2022年台湾観光年
2月下旬のロシアによるウクライナ侵攻以来、かかる侵攻を機にすぐにでも中国が台湾への侵攻を企てるのではないかが大きな話題となった。このような侵略を成功させられるほど、現在の中国人民解放軍に力があると考えるチャイナ・ウォッチャーはほぼいないだろう。とはいえ中国人民解放軍と中国共産党は、戦争も含めあらゆる手段を使ってでも自分たちにとって反逆的な地域を支配下に置きたいという欲望を隠そうともしていない。米国のナンシー・ペロシ下院議長が先日台湾を訪問し、それから2週間も経たないうちに米国議員団が訪台したことで、中国の対応次第で台湾、ひいては東アジアや世界が直面することになる非常に現実的なリスクが浮き彫りとなった。
ペロシ氏の訪台は批判の的となった。台湾の安全保障につながるような実質的な支援はなく、芝居がかったパフォーマンスに過ぎないと嘆く声もある。また折悪しく習近平が中国共産党総書記3期目を迎える数カ月前というタイミングでこのような海外訪問を行うのは、無用な挑発行為であるとする意見もある。さらにバイデン氏が訪問に関して米軍の懸念を示唆したことから、米国政府内における調整の欠如にも批判が向けられている。
こうした批判は確かにもっともではあるが、実際にはさほど意味がない。ナンシー・ペロシは政治家であり、キャリアも終わりに近く、おそらく下院議長の任期も残り数カ月というところだろう。米国を始めあらゆる民主主義国家においては、劇場的振る舞いやパフォーマンスに重きが置かれがちだ。意義ある政策は劇場型政治だけでは成し得ないものの、問題の核心を露呈させる上ではしばしば劇場型政治が重要な役割を果たすこともある。1991年に天安門広場で小さな抗議活動をして以来、同氏がそういう役割を演じたのは今回が初めてではない。実際、同氏にしてみれば訪台するにはこれ以上ないタイミングであった。中国指導部が、今回のような著名な中国批判者による訪台をいつまでも許すはずがない。実際、訪台計画がマスコミに漏れた時点で訪台を取りやめるよう要求したことで、かえって訪台実現が確実なものとなった。アメリカの政治家も、自分の行く先について北京の肉屋(虐殺者)から一々指図されているようにみられたくないのだ。その一方で、この島を訪れたことのないヘンリー・キッシンジャーが、訪台するには北京の許可が必要だと述べたという。台湾をめぐる米国政府内の調整の欠如に対する批判は至極当然のことであるが、ペロシ氏訪台がキャンセルとなっても、あるいはそもそも訪台の話がなかったとしても、米国のスタンスが変わることはないだろう。
この2つの訪台で明確になったのは、平和と現状に対する脅威は中国からやって来る、ということだ。中国指導部はこの訪台をあっさり軽視することができただろう。あるコメンテーターは、ペロシ氏の到着にあたって習近平は「中国へようこそ」という声明を発表すればよいのだと述べていたが、特に台湾のような問題に関して現在の中国は外部とのかかわりにおいて当意即妙の判断ができない状態にある。アジアや中国のほとんどの人が気づかぬうちに終わっていたであろうこの訪台を受け流すどころか、中国指導部は脅し文句を並べ立てた。ペロシ氏がマレーシアから台湾に向かう7時間のフライトは、南シナ海を避け、東から台湾に入るルートを取った。同フライトは、人気の飛行機追跡アプリ最多の追跡数を記録している。人民解放軍空軍が飛行機を強制着陸させるべきだという意見もあれば、撃墜してもいいという意見もあったが、結局のところは何も起こらなかった。ペロシ氏は来訪し、一日滞在の後に出国した。中国が大言壮語を実行するのかという話題で中国のソーシャルメディアは騒然となったが、直接的には何も起こらなかった。しかし、その後の展開は実にあからさまなものであった。台湾を包囲する形で行われた数日間の実弾軍事訓練は、将来の侵攻に備えた部分的リハーサルとなり得るものであった。国際航空路や海運に混乱をもたらし、日本の排他的経済水域(EEZ)内ではミサイルが発射され、台湾は事実上封鎖された。
