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米南部国境からの中国人不法移民が53倍増⁈ そのカラクリを読み解く
米南部国境で不法移民を取り締まる国境警備隊(写真:ロイター/アフロ)
米南部国境で不法移民を取り締まる国境警備隊(写真:ロイター/アフロ)

今年1月23日、中国大陸のネットに<昨年、米南部国境から入国する中国人が53倍に急増、なぜリスクを冒してまで不法移民をするのか?>というタイトルの記事が現れ注目を集めた。よくよく見れば「南部国境から」と限定的なのだが、それでも何が起きているのか気になる。真相に迫ってみた。

◆英誌『エコノミスト』のリポートの翻訳

冒頭に書いた中国大陸に現れた在米中国人不法移民急増に関する情報は、どうやら1月18日に出版された英誌『エコノミスト』が「米国の南部国境における不法移民急増問題」を特集した内容を翻訳し紹介しているようで、同類の情報が表現を変えて数多くあった。

『エコノミスト』の原文はこちらで見ることができるが、長いので、関連部分だけをピックアップすると、以下のようになる。

 ――昨年は(米国の)南部国境で逮捕された移民の数は記録を樹立したようで、米議会の共和党はウクライナへの援助と引き換えに米国の移民制度改革を要求している。(中略)2023年度には初めて、メキシコ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス以外の国からの移民が、国境で逮捕された移民全体の半数以上を占めた。ベネズエラ人はこのグループの最大の割合を占めている。しかし、「昨年はロシア人4万3,000人、インド人4万2,000人、中国人2万4,000人」が国境を越え、2021年のそれぞれ「4,100人(ロシア)、2,600人(インド)、450人(中国)」から増加した。米国の北部国境も穴だらけであることが判明した。(『エコノミスト』からの引用はここまで)

中国人移民に関して、この「2023年の24,000人」と「2021年の450人」を比べて、「24,000÷450=53.33」を以て53倍増とし、少しセンセーショナルにタイトルを付けたように思われる。

実は全体を見渡せば、米国への中国人不法移民の数は2024年2月13日のU.S. Customs and Border Protectionのウェブサイトによれば、以下のようになっている。        

    2021年:23,471人

    2022年:27,756人

    2023年:52,700人

したがって、全体では2倍程度になっているにすぎない。

それでもなお、「なぜリスクを冒してまで不法移民をするのか?」ということは、米中の情勢を読み解く上で不可欠だ。

少なくとも冒頭にある記事では、シンクタンク移民政策研究所のAriel Ruiz Soto氏の分析として以下のような理由を挙げている。

 ●SNSやアプリが情報を広めるのに役立っている。TikTokやYouTubeには、移民にルートを教える動画が溢れている。友人やいとこが成功したことを家族が知れば、他の友人や親戚もそれに倣(なら)う。

 ●中国の長期にわたるゼロコロナ政策の終了後、2023年から中国人は再び出国できるようになった。

 ●何人かの米国の共和党政治家は、中国が米国に潜入するためのスパイを送り込んでいるとほのめかしているが、その可能性は低い。なぜなら、2003年から2023年の間に、中国人の移民申請の約70%が承認されており、中国を離れる理由がおおむね信頼されていることを示唆しているからだ。アメリカを破壊しようとしているのではなく、自由を求めていると考えていいだろう。

 ●より高い所得を得たいという経済的動機が考えられる。(引用、以上)

これらは一部現実を反映しているようにも思われるが、今一つピンと来ない。あくまでも中国国外、特に西側諸国から見た「感想」だろう。

◆米国への中国人移民が増えた理由

では、中国国内から見ると、どのような理由が考えられるだろうか?

