言語別アーカイブ
基本操作
ハマスの奇襲 背景には中東和解に動いた習近平へのバイデンの対抗措置
ハマス奇襲で緊迫する中東情勢(写真:ロイター/アフロ)
ハマス奇襲で緊迫する中東情勢(写真:ロイター/アフロ)

10月7日、パレスチナ・ガザ地区のイスラム組織ハマスがイスラエルに向けて大規模奇襲攻撃を行った。中東戦争に発展するのではないのか、世界が注目している。表面的にはサウジアラビア(サウジ)がパレスチナ問題を解決しないまま、イスラエルと国交正常化することに対するハマスの怒りの表れと解説されているが、実はその背後で動いていたのは、又もやアメリカの世界制覇への諦めきれない執着だ。

中国が仲介してサウジとイランを和解させて以来、中東和解現象が雪崩のごとく起きていた。もはやアメリカの中東における役割は消え去ったかに見えた。しかし、アメリカは指をくわえて中東におけるアメリカ衰退の様を見ていたわけではない。

ハマス奇襲攻撃に至るまでのアメリカの対中対抗措置の経緯を考察することによって、現在起きている事態への理解を深めたい。

◆習近平が起こした中東和解雪崩現象

習近平が今年3月10日に国家主席に三選された日、北京では中国を仲介としてサウジとイランとの和解が発表された。サウジはアメリカの同盟国のような存在であり、イランはアメリカが最も敵視している国の一つだ。そのイランとサウジが和解したということは、サウジはある意味でアメリカを見限ったということになる。

その原因やその後の和解雪崩現象に関しては『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』で詳述し、また7月8日のコラム<加速する習近平の「米一極から多極化へ」戦略 イランが上海協力機構に正式加盟、インドにはプレッシャーか>で、その後の現象も追加説明した。

このままでは、脱アメリカ現象が加速する可能性があっただろう。

しかし、それを傍観しているようなアメリカではない。

◆習近平の「一帯一路」に対抗するためインド・中東・欧州経済回廊を提案したバイデン

これに関してバイデン政権が着手したのは、習近平が唱えて実行してきた巨大経済圏構想「一帯一路」に対抗するための「インド・中東・欧州経済回廊(IMEC = India-Middle East-Europe Economic Corridor)」の構築である。この構想でインフラが整備されれば、スエズ運河を通ることなくアジアと欧州を結ぶ貿易の動脈が完成する。

この構想は今年9月9日~10日にインドで開催されたG20サミットで公表された。

本来、2021年の段階では「アメリカ、インド、イスラエル、UAE」の4ヵ国枠組みだったのだが、サウジのアメリカ離れと中国接近を受けて、サウジも入れることになり、インドを触媒にしながら「アメリカ―イスラエル―サウジ」の線を強化しようとバイデン政権は狙っていた。

そこに共通している敵国は「イラン」のはずだった。

しかし2023年3月の中国によるサウジとイランの和解により、この構想の軸が怪しくなり始めた。

そこで、バイデンはインドのモディ首相をワシントンに招いて歓待し、モディを陥落させようと動いた。結果、9月のG20サミットでは、めでたくお披露目となったわけだ。

◆習近平が起こした中東和解に対抗するため、サウジとは防衛条約を協議

今年9月22日のNBCニュース<U.S. talks for a landmark deal with Saudi Arabia and Israel are gaining steam(サウジとイスラエルに関する画期的な取引のためのアメリカの交渉は勢いを増している)>によれば、サウジがアメリカの防衛協定と引き換えにイスラエルとの関係を正常化し、独自の民間核計画の開発を支援することになるとのこと。

しかし、イスラエルとパレスチナ人との継続的な紛争など、重大なハードルが残っているわけだから、その解決なしにサウジがイスラエルと和解して国交を正常化すれば、パレスチナが黙っているはずがない。

もちろんこの防衛協定はNATOのような軍事同盟ではなく、たとえば日米間のように、互いの国が脅かされた時に相手国のみを互いに助け合うという種類のものだが、それでもサウジとバイデン政権の間にはカショギ記者殺害に関するわだかまりがあり、あれだけサウジのムハンマド皇太子を非難したバイデンとしては、米国民に対して説明がつかない、相当に無理がある動きだ。

NBCの報道を含めた数多くのメディアが、「これはバイデンの2024年における大統領選のための姑息な策略に過ぎない」と批判的な見解を展開している。

◆イスラエルのネタニヤフ首相は「偽装親中」だった?

一方、イスラエルのネタニヤフ首相は今年7月には訪中して習近平に会うだろうと、6月のイスラエルのメディア(イスラエル・タイムズ)が報道していると、中国の国営テレビ局CCTVは誇らしげに解説していた。

このことに強い危機感を抱いたため、バイデンは7月17日にネタニヤフに電話して訪米を誘ったと、多くのメディアが報道した。

その後、訪中の話題が立切れになったところを見ると、ネタニヤフはバイデンに「お前が私の司法制度改革を批判したりするのなら、私は習近平に近づくぞ!」と脅して、「バイデンが折れ、ネタニヤフの訪米を要請するしかないところにバイデンを追い込んだ」気配がある(司法制度改革問題に対するバイデンのネタニヤフ批判に関しては『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』で系統的に詳述した)。

案の定今年9月20日にネタニヤフは国連総会に参加してバイデンとの会談を実現し、訪中問題は立切れになってしまった。

ホワイトハウスは、バイデンとネタニエフの会談を高らかに公表している

◆中国はどうするつもりか?

