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ガザ地区包囲壁と長春食糧封鎖「チャーズ」の鉄条網―なぜイスラエルならジェノサイドが正義になるのか?
ガザ地区を包囲する壁(写真:ロイター/アフロ)
ガザ地区を包囲する壁(写真:ロイター/アフロ)

1947年、国連は「パレスチナの地」を(ユダヤ教の)イスラエルと(イスラム教の)パレスチナで二分するとしながら、そこにいた多くのパレスチナ人を故郷から追い出したままこんにちに至っている。

不平等にも、国家主権を持った独立国家として国連加盟を認められていないパレスチナの一部であるガザ地区はいま、イスラエルによって壁で包囲され水道もガスも電気も断たれた状態でイスラエルからの陸海空による全面攻撃を受けようとしている。ガザ地区のハマスによるイスラエル奇襲は許されないにせよ、壁によって封鎖された220万人ほどの一般市民が虐殺されることになる。

これは同じく1947年に長春で中国共産党によって食糧封鎖され餓死体の上で野宿した経験を想起させる。中国共産党のこの凄惨さを問い続けるために執筆に命をかけてきた筆者だが、イスラエルによる虐殺ならば「正義」なのか――?

それはジェノサイド以外の何ものでもなく、ナチスがユダヤ人をガス室に追い込んだ行為と、どこが違うのか――?

◆なぜパレスチナに対する約束は破っていいのか?

1945年10月に設立された国連(国際連合)は中国語で「聯合国」と呼ばれている通り、第二次世界大戦で勝利した「連合国側」が中心になって設立されている。

敵側はもちろん敗戦国である日本・ドイツ・イタリア(日独伊三国同盟)。

したがってナチス・ドイツによって非人道的な虐待を受けたユダヤ人への同情が強かったことも影響して、1947年の国連総会で、「パレスチナの地」と呼ばれてきた地中海の東海岸の「地域」をユダヤ人とアラブ人に二分する「パレスチナ分割案」が決議された。このとき、「パレスチナの地」に住んでいた住民の3分の1ほどがユダヤ人だったのに、土地の半分以上がユダヤ人に与えられることになり、ユダヤ人は1948年5月14日に「イスラエル」という国家を建設し、国連加盟まで果たした。

パレスチナの地にいたパレスチナ人などのアラブ人は何百年にもわたって住み慣れてきた「故郷」を追われ、行き場を失った。

そのためイスラエルが独立宣言をした翌日の1948515に周辺のアラブ諸国から成るアラブ連盟はイスラエルの建国を認めず、一斉にイスラエル領内に侵攻してパレスチナ戦争(第1次中東戦争)が勃発した。以降、こんにちまで何度か中東戦争が展開されているが、そのたびにイスラエルはアメリカの支援を得て強大化する一方、パレスチナは「独立した主権国家」として認められていない状況が続いている。2007年以降は、現在のガザ地区を、徹底した抵抗運動を続けるイスラム組織「ハマス」が支配するようになった。

このガザ地区には220万人ほどのパレスチナ人が生活しているが、イスラエルはガザ地区の周りに高い壁を築き(中には壁の高さ8メートル)、完全封鎖をしている。そのガザ地区を陸海空から徹底攻撃すれば壁の中にいる人たちは、ほぼ全員命を失うだろう。イスラエルのネタニヤフ首相は事実「ハマスを全滅させるのだ!」と宣告している。大爆撃を行うので、被害に遭いたくないと思う一般市民は24時間以内にガザの南部に集結しろという警告を発した。その期限が日本時間10月14日の午後10時だった。

しかしイスラエルは10月7日にはガザ地区の電力を遮断する命令を発し、9日には遮断してしまったようだ。そしてガザ地区にはもう「電気も食料も水もガスも全てない!」と、イスラエルは宣言している。実際、11日にはガザ地区唯一の発電所の燃料が底をついたので、11日から電気が完全になくなっている。

病院には電力なしには生きていけない人もいるだろうし、水がなければどこにいようと死んでしまう。

電気通信という手段も絶たれているので、一般市民は避難警告を知る手段さえない。

そこでイスラエルは「天井のない監獄」に向かって、飛行機から紙の「ビラ」をばら撒いたのである。その光景は、1947年の食糧封鎖された長春を思い起こさせた。

◆長春の食糧封鎖「チャーズ(卡子)」

1947年晩秋、日本人の最後の引き揚げが終わると、長春の街の電気が一斉に消え、ガスも水道も止まった。中国共産党軍が長春を食糧封鎖し始めたのだ。このとき長春は国民党軍が管轄していた。

