言語別アーカイブ
基本操作
北戴河会議と習近平第三期
習近平国家主席・中共中央総書記・中央軍事委員会主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

北戴河会議終了を受け、習近平三期目に対する否定願望からか、日本のネットで多くのフェイクニュースが飛び交っている。講演をした聴衆から二つの関連記事に関して質問された。長いのでコラムで間違いを指摘したい。

◆北戴河会議の位置づけと今年の時期

北戴河の会議は正式なものでなく、しかも習近平政権に入ってからは、引退した「長老」に口出しをさせないことをモットーとしてきたので、長老を中心とした北戴河の秘密会議は重要視されない傾向にある。

というのも、習近平政権の前の胡錦涛政権が、その前の江沢民に徹底してコントロールされて身動きできなかったことから、胡錦涛は腐敗撲滅に専念したかったが、とても許される状況ではなかった。しかし「腐敗撲滅をしなければ党が滅び、国が亡ぶ」という共通認識を胡錦涛と習近平の二人は持っていたので、習近平は政権の座に就くと同時に、長老たちが中南海にいつまでも住み続けていることを禁止した。

江沢民こそが中国に腐敗を蔓延させた張本人だったからだ。

そのような事情があるにせよ、一応、北戴河会議は開かれてはいる。

今年も7月31日に開催された中国人民解放軍建軍95年記念(8月1日)行事には中国の指導層全員が出席しており、8月1日からはメディアでの露出がなくなったので、8月1日から10日過ぎ頃までは北戴河会議が開かれていたと見ていいだろう。

というのは、8月13日に国務院副総理の孫春蘭が海南島に現れているし、8月16日から17日までは習近平が遼寧省に視察に行き、同じく16日、17日に李克強が広東省の深圳に赴いて会議を開催しているからだ。

◆講演で受けた2本の記事に関する質問

日頃、ZOOMを通して講演をすることが多いが、一昨日の講演で、2本の記事に関する質問があった。

一つ目は8月18日のJBpressに掲載された<「北戴河会議」で習近平が炎上? 李克強とのパワーバランスの行方 一帯一路もコロナ政策も失敗、追及される習近平の責任>(以後、JBpressの記事と略記)で、二つ目は8月20日付のJapan In-depthの<中国北戴河会議(続報)>(以後、Japan In-depthの記事と略記)だ。2本とも類似の内容なので、これが正しい現状なのか否か教えてほしいという質問だった。質疑応答時間におけるいきなりの質問だったので、とても瞬時に読み取って一言二言で回答できる内容ではない。多くの中国問題に関心のある他の日本人読者も類似の疑問を持っておられるかもしれないので、コラムで回答するとお約束した。

***

JBpressの方は主として以下のような推論から成り立っている。

  1. 存在感を強める李克強:北戴河会議終了後、最初にシグナルを送ったのが、習近平ではなく李克強だった(李克強に関する報道が8月16日で、習近平のは8月18日だったことを指している)。したがって北戴河会議の内容は李克強にとって有利なものであったにちがいない。
  2. 李克強は「鄧小平の改革開放の成果の1つである経済特区の深圳」で経済問題に関する座談会を開催した。習近平の経済政策は改革開放逆行路線とみなされている。おそらく習近平は党内で批判を受けたにちがいない。
  3. 8月16日に共産党理論誌「求是」の巻頭に、昨年(2021年)1月28日の政治局集団学習会での習近平の講話が掲載された。講話から1年8カ月後にもなって「求是」で発表されたのは、北戴河会議で習近平がいろいろ批判されたことに対する反論のためではないか。
  4. 8月13日に孫春蘭副総理が海南島を視察したが、孫春蘭は「ゼロコロナ」という言葉を使わなかった。ゼロコロナに関して全く口にしなかったのは珍しく、これは北戴河会議でゼロコロナ政策への批判が起き、習近平自身がゼロコロナ政策の失敗を認めざるを得ない状況があったのではないか。

***

Japan In-depthの方は【まとめ】として、以下のような項目が立ててあった。

  • 北戴河会議後、孫副首相は、海南省での「ゼロコロナ政策」の失敗を宣言した。
  • 習主席は北戴河会議で新旧党幹部らから「ゼロコロナ政策」を非難を浴び、“敗北”したのではないだろうか。
  • 一方、李克強首相は、北戴河会議で地位を高めたのではないか。

***

たしかに類似の傾向にある。そこでまず、JBpressの方から考察していこう。

◆JBpressの1のミス:北戴河会議後、李克強の情報が先に報道されたので、習近平が批判されたという推論のまちがい

たしかに李克強に関する報道は8月16日にあった。李克強に関しては8月18日にも報道している。しかし文字数はいずれも1200文字ほどで、写真も前者は1枚、後者は2枚だ。

一方、習近平に関する報道はやや速報的に8月17日に3本(17日の1本目、17日の2本目、17日の3本目)あり、18日には2本あり(18日の1本目、18日の2本目)、19日にも2本(19日の1本目、19日の2本目)、最終的には8月18日に非常に本格的に編集した総合バージョンが報道された。

少なくとも、この総合バージョンを見る限り、この1本だけで5600文字を超えており、写真も23枚もある。ほかに7本も報道があるので、合計したら、比較にならないほど習近平に関する報道の方が圧倒的に多い。習近平に関する最初の報道日時が8月17日になったのは、慎重を期してミスがないように編集しているからだ。

JBpressでは、「1」の現象を以て李克強が存在感を強めたとしているが、それは早計ではないだろうか。こういう推論をするときには「人の噂」ではなく、あくまでも自分で「ファクト」を執拗なほど追いかけ、自らの目で第一資料を入手し確認しなければならない。