ペロシ氏訪台は、このような訓練を行うには絶好の機会ではあったが、計画はかねてより策定されていたものであり、中国側の計画は明らかにそうした侵攻の遂行に備えることを目的とするものだった。指導部がそれを試みるほど愚かであるのか、そのような侵攻が成功するかは別の問題だが、人員、火力、兵站の面で計画はなおも続行されている。
台湾の実情
実際、中国本土に注目するチャイナ・ウォッチャーの多くは、台湾の状況を副次的なものと捉えてきた。鄧小平時代の改革開放路線は数字上のゲームであり、実際のところ、あらゆる企業や海外のチャイナ・ウォッチャーの多くの視線の先にあったのは中国の広大な市場であった。台湾のサクセスストーリーは、韓国、シンガポール、香港といった「アジアの虎たち」による経済圏と一括りで語られることが多い。そのため台湾は独立した国として扱われ、実質的にもその状態にあったため、中国市場参入をめぐる喧騒とも無縁であった。もちろん文化的なつながりや、先祖のつながりが深い台湾企業もまた、中国への最大の投資者に名を連ねていた。「大中華圏」という言葉は、単に中国、台湾、香港という地理的領域を捉えているだけで、それぞれの地域がルールやビジネスチャンスという点で非常に異なるため、さしたる意味を持たない。
つまりチャイナ・ウォッチング界隈では、台湾でどういう変化が起きているのか、台湾社会がどういう状況になっているのか、ほとんど把握できていなかったのである。台湾については中国とアメリカが競い合う地政学的なチェス盤上の駒としてしか考えないようになり、当地に関しては中国共産党の形式的な言い回しがさも当然のようになってしまった。台湾について論じるとき、「反逆的な省」とか「再統一」などという言葉をよく使いがちである。同様に、台湾島に対する主張を正当化しようと中国が提出した歴史的証拠も、優れた歴史家の手にかかればほとんど意味を成さない代物である。しかし、地政学的な主張であれ、中国王朝時代あるいはより最近の歴史を根拠とする歴史的主張であれ、いずれも今日の台湾が主に中国文化系の2,350万人の人口を抱える、繁栄した民主国家であるという現実を無視したものであることに変わりはない。中国共産党指導部は、北京発の見解がどのように伝わっているかには関心がない。香港ではいまや崩壊した一国二制度モデルは、もともと台湾を中国に取り込むために提示されたものであったが、香港が最近経験したことを見るにつけても、中国共産党が信頼ならないものであり、台湾人が中国共産党による支配に対して懸念を抱くのも当然であることは非常に理解できる。北京によって民族の裏切り者と見なされた者を待ち受けているのは、根絶と再教育収容所である。中国には、小さな王朝から大きな王朝まで栄枯盛衰を繰り返しながら続いてきた長く魅力的な歴史がある。漢民族の王朝もあったが、最大の帝国は元と清という、いずれも非漢民族の帝国である。中国の歴史の中で、香港と台湾がいかにユニークな存在で、成功し、開放的であるかについてはどうしても見過ごされがちである。
今後の展開
誰であれ台湾周辺のリスクを過小評価してはならないし、中国指導部にかかる圧力を過小評価してはならない。中国の経済状況は切迫しており、若者の失業率は公式発表でさえ約20%にのぼり、長年経済を支えてきた不動産市場も急落し、価格崩壊にこそ至っていないものの販売実績が大いに減少している。中国の中産階級は怒り、未完成の状態が続くアパートへの住宅ローン支払いのボイコットが発生し、上海人は2カ月続いたロックダウンからいまだ立ち直れずにいる。2年前、筆者は中国における苦難の10年について書いた。当初の新型コロナウイルス感染症対策で実施されたロックダウンの成功はそれを払拭するかに見えたが、いまや柔軟性に欠けるゼロ・コロナ政策の実態が白日の下に晒されている。90年代初頭以降、中国の指導者たちは経済成長を底支えとすることで社会の多くの層をなだめられるという安心感を持って、さまざまな危機を乗り越えてきた。しかし、肝心の経済というエンジンは、失速したばかりか、いくつかの地域ではすでに停止している有様だ。そのため中国共産党は窮地に追い込まれており、海外での軍事的冒険は、ナショナリズムをくすぐることで国内の圧力を逸らすものとして、一部の人々にはアピールできるかもしれない。