では中国はどうするつもりなのか?

少なくとも関心度から言うと尋常ではなく、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は数知れぬほどの論評を発表し、CCTVも1時間ごとに新たな情勢を実況中継したり、論説委員に解説させたり、報道頻度はどの国にも負けないだろうと思われるほどだ。

というのも水と油のような宗派の異なるサウジ(スンニ派)とイラン(シーア派)を和解させ、その後、中東和解雪崩現象を現出させた中国としては、「アメリカが介入した途端に戦争が起きる」ということを言いたいのだろう。

ハマスはスンニ派なので、同じ宗派同士が助け合うのを鉄則としているイスラム界では、ハマスがイスラエルに戦いを挑んだからには、サウジとしてはハマスの意図に反する行動は取りにくいという事情がある。

したがって、ハマスのイスラエル攻撃は、サウジとイスラエルの和解を完全に阻止する役割を果たしただろうというのが、大方の味方だ。

しかし、ウクライナ戦争同様、中国は「戦争に関しては、あくまでも中立」という立場を貫いている。イスラエルのネタニヤフとも仲良くしていないと、中国による「中東の平和」作戦を遂行できなくなるので、報道は「アメリカを非難すること」においては共通していても、イスラエルかパレスチナ・ハマスか、という陣営分けに関しては実に中立だ。実況中継もガザ地区とイスラエルの両方にCCTVの特派員がいて、よほど注意して観てないと、どちらの陣営の被害を中継しているのか分からないほどである。

一つだけ違うのは、アメリカが又もやイスラエルに対して武器支援をしようとしているということに対する執拗なほどの報道で、それによって、いま中継しているのはイスラエルからかガザ地区からかが分かるほど、そこだけは鮮明だ。

ハマスが一気に5000発にも上るロケット弾を発射できるほど兵器をため込むことができたのかに関して、ハマス側が「2年ほど前から、いざという時のために準備してきた」とばらす生の声も中国のネット空間で動画として出回っている。それに対して「アメリカがアフガンを撤退したときに残した大量の武器をアフガンが関連諸国・組織に売りさばき、ウクライナ戦争でアメリカを中心とした西側諸国がウクライナに送った大量の武器も腐敗が蔓延しているウクライナの一部の者が横流ししているのだから、アメリカは自分が提供した武器で同盟国を襲撃させている」と嘲笑うコメントも中国のネット空間には飛び交っている。

中国政府の正式な立場としては、中国の外交部も、中国政府の通信社である新華社も、一律に以下のようにしか言っていない。

●中国は、現在のパレスチナ・イスラエル間の緊張の高まりと暴力のエスカレーションを深く懸念し、すべての関係者に対し、冷静かつ自制を保ち、直ちに停戦し、民間人を保護し、状況のさらなる悪化を防ぐよう呼びかける。

●パレスチナとイスラエルの紛争を鎮圧する基本的な方法は、「二国家解決の実施」すなわち「独立したパレスチナの国家主権を認めること」だ。

●それは1967年に決めた境界線に基づくべきである。

また一般庶民の目としては、この動画が分かりやすく、サウジはアメリカの呼びかけを断るのではないかといった憶測が広がっている。

なお、宗派が異なってもイラン(シーア派)がパレスチナ(スンニ派)を応援するのは、アメリカによる制裁と差別的抑圧があまりに酷いからという「共通項」があるからだ。それこそ習近平が「米一極から多極化へ」の地殻変動を起こすことを可能ならしめている。その意味では、アメリカには「一極支配はアメリカを弱体化に追い込む」という論理を張る識者・政治家がいるのは見上げたものだと言わねばなるまい。

習近平が狙う地殻変動は、実は、アメリカの覇道がなかったら起きなかったわけで、中国にとっては、アメリカの覇道は、むしろ天の恵みと言えるのかもしれない。

10月9日のコラム<ウクライナ危機を生んだのは誰か?PartⅡ2000-2008 台湾有事を招くNEDの正体を知るために>に書いた(偉大なる黒幕)ブレジンスキーの論理からすれば、次は台湾有事を狙うはずだった。しかし『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』に書いたように、習近平の哲理は「兵不血刃(刃を血塗らずして勝つ)」なので、台湾が独立でも叫ばない限り、なかなか積極的に台湾を武力攻撃しようとはしない。2024年までの米大統領選に間に合わないのだ。だから手っ取り早くイスラエルとサウジを嗾(けしか)けた。

これはアメリカをさらなる窮地に追い込むだろう。

ウクライナと中東に戦力を注ぎながら、台湾有事を捌(さば)くことなど、いくらアメリカの軍事力が強いと言っても不可能というもの。

台湾の総統選にも不利に働く。

残念ながら、何やら習近平の高笑いが聞こえてきそうだ。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

カテゴリー

最近の投稿

RSS