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キッシンジャー「一つの中国」で国際秩序形成 今はそれを崩そうとするアメリカ
100歳の寿命を全うしたヘンリー・キッシンジャー氏(写真:ロイター/アフロ)
100歳の寿命を全うしたヘンリー・キッシンジャー氏(写真:ロイター/アフロ)

29日、ヘンリー・キッシンジャー氏が逝去した。中国にとっては「一つの中国」を国際社会に浸透させ国連加盟を成し遂げさせてくれた人物として絶賛されてきた。キッシンジャーは対中投資を望む米企業のコンサルタントで財を成し、習近平の卒業大学である清華大学にある顧問委員会の基礎を作った。北京とウォール街は顧問委員会でつながっている。だから中国経済はなかなか崩壊しない。

現在ではバイデン政権は対中投資に規制をかけ、台湾問題で「一つの中国」を崩そうとしており、アメリカが自ら作った国際秩序を破壊しようとしている。

一方キッシンジャーには、アメリカが介入して拡大させたベトナム戦争を終わらせたとしてノーベル平和賞を受賞するという矛盾した過去がある。ベトナム戦争を終わらせると、アメリカに有り余った武器のはけ口が無くなるためにキッシンジャーが大統領補佐官を務めていたニクソン政権はCIAを遣わせて秘密裡にラオスに史上最大規模の無差別絨毯爆撃をした。国際社会に長年にわたりその事実をスルーさせたのは、CIAおよび「第二のCIA」と呼ばれるNED【全米民主主義基金】の情報操作による。アメリカ脳化された日本人には、その「情報操作」さえ自覚できないので、平気で台湾有事へと誘導されていく。そのことは拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』で警鐘を鳴らした。

◆「一つの中国」を認めながら、今では台湾独立をそそのかすアメリカ

1971年7月、ニクソン政権のキッシンジャー大統領補佐官(国家安全保障担当)は、ニクソン大統領の密使として北京を秘密裡に訪問し、周恩来と機密会談を行い「一つの中国」を認めた上で、同年10月25日に「中華人民共和国」を「中国を代表する唯一の国家」として認め、国連加盟へと持って行った。

「中華民国」台湾は同時に国連を脱退。

主たる目的は米ソ対立の中、何としてもソ連を弱体化させるためだった。当時、毛沢東率いる中国はソ連との間で中ソ紛争を起こしており、中国にとっても渡りに船で、米中接近により全世界は大きく変化し、日本をはじめ多くの西側諸国が中国との国交正常化を争って成し遂げ、新たな国政秩序が出来上がっていった。

実際に米中の国交正常化が正式に成立したのは1979年に入ってからで、同時にアメリカは中華民国と国交を断絶し、中国に対して圧倒的に有利な状況を創り出した。

ところが中国経済が成長し、2010年には中国のGDPが日本を抜いてアメリカに迫ってくると、アメリカは何としても中国の成長を阻止しようと、今度は台湾を応援し始め、世界に新たな紛争を起こそうとしている。

◆北京とウォール街を結び付けたキッシンジャー

フォード政権で国務長官を務めたキッシンジャーは、1977年のフォード政権退陣とともに政界を退いて、1982年には国際コンサルティング会社「キッシンジャー・アソシエーツ」を設立した。キッシンジャーが招いた米中友好の流れにより中国の巨大市場に魅せられた多くの米大手企業に対して、対中ビジネスに関するコンサルタント業務を始めたのだ。これが大成功を収めてキッシンジャーは巨万の富を手にしただけでなく、中国側では米大手企業の中国におけるビジネスの成果を蓄積結集させて、2000年に清華大学経済管理学院に顧問委員会を設置した。

中国側の当時の朱鎔基・国務院総理の思いつきで、委員は主としてウォール街の大財閥によって構成され、中にはかつてゴールドマン・サックスのCEOで、のちにブッシュ政権の財務長官を務めたこともあるヘンリー・ポールソンも入っている。

顧問委員会委員の多くはキッシンジャー・アソシエーツを経由している米大企業経営者で、中でもブラックストーンのCEOであるシュテファン・シュワルツマンは蘇世民という中国名も持っていて、「蘇世民書院」というトップクラスの国際人材育成センターを設立して、中国経済の基礎を固めている。キッシンジャーも顧問の一人として、北京とウォール街を直結させる強力な役割を果たしてきた。