とはいえ、侵攻がそこまで差し迫っているわけでもない。台湾への侵攻に踏み出すためには非常に複雑な段取りが必要となり、中国人民解放軍もその準備を進めてはいるが、どれだけ資源を投入したところで成功するという保証はない。台湾と中国本土は100マイルに及ぶ海峡によって隔てられている上に、上陸可能な場所は限られており、海況は厳しく地形は山がちであり、地元の人々も敵対的である。とはいえ、習近平は2049年と来たる中華人民共和国建国100周年を、過去の屈辱を払拭すべき重要な節目と捉えている。つまり彼や指導部の多くにとっては、海峡の両岸で何千、何百万もの中国人が死のうとも、台湾を中国に組み込むことは必然の流れなのだ。
2049年という年の重要性とはつまり、台湾問題について何も起こらない筈がないということだ。中国共産党は、目標を心に決めている。それは間違いであり破壊的な目標であるが、この地域やさらに遠い国々が控えめな態度や当たり障りのない言葉をかけたところで、状況は変わらない。結局ペロシ氏の訪台は、この問題を非常に明確に浮かび上がらせるにとどまった。ペロシ氏がこの問題を引き起こしたわけではない。台湾と東アジアにとって、中国大陸からわずか100マイルの場所に豊かで繁栄した民主主義を築いた台湾人2,350万人の権利と生活と自由を尊重しようとしない、中国共産党の姿勢そのものが問題なのだ。
教訓
今回の訪台は、台湾と世界の友好国たちが行動を起こし、事に備えるためのきっかけとなった。まず、台湾人は脅威を真剣に受け止め、兵役義務を通じて軍隊と国民への訓練を行い、自分たちが直面している脅威を十分に理解する必要がある。一般の台湾人は現在のライフスタイルや社会を維持したいと思っているかもしれないが、中華人民共和国はこれを変えさせようとする。変化を望まないだけの敵対的な国民と、侵攻する軍隊を混乱させ混沌の種をまき散らすよう訓練された国民とは似て非なるものである。そのための備えは、国内での十分な資金調達だけでなく、訓練や米国などからの防衛用武器購入を通じて、台湾が自衛のための十分な装備を整えるという形で講じられる。米国の「台湾関係法(Taiwan Relations Act)」では米国が台湾を防衛すると定められているかもしれないが、それはあくまで国内の強固な対応を補完するものに過ぎない。プーチンのクリミア侵攻が8年後の未来を予告していたように、今回の一連の軍事訓練もまた中国の脅威が変化したことを示している。台湾の友好国たちは、支援のため行動しなければならない。
台湾、香港、中国本土のいずれの企業も、緊張が高まった場合に中国が直面すると考えられるさまざまな悪影響や制裁体制について、検討しておく必要がある。リスクはビジネスのあらゆる側面に影響を及ぼす。スタッフの安全・安心は確保されているか?サプライチェーンは堅牢か?受益者全体に、リスクが適切に配分されているか?ロシアで起こったように、現金や金融資産が凍結され売却不可能になるのではないか?このような問題について、事が起こってから考え始めるのでは手遅れだ。
年季を経たチャイナ・ウォッチャーの多くは、中国人と直接会って話す機会が減ってしまったことを嘆いている。直接やりとりできないことで中国との対話に支障をきたすのは確かではあるが、すぐにまた元の状態に戻ると単純に考えるのも誤りだ。習近平のもと、中国は国内外の両方で大きく方向転換を行った。党のイデオロギーが国内政治の原動力となり、民間企業の統制と処罰が横行し、世界に対する攻撃的で不寛容なアプローチがさも外交であるかのような態度を取るようになった。中国が変わった以上、この苦境に太刀打ちするには、他の国々も変わらなくてはならない。
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