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中国はなぜゼロコロナを堅持するのか 解除したら医療崩壊し膨大な死者を招く
PCR検査サンプルを仕分けする中国の医療従事者(写真:ロイター/アフロ)
PCR検査サンプルを仕分けする中国の医療従事者(写真:ロイター/アフロ)

中国がゼロコロナ政策を維持しているのは、解除したら医療崩壊して数百万人以上の膨大な死者が出る可能性があるからだ。中国の医療資源の実態と、それに沿って行われたシミュレーションの結果を考察する。

日本では、中国がなぜゼロコロナ政策を堅持しているかに関して、「習近平が自分の権威を保つため」とか「独裁体制を崩さないため」といった批判が多く見られ、最近では「三期目を批判する党の長老たちを家に閉じ込めておくため」といった、「奇想天外」な邪推までが横行し、呆気に取られている。

中国のゼロコロナ政策が中国自身および世界の経済成長に与える影響が無視できないだけでなく、あまりに目に余る的外れな批判を見るにつけ、このままでは中国の真相を知ることも出来なくなり日本国民に不利益をもたらすと判断し、書くことにした。

◆中国の医療資源の実態

まず中国の医療資源の実態に関してご紹介しよう。

中国には「粤(えつ)開証券」というマクロ研究リポート(証券研究報告)があって、2022年4月14日に<コロナ下における医療資源比較:中国の31省市区(自治区)と36都市に基づく分析>というリポートが掲載されている(以下、リポート)。作者は羅志恒氏だ。分析に用いているのは、中国政府側あるいは各行政区分省庁が出している公報のデータである。非常に長いので、各都市に関するデータの紹介は省いて、全国の医療資源分布図をお示ししたい。

まず全体的なデータを見てみよう。

たとえば「医師数」では、「国際統計年鑑2020」によると、2017年の高所得国では1000人当たりの医師数は「3.1人」であったが、中国では「2.0人」にとどまった。 2021年までに、1000人当たりの中国の医師数は「3.0人」に増加しているが、2017年当時の高所得国基準を満たしていない。

看護師数では、WHOの「世界看護報告書2020」によると、2018年の世界平均看護師数は1000人当たり3.7人で、そのうち8.3人がアメリカ、7.9人がヨーロッパだ。それに対して中国では、1000人当たりの看護師数は2.9人だった。2021年には3.5人に増加したものの、2018年の世界平均にさえ達していない。

では中国における医療資源の分布を見るに当たって、人口密度が必要になってくるので、まずは人口密度分布を見てみよう。

1.中国の人口密度分布

これはリポートのデータではなく、国連の国際連合児童基金に掲載されている「中国統計年鑑2018」に基づいて作成された人口密度分布を以下に示す。

出典:国際連合児童基金に掲載されてい『中国統計年鑑2018』のデータ

人口密度の高い行政区分地域は、特別行政区も含めれば上から順に「マカオ、香港、上海、北京、天津、江蘇、広東、山東・・・」となっている。全体としては東海岸が高く、北西地域が低くなっているのは歴然としている。簡体字のママだが、図2以下と比較しながら判読をお願いしたい。

では、この基本情報を頭に入れた上で、リポートによる医療資源分布を見ることにする。

2.1000人当たりの医師数に関する分布

出典:粤開証券研究院が各行政区分の統計公報に基づいて作成したデータ

明らかに新疆ウィグル自治区やチベット自治区における人口当たりの医師数が少ないことが見て取れる。西部地域は人口が少ないにもかかわらず、人口当たりの医師数が少ない。

吉林省や江西省が多いのは、省内の人が都会に出稼ぎに行っていて、人口密度が低いために相対的に多くなっているとみなすことができる。

広東省が比較的少ないのは逆に、ハイテク企業が急激に集まったために人口密度が高いからである。

3.1000人当たりの看護師数分布

出典:粤開証券研究院が各行政区分の統計公報に基づいて作成したデータ

同様に吉林省、江西省、陝西省が多いのは、出稼ぎに出て、人口が少ないせいだ。

4.1000人当たりの病院ベッド数分布

出典:粤開証券研究院が各行政区分の統計公報に基づいて作成したデータ

北京や天津などで低いのは、胡錦涛政権時代に人口が集中したからで、習近平政権になってからは「新型城鎮化計画」や「京津冀」計画で大都市への人口集中軽減を図ったが、なかなか解消されるには至っていない。

