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江沢民は習近平の最大の恩人
江沢民元国家主席の追悼大会(写真:ロイター/アフロ)
江沢民元国家主席の追悼大会(写真:ロイター/アフロ)

江沢民元国家主席の追悼大会は、かつてない壮大な規模で行われた。習近平が2012年に総書記に、翌年国家主席になれたのは江沢民のお陰だが、それにしても弔辞での江沢民への礼賛の仕方が尋常ではない。なぜか?

◆習近平の江沢民への弔辞における礼賛が尋常ではない

11月30日、江沢民元国家主席(96歳)の訃報が伝えられると、半旗が掲げられ、中国のネットは一斉にモノクロになった。追悼大会は12月6日午前10時に人民大会堂で行われ、習近平国家主席が弔辞を読み上げたが、追悼大会に合わせ中国全土のありとあらゆる地点で全国民に3分間の黙祷を指示し、その間、車も船も警笛を鳴らし、中国全土にサイレンが鳴り響いた。6日、すべてのテレビ・ラジオの娯楽番組だけでなく、スマホでのゲームまでも中止された。大会には5000人が出席し、ラジオ・テレビやニュースサイトで中継された。

午前10時から始まった習近平の江沢民への弔辞は、50分を超えたのだが、江沢民に対する礼賛の仕方が尋常ではない。

「江沢民同志は全党・全軍・全国各民族が認める崇高なる威信を持った卓越した指導者で、偉大なるマルクス主義者、偉大なる無産階級革命家、政治家、軍事家、外交家、長い間の試練に耐えてきた共産主義戦士であり・・・」から始まり、「えっ?」と驚くような賛辞が、哀悼に満ち満ちた荘厳な雰囲気の中で、50分間にわたり響き渡った。

違うだろうと思った個所などをいくつか列挙すると、以下のようなものがある。

●習近平:江沢民は青少年のころから革命に身を投じてきた。

いやいや、そんなことはない。日本が敗戦するまで、江沢民の父親は「大日本帝国」の傀儡政権・汪兆銘政府の官吏だったため、江沢民は日本軍が管轄する南京中央大学に学んでおり、ダンスやピアノなどに明け暮れていた。日本語も少し話せる。酒が入ると「月がぁ出た出たぁ―、月がぁ出たぁ―」と歌い始めたことで有名だ。

●習近平:江沢民は1946年4月に中国共産党に入党した。

そう、その通り。日本軍が敗戦したのは1945年8月15日。その翌年になって、ようやく、「これではヤバイ」ということから中国共産党に入党し、大富豪の長男であったにもかかわらず、父の弟の極貧の革命分子が死亡しているのを口実に、その家の養子になるという設定で、「革命分子の子供」という演出をしてきたのである。このようなことは誰でもが知っている事実だ。そうでなかったら、日本敗戦後に初めて共産党に入党したことの整合性がない。

●習近平:江沢民は反腐敗運動と闘った偉大なる指導者。

これ以上に嘘八百な賛辞はない。中国共産党の腐敗が底なしの極限にまで達したからこそ、習近平は反腐敗運動に着手したはずだ。腐敗の巨大なネットワークを創り出したのは江沢民ではないか。胡錦涛元国家主席がどんなに反腐敗を叫ぼうと、それが実現できないように、江沢民は胡錦涛政権の政治局常務委員に刺客を送って阻止した。刺客の人数分だけ常務委員が2人多くなって9人になったので、筆者は「チャイナ・ナイン」と名付けた。そこまでしてでも腐敗を深めたために、胡錦涛は習近平政権に反腐敗運動を託したのではなかったのか。だからこそ、習近平は政権発足と同時に反腐敗運動を大々的にやらざるを得ないところに追い込まれたではないか。

だというのに、「江沢民同志は反腐敗運動と闘った偉大なる指導者」と言ったのを聞いた時には、ああ、これはもう、何を聞いても「虚言」であり、中国共産党独特の「事実の歪曲による党の礼賛」でしかないので、ほどほどに聞こうと思った。

