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中国から「つらい…!」京アニ
京都アニメーションのスタジオで火災(提供:アフロ)

 18日、中国の若者から「つらい…!」というメッセージが入った。京都アニメーション火災に関してだ。CCTV、人民網、環球網、新華網など中共中央と政府系列だけでなく、解放日報までが報道している。なぜ?

 

◆北京から「つらい…!」とメッセージ

 18日、スマホのメッセージ着信音がせわしく鳴り続けた。

 何ごとかと思えば、「つらい…!」という文字が見えた。

 『中国動漫新人類』(2008年)を出版するときに取材した北京の若者からだ(動漫は動画と漫画の意味)。

 「まさか、あの京アニが、こんなことになるなんて…」

 「あんまりです、受け入れられません」

 スマホの画面には京都アニメーション第1スタジオの見取り図も貼り付けてあり、「こんな部屋では逃げようがないですよ…」という悲鳴のようなものまで書いている。

 彼は熱烈な日本アニメのファンだ。

 中国最大のSNSであるウェイボー(微博、wei-bo)からの着信音はさらに激しさを増し、「京アニは私の宝だった」、「京アニは私の青春のすべてだった。私の青春を返せ!」など、どこもかしこも京都アニメーション(京アニ)の悲劇を嘆く声に満ち満ちていた。

 

◆CCTV、人民網、環球網、解放日報までが

 驚くべきは中国共産党を宣伝するために存在する中央テレビ局CCTVや、中国共産党機関紙「人民日報」電子版、その姉妹版の環球網、そして1941年に毛沢東が延安で創刊した当時の中共中央委員会機関紙だった解放日報(のちに中国共産党上海市委員会へ移管)などが大きく報じていることだ。

 たとえばCCTVは18日の12時のニュースで報じており、さらに午後2時台も夕方および夜のニュースでも、繰り返し報道した。CCTVが報道した最初の番組にうまくリンクできないのだが、北京時間18日12時14分から更新し続けていることを報道しているリンク先をご覧いただきたい。「央視」の簡体字は「中央電視台(CCTV)」の略である。出典が「央視新聞(ニュース)」と書いてある。CCTVからの転載だ。CCTVは毎時間のニュースで情報を更新し、19日の昼のニュースの時点でも、まだ更新を続けている。

 7月18日20:54時点における人民網は、すでに死者が33人に達したことを報じている。環球網は7月18日 13:14 における報道だ。早くから報道していることがわかる。

 「解放日報」も紙面で大きく取り上げている。国際面ではあるものの、日本の参院選のニュースの次に大きく扱っている。

 こういった中共中央や中央政府のメディアが、京アニが受けた災禍をこのような形で大きく報道するなどということは、普通ではあり得ないことだ。

 

なぜなのか?

 それならなぜ、今回は中共中央および政府が、こんなにまで大きく報道するのだろうか。

 理由の一つとして考えられるのは、1980年以降に生まれた「80后(バー・リン・ホウ)」たちは、日本の動漫を見ないで育った人はほぼ一人もいないと言っていいほど、誰もが日本の動漫の洗礼を受けて大人になっていったことだ。その世代も今や40歳になろうとしている。物心ついたときの年齢から考えると、40代前半はみな、日本の動漫に夢中になって育った世代である。

その人たちが今や中堅クラスとして、社会のどの領域にも入り込んでいるわけだ。 当然、メディアにもこの80后がいる。

 1990年以降に生まれた90后(ジュウ・リン・ホウ)でさえ、大人の仲間入りをして堂々と中堅層に入り込んでいる。

 この人たちは冒頭の若者からの叫びのように「つらい…!」と嘆き、ショックを受けている。

 しかし、指導部からの許可がなかったら、党や軍の機関紙が勝手に報道することなど、許されない。何かがなければ、このような現象は起きない。

 おまけに、CCTVの追悼特集などを見ると、かなり京アニに対する知識があって、愛を込めて制作していることがわかる。

 

 そこで、いくつかの背景を考えてみた。

 1.京アニ作品のファン層は報道を作る側にも浸透している。彼らが企画案を提出することはあり得る。「上から指示が降りてきたから報道した」のではなく、おそらく自主的に企画を建て、上に申請し、許可が降りたので報道が可能となったと考えるべきだろう。

 2.ではなぜ許可を下したかということが肝心だが、冒頭の青年を取材したところ、「京アニの作品は基本的に楽観的、向上的な、努力を推奨する、いわゆる中国共産党がよく言う“正能量”的な作品であります。退廃的ものが一切ない、比較的推奨しやすい作品群です。単に若者層だけではなく、報道関係者に彼らの作品に対して好意を持つ人は多いと思われます。だから今回は許可が下りやすかったのではないかと推測されます」という回答が戻ってきた。

 3.さらに近年は、若者の党・政府系メディア離れが加速している。だから中共中央は何とか若者層に食い込もうと、スマホに漫画やアニメを用いた党の宣伝を行っているほどだ。従って今回のような事件を大々的に報道するのは、若者に対するイメージを改善するだろう。つまり、若者へのアピールという、「人民への迎合」的要素が入っていると言っていいのではないだろうか。

 4.それを裏付けるデータとして2018年時点での中国の人口構成がある。日本アニメに夢中になった世代は幅広く、20代から40代後半までをその範疇に入れることができる。1978年12月に改革開放が始まり、1980年から鉄腕アトムなどが上陸し始め、以降、日本の動漫のすべては中国で海賊版などを通して隅々まで浸透している。CCTVの代表的なキャスターである白岩松氏は1968年生まれで既に51歳になっているが、彼は鉄腕アトムに関して涙を浮かべて、80年代初期に中国人に与えたフレッシュな衝撃を語っている。現在10代である若者たちは、リアルタイムで京アニを愛してきた群像だ。

 これらを考慮すると、日本アニメに強い愛情を抱いている人口は、50%以上を超えることになる。仮に20歳から49歳までとした場合でも46.4%に達する。6.5億から7億に及ぶ人民が愛着を覚える日本アニメ、特に政治に無関心な10代や20代が夢中になっていた京アニ作品を考えると、中共中央&中国政府としては、ここで若者を党・政府系メディアに引き付けておこうという判断がなされたものと考えられる。

 5.それ以外に考えられるのは「テロ犯行の手口」への警戒感だろうか。簡単に購入できるガソリンがこのような形での殺傷力を持ち得ることは、中国の治安やテロ防止の面においても大きな問題として注目されている。実は中国では近年「掃黒除悪」(反社会的な邪悪勢力を徹底して取り除く)という犯罪撲滅運動を行っており、そのためにたとえば、「車のガソリンタンクに直接注ぐ以外の方法でガソリンスタンドからガソリンを購入することを禁止する」という規則までが遂行されており、中国ではこのような形での犯罪を未然に防ぐ規則ができあがっている。それが如何に正しい措置であったかを広く知らしめるためにも報道する価値があると、当局は判断した側面も否定できない。

 

 いずれにしても、80后などの日本アニメを愛した世代が、やがては中国の政権の重要なポストを占めるようになる時代が必ずやってくる。そのときに、中国共産党の一党支配体制が維持できるのか、また中国の対日感情がどのように変化していくのかなどに注目していきたいと思う。

 

 なお、冒頭に書いた拙著『中国動漫新人類』だが、そのサブタイトルには「日本のアニメと漫画が中国を動かす」というフレーズを付けた。これは今も生きているし、今後、もっとその通りになっていくのかもしれない。

 

 日本のアニメよ、頑張れ!

 

 あなたたちは、時代を動かしている!

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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