広東省は逆に習近平政権になってからハイテク企業の突進とともに人口が急増したので、人口当たりとなると非常に小さな値になっている。

5.病院数分布

出典:粤開証券研究院が各行政区分の統計公報に基づいて作成したデータ

これは人口当たりの数ではないので、その地区の医療資源度合いが、そのままに出ている。四川省は面積も広く、軍関係の病院も多いので値が大きくなっていると思われる。

6.各地区における高性能病院の数

出典:粤開証券研究院が『中国衛生健康統計年鑑2021』に基づいて作成したデータ

三甲病院というのは「甲乙丙」の「甲」で、レベルが高いことを意味し、「ベッド数501以上などの条件を満たす大型病院」で、かつ「評価点数が1000点満点で900点以上の高級病院」であることなどを指す。ICU(集中治療室)も備えている。

面積のわりに北京に多いため、人口当たりの数もトップだ。チベットはあの広い地区に三甲病院が9つしかないが、人口が少ないため人口当たりの数は多い。

四川省の三甲病院数が多いのは全体的レベルの割に面積が広いことと軍系列病院が多いことが影響しているかもしれない。山東省は自身の経験から言うと、かつてのドイツ租界の影響が至るところで見られた関係もあるだろう。広東が多いのはハイテク企業の進出によるためだろうが、これら三地区とも人口密度が高いため、人口当たりの三甲病院数は少なく、コロナの感染拡大には大きな影響をもたらすリスクを孕む。

その他、各行政区分地区の財政力も関係してくると思うが、あまりに長くなるので、ここでは省略する。

◆ゼロコロナを解除した時の死亡者数シミュレーション

以上述べた以外にも、非常に複雑に絡んだ医療資源状況があるが、概ねこのような医療資源状況を基礎として、以下のような初期条件の下で行ったシミュレーションの結果が2022年5月10日公開のNature Medicine(volume28, pages 1468–1475)に、Modeling transmission of SARS-CoV-2 Omicron in China(中国におけるSARS-CoV-2オミクロンのモデリング伝播)というタイトルで掲載された。

【初期条件】

 (1)2022年3月1日に20人のオミクロン感染者が中国人集団に導入された。

 (2)シミュレーション開始時の再生数は、上海での流行の初期段階(2022年3月1日から3月8日まで)の推定値に一致させ、1人が3.4人に感染させるものと想定した。

 (3)2022年3月1日から、不活化ワクチンのブースター用量が1日当たり500万回分の速度で展開されると設定した。

 (4)一次ワクチン接種スケジュールを少なくとも6ヶ月までに完了した個人の90%がブースター接種を受ける。

【シミュレーション結果】

 一、厳格なNPI(非医薬品介入=Non‐Pharmaceutical Intervention=公衆衛生的介入)がない場合、2022年3月に中国でオミクロン変異型が導入されると、COVID-19症例の津波を引き起こす可能性があることを示唆した。

 二、6ヶ月間のシミュレーション期間にわたって、このような感染は1億1,220万例(1,000人あたり79.58人)見られた。

 三、その内、510万人の入院(非ICU)入院(1,000人あたり3.60人)が見られた。

 四、510万人の内、270万人の患者がICUに入院(1,000人あたり1.89人)した。

 五、その間、160万人が死亡した(1,000人あたり1.10人の死亡)。流行の主な波は2022年5月から7月の間に発生した。

 六、以上より、約3ヵ月の間に約160万人近くが死亡することがわかった。(結果、以上)