◆JBpressの2のミス:深圳の経済特区を言い始めたのは習近平の父、習仲勲

拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』でしつこいほど追いかけたように、深圳を「カエルも鳴かない」ほどの荒地から、こんにちの繁栄まで持っていくきっかけを作ったのは、習近平の父・習仲勲だ。「経済特区」構想を提案して「対外開放」を断行した。1970年代末から1980年代初期にかけてのことだ。

1962年に鄧小平の陰謀により失脚し、16年間も牢獄や軟禁生活に耐えて政治復帰した習仲勲を、鄧小平は1990年にも再び失脚させている。

だから習近平ほど(父・習仲勲の奮闘と永眠の地でもある)深圳にこだわり、習仲勲が最初に描いていた「深圳と香港・マカオを結ぶグレーターベイエリア構想」にこだわっている人はいないほど深圳に執着している。2012年に中共中央総書記になったあと、最初に視察したのは深圳だった。民主を無くしてでも「香港の治安」にこだわるのも、父・習仲勲の無念の思いを遂げるためグレーターベイエリア構想を達成させたいためだ。

「共同富裕」は改革開放の基本である「先富、后共富」(先ず先に富める者が富み、後から他の人を共に富ませる)の後半部分である。それを知らずに「改革開放」と「共同富裕」を分けて考え、習近平が改革開放路線に後ろ向きだと分析するのは、根本的に間違っている。

◆JBpressの3のミス:『求是』への掲載日と実際の講演日は一般に離れている

以下に示すのは、習近平が講演した日と、『求是』に掲載された日の日時とその「差」を2022年に関して列挙したものである。つまり、講演してから「何日後」に『求是』に掲載されたかを、少なくとも今年に関してみた。

何年間かの記録を列挙すれば、「掲載日」と「講演日」が、どれだけ離れているかが、もっとわかると思うが、取り敢えず、今年の分を見ただけでも、その「差」がどれくらいあるか、どれくらい離れているかが、お分かりいただけるだろう。

中共中央の資料に基づき筆者作成

特に今年7月31日の『求是』の内容を見ていただきたい。2017年8月1日という講演日から「1825日」も離れている。

したがってJBpressの「3」に書いてあるような、タイミングのずれが、「習近平が北戴河会議で批判された証拠」になど、なり得るはずもないし、「反論」であるはずもない。

推論の根拠が間違っているので、その結論は成立しない。

もう少し中国政治のメカニズムのイロハを勉強した方がいいだろう。

◆JBpressの4のミス:孫春蘭は「ゼロコロナ政策」に関して触れている

8月14日付の中国中央人民政府のウェブサイトが、孫春蘭が海南島に行った時の様子に関して報じている。それによれば、第一段落の最後の行に「尽快実現社会面清零」という中国語がある。これは「できるだけ早く社会面ゼロコロナ(隔離ゼロコロナ)を実現させる」という意味だ。その前には、もちろん、「習近平総書記のコロナ予防に関する一連の重要指示の精神を深く理解して貫徹しなければならない」と孫春蘭は強調している。

その証拠を一応以下に貼り付けよう。

中国中央人民政府のウェブサイトより

字が小さくて見にくいかもしれないが、中国中央人民政府のウェブサイトに、赤で囲んだように、きちんと「ゼロコロナ政策(清零)」に関して触れているのをご確認いただきたい。

したがって、JBpressの「4」に書いてある事実は存在しないし、そのフェイクニュースを以て、「習近平は北戴河会議で相当に批判されたため、李克強の存在感が強まった」という憶測は成立しないことになる。

原文を読み、第一資料に当たって、「ファクト」に基づいて論理展開をしなければ、そのような推論は妄想に等しく、日本人にいかなる有益な情報も提供し得ないことを学んでほしい。

◆Japan In-depthの分析も同様のミス

講演の聴衆によるご指摘通り、前掲のJBpressとあまりに似ている。となると、共通の情報源があるはずだ。

その一つに、台湾のRFAが、孫春蘭が迷惑を掛けた約15万人の観光客に謝ったという部分だけを抜き出して書いているということがあり、アメリカ在住の華人ジャーナリスト陳破空氏個人の「感想」を「事実として扱っていること」や、最も驚くべきは、新華社の権威ある雑誌『瞭望』をもじった『中国瞭望』という、偽物『瞭望』の記事が情報源として扱われているという事情があることがわかった。

さらにそれを日本語訳するときに、「孫春蘭がゼロコロナ政策は失敗だったと宣言した」という、主語を置き換えた表現になっていて(しかも誰も宣言はしていないのだが)、こういうとんでもない間違った解釈が独り歩きしていくのだろうと、興味深く考察した。

アメリカなど海外にいる中国人(華人華僑)は、その国で生きていかなければならないので、そのために「耳目を引く」ストーリーを創り上げ、生計を立てていることが多い。アメリカには、特にその手の発信が多い。注意しなければならないところだろう。

◆李克強もバリバリの中国共産党員、習近平を倒しても中国は変わらない

日本には、何としても「習近平より李克強の方が高く評価されている」と結論付けたがる「チャイナ・ウォッチャー」が数多くおり、あたかも習近平さえ引きずりおろせば、中国は中国共産党による一党支配体制から逃れられるような勘違いをしている場合さえ見受けられる。

これは習近平憎しから来る「錯覚」に過ぎない。

これに関しては5月30日のコラム<「習近平失脚」というデマの正体と真相>や8月1日のコラム<習近平三期目を否定するための根拠のまちがい>などに書いた通りだ。

第20回党大会が近づくにつれて、この手の発信が多くなるのではないかと危惧する。このような習近平否定願望を煽ったところで、実際の中国の現状は何も変わらず、日本に利するとは思えないので、注意を喚起したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

カテゴリー

最近の投稿

RSS