先ず決定的な原因として注目しなければならないのは、2018年10月に中国の「国家移民管理局」が自費での出入国仲介機構に関して営業資格認定制度を撤廃したことである。2018年9月27日、国務院は「全国的に“許認可と営業許可の分離”を推進することに関する通知」(国発〔2018〕35号)を発布した

これは、李克強(元国務院総理)が先頭に立って進めてきた「許認可制度改革」の一環で、当時の中国では何十段階にもわたって許認可の審査があり、そのたびに「袖の下」が動いて腐敗が絶えず、かつ業務効率を下げていた。そのため業務のデジタル化と共に推し進めた改革である(詳細はシンクタンク・中国問題グローバル研究所の白井一成理事との共著『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』)。

このようなことをすれば、移民仲介企業が爆発的に増えるのは目に見えているだろう。

なぜなら米国ではこのとき、トランプ(前)大統領が中国人留学生の入国規制を行っていたからだ。

中国における留学仲介企業は、そうでなくとも「移民仲介」業務をも兼ねていた。「留学」がダメなら「移民」のためのサービス業務を増やせばいい。しかし合法的な移民手続きに関しては膨大な時間が掛かり、正式ルートを踏んでばかりいるわけにはいかない。

そこで、アッという間に、まさに一瞬で不法移民のためのルートが出来上がっていった。業者は中間層くらいの(高額の手数料を払える程度の)中国庶民に「甘い言葉」を掛けて誘い込み、大金を巻き上げて移民希望者を米国などへと送り込み始めたのである。

その証拠に、米国における中国人留学生数と中国人不法移民者数の推移を以下に示してみよう。中国人留学生数はopendoors に基づき、中国人不法移民者数は先述のU.S. Customs and Border Protectionのウェブサイトに基づいた。2020年以前の不法移民者数は、後述の「Title42」があるためか、ここでは出てこないので省略した。

 

 

上述のデータに基づき筆者作成

上述のデータに基づき筆者作成

 

見事に留学生が減少し、(ほぼ、その分)相対的に不法移民数が増えていることが一目瞭然だろう。

これは留学仲介企業の商売が成り立たなくなり、やむなく「留学仲介業務」から「移民仲介業務」の方にシフトしていったことの証左なのである。つまり、原因は「仲介業者のビジネス」にあったということになる。

一方、2023年4月、バイデン政権が中国人不法移民の審査プロセスを大幅に簡素化したことが、デイリー・コーラー・ニュース財団が入手した米国税関・国境警備局(CBP)の内部メールで明らかになった。

加えて、2023年5月12日、トランプ政権時代に「公衆衛生上の理由であれば不法移民を迅速に追放できる」と定めた『Title 42』法案がバイデン政権により解除され、不法移民がほぼ入国し放題になり、中国だけでなく、米国への不法移民が全体として大幅に激増するに至った。

共和党は盛んにバイデン政権の移民政策の甘さを批判し、トランプは今年の大統領選の論点の一つとして移民政策を取り上げているが、米連邦下院は2月13日、「不法移民の急増を招いた」として、マヨルカス国土安全保障長官の弾劾訴追決議案を賛成214、反対213の僅差で可決した

2月13日の日経新聞<米国境に中国移民10倍増、現地ルポ 熱帯雨林を踏破>は中国人不法移民を「経済的に行き詰まり、母国に見切りをつけた現実」であるとし、「生活苦にあえぐ普通の中国人」と結論付けているが、中国の経済状況が良くないのは確かなものの、記者が言いたい結論に誘導している取材のように見えた。これだけを読んだ読者は、拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の【おわりに――「日本人だけに通じる中国論」から脱却しよう】で警告を発した「日本人だけに通じる中国論」に酔いしれるだろう。それは日本人の中国観を歪めて日本人を油断させるだけでなく、中国でビジネスを展開しようとする日本人をも誤導するなど、好ましくないのではないだろうか。

筆者は40年間ほどにわたり中国人留学生教育に携わってきたので中国の「留学&移民仲介業者」の実態は知り尽くしているつもりだ。

事実、中国で一、二を争う留学&移民仲介企業「外聯集団」の何梅董事長は移民仲介に関して過剰広告で勧誘したなどの不正を理由に捕まってしまった。騙された相手は、そこそこに資産を持っている人たちなのである。さもなければ高額の手数料を支払うことなどできない。オレオレ詐欺の手口と騙される相手の資産環境とやや似ているところがあるが、中国における仲介業者の類似の理由による逮捕は少なくない。中国人のビジネス感覚を侮ってはいけない。

なお、中国のネットには、「潤人観察」という言葉があり、仲介業者の激しい勧誘に騙されて海外に当てどなく行ってしまう(「潤(run)」する)人々を嘲笑う言葉が満ちている。これが中国の、もう一つの現実だ。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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