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「台湾海峡の平和及び安定の維持に関するG7外相声明」を斬る
8月5日、訪日したアメリカのペロシ下院議長(写真:ロイター/アフロ)

8月3日、台湾海峡に関するG7外相声明が発表されたが、第二次世界大戦で勝利した中華民国を国連から追い出し、中華人民共和国を、中国を代表する唯一の国家として認めたのは誰かを忘れるな。台湾問題を生んだのはアメリカだ。

◆台湾海峡の平和及び安定の維持に関するG7外相声明

8月3日、「台湾海峡の平和及び安定の維持に関するG7外相声明」が発表されたが、日本の外務省のウェブサイトに日本語版が発表されたのは翌4日のことだ。「仮訳」となってはいるものの、日本語としてこなれていなくぎこちない。それでも意味は十分通じるので以下に示す。

***

我々、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国及び米国のG7外相並びにEU上級代表は、台湾海峡及びその他の地域において、ルールに基づく国際秩序、平和及び安定を維持するという我々の共通のコミットメントを再確認する。

我々は、不要なエスカレーションを招く危険がある、中華人民共和国による最近の及び発表された威嚇的な行動、特に実弾射撃演習及び経済的威圧を懸念する。台湾海峡における攻撃的な軍事活動の口実として訪問を利用することは正当化できない。立法機関に属する者が我々の国から国際的な渡航をするのは通常かつ日常的なことである。中華人民共和国のエスカレートした対応は、緊張を高め、地域を不安定にさせる危険がある。

我々は中華人民共和国に対し、地域において、力による一方的な現状変更をしないよう求め、また、両岸の相違を平和的手段で解決するよう求める。G7メンバーそれぞれの、一つの中国政策(該当する場合)と台湾に関する基本的立場に変更はない。

我々は、台湾海峡の平和及び安定の維持に対する我々の共通かつ確固たるコミットメントを改めて表明し、全ての当事者が冷静さを保ち、自制し、透明性を持って行動し、誤解を防ぐために開かれた意思疎通を維持することを促す。

***

以上

◆誰が「中華民国」(台湾)を国連から追い出したのか?

台湾問題が生まれたのは、第二次世界大戦後、「中国を代表する唯一の国家」として国連に参加していた「中華民国」を国連から追い出したからだ。

誰が追い出したのかは明瞭で、アメリカだ。 その時系列を約10年前に作成し、拙著『チャイナ・ギャップ』に示してある。以下にその一部分を貼り付ける。

筆者作成

そもそも国連はアメリカ、イギリス、(旧)ソ連、中華民国などの連合国側が中心となって設立したものである(1945年4月から6月にかけて開催されたサンフランシスコ会議で国連憲章が署名され10月24日に正式に発足)。日本・ドイツ・イタリアなどの国と戦った連合国側には、蒋介石が率いる「中華民国」が堂々と存在している。

その意味で国連は第二次世界大戦の「戦勝国」が設立したもので、現在の中国「中華人民共和国」は、戦勝国である「中華民国」を打倒して1949年10月になってから(終戦後、4年後)に誕生した国なので、本来は「連合国側」に「敵対」していた国なのだから、国連に参加する資格はない。

だというのに年表にある通り、当時のニクソン大統領は1971年4月16日に「米中国交樹立が長期目標」と訪中意向を発表し、7月9日にキッシンジャー忍者外交が実現して、それが大きな力となって10月25日に「中華人民共和国」が「中国を代表する唯一の国家」として国連に加盟した。

それを約束したのはアメリカである。ニクソンだ。

連合国側のために徹底して戦った「中華民国」とは断交するというのが中国側(中華人民共和国側)の絶対条件だった。それをアメリカは呑んだ。

業を煮やした蒋介石は国連を脱退した。

蒋介石を国連脱退に追い込んだのはアメリカのニクソンだ。

それを忘れるな!

◆ニクソン大統領再選のために乱した国際秩序

その意味で、こんにちの「台湾問題」を生んだのはアメリカなのである。

ニクソンは大統領再選のために中国に接近し、当時敵対していた旧ソ連を圧倒して米ソ対立を有利に持っていった功績を遂げたいために盟友の「中華民国」を切り捨てたのだ。競争相手の民主党候補に負けたくないため、民主党陣営に知られないよう、キッシンジャーに「忍者外交」をさせた。当時、ニクソン政権の中でさえ、キッシンジャーの忍者外交を知っている者はほとんどいなかったほど、極秘裏に行ったのは「大統領選」に勝ちたかったからだ。その証拠に民主党との間でウォーターゲート事件まで起こしているではないか。

そのような「個人の目的」のために「中国の内政に干渉」し、命がけで戦った蒋介石率いる「中華民国」を切り捨てたのは、アメリカの自己都合でしかない。

◆毛沢東は日本軍と戦っていない

「中華民国」の代わりに「中国を代表する唯一の国」として国連に加盟した「中華人民共和国」は毛沢東によって1949年に誕生を宣言された、中国共産党による国家である。

その時にはまだ「中華民国」が存続していたので、「国家」というより「政権」と定義した方が正確であるかもしれない。「中国」という国家に「蒋介石政権」と「毛沢東政権」が誕生したと位置付けることもできる。