と同時に、故人に対して批判を書くのも好ましくないので、江沢民逝去に関しては、しばらく書くのを控えていたという事情もある。

◆習近平を出世させたのは江沢民

拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』第一章の新チャイナ・セブン「男たちの履歴書」で書いたように、習近平が現在の「習近平」になり得たのは、ひとえに江沢民のお陰である。

胡錦涛政権中(2003年~2013年)、何とか胡錦涛を打倒してやろうと策略を練っていた江沢民は、上海市の書記・陳良宇を使ってクーデターを起こす計画を実行しようとしていた。2007年10月の第17回党大会までに胡錦涛政権を転覆させることを試みていたのである。 

ところが全国に張り巡らせているスパイ網が、クーデターを事前にキャッチし、2006年9月、胡錦涛は陳良宇を大規模汚職事件で逮捕したのだ。胡錦涛最大の手柄はこの逮捕劇だったと位置付けていい。

手駒を失い途方に暮れていた江沢民に「習近平はいかがですか?」とささやいたのは、江沢民の大番頭・曽慶紅だ。曽慶紅は、1979年に習近平が当時の副総理および中央軍事委員会常務委員の耿飈(こうひょう)の秘書を国務院弁公庁および中央軍事委員会弁公庁で務めていたときに、習近平と親しくなった。習近平は曽慶紅のことを「慶紅兄さん」と呼んで慕っていた。

その曽慶紅は、このたびの第20回党大会ではひな壇で元気な姿を見せていた。習近平をこの世界に送り出してあげたのは「この俺だ!」と言わんばかりの、微動だにせぬ自信をのぞかせていた(『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』のp.51に写真掲載)。

そこで習近平は江沢民に呼ばれて上海へ行き陳良宇に代わって2007年3月に上海市書記に就任するのである。こうして2007年10月の第17回党大会閉幕後の一中全会で、習近平は一気にチャイナ・ナインへと躍り出る。

このとき胡錦涛は李克強を推薦し、江沢民は習近平を推薦していたのだが、チャイナ・ナインの中に送り込んだ江沢民の刺客の方が多かったので、「習近平が党内序列6位で、李克強は党内序列7位」となり、この「1位の差」がその後の中国の運命を決定づけた。

2008年3月の全人代で、「習近平は国家副主席、李克強は国務院副総理」となり、2012年第18回党大会では習近平が中共中央総書記に、翌年3月の全人代で国家主席に就任することが決まる布石を打った瞬間でもあった。

2007年の第17回党大会一中全会における党内序列の「6位と7位」という「1」ランクの違いがなかったら、こんにちの「習近平」はいない。

それくらい、江沢民は習近平にとっては大恩人なのである。

その江沢民と習近平が権力闘争で憎み合っていたというような分析がいかに間違っているかが、このことからもお分かりいただけるだろう。

習近平が反腐敗運動を徹底したのは、主として軍部に巣くっている腐敗の巣窟を撤去して中国軍のハイテク化と強化を狙うためで、事実2015年の軍事大改革以来、中国軍は突然強大化し、今では日本だけでなくアメリカにも脅威を与える存在になっているではないか。権力闘争をしているのなら、ハイテク国家戦略「中国製造2025」も断行されることはなかっただろう。

それを見誤るから、日本は中国に追い抜かれていくのである。

◆習近平はなぜ、江沢民が中央委員会委員を辞退したことを礼賛したのか?

