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中国:米国のイスラエル地上侵攻延期案は中東米軍基地の配備を完成させるための時間稼ぎ
イスラエル・ハマス地上戦問題を議論する国連安保理(写真:ロイター/アフロ)
イスラエル・ハマス地上戦問題を議論する国連安保理(写真:ロイター/アフロ)

国連安保理で25日、イスラエルのガザ地区への地上侵攻に対して米国が「停戦」ではなく「一時中断」という案を提唱し否決されたことを、日本では米国が「人道的見地から」提案したと報じている。それに対して中国では米国案を「ただ単に中東における米国の軍事配備を完成するまでの時間稼ぎに過ぎない」という解説が飛び交っている。皮肉なことに、その視点の発信源は米国のウォール・ストリート・ジャーナル報道だ。

 

◆米国「人道的中断」案の偽善性をあばく中国の中央テレビ局CCTV

10月25日から26日にかけて、中国共産党管轄のテレビ局である中央テレビ局CCTVは、盛んに国連安保理における米国の「一時中断案」の偽善性を取り上げた。

米国は「人道的中断」という言葉で粉飾しているが、真相はあくまでも「中東諸国における米軍基地の配備を完成するための時間稼ぎに過ぎない」として米国のウォール・ストリート・ジャーナルやイスラエルのTIMES OF ISRAEL(タイムズ・オブ・イスラエル)などの報道に基づき、いくつもの番組で取り上げている。

それらをまとめて文字化した<パレスチナ・イスラエル衝突の死亡者は8000人以上 イスラエルが地上侵攻を遅らせているのは米国の(中東における)防衛システム完備を待っているため>というCCTVのネット報道があるので、それに基づいて中国の見方をご紹介したい。

概要だけを抽出して以下に記す。

●25日のパレスチナ側の発表によると「ガザ地区で6,547人、ヨルダン川西岸で104人を含む6,651人のパレスチナ人が死亡した」とのことで、国連児童基金は24日、「ガザ地区で2,360人の子どもが殺害され、5,364人の子どもが負傷した」と発表した。

●タイムズ・オブ・イスラエルによると、25日夜、ガザ地区からイスラエル中部に向けて複数のロケット弾が発射され、4人が軽傷を負った。

●ウォール・ストリート・ジャーナルは25日、米国とイスラエル当局者の話として、「米国がミサイル防衛システムを配備し、中東諸国における米国基地を守るための準備に十分な時間を確保するため、ガザ地区への地上攻撃を一時的に延期する」という米国の要請にイスラエルが同意したと報じた。早ければ今週後半にもこの地域への米国のミサイル防衛システムを整備する見通しだ。

●イスラエルのネタニヤフ首相は25日、国民向けのテレビ演説で、「イスラエル軍がガザ地区を攻撃する地上作戦の準備を進めている」、「イスラエルにはハマスの壊滅と人質の救出の2つの目標がある」と述べた。

●燃料不足は依然として続き、ガザでは7,000人以上の患者が燃料不足のため死の危険にさらされている。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は「時間がなくなりつつあり、早急に燃料が必要だ」と述べ、世界保健機関は、ガザ地区の6つの病院が燃料不足のため閉鎖されたと発表した。しかしイスラエルは、ハマスに燃料が渡ることを警戒し、ガザ地区への燃料の流入は決して許さないと強調している。

 

◆米国のオリジナル情報で、中国報道の真偽を確認

中国での報道が正しいか否かを確認するために、CCTVが取り上げている米国のオリジナル情報を探してみたところ、まちがいなくCCTV報道にある情報源を見つけることができた。

たしかに10月25日のウォール・ストリート・ジャーナルには<Israel Agrees to U.S. Request to Delay Invasion of Gaza(イスラエルはガザ侵攻を遅らせるという米国の要求に同意)>という見出しの報道がある。サブタイトルには「米国防総省(ペンタゴン)は、この地域に12近くの防空システムを配備することを急いでいる」と書いている。

この報道によると米国防総省は、パレスチナやその周辺組織による攻撃から米軍基地を守るために、イラク、ヨルダン、クウェート、サウジアラビア、シリア、アラブ首長国連邦に駐在する米軍を含む、これらの地域における12の防空システムを配備することを急いでいるとのこと。同報道が引用している同紙の別の情報<Israel-Hamas War Updates: Israel Reports Failed Incursion Near Gaza Following Hostage Release(イスラエルとハマスの戦争の最新情報:イスラエルは人質の解放に続いてガザ近くの侵入に失敗したと報告)>によれば、米国は、イスラエルのガザへの地上侵攻に先立ち、中東の国々に12近くの防空システムを配備し、イラク、シリア、湾岸にミサイル発射装置を配備するためにスクランブルをかけているとのこと。米国防総省は、終末高高度防衛ミサイル(THAAD)をサウジアラビアに送り、パトリオット地対空ミサイルシステムをクウェート、ヨルダン、イラク、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦に送っていると具体的に説明している。

イスラエルによるガザ地区への地上攻撃が始まったら、これらの国にある米軍基地への反撃が強まるだろうと米国が警戒しているそうだ。

一方、TIMES OF ISRAELは、<Biden urges Israel to delay Gaza offensive until Hamas releases more hostages(バイデンは、ハマスがより多くの人質を解放するまでガザ攻撃を遅らせるようにイスラエルに迫った)>という、イスラエル向けのバイデンの説得を報道している。

 

◆日本では米国の「人道的中断」を強調し「戦争準備」を希薄化

日本では、たとえば10月26日の産経新聞の<安保理、ガザ戦闘「人道的中断」を否決 露中が拒否権>のように、アメリカがあくまでも「人道的中断」を求めているのに、(非人道的な)ロシアと中国が「停戦」を求めて拒否権を発動したというトーンの報道が多い。

NHKのニュースでも、相当長い時間を使って、「ガザ地区への地上攻撃に対する米国の主張のトーンが変わってきた」として国連での採決の様子やその背景を詳細に報道していたが、最後にほんの一瞬だけ(10秒間ほど?)、米軍基地の備えを整えていることに関して「遠慮深げに」言及しただけだったように思う。

それに比べてロイター(日本語版)は<イスラエル、米のガザ侵攻延期要請に同意>で、「イスラエルはパレスチナ自治区ガザへの侵攻を当面延期する一方、米国が同地域のミサイル防衛を急ぐことで合意した」と、ウォール・ストリート・ジャーナルの25日の報道を報じている。

また、26日の時事通信社も<ガザ地上侵攻延期に同意か 米要請受けイスラエル 報道>という見出しで、ウォール・ストリート・ジャーナルが伝えた「ガザ侵攻延期要請の米国の真の目的」を報道している。しかし日本の他の大手メディアが、この真相を大きく取り上げることはあまり見かけない。

中露が非人道的で米国は人道的という思考が刷り込まれているからだろう。

実際は、第二次世界大戦後に起きたほとんどの戦争は、米国が起こしたものか米国がしかけたものだ。それは拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』に掲載した【図表6-2 朝鮮戦争以降にアメリカが起こした戦争】(p.234-235)や【図表6-8 「第二のCIA」NEDの活動一覧表】(p.253-255)をご覧いただければ一目瞭然ではないかと思う。

それを理解しない限り、日本はやがてアメリカが誘い込む台湾有事に巻き込まれて多くの命を再び失うことになるだろう。そのことを憂う。

 

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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