に出版される『嗤(わら)う習近平の白い牙(きば) イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』の第七章に書いた「習近平とイーロン・マスクの秘話」にあるように、EVの話同様、実は液晶パネル産業を辿(たど)っていくと、話は毛沢東まで遡(さかのぼ)らなければならない。
1953年に朝鮮戦争が休戦になると、毛沢東は朝鮮戦争によって中断されていた、1949年建国後に最優先することになっていた重工業の発展戦略に立ち戻り、「重工業と防衛産業を建設するために全力を尽くす」として「第一次五ヵ年計画」(1953-1957)に着手した。
このとき建設された国営工場の中にエレクトロニクス産業(総投資額、当時の5億5000万元)があり、774廠(北京電子管廠)、718廠(華北電波廠)、738廠(北京ケーブル発電所)は特に重要視された。このうち、1956年10月に起工式が行われた774廠こそが、こんにち液晶パネル世界トップ企業に躍り出ているBOEの前身である。
1968年に、液晶を使って薄型ディスプレイが実現できることを米RCA社が発表すると、日本はすぐさまその技術に注目し、液晶パネルの基礎を築き始めた。
中国は1977年までは文化大革命があり、液晶テレビどころの騒ぎではなかったが、実は1964年に原爆実験に成功したように、液晶パネルに関する研究もまたアカデミックな形でひっそりと進行していた。
1969年には中共中央の指示により、清華大学化学研究組が液晶研究に着手しており、中国科学院の院士が清華大学で液晶物理に関する論文を書いている。そして1970年代末から1980年代初頭にかけて、774廠、770廠(湖南長沙曙光電子管廠)、713廠(中国科学院)などが、4インチ基板TN-LCD(液晶ディスプレイ)の実験的生産ラインに、なんとか漕ぎ着けていた。
一方、日中国交正常化が実現したあとの1978年に鄧小平が訪日したときに視察した松下電器(現パナソニック)の協力を得て、1987年に中国で北京松下彩色顕象有限公司を設立するのだが、その受け皿となったのが774廠だった。
そのころ中国では、まだ「あの家にはテレビがある!」とか「あの家は自宅に固定電話を持っている!」といった感じで、固定電話を持っている家も少なければ、ましてやテレビを置いている家など滅多になかったほどだ。したがってスマホがどこよりも早く拡大したのは中国であったのと同じように、ブラウン管のテレビを持っている家が少なかったわけだから、誰もがテレビを持つ頃には、液晶テレビを買う時代に入っていたという「後進性の利」が大きく働いた。
また中国は1980年代、いずれ叶えたいと思っていたWTO加盟のために、乗用車製造に当たり、あまりに多くの小さな自動車製造会社があったので、それを淘汰しなければ海外の車には勝てないと判断し、いくつかの大きな企業だけを戦略的に残して、他を戦略的に淘汰していった(鄧小平が権力闘争のために1979年に仕掛けた短期中越戦争で中国が勝てなかった事実を受け、中国人民解放軍を200万人リストラしたので、元軍人のうち軍需産業に従事していた人々が、バイクや小型自動車などを製造する膨大な数の小さな企業を生み出していた。参照:『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』など)。その経験があるので、中国はトップ企業を数社だけ育成するという戦略に出ている。
ただ、改革開放に伴って国営774廠は経営が破綻しそうになっていたのに、その工場長として派遣されていた技術者・王東昇氏は、他の企業に逃げ出そうと思うほど、追い詰められていた。しかし、毛沢東が工業の近代化のために建てた774廠を潰すわけにはいかないと古くからいたスタッフに引き留められて踏ん張り、国営企業(のちに国有企業)から独立して、1992年にBOEを設立したのである。
その後も何度も危機的状況を迎えるが、しかし国家戦略として、ブラウン管テレビや固定電話は普及するに至らなかった中国は、液晶テレビと携帯電話は他国と類似のスタートラインに立っていると考え、BOEなど特定の企業に地方政府からのさまざまな種類の支援を行っている。
これは前掲の『嗤う習近平の白い牙』の「習近平とイーロン・マスクの秘話」で書いた銭学森博士の言葉と相通じるものがある。銭学森博士は、朝鮮戦争のときにアメリカが中国に原爆を落とすと脅したものだから、毛沢東がアメリカから帰国させたロケット工学の権威だが、彼は1992年に「中国はガソリンエンジン車では他国に立ち遅れていたが、EVならば同じスタートラインに立っているので中国は絶対にEVに力を注ぐべきだ」と発言したのに似ている。だからEVも中国は世界のトップで一人勝ち状態だ。
2010年になると中国はGDPにおいても日本を抜くわけだから、液晶テレビを置く家や携帯電話やパソコンなどを持つ人が増え、液晶パネルを必要とする全ての製造会社は、海外から購入するより自国製の液晶パネルを購入してテレビやパソコンを製造した方が格安なので、どんどんと中国製の液晶パネルのニーズが高まっていった。
おまけにEV以外の車に関しても中国の生産台数が飛びぬけて多いので、その車に搭載するテレビ画面にも液晶パネルが使われる。
14億人もいればテレビ、パソコン、スマホ、
中国経済は明日にも崩壊するとはしゃいでいるのは痛快かもしれないが、はしゃげば中国製造業がトップから滑り落ちてくれて、日本の生産力が高まるわけではない。今般は、シャープの液晶パネルが幕を閉じるのを機会に、世界の液晶パネルの現状を概観した。言論弾圧をする中国を受け容れることはできないが、日本国民の利益を真に考える客観的視点を持つように心掛けたいものだ。
この論考はYahooから転載しました。
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