2月16日から18日にかけてドイツのミュンヘンで開催された第60回ミュンヘン安全保障会議で、中国の王毅(中共中央政治局委員兼中共中央外事工作委員会弁公室主任兼)外相は、同会議に参加した多くの代表との全方位外交に向かって猛進し、会議後も欧州諸国を歴訪した。
今年11月の米大統領選で「もしもトランプが当選したら」という「恐怖」に慄(おのの)いているNATOメンバー国の心理を突いた戦略でもある。トランプが当選すればアメリカのNATO脱退さえあり得るので欧州は中国を敵に回したくない。中国としても高関税をかけられディカップリングを強化するだろうから欧州との関係を取り戻したい。その下準備をする両者の意思は一致している部分がある。
以下、王毅の突進ぶりを日付ごとに列挙して考察する。
◆2月16日
●ブリンケン米国務長官と会談
2月16日(現地時間)、王毅はアントニー・ブリンケン米国務長官と会談した。
会談で王毅は「中国は世界に一つしかなく、台湾は中国の領土の一部だ。この現状を変えようとしているのは、“台湾独立”を叫ぶ分離主義活動と、外部勢力の支援である(=米国、お前だ!)。米国が台湾海峡の安定を本当に望むなら、“台湾独立”を支持しないという声明を実行すべきだ(=口先で言うだけでなく実行せよ!)」と高飛車に言い放っただけでなく、「リスク回避を脱中国に切り替え、“小さな中庭と高い壁”を築き、中国からのディカップリングに取り組むことは、最終的に米国自身にとって裏目に出る」と強調した。
写真を見ると、ブリンケンの方が左手を王毅の腕に差し伸べるなど、やや腰を低くしている様子がうかがえる。ガザ問題があるので、イランを説得できる唯一の国・中国の機嫌をうかがう心理が、それとなく表れている。
●イギリスのキャメロン外相と会談
写真の様子から、対等の姿勢がうかがわれ、話した内容も対等で、互いに国連安保理の常任理事国であることを強調し、王毅は「真の多国間主義を提唱・実践し、国連を中核とする国際システム、国連憲章の趣旨と原則を中核とする国際関係の基本規範、国際法に裏打ちされた国際秩序を堅持しよう」と呼びかけている。
●モンゴルのバトツェツェグ外相と会談
モンゴルは「ロシア-モンゴル-中国」とユーラシア大陸を縦に結ぶ軸。互いに満面の笑みをたたえ、隣接する友好国のパートナーシップを確認し合った。
●EUのボレル外務・安全保障政策上級代表と会談
同日、王毅はEUのボレル外務・安全保障政策上級代表と会談した。
写真を見ると、ここにきて突然、王毅の表情が、「迎合的」になっている。
如何に中国が欧州を取り込もうと必死かが、如実に表れているではないか。
王毅は「最近、中国とEUはあらゆるレベルで交流を再開し、前向きな成果を上げている。双方はパートナーシップとウィン・ウィン協力の原則を堅持し、次回の中国・EU首脳会談に備え、対話メカニズムの役割を十分に発揮し、中国・EUの包括的戦略的パートナーシップを前進させる必要がある」と呼びかけた。
それに対してボレルは「中国の発展は称賛に値するものであり、歴史の論理に合致している。EUと中国の関係はよく、競争はあるものの協力は強化されるべきだ。私は、EU・中国関係の発展を支持し、双方の相違点の適切な管理を提唱し、中国からのディカップリングに反対する。EUは引き続き“一つの中国”政策を推し進める。我々は、多国間問題における中国との協力を強化する」と前向きだ。中国にしてみれば満額回答に近い。
◆2月17日
●「中国セッション」で王毅が基調講演
2月17日には王毅自身が中国セッションで<激動の世界で安定力となることを決意>というタイトルで講演した。まさにミュンヘン会議の精神に沿って「双輸(Lose-Lose)」を諫(いさ)め、「各国がウィン・ウィンを求めて多輸(マルチ・ルーズ、みんなが負ける)を回避し、ともに団結して同じ船に乗り、世界により多くの確定性を注いでいこうではないか」と呼びかけた。
●フランスのセジュルネ外相と会談
中国が欧州の中で一番「大好きな」フランス!二人とも「仲良しさん」ムードだ。
●アルゼンチンのモンディーノ外相と会談
二日後に国交正常化52周年記念を迎える中国とアルゼンチン。しかし「アルゼンチンのトランプ」と称せられるミレイ大統領が今年1月1日にBRICSの参加申請を取り下げると宣言した。中国としては何としてもアルゼンチンを取り戻したいところだろう。もっとも、ミレイ政権になってからアルゼンチンは過去20年間で最悪のインフレ率と貧困率に悩まされているので、ミレイ氏は大統領に就任したあとは対中強硬策を弱めている。中国が掌握しているグローバルサウス諸国との完全性に陰りをもたらすことはできない。アルゼンチンは重要だ。
●カナダのジョリー外相と会談
王毅の迎合ぶりがEUに対する時の「半分程度」というのが興味深い。
●ドイツのショルツ首相と会談
開催国の首相だけあって、ショルツ首相の表情は自信に満ちている。それに比べて王毅の顔には「自信溢れる」という「上から目線」がない。中国外交部の撮影なので、王毅の一番良い表情の瞬間を捉えているはずだが、始終、腰が低かったのだろう。リンク先の2枚目の写真を見ても、ショルツ首相の覇気に負けているではないか。
注目すべきは、この写真には両国の国旗があるだけでなく、EUの旗までがあることだ。「ドイツはEUを代表している」という気概がショルツ首相にあるからか?
