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習近平香港演説の「ゆとり」の裏に「人民元で決済する露印」や「中国に回帰する欧州経済」
香港返還25周年記念で演説する習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
香港返還25周年記念で演説する習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

習近平が香港を訪問し中国返還25周年記念講演をした。話し方がゆったりしていて奇妙に「ゆとり」があった。背後で露印などが人民元で交易する現象が起きているからなのか、それとも民主を抹殺し終えた自信なのか。

◆「5年ごとに行われている本土国家主席による演説」と「一国二制度の定義」

7月1日、香港の中国返還25周年記念で講演をした。

香港の返還「5周年記念」から始まって、基本的に「10周年記念」、「15周年記念」と、5年区切りで中国(本土)の国家主席が香港を訪問し、演説をしている。習近平自身も2017年の「20周年記念」に香港を訪問して演説をしているので、その5年後の「25周年記念」である今年2022年に香港を訪問したのは、非常に正常なことで、異例でも何でもない。

これを「(三期目の)続投にはずみをつける狙いがある」などと解説する日本の大手メディアがあるが、中国の基本を知らな過ぎて、日本国民をミスリードする。

もし「5年ごとの記念行事」に対して「~の狙いが」があるとすれば、過去の「5周年記念演説」や「10周年記念演説」・・・は、何を「狙って」香港を訪問し演説をしたと説明するのだろうか。整合性がなくなる。そういう「こじつけ」解説はしない方がいい。

日本の大手メディアは、「一国二制度」に関しても「形骸化している」と解説していたが、「一国二制度」の「二制度」とは、「社会主義制度と資本主義制度」の二つの制度のことを指しているので、形骸化していない。なぜなら「香港(やマカオ)は、まちがいなく資本主義制度」を貫いているからだ。中国本土は「社会主義制度」だが、こちらは「特色ある社会主義制度」で、強いて言うなら「国家資本主義」とも言えなくはないので、逆に中国本土での制度が「いびつな社会主義制度」になっているくらいで、「香港の資本主義制度」はまったく変化していない。

そのため習近平は演説で「一国二制度」を高く評価し、わざわざ「香港やマカオの資本主義制度は守られており、中国本土の特色ある社会主義制度も守られている」と言ってのけた。こういう「相手に付け入るスキを与えるような解説」を日本のメディアはしてはいけない。

イギリスのジョンソン首相が言った「中国は義務を守っていない」という趣旨の言葉に対して、わざわざ「中国は(一国二制度の)義務を守っていない」と「一国二制度」を(ジョンソンは言ってないのに)番組側の都合で字幕に加筆するほど、日本は「深く」間違っているのだ。

義務を守ってないのは「基本法」であり、香港の自治を謳っているのは「一国二制度」ではなく、「基本法」の方である。

だから習近平は「香港は普通法(コモンロー)と基本法と国安法を守り…」、という具合に、「基本法を守ってないのに」、多くの西側諸国がその事に気が付かないことを良いことに「基本法を守っている」と、堂々と断言することを許してしまっている(このことに関して正確に表現しているのはイギリスだけだ)。

この基礎が分かってないので、習近平が「事実違反」のことを言っても誰も気が付かず、肝心のところをスルーしてしまうのだ。「攻めどころ」を間違えているため、中国本土の論理が「勝っていってしまう」ことに留意すべきだろう。

特に習近平は「一国二制度」のうち、「一国」が大事で、「二制度の前に一国という文字があることを重要視しなければならない」という趣旨のことを言っている。つまり香港のフルネームは

         中華人民共和国香港特別行政区

であり、「中華人民共和国」という「国家」の名前があることを忘れてはならない。そんなことにイギリス側は香港返還交渉のときに賛同してしまっているのだ。この事実は重い。

◆演説の奇妙な「ゆとり」の陰で進む「人民元による露印の決済」

今般の習近平の演説には奇妙に「ゆとり」があった。

口調が穏やかで、ゆっくり一言一言を丁寧に発音しながら話した。

特に今般、香港特別行政区の行政長官に就任した李家超は、香港語を日常会話として使ってきたからだろうか、中国語の普通語(標準語)の発音が少しおかしい。たとえば「市」に相当する [shi] という発音を標準語の発音で発音できず、日本語で「シー」に近い音で発音していた。宣誓の言葉で発音が気になっていたことも手伝い、きれいな標準語で、まるで小学生でもしっかり聞き取れるような発音でゆっくり演説した習近平の違いが、奇妙に印象的だった。ちなみに、その話しっぷりはこちらで確認することができる。

その「ゆとり」がどこから来ているのか、さまざま考察してみたが、一つには「インドとロシアが石炭などを取引するときに、実は人民元を使っていた」という事実が明らかになっていたことが6月29日のロイター報道(ニューデリー、ロイター電)でわかったことが挙げられる。

これまで、ウクライナ戦争によってロシアがアメリカを中心とした西側諸国から金融制裁を受けると、インドはルピーを使い、ロシアはルーブルを使うという具合に、互いに自国通貨で取引しようとしていると言われてきた。中国とロシアは人民元で決済している。これらのことは拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』でも詳述した。