これに関して中国政府系の中国日報(チャイナ・デイリー)は、7月18日、<コンピュータ・シミュレーションが、なぜゼロコロナを堅持しなければだめかを示してくれた【コンピュータ・シミュレーションの動画は、中国がもしゼロコロナ政策を放棄したら、どうなるかを教えてくれた】>というタイトルの動画を発信した。

Natureの論文を基にしながら、一般庶民にわかりやすく、端的に解説している。

――集中治療室ICU の需要が急増しており、白い曲線をすぐに超えていることがわかります。空いている ICU のベッドは、これまでになく感染者で埋め尽くされます。病院は混乱状態にあり、ICU のベッドは絶望的に不足しており、集中治療室のキャパシティは予想を超えています。ピーク時には、ICUの需要は現在の容量の 15.6 倍に達すると予想されています。

と危機感を以て警鐘を鳴らしている。つまり完全に医療崩壊するのである。

◆習近平は犠牲者の上に経済を築くのか、それとも犠牲者を抑えて経済成長を目指すのか?

以上より、もしゼロコロナ政策を解除したら、中国の医療資源では3ヵ月で約160万人が死去することが分かった。

いま日中米の累計死者数および総人口に占める割合を略記するならば以下のようになる。

 日本(総人口1.2億人) : 累計死者数4.4万人(死者数は総人口の0.035%)

 中国(総人口14億人) : 累計死者数5000人(死者数は全人口の0.0004%)

 アメリカ(総人口3.3億人):累計死者数100万人(死者数は人口の0.32%)

習近平は今、この累計死者数が増加しないようにゼロコロナ政策を堅持している。

もし、3か月間で約160万人が死んでもいいと考えることが許されるなら、ゼロコロナ政策を解除し、経済成長に集中することができる。その代りに、一回の感染流行期間3ヵ月間で約160万人が亡くなるので、日本やアメリカのようにほぼウィズ・コロナで動いたとすれば、数回の流行の波が来て、その都度、類似の人数が犠牲になると考えた場合、数回のコロナ流行の波により約1000万人が命を落とすことになる。もちろんウイルスの種類が違うことによる微小なシミュレーション初期条件の調整をしなければならないが、犠牲者の数は大差ないだろう。

それら犠牲者の上に経済繁栄を築き上げるのか、それとも命の重みを重視して、ゼロコロナ政策を堅持するのか。

それは時の為政者の判断に委ねられることにもなろう。

日本では習近平が独裁であるがゆえに、あるいは権威を保つためにゼロコロナ政策を解除しないと非難しているが(中には党の長老を家の中に閉じ込めておくためにという奇想天外のこじつけをする人もいるが)、逆に習近平がゼロコロナ政策を解除すると指令した時、今度は「ならば、この膨大な数の犠牲者をどうするつもりだ!」とか「人命を軽視するのか!」といった、逆方向の批難も出てこないわけではない。

少なくともわれわれに言えるのは、「習近平がなぜゼロコロナ政策を堅持するのか」、その真相(客観的事実)を知っておく必要があるということだ。

中国日報の動画の最後に、「春はまた巡ってきて、春が来れば、また花が咲く。しかし人の命は一度失ったら、二度と戻ってこない」というフレーズがある。

私は1948年晩秋、7歳のときに、中国共産党に食糧封鎖された長春を逃れて難民行をしている内に体力尽きて地面に倒れたことがある。そのとき私のそばに野あざみの花が逞しく咲いていた。

アザミになりたい――!

アザミになって何年も咲き誇っていたいと、薄れゆく意識の中で思ったものだ(詳細は拙著『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』p.187-188)。

あのとき毛沢東は「長春を死城たらしめよ」と命令し、数十万の庶民が餓死したが、習近平は毛沢東のように「屍の上」に繁栄を築くのか、それとも経済発展を抑えてでも人命を重んじるのか――。

動画の最後の言葉が胸にしみる。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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