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ロシア首相の訪中は3月21日に決まっていた――G7の結果を受けてではない
訪中したロシアのミシュスチン首相と習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
訪中したロシアのミシュスチン首相と習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

NHKではロシアのミシュスチン首相の訪中はG7における激しい対中露非難に追い詰められ、それに対抗した結果だと解説し、日本全国をミスリードした。実際は、習近平のモスクワ訪問時に訪中が決まっていた。

この構造を見逃すと、習近平がいま何を狙っているかが全く見えてこない。

◆ミシュスチン首相の訪中は、3月21日に習近平との会談で約束されていた

ミシュスチン首相の訪中を受け、NHKは「中国問題専門家」に、「ロシアの首相が訪中しているのは、G7広島サミットにおける激しい対中露非難に追い詰められた結果ではないか」、「対中露非難に対抗しようとしているのではないか」という趣旨の解説をさせていた。

あまりテレビを観ないのだが、その時たまたまつけていて、「専門家」の解説を聞き、仰天した。すると日本全国、「ロシアのミシュスチン首相は、G7広島サミットの成果に追い詰められた結果、あわてて訪中したのだ」というトーンの大合唱に酔いしれた。

なんということか・・・!

このような自画自賛に陶酔している間に、中国は着々と手を打っていく。

それは決して日本国民の将来の幸福にはつながっていかない。不幸を招くだけだ。

真相を書こう。

習近平国家主席は3月20日から22日までロシアを訪問し、モスクワでプーチン大統領と会っただけでなく、21日にはミシュスチン首相とも会っている。中国共産党新聞網を始め、数えきれないほどの中国政府や一般のウェブサイトが大々的に伝えている。

また5月19日には中国外交部がロシアのミシュスチン首相が5月23日から24日にかけて中国を正式訪問すると書いているし、記者会見でも詳細に答えている

一方、3月21日のアメリカの経済誌フォーブス(Forbs)ロシア語版は<習近平はプーチンとミシュスチンを中国に招待した>という、非常にストレートな表現で「3月21日に習近平がミシュスチンと会って中国訪問を招待した」ことを書いている。

報道によれば、「ミシュスチンはその場で招聘に応じた」とのこと。

実は筑波大学に留学して今はモスクワに戻っている教え子に連絡して確認してみたところ、ロシアのテレビでは習近平がミシュスチンに直接「是非とも中国訪問をご招待したい。李強という新しい国務院総理が誕生したので、ぜひ彼にも会って欲しい」と言っている場面を放映したとのことだった。

プーチンの場合は、「一帯一路」10周年記念の国際フォーラムに参加するか否かなので、その場では感謝の意を表しただけで、直ぐに「招聘を承諾した」という形ではない。

G7広島サミットは5月19日から始まり21日に閉幕している。その間に対中、対露に関する厳しい批難を出しているのであって、3月21日に訪中を決定し、19日に中国外交部が訪中日程を発表したということは、G7広島サミットの結果が出るかなり前からミシュスチン訪中の日程は決まっていたものと解釈していい。

なぜなら、5月21日のコラム<なぜ習近平は中国・中央アジア首脳会談を開催したのか?>にも書いたように、「中国・中央アジア首脳会談」は1年前から決まっていたので、ミシュスチン訪中は、その後でないと日程が重なり過ぎるからだ。

こういう大きな流れを見ることなく、近視眼的に中国の動きを解釈して自己満足しているのは、日本国民の利益を損ねる。

◆上海での中露ビジネスフォーラム

中国外交部は前掲の5月19日の記者会見で記者の質問に対して「今年3月、習近平国家主席はロシアを公式訪問し、両首脳は次の段階における二国間関係の発展と様々な分野での協力について重要な合意に達した。我々は、ミシュスチン首相の中国訪問が、二国間協力を一層強化し、人的交流及び地域交流を深め、世界経済の回復に力強い勢いを注入することを期待する」と答えている。