習近平は弔辞の中で、江沢民が第16回党大会(2002年)の準備作業段階で、(中共)中央委員会委員を辞任すると表明したことを大きく扱い、礼賛した。

日本の一部の中国研究者は、「自分が三期目まで続投して辞任しなかったのに、なぜ江沢民が自ら辞任したことを礼賛したのか、不思議でならない」という趣旨のことを書いているが、読みが浅い。

習近平が礼賛したのは江沢民が政権を去るに当たって「中央委員会委員」を辞任したことを指しているのだ。

つまり、第20回党大会に焼き直せば、李克強が「中央委員会委員」に残らなかったのが如何に正当であるかを言いたいのである。

中央委員会というのは比較的年齢層の若い者が次の段階である「政治局委員」や「政治局常務委員」を目指して頑張る組織なので、そこに李克強が戻るのはあり得ないことだと言いたいわけである。

その証拠に、習近平は「江沢民が中央委員会委員を辞退した」と言った後に、「新老の交替を促すのに利した」と付け加えている。

事実、第20回党大会において、これまでの習近平政権のチャイナ・セブンの中で中央委員に残らなかった人には栗戦書や韓正など、非共青団系列もいて、政治局委員となると、第20回党大会で中央委員にならなかった人物は大勢おり、共青団系列でない名前を何人か挙げれば「劉鶴、許其亮、孫春蘭、楊潔篪、陳全国、郭声琨……」などがいる。

習近平が言いたいのは、海外メディアからの「共青団のみを排除した」という批判に対する回答であった。

◆習近平はなぜ弔辞で天安門事件に触れたのか?

習近平はこのたびの弔辞で、敢えて天安門事件に触れている。

もちろん事件の名称に関しては言わず、中国政府側で定着している呼称である「風波」という表現しか使ってないが、50分間の弔辞の間に、2回も言及している。1回目と2回目の発言内容を以下に略記する。

1回目:1989年の春から夏にかけてわが国は深刻な政治的「風波」が発生したが、江沢民同志は社会主義国家権力を擁護し、明確な立場で混乱に反対するという党中央の正しい決定を断固として支持し、実行し、人民の根本的利益を守り、上海の安定を維持した。

2回目:20世紀80年代後半から90年代初頭にかけて、深刻な政治的「風波」国際(社会)と国内で発生し、世界の社会主義は深刻な紆余曲折を経験した。一部の西側諸国は、いわゆる「制裁」を中国に課したが、私の国の社会主義事業の発展は、前例のない困難とプレッシャーに直面した。 党と国家の未来と運命を決定するこの重要な歴史的節目に、江沢民同志は党の中央指導集団を率いて、全党、全軍、全国各民族の人民と密接に寄り添い、如何なる揺るぎもなく、経済建設を(中略)堅固に守った。

この「風波」に関して発したシグナルは読み解きやすい。

これは、11月下旬に起きたゼロコロナに対する「白紙運動」と通称される抗議活動に対する牽制(けんせい)で、「断固鎮圧する」という意思表示と、中国は経済建設を重んじていくのだというシグナルである。

「国内外」と言わずに「国際と国内」という中国語を用いたのも、「敵対勢力が操作している」ことを示唆している。

西側諸国が行った「制裁」にめげず「経済建設」を守れたのは、日本が制裁を解除したからだ。それを思うと、何とも苦々しい気持ちになる。

◆死してなお、江沢民は習近平の「大恩人」!

「白紙運動」が台湾の民進党が敗北した11月26日から起こり、それを抑えるかのように30日に江沢民が逝去した。

中華人民共和国建国以来の弔意表明の規模の大きさは、江沢民が死してなお、習近平を救ったことを表している。習近平の弔辞演説は、「荘厳」と言っていいほどの「悲痛さ」と「誠意」を湛(たた)えており、習近平は二度にわたって江沢民に救われたことを感謝しているにちがいない。

ここまで荘厳に執り行えば、人民は誰一人、「江沢民の死をきっかけに全国的な抗議運動を展開する」という方向には動けない。それを計算し尽くしての「荘厳」さではあっただろうが、その計算を差し引いてもなお、習近平の三期目は、ほぼ運命的であったのかとさえ勘違いしてしまうほどの出来事であった。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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