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2023年中国標準地図は、日本が黙認した1992年の中国「領海法」に基づいている
天安門にはためく五星紅旗(写真:ロイター/アフロ)
天安門にはためく五星紅旗(写真:ロイター/アフロ)

中国が毎年発表している「中国標準地図」に関して、今年だけ騒ぎ立てたのは、習近平国家主席がG20首脳会議に参加しない理由探し(邪推?)にメディアが沸騰したからに過ぎない。少なくとも2001年以来、中国標準地図は領土範囲を変えたことがなく、表示するときの縮尺などを変えたに過ぎない。

むしろ問題なのは、その領土の境界線(特に南シナ海・台湾海域など)は1992年2月に制定された中国の「領海法」に基づいているが、「領海法」が規定した範疇にわが国の領土である尖閣諸島とその領海が含まれているのに、そのとき日本は一言も抗議せずに黙認したことだ。おまけに同年10月には天皇陛下訪中を実現して、結果的に、一層積極的に中国「領海法」が定める中国の領土領海を「承認する」と意思表示をしたことになる。

◆中国が毎年発表している「中国標準地図」

中国では2001年から毎年、中国中央行政の一つである「中華人民共和国自然資源部」が中国の地図を発表しているが、今年も8月28日に下記のような「中国標準地図」を発表した。この領土範囲は2021年から全く変わっていない。

図表1:2023年8月28日に公表された「2023中国標準地図」

 

出典:中華人民共和国自然資源部

出典:中華人民共和国自然資源部

 

しかし、今年は習近平国家主席がインドで開催されるG20首脳会談に欠席を表明したことから、欠席理由の一つとして、「地図問題があるので非難を回避するためだ」と騒ぎ出し、日本の多くのメディアが以下のような具体例を挙げている。

●大ウスリー島が今まで中国の領土として描かれていなかったのに、今年8月に突然加えた。

●南シナ海に関しては、これまで「九段線」しかなかったのに、今年8月に発表された地図で、突然、台湾付近に第10番目のラインを加えて「十段線」にした。

いずれも、今年初めて加筆されたとしているが、正しいだろうか?

中国のこれまでの経緯を考察してみよう。

◆2004年、大ウスリー島の領有権に関して

先ず、大ウスリー島に関してだが、胡錦涛政権時代の2004年10月14日、中露両国は<中露国境東段に関する補充協定>に署名し、2005 年6 月2 日から効力を発揮すると決めた。東半分はロシアの領土で西半分は中国の領土だと決めたものである。

それに沿って、2008年10月14日に<中露国境東段の除幕式>が開催され、中国の国旗・五星紅旗を大ウスリー島の西半分領域にたなびかせた。奥の方に立っているのは中国の趙錫迪大使とロシア外交部のマリシェフ第一アジア局次長だ。

図表2:大ウスリー島の西側が正式に中国の領土となった除幕式

 

出典:中華人民共和国中央人民政府ウェブサイト

出典:中華人民共和国中央人民政府ウェブサイト

 

大ウスリー島はもともと中国・黒龍江省に属し、「黒瞎子(ヘイシャーズ)島」と呼ばれ、清王朝時代から統治していた。しかし黒龍江(アムール川)沿いの毛皮や金を欲しがり、ロシアのピョートル大帝が進出。その頃からネルチンスク条約(1689年)、キャフタ条約(1727年)、愛琿(あいぐん)条約(1858年)、北京条約(1860年)・・・などを経て、中華民国、中華人民共和国へと時代は移り、毛沢東時代には1969年に、ウスリー川の珍宝島(ダマンスキー島)で中ソ両国軍が衝突する事件さえ起きた。問題解決が長期化し、2004年まで持ち越したわけだ。

今も文書上は大ウスリー島の西側を中国が、東側をロシアが統治する形にはなっているが、中国は清王朝時代から地図上は中国の領土と描き続けてきて、今も地図上は中国の領土として描いている。

2004年より前に中国の出版社「新世紀」が出版した地図をご覧いただきたい。

図表3:毛沢東時代から地図上で中国領と位置付けられている大ウスリー島

 

2002年1月「新世紀」が出版した地図に筆者が加筆して作成

2002年1月「新世紀」が出版した地図に筆者が加筆して作成

 

図表3で明らかなように、中国は2001年からずっとこの地図を使っているのだが、さかのぼれば清王朝時代からこの版図を使っていると言うことができ、変えたことはない。

したがって日本のメディアや中国問題の「専門家」という人たちが言っている「今年初めて」というのは、真っ赤な嘘であることが明白だろう。

ちなみに、中国側の姿勢に対してロシアのザハロフ報道官は9月1日、「中露間の領土問題はすでに最終的に解決している。中露間にはいかなる領土問題も存在しない」と言っているとRFI(フランス国際ラジオ放送)の中国語版が報道しているので、2004年に中露間で解決しているとする問題を、日本が今さら難ぐせを付けるのは筋違いだろう。

念のためNewsweekもザハロフがロシア外交部のウェブサイトに「ロシア側と中国側は、両国間の国境問題が最終的に解決されたという共通の立場を堅持している」という声明を掲載したと述べている。