その回答通り、ミシュスチンはまず上海を訪問し、大規模な中露ビジネスフォーラムを開催した。その内容に関しては、あまりに情報が多くて一つのコラムでは書ききれないが、たとえば、<ロシア首相の訪問中、中露は今年2000億米ドルの貿易を目指す>や、<ロシア首相大型訪中代表団を引率:今年の両国の貿易高は2000億米ドルになると信じる>など、「2000億ドル(約27兆6000億円)」に関する話題が目立つので、その周辺の内容を列挙してみよう。

  • フォーラムの開会式は中国の王文濤商務大臣とロシアのレシェトニコフ経済開発大臣が共同主宰した。ロシアからは首相以外に、3人の副首相、5人の大臣、一部の大企業幹部を含む高官と大物ビジネスマンなど数百人が参加した。「ロシア政府の海外会議」と言われている。中露双方で1100人以上が出席した。
  • 今年、中露両国間の貿易量は2000億米ドルに達するとされている。この数字は、ロシアの穀物が中国に輸出され、中国のブランド車がロシアで現地生産を達成し、ロシアの中国へのエネルギー供給が今年約40%増加し、中国人は将来のロシアへの旅行のためにビザなしの待遇を受ける可能性が高いなどを背景として計算されている。
  • ロシアの2大銀行の一つであるVTB銀行の総裁は、「上海で、ロシア中央銀行が人民元を備蓄し、ロシアと中国の貿易の70%以上に人民元とルーブルを提供している」と発表した。
  • 中国税関総署が発表したデータによると、中国とロシアの間の二国間貿易量は2022年に記録的な1902.71億米ドルに達し、前年比で29.3%増加している。   
  • ロシアのノバク副首相兼エネルギー大臣は「ロシアの中国へのエネルギー供給は今年約40%増加すると予想されている」と述べた。ミシュスチン率いるロシア代表団の訪中期間に、「シベリアパワー2」天然ガスパイプラインに関する合意を推進する可能性があり、完成すると、モンゴルの領土を通じて年間500億立方メートルの天然ガスを中国に供給することになる。昨年、「シベリアパワー1」パイプラインは155億立方メートルの天然ガスを中国に供給した。2025年までに、ロシアから中国に供給される天然ガスの量は380億立方メートルに増加すると予想される。「シベリアパワー2」が完成すれば、ロシアの中国への天然ガス供給は2030年までに980億立方メートルに達すると予想される。
  • 一部の米国メディアは、中露接近を心配している。中露パートナーシップの確立により、地政学的地域経済の利益が高まり、北京・モスクワの緊密化は米国とその同盟国に「困難を生み出す」だろうと懸念している。中露は、これまでの米国による一極支配の影響力に対抗し、すべての国が核心的利益を守ることを可能にする多国間アプローチを促進するために大きな努力を払っている。中露は米国の「一極化」に対処するために、多国間のバランスと秩序への復帰を提唱している。(筆者注:これこそは7月初旬に出版する『習近平が狙う地殻変動 米一極から多極化へ』で描いた内容そのものである。その一致にむしろ驚きを禁じ得ない。一部の米国メディアは、よく分かっていると感心する。)

◆習近平との会談で

ミシュスチンは24日午後、北京で習近平と会談したが、その中で習近平が語った以下の言葉は注目に値する。

  • 国連、上海協力機構、BRICS、G20など多国間場での協力を強化すべきだ。
  • 中国はロシアおよびユーラシア経済連合諸国と協力して、「一帯一路」共同建設とユーラシア経済連合との接合と協力を促進し、より開かれた地域市場の形成を促進し、世界の産業チェーンとサプライチェーンの安定性と円滑性を高め、地域諸国に繁栄をもたらし、真の利益をもたらすべく力を注ぐ。

すなわち、習近平は「中露+グローバルサウス」を中核として「多極化した世界新秩序」を構築しようとしているが、実は「国連に関しては強い」という自信を持っている。なぜならG7の周りに集まっている西側諸国は人類の15%に過ぎず、残りの全人類「85%」は中露側に付いていることを知っているからだ。

来日中のマレーシアのマハティール元首相(97)は5月24日、日本外国特派員協会で記者会見し、G7広島サミットについて「同じような考えを持つ国々が集まって会議をするのは、独り言を言っているようなものだ」などと批判した

見事だ!

まさにその通りだとしか言いようがない。

 

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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