たとえば2023年11月3日の、習近平とショルツのビデを会談と時もショルツの背後にはEUの旗がある。2022年5月9日の両国首脳のビデオ会談の時もやはりドイツ側にEUの旗がある。
いや、待てよ。
もしかしたら、習近平がショルツと会談するときに、「あたかもEUと話をしている雰囲気を醸し出したいために」、ドイツ側にEUの旗を配置することを要望しているのかもしれない。
となると、突然別のフェイズが飛び込んでくる。
習近平は何としても中欧投資協定の交渉を復活させたかったが、成立寸前にトランプ政権のポンペオ国務長官に中断させられた苦い経験がある。EUの旗の配置は、実は中国側が希望していたのだとすれば、何とも悲愴なまでの戦略ではないか。
●セルビアのヴチッチ大統領と会談
大統領だというのに、何だか国旗もなく立ち話のようで、違和感を覚える。会議の合間を縫っての会談なので何かの都合でこうなったのかもしれないが、まさか国の大小で区別しているわけではあるまいと解釈したい。もしそうだとすれば言行が一致しない。
●ウクライナのクレバ外相と会談
王毅はクレバ外相とは何度も会談しており友好的で、また中国の対ウクライナ戦略は、それだけで大きなテーマなので、別途論じるつもりだ。ここでは省略する。
●ポーランドのシコルスキ外相と会談
ポーランドと中国は国交を正常化してから75年になる。ポーランドは中国の「一帯一路」中欧班列(定期列車)の重要な中継点の一つだ。ウクライナ戦争に関してはNATOの一員として重要かつ微妙な役割を果たしてきたが、シコルスキは「中国が国際問題における中東欧地域の発言権と代表性を支援することを期待している」との考えを示した。ポーランドはある意味、ポイントの一つだ。
●ドイツのベアボック外相との会談
同日、王毅はドイツのベアボック外相と会談した。やはりEUの旗がある。
◆2月18日
王毅は2月18日にミュンヘン安全保障会議が終わると、その足でスペインを訪問し、コルドバでスペインのアルバレス外相と会談した。
王毅がわざわざスペインを選んで訪問したことにアルバレス外相は喜びを隠し切れないようで、終始陽気に笑顔を振りまいている。
アルバレス外相は、「サンチェス首相が中国訪問を成功させたこと」や「スペインがEU議長国としてEU・中国首脳会議を成功裏に開催したこと」などを挙げた。
王毅がスペインを訪問した狙いはここにある。
実はスペインは2023年下半期(7月~12月)、EU理事会の議長国を担当していた。中国が惹きつけたいのはEUだ。会談の後、中国は(狂牛病などの原因で)一時禁止していたスペイン産牛肉の輸入禁止を解除した。
◆2月19日
2月19日、王毅はスペインのサンチェス首相と会談し、またスペイン国王フェリペ6世にも拝謁している。下に示すのは王毅とサンチェス首相との会談場面だが、ここにもEUの旗がある。2023年下半期はEU理事会議長国だったのだから、ドイツよりもEUの旗があることには正当性があるが、やはり中国の願望であるように判断される。
スペインのフェリペ6世との会談場面の写真を下に示す。
王毅の表情が「恭(うやうや)し気」なのが見て取れる。
2023年2月23日のコラム<プーチンと会った中国外交トップ王毅 こんなビビった顔は見たことがない>に書いたように、筆者は何度も王毅と会ったことがあり、彼の表情と心の襞(ひだ)を知っているつもりだ。それが今般の中国の「もしトラ」を控えた「欧州抱き込み戦略」に如実に表れている。
◆2月20日
王毅は2月20日からフランスを訪問し、まず「中仏戦略対話」を行った。対話の相手はボーヌ仏大統領外交顧問。
ここにもEUの旗がある。
しかし、フランスのマクロン大統領と会談したときには、EUの旗がない!
マクロンはEUを代表するような顔をするのが嫌いなのだ。
2023年4月6日にマクロンが訪中して習近平と会談したときにもEUの旗はなかった。王毅はこのたびも、フランスの「自主独立した外交姿勢」を絶賛している。
この「自主独立性」に関しては拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』の【第三章 「アメリカに追随するな!」 訪中したマクロン仏大統領の爆弾発言】で詳述した。
◆「もしトラ」を警戒する欧州にピッタリ寄り添った中国
ミュンヘン安全保障会議では、欧州各国から「もしトラ」を懸念する声が相次いだ。トランプが今年11月に大統領に返り咲けばアメリカのNATO脱退さえあり得る。ウクライナ戦争はその瞬間にピリオドを打つ。
マクロンが唱えている「アメリカに依存しない欧州独自の防衛力」を構築する可能性と必要性が現実味を帯びて欧州を覆っている。経済的にも何をされるか分かったものではない。
だとすれば、欧州としては中国と仲良くしておいた方が得だ。
そこにピタッと填まり込むように猛進したのが王毅であり、習近平の戦略であったことを見逃してはならない。
国家戦略なき日本は後れをとって、梯子を外される可能性が高い。
この論考はYahooから転載しました。
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