カイロ宣言により、日本が奪った土地は全て「中華民国」に返還するということが謳われたため、国民党軍を率いる蒋介石は、「中華民国の主権は誰の手の中にあるか」を国際社会に知らせるために、かつての「満州国」の国都であった「新京(長春)」を敢えて選んで、そこに国民党軍の拠点の一つを置いたのである。

一方、中国共産党軍を率いる毛沢東には武器がない。

そこで長春を街ごと鉄条網で包囲し、食糧封鎖によってじわじわと長春市民と国民党軍兵士を締め上げていったのだ。

拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』で詳述したように、毛沢東の哲理は荀子(じゅんし)の教えである「兵不血刃(ひょうふけつじん)」(刃に血塗らずして勝つ)である。

武器を使わず、餓死によって国民党軍を降参させようという作戦だ。

長春の冬は寒く、当時はマイナス38度まで下がったことがある。餓死だけでなく凍死者も急増し、行き倒れの死体を犬が食べ、その犬を人間が殺して食べる。満州国時代に中国人だけが住んでいた地区には、「人肉市場」が立ったという噂が流れた。

そんな長春にも春が来る。

陽の光を浴びて芽吹いてきた街路樹の若葉や雑草を誰もが争って摘んで食べた。

どんなに共産党軍が鉄条網で街を包囲しようとも、天から降り注ぐ陽の光までは遮れまい。

拙著『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』に、その切ない思いを綴った。

しかし今ガザでは、その空から降り注いでくるのは「陽の光」ではなく「爆弾」なのだ。

おまけに避難経路に指定したルートを一般市民が避難しているのに、その避難経路に空爆したという話もある

その真偽は別としても、これは「チャーズ」以上のジェノサイドではないだろうか。

なぜイスラエルなら、ジェノサイドが「正義」になるのか――?

アメリカは徹底してイスラエルを軍事的に支援すると宣言している。

なぜか――?

◆在米ユダヤ人が米大統領選を左右する

それは、在米ユダヤ人がアメリカにおける大統領選を左右するからである。

アメリカの総人口は現在約3.3億人のようだが、そのうちユダヤ人は2021年統計で750万人ほどいるようだ。おまけにユダヤ人は金融界を牛耳っている。政治資金の多寡で当落が決まると言ってもいいような大統領選では、大富豪のユダヤ人を味方に付けなくてはならない。

イスラエルの味方をしないと、アメリカでは大統領選に勝てないのである。

中国発の情報なので、少し割引しないとならないかもしれないが、それでも一応参考までに記すと、2020年11月9日の中国の国営テレビ局CCTVは<アメリカ大統領選におけるイスラエル要因:3%のユダヤ人がアメリカの富の70%を支配している?>という番組を放送したことがある。

実際、Forbsによる2022年<世界のユダヤ人億万長者ランキング>を見ると、1位から7位までのユダヤ人は、みなアメリカ籍であることがわかる。

世界の戦争はこうして起こされているのであり、アメリカが関係する人権蹂躙やジェノサイドは「正義」になるのである。

これがやがて台湾有事に向けられ、日本人の命はアメリカ一極支配維持のために、駒として消耗されていく。そのことはしつこいほど『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』で強調した。

習近平の哲理も毛沢東と同じく「兵不血刃」だが、アメリカの制裁がこれ以上強化されれば、限界が来るだろう。

だと言うのに、「アメリカ脳」化された日本人は、自ら台湾有事を招こうと、そのシミュレーションに邁進し、戦争が起きること自体を防ぐ方法、その論理を考えようとしない。

アメリカは今、中東でも戦争の種を撒き散らしながら、他のアラブ諸国が反イスラエルで結束しないように「抑止力」として空母を地中海に配備している。戦争を起こし続け憎しみの連鎖で地球を覆っていくのがアメリカのやり方だ。

それも自国の戦争ビジネスと大統領選のためなのである。

違うと思うなら、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の第六章に掲載した、アメリカが起こしてきた膨大な戦争のリストを確認して欲しい。

近い将来に日本にもやってくる恐るべき現実を見抜くためにも、「イスラエルのジェノサイドならば正義となる」論理を直視しなければならない。

餓死体の上で野宿させられた者として、命の許す限り訴え続けていきたい。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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