◆南シナ海・台湾などの「十段線」は2001年から不変

二番目の「十段線」問題だが、これも2001年から何一つ変わっておらず、ただ、中国の領土範囲は領海も含めると非常に広いので、縮尺や版図表現の時に、縦の範囲を重視して縦長にしたり、横の範囲を重視して横長にしたり、あるいは十段線部分は地図の下方にあって入りきれないので右下に拡大図を挿入して描くことが多かった。

まず右下に拡大図を附す手法を2014年6月25日の人民網(中国共産党機関紙「人民日報」の電子版)から引用してお示ししよう。

図表4:右下に拡大図

 

出典:2014年6月25日の人民網

出典:2014年6月25日の人民網

 

同じく右下に拡大図を附ける方法で、そこだけを拡大して示した地図を図表5としてお示しする。図表5は、2002年1月に「新世紀」から出版された地図の一部分だ。

図表5:2002年の地図(十段線部分)

 

2002年1月「新世紀」が出版した地図の南シナ海・台湾部分に筆者が番号を付けて作成

2002年1月「新世紀」が出版した地図の南シナ海・台湾部分に筆者が番号を付けて作成

 

しかし、前掲の2014年の人民網では「2014年6月から挿入図的表現はしない」と決めたために、冒頭の図表1のような形になったわけだ。

このうち、南シナ海・台湾部分に関する部分を拡大すると以下の図表6のようになる。

図表6:挿入図式でない中国標準地図の「十段線部分」

 湖南地図出版社「2014年に描かれた縦長地図における南シナ海や台湾付近の十段線」部分を拡大し筆者が番号を加筆作成

湖南地図出版社「2014年に描かれた縦長地図における南シナ海や台湾付近の十段線」部分を拡大し筆者が番号を加筆作成


お分かり頂けただろうか。

中国は地図の描き方を変えたことはあっても、領土領海に関して、2001年に標準化されて以降、ただの一度も変えたことはないのである。

一部の中国問題の「専門家」が大騒動して「今年初めて九段線が十段線になった――!」と書き立てるような話でないことが、鮮明になったはずだ。

◆十段線は日本が黙認した1992年制定の中国「領海法」に基づく

1992年2月25日、中国の全人代常務委員会会議は「中華人民共和国領海及び接続水域法」(以下、「領海法」)を採決し制定した。第二条には、以下のような文言がある。

第二条  中華人民共和国の領海は、中華人民共和国の陸地領土と内海に隣接する一帯の海域とする。中華人民共和国の陸地領土は、中華人民共和国の大陸とその沿海島嶼、台湾および釣魚島を含む付属の各島、澎湖諸島、東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島、および中華人民共和国に属する他のすべての島々を含むものとする。中華人民共和国の領海基線から陸側の水域は中華人民共和国の内水である。

ここで言う「釣魚島」とは「尖閣諸島」のことで、れっきとした日本の領土である尖閣諸島に関して、中国が「それは中国の領土である」という領海法を制定したというのに、日本はいかなる抗議もしていない。

当時、中国総局におられた現場の記者が、北京にある日本大使館や日本の外務省に電話をして、「大変なことになっているので、日本は抗議すべきではないかと」と迫ったところ、冷ややかに「いやー、中国も法整備でもしてるんじゃないですかぁ⤴」という、のんびりした、他人事(ひとごと)のような回答が戻ってきたのみであったという。

なんという事だ――!

自国の領土が、他国の領土として法制定されているというのに、それに抗議をしない国というのがあり得るだろうか?

あってはならないことだ。

日本は天安門事件に対する対中経済制裁を解除することに必死で、日本のその甘さを見て取った江沢民は、1992年4月に来日して病院にいる田中角栄に会い、「天皇陛下訪中を実現すれば、二度と再び日中戦争時の日本の侵略行為に対する批判はしない」と約束して、1992年10月の天皇陛下訪中を実現させてしまった。おまけに天皇陛下の訪中が終わると、掌(てのひら)を返したように、1994年から江沢民は愛国主義教育を開始し、激しい反日教育を断行し始めた。

日本は見くびられ、甘く見られているのだ。

こうして中国は中国領海法に基づいて、南シナ海だけでなく、日本の尖閣諸島や台湾の外側も含めた「十段線」を、中国の領土領海としてしまったのである。

岸田首相は盛んに「力による一方的な現状変更を認めない」などという常套句で中国を非難して見せるが、1992年の中国の「領海法」制定に関して如何なる抗議もしなかった日本に、その資格はない。

おまけに尖閣諸島を管轄する国土交通大臣には、最も親中的な政党と中国が高く評価する公明党から出すのだから、今もなお、言葉と実行は一致せず、中国の「領海法を認めます」と、中国に靡(なび)いているようなものでしかない。

中国の現状は日本が創り出したものであることを、日本国民は直視すべきだ。

岸田首相はまもなく内閣改造をやるようだが、きっと又もや国土交通大臣を公明党から出すつもりなのだろう。日本の政治の本質は何も変わらない。

なお、中国「領海法」の詳細は拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の【第五章 台湾問題の真相と台湾民意】に書いた。

また習近平がなぜG20首脳会談を欠席したかに関しては9月9日のコラム<習近平はなぜG20首脳会議を欠席したのか? 中国政府元高官を単独取材>に書いたように、国務院副総理経験のない李強国務院総理を外交に関して訓練するためであったことがわかった。

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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