米中覇権競争がどんなに苛烈を極め、バイデン政権がどんなに対中制裁を強めたところで、実は米中は清華大学の顧問委員会でつながっており、この「北京―ウォール街」連携は崩れそうにない。

毎年10月辺りに年次総会を開催するが、今年も10月20日に第24回目の年次総会を開催した。今年はアップルのCEOティム・クック(Tim Cook)が主催したようだ。

先般、台湾総統選に立候補し11月24日に立候補を取り消したホンハイの創設者・郭台銘氏も委員の一人で、バッチリ習近平側に付いている。テスラモーターズの創設者イーロン・マスク氏も例外ではなく、習近平とは昵懇の仲だ。

複雑なのは、ウォール街の金融業者にはユダヤ財閥が多いということで、キッシンジャーもユダヤ人である。そういった関係もあり、中国は1992年にイスラエルと国交を樹立しており、2017年にはネタニヤフ首相が訪中し、習近平と仲良く握手している

◆キッシンジャーが手を染めた汚い戦争

冒頭で書いたように、キッシンジャーはパリ協定によりベトナム戦争を終わらせたとして1973年にノーベル平和賞を受賞しているが、同時に受賞するはずだった北ベトナムの政治家で革命家だったレ・ドゥク・ト氏は「ベトナム戦争はまだ終わっていない」として受賞を辞退している。

潔く正しかったのはレ・ドゥク・トの方だ。

実際ベトナム戦争が最終的に終わったのは1975年で、キッシンジャーが忍者外交をして北京に潜り込んだ1971年には、実はニクソン政権は秘密裡にラオスを無差別大規模絨毯爆撃する作戦を始めている。

拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』のp.232からp.240にかけてニクソンとキッシンジャーのラオス爆撃に関する詳細を書いた。

ラオス爆撃はCIAの秘密作戦として実行されたため、その実態さえ長いこと機密扱いされて、世界はその真相を知ることができなかった。しかしのちに機密解除されて実態が公開されるようになり、多くのジャーナリストや研究者が考察し、その結果を発表している。

その中の一つに『マニュファクチャリング・コンセント』(トランスビュー、2007年)がある。これに関しては今年7月14日のコラム<NATO東京事務所設立案 岸田首相は日本国民を戦争に巻き込みたいのか?>にも書いたが、世界中の反戦運動が高まり、ベトナム戦争をやめなければならなくなった時に、アメリカはラオスに史上空前の激しい空爆を始め、そのとき当時のニクソン大統領とキッシンジャー補佐官は、「アメリカの爆撃機を稼働させずに放置するわけにはいかなかったのだ」と言っているのだ。

『マニュファクチャリング・コンセント』によれば、アメリカ軍によるラオスに対する空爆は58万回にも及び、ラオス人1人当たり1トンの爆撃を受けていたという。人類史上最大の爆撃回数と密度であった。

それくらい、アメリカは常にどこかに戦争を仕掛けてはアメリカの軍事産業を繁盛させてきた。アメリカが朝鮮戦争以降に仕掛けた戦争のリストは『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の図表6-2(p.234~p.235)に掲載した。

同書のp.253からp.255にかけて掲載した図表6-8では、「第二のCIA」と呼ばれているNEDの暗躍リストを列挙したが、今はキッシンジャーが唱えた「一つの中国」をアメリカに有利な方向に転換すべく、台湾の親米政党である民進党を「支援」して、中国に抵抗し、独立傾向を強めて、何とか中国に台湾を武力攻撃させるべく世論誘導を図っている。

もちろん中国も激しい世論誘導をしているが、中国による平和統一を阻止するために台湾有事を引き起こす方が日本人にとって良いのか否かを考える必要があるだろう。

キッシンジャー氏は100歳の寿命を全うし、最後まで知性が尋常でなく冴えていた。そのことには強い敬意を抱いているが、しかし「一つの中国」による世界秩序形成と、それを壊そうとしているアメリカの現状には複雑な思いを禁じ得ない。言論弾圧をする中国を受け容れることはできないものの、戦争ビジネスにより世界の一極支配を維持しようとするアメリカにも賛同できないのが、良識的な日本人に共通する思いなのではないかと思う。

この論考はYahooから転載しました。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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