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「サハリン2」、プーチン大統領令と習近平の狙い
大統領令を発布したプーチン大統領(写真:ロイター/アフロ)

先月末、プーチンは「サハリン2」を引き継ぐ新会社を設立する大統領令を発布。シェルが抜ければ中国が入り込む可能性が高かったが、思いもかけない事情が急展開している。習近平はサハリン3を虎視眈々と準備。

◆プーチンの大統領令はなぜ出されたのか?

サハリン2管理運営会社は、なんと、「バミューダ法人」

6月30日、プーチン大統領は日本のエネルギー源の一つである「サハリン2」の運営主体の再編を命じ、新会社を設立する大統領令に署名した。石油・天然ガス開発のプロジェクト「サハリン2」は現在サハリン・エナジー社が管理運営しているが、このエナジー社に関して英語のWikipediaを見ると、バミューダ島で登記していることがわかる。バミューダ島はイギリス領だ。

実は以前から不思議に思っていたことがある。

それは、サハリン・エナジーの株主が「ロシアのガスプロム(50%プラス1株)、イギリス石油大手シェル(27.5%マイナス1株)、三井物産(12.5%)、三菱商事(10.0%)」という具合に、なぜ遠くイギリスが参入しているのかということだった。

そこでこの疑問を解くためにさまざま調べてみたところ、サハリン・エナジー社は「バミューダ法人」であるということが、なんと、英語のWikipediaに載っていることを発見したのだ。だから、イギリスの石油大手シェルが27.5%もの株を持っていたのかと、ようやく合点がいった。

EUから離脱したイギリスのジョンソン首相は、「大英帝国の夢よ、もう一度」と言わんばかりに、盛んにアメリカのバイデン大統領に接近し、英米枢軸を中心としたファイブアイズなどアングロサクソン系の栄華を求めて力んでいる。

当然のことながら対露制裁には力を入れ、その一環としてシェルにサハリン2から撤退するように命じている。

一般に商売人は会社の利益のために動くので、渋々国の命令で撤退している企業が多いとは思うが、シェルは早々にサハリン2からの撤退を表明した(2月28日)。

そのため中国ではすぐさま石油大手の「中国海洋石油集団(CNOOC=シノック)と中国石油天然ガス集団(CNPC)、中国石油化工集団(シノペックグループ)」が合同でシェルと協議し始めたことは公然の秘密だ。

それを知っている日本の萩生田経産大臣などは、日本が撤退すれば中国が引き継ぐに決まっているということを恐れてか、岸田首相がバイデン大統領の手先となって「徹底した対露制裁を!」と声高に叫んでいる中で、日本企業はサハリン2からは撤退しないという、日本政府としては非常に矛盾に満ちた姿勢を表明してきた。

もちろん日本の輸入石油の4%、LNG(液化天然ガス)輸入の8.8%がロシアから来ており、LNGの大部分は、日本各地のガス・電力会社に供給する「サハリン2」プロジェクトから来ているという事情も手伝っているだろう。だから日本は撤退を表明していないものと思う。

しかし国益を損ねるから撤退しないというのであれば、どの国の企業だって本当は撤退したくないだろう。ここでゴネることが許されるのは、バイデン追随の岸田内閣としては、くり返すが「あいまいで、追随的で付和雷同」、実に矛盾に満ちていると言わねばなるまい。

しかしシェルはジョンソン首相の指示に従った。

ここで中国の石油大手3社に引き渡せば、シェルは大儲けするかもしれない。中国は喉から手が出るほどサハリン2に参入したいのだから、高値で買う可能性がある。

プーチンは中国に参入させたくないのではなく、シェルが大儲けするのを防ぎたいのと、何よりも管理運営会社サハリン・エナジー社が「バミューダ法人」であることに警戒感を持ったため、大統領令を発布したのではないかと推測される。

シェルが撤退するといいながら、なかなか実行しないでいる間に、イギリス領バミューダの法人としてのサハリン・エナジーが、サハリン2に対して、ロシアに決定的に不利な措置をしてくるかもしれない。

だから、NATO首脳会談での動きやジョンソン首相の動き方を見て危険を感じて緊急に新会社「ロシア法人」を設立する大統領令を発布したものとみなすことができるのである。

◆習近平が虎視眈々と狙うサハリン一帯のガス利権

拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』のp.54からp.60にかけて、サハリン2や中国の天然ガスパイプライン「シベリアの力」などに触れているが、そこに「ブラゴヴェシチェンスク」という発音しにくい地名と「黒河」という、日本人にはあまり馴染みのない黒竜江省の地名が書いてある。

以下に示す地図はJOGMEC(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)に掲載されている地図に、筆者が説明に必要な情報を加筆して編集したものである。習近平の巨大なエネルギー資源構想が見えてくる。

出典:JOGMECが作成した地図を基に筆者が編集加筆

筆者が加筆したピンク色で囲んだ赤点線の左端に「ブラゴヴェシチェンスク」と「黒河」(筆者加筆)という文字があるのをご確認いただきたい。このピンク色で囲んだマークの赤点線部分は、早くから計画されており、着工に向けて準備作業に入っている。

サハリン2から「EPSO-2」に向けて敷かれているパイプラインに中継地点を設けて、中国国境内に引き入れるための工事だ。中国国境内に入ったら、「黒河」の先に赤い矢印で示したように、中国国内各地へと天然ガスが送り込まれていく。