その意味においては、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と南朝鮮(大韓民国=韓国)の両方が国連に参加しているように、当該国の自主性に基づいて「国連加盟」を「中国」に任せておけば良かったのに、アメリカが自己都合により、強引に「中華民国」を国連から追い出している。

拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いたように、毛沢東は日本軍とは真正面からは戦わず、むしろ毛沢東にとっての最大の政敵である国民党の蒋介石をやっつけようとしてくれている日本軍には心から感謝し、日本軍と手を結んだ。そのことを詳述したのが『毛沢東 日本軍と共謀した男』だ。そこに描いた日本の外務省系列の「岩井公館」との事実を覆す証拠があるなら、アメリカはそれを示すといい。

そんな中華人民共和国(中国)を、戦勝国が設立した国連の安保理常任理事国などに据えたので、世界の秩序がギクシャクしてきて、台湾問題の元凶を生むに至ったのだ。

アメリカは、そしてアメリカに追随する日本も、その事実に真正面から向き合わなければならない。

◆「台湾海峡の平和及び安定の維持に関するG7外相声明」の自己矛盾

冒頭で述べた「台湾海峡の平和及び安定の維持に関するG7外相声明」(以下、G7外相声明)は、これらの事実を全て無視して、又もや「アメリカの一方的な意向と論理」に追随した「偽りの視点」でしかない。

そもそも中国が、台湾の国民党が統治する馬英九政権時代に台湾周辺で軍事演習をしたことがあるか否か、「ファクト」を正視せよ。

拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の「第三章 ウクライナ軍事侵攻は台湾武力攻撃を招くか」のp.98-p.99に掲載した図表を、以下に貼り付ける。これは台湾自身(中華民国政府の国防部)が制作したものなので信用していいだろう。

筆者作成

このように台湾周辺での中国大陸側の軍事演習は、独立志向のある民進党の蔡英文政権が誕生した(2015年)以降から始まっていることが明瞭だ。その前の国民党の馬英九政権とは蜜月で、2014年には習近平は中国共産党のトップとして1945年以来の「国共首脳会談」を行ったくらいに蜜月だった。

したがってG7外相声明に太文字で示した以下の文章は自己矛盾に満ちている。

  • 台湾海峡における攻撃的な軍事活動の口実として訪問を利用することは正当化できない。
  • 我々は中華人民共和国に対し、地域において、力による一方的な現状変更をしないよう求め、また、両岸の相違を平和的手段で解決するよう求める。
  • 誤解を防ぐために開かれた意思疎通を維持することを促す。

アメリカは、1970年代当初アメリカを軍事力的に超えるかもしれなかった旧ソ連の力を抑制するために中ソ対立をしていた中国に接近し、中華民国と国交を断絶した。そして「中国を代表する国家は中華人民共和国一つしかない」として「一つの中国」原則を受け入れたのだ。

今度はその中国が経済的にアメリカを凌駕するかもしれないという「危険性」を潰すために、台湾に近づいて、中国が最も嫌がる「台湾独立派を勇気づける行動」をする。

口では「台湾独立を奨励しない」と言いながら、実際の行動では「台湾独立派を勇気づける訪問」を実施しているのだ。

それはちょうど、拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の年表に書いたように、バイデンが副大統領時代の2009年からウクライナに入り浸って、ロシアが最も嫌がる「ウクライナのNATO加盟」を煽り、マイダン革命というクーデターを実施して親露派のヤヌコーヴィチ政権を転覆させたのに似ている。

習近平が最も嫌がる「台湾独立」を実際上は煽って、習近平が台湾武力攻撃をするしかないよう、必死で仕向けているのである。

しかも、より高位の政府要人が行けば、あたかも台湾を「中華民国」という「国家」として認めたことを意味する。「一つの中国」原則を受け入れたときに承諾した事実に反する行動をすることに等しい。約束に反する行動をしたければ、堂々と「国交正常化」を断行した時の約束事を破棄しますと、外交ルートを通じて申し出るべきだろう。それをしないで中国が最も嫌がる「独立派を勇気づける高官の訪台」だけをして「何が悪い」と主張するG7声明文は自己矛盾を来たしている。

この構造が見えない限り、やがて自滅するのは日本であることを肝に銘じた方がいい。台湾は第二のウクライナと化して、日本は必ずそれに巻き込まれる。

それを仕掛けているのはアメリカであることを肝に銘じるべきだ。

言論弾圧をする中国と、常に世界各地で戦争を起こしては全人類を苦しめているアメリカとを比較した時に、人類はどちらを選ぶのだろうか。中国を経済的に強大化させることに貢献したのは日本であり、アメリカであることも忘れてはならない。

なお筆者が本稿で分析した事実にこだわるのは、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』で書いた長春に関して、蒋介石と、国連設立につながるカイロ密談やヤルタ会談との間に密接な関係があるからだ。だからこそ蒋介石は長春を放棄しようとしなかった。これに関しては別途論じる所存だ。

拙著『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』に書いたように、中国の言論弾圧自体に関しては、筆者は生涯を懸けて闘っている。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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