そのパイプラインは早くからスタンバイしており、以下のようになっている。

出典:SIA Energy作成地図にJOGMECが加筆した地図

このように、「北区間」と「中央区間」はすでに稼働中で、「南区間」だけがまだ建設中だ。天然ガス使用量は、上海市や広東省などが多いので、サハリンからのルートの先端は、今のところ上海市まで進んでいる。

◆サハリン3を目指す習近平

実は今般のプーチンの大統領令には、中国にとって非常に痛い要素がある。

大統領令を詳細に読むと、第一条に「新しく設立されるロシア法人である新管理運営会社には、サハリン2の現存の企業以外の企業は新規参入できない」旨の条文がある。つまり、シェルが抜けて、中国の大手石油企業に株を売却しても、新会社には参画できないことになっているのだ。

ロシア法人の新会社には、エナジー社にいた企業が「移管することが許される」だけで、移管の際にさまざまな条件が要求され、その要件を満たさない限り、「新会社」は「移管を許可しない」ということになる。そのための欠損部分の経費は損害を与えた企業が新ロシア法人に納めなければならず、シェルが身動き取れないように構成してある。

結果、中国はシェルに代わってサハリン2に参画できなくなった。

このような不利なことをプーチンが習近平に相談なしにやるはずがない。

なんと、習近平は「サハリン3」を設立することができる深海ガス田掘削技術を成功させていたのだ。

実は2005年に中国の大手石油会社はロシアの石油会社と協力して「サハリン3」を開発すべく深海ガス田掘削などに関する測定を始めていた。しかしガス田の深さがあまりに深く、かつ当時は中国の技術が一定レベルに達していなかったため、相当額の投資をしたが、頓挫する憂き目に遭っていた。

ところが習近平政権に入ってから、なおも諦めずに技術を磨き上げ、遂に昨年6月25日、<我が国初の1500メートル深海ガス田「深海1号」が正式に稼働>というニュースを新華社が報道した。

報道によれば習近平は2014年に探査発見された海南島南東150キロメートルにある深海油田の掘削作業を可能ならしめるプロジェクトを立ち上げ、100以上の部門の5000人以上の技術者を投入して、遂に深海1500メートルにあるガス田の掘削に成功したのである。2021年6月25日から稼働し始めた。ガス田はさらに4000メートル深くまで存在し、今後深圳、香港、マカオを結ぶグレーターベイエリアだけでなく、広く広東省や上海市など経済発展の著しい地域に天然ガスを供給できる。

「深海1号」がある位置は、概ね以下のようになる。

出典:グーグルマップから筆者作成

1年後の今年6月25日には一周年記念を迎え<天然ガスの累計生産量20億立方メートルを超える、我が国初の超深層水性ガス田「深海1号」稼働一周年記念>というニュースを中国共産党機関紙「人民日報」の電子版人民網が伝えた。

これは即ち、サハリン3の水深問題を中国は解決したことを意味し、いつでもサハリン3の建設体制に持っていくことができる超深海掘削技術を持っているので、「何とでもなりますよ」という約束が、プーチンと習近平の間に成されているものと推測されるのである。

習近平は2013年から着手し2015年に発表した「中国製造2025」の宇宙と深海開発に関しては、アメリカに邪魔されずに着々と進めている(拙著『中国製造2025の狙い』参照)。(半導体分野に関してはアメリカに邪魔されて進んでいない。)

◆岸田首相の追随外交が日本に災い

萩生田経産大臣がサハリン2に関して頑張っているというのに、一方では岸田首相はバイデン大統領のご機嫌伺いばかりをして、NATO首脳会談に呼ばれたことに対して、まるで「日本が偉くなった」ような錯覚を覚えているのではないかという言動が目立つ。

「欧米崇拝アジア蔑視」の視点は日本に根強く、「日本が白人の仲間入りをさせてもらっている」というムードが目に付いて非常に危ない。

サハリン2の権益を守りたいのか否か。

守りたいのなら、バイデン大統領の個人的意向に沿った行動に走るのは控えて、日本らしい行動をしろと言いたい(アメリカの次期大統領が替われば、バイデンの戦争ビジネス戦略は頓挫する可能性を秘めている。)。

安倍元首相がプーチン大統領と築いた信頼関係は、バッシングのためにのみ存在するのではあるまい。国家はそんなにぶれていいのか。

誰一人プーチンの侵略行動だけは容認していない。それは大前提だ。しかしロシアを打倒しプーチン政権を失脚させたいと狙ってきたバイデン大統領は、アメリカの武器商人のためにも停戦して欲しくないので、今はウクライナに無限に武器を与えて戦争を長引かせている。それが世界の平和につながらないことは誰にでもわかっているはずだ。侵略行動を止めさせる、ウクライナ戦争を終わらせることこそが重要なはずだ。ウクライナ国民の犠牲もそれだけ少なくて済む。

そのために日本は独自の存在感と行動を取るべきだし、何ならサハリン2の権益に関しては、シェルが抜けた分を、日本の三井・三菱などが購入するくらいの戦略に出てもいい。

中途半端な政策の中、岸田首相がこれ以上「白人崇拝」の道へと突き進むなら、プーチンも日本に容赦しない決断をする可能性がなくはない。

安倍元首相のプーチン外交は安倍元首相個人の気まぐれか?

そうではないはずだ。

安倍元首相に日本の国益と停戦のために動いてもらう方法だってなくはない。

少なくとも、いずれは日本が餌食になるようなバイデン外交の小間使いのような動きを、岸田首相にはしてほしくない。

日本独自の尊厳と戦略を持て!」と、岸田首相に言いたい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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