ところが今般のロイター報道によれば、「アメリカの激しい対露金融制裁により、インドもまたロシアとの貿易決済で人民元を使用した証拠が見つかった」とのこと。

これは大変なことだ。

中国以外の国同士の交易において人民元決済が始まるということは、非西側諸国(BRICS陣営)の国同士における決済で人民元を使う傾向が強まる可能性があり、結果、人民元の国際化が進んでいくことになる。

すでにエマニュエル・トッドやミアシャイマーを挙げるまでもなく、世界の多くの知者が指摘しているように、バイデン大統領は、プーチン政権を倒すためにロシアに罠を仕掛けてきた。エネルギー資源をロシアに頼るヨーロッパのエネルギー源依頼先をアメリカに切り替えさせ、アメリカの軍事産業が繁栄を極めるために、プーチンにウクライナ侵略をするという愚かな道を選ばせたのだ。

本来なら、アメリカの敵はロシアではなく、中国であるはずだ。

しかし戦争ビジネスに狂奔するバイデン大統領にとって、NATOを強化するには「ロシアという強烈な共通の敵」がいなくてはならない。

ウクライナはまた、ロシアからヨーロッパに向かう天然ガスなどのパイプラインの拠点だ。ここをアメリカのコントロール下に置けば、ヨーロッパはロシアから天然ガスなどを輸入することができなくなり、アメリカを頼るしかなくなる。そのためにロシアによるウクライナ侵略はバイデン大統領に計り知れないメリットをもたらす。

しかし、バイデンが副大統領だった2009年から練り上げてきた戦略だった今般のこの選択は、果たして本当にアメリカに利するのだろうか?

◆ウクライナ戦争により中国に回帰する欧州

中国人民政府のウェブサイトによれば<2022年1—5月の中国の実行ベース外資導入額が前年同期比で17.3%増加している>とのこと。

韓国からの投資が52.8%増で、アメリカからの投資は27.1%増、そしてドイツからの投資が21.4%増えている。肝心のアメリカさえ、ウクライナ戦争後、実は対中投資が増えているのは皮肉なことだが。

また香港ロイター電によれば、<中国株へマネー回帰、世界的な逆風からの「避難先」>に、中国がなっているとのこと。

一方、ウォールストリート・ジャーナルはまた、<ロシアの天然ガス供給の減少は、世界最大の化学基地を脅かしている>という見出しで、世界最大のドイツの化学製品製造企業BASFが、対露制裁により生産基地を中国に移すしかないところに追い込まれていることを論じている。

さらに7月1日の中国の報道によれば、中国は合計300機ほどのエアバス購入の契約を結んだとのことである。

エアバスはフランスを中心としてドイツなどEU加盟国により製造されている航空機だ。それらを約300機(合計372.57億ドルで約五兆円相当)も一気に買い上げるのだから、欧州にとって中国はやはり「良いお客様」であることに変わりはない。

拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の帯に「笑う習近平」と書いたが、ウクライナ戦争で最後に笑うのは習近平かもしれないのである。

その自信が、演説にあの奇妙な「ゆとり」を与えたのだろうか?

◆民主を抹殺した後に残ったものは?

いや、もしかしたらあの「ゆとり」は、中国語にあまり慣れてない香港の若者への配慮だったのかもしれない。

ゆっくりゆっくり、小学生にも聞き取れるような中国語で、香港の若者に言って聞かせたという可能性もある。習近平は演説の中でしきりに「香港の若者こそが大事だ」ということを繰り返していた。若者が本土で働いてもらうための仕組みも作ってあると説明していた。香港の若者による抗議デモの再燃が怖いのだろう。

これまでなら、5年ごとに本土の国家主席が香港を訪れて演説するたびに若者たちによる抗議デモが繰り広げられていた。

それが今年は、デモ隊の姿など一人たりともいない。

民主が抹殺された後の、抗議をする若者の姿がない、きれいに整理された道路は、ふと反射的に、「チャーズの跡」を思い起こさせた。

6月30日のコラム<「チャーズ」の跡はどうなっているか? 抹殺された長春のジェノサイド>をご覧いただきたい。

そこには『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』のp.151に書いた「死体の山」の現在の姿の写真がある。以下に示す写真だ。

杜斌著『長春餓死戦 中国国共内戦の最も惨烈な包囲戦』より引用

「死体の山」があった場所で死者を弔う紙の紙幣を焼いた情景を、筆者を取材した杜斌氏が2015年に撮影したものだ。

地面に敷き詰められた餓死体の姿も、積み上げられた死体の山も、今はもうなく、そのような事実があったことさえ、完全に抹殺されている。

このきれいに舗装された写真を見た時に覚えた絶望と恐怖。

しばらく震えが止まらなかった。

中国共産党は、こうして「民の叫び」、「虐殺された民の命」を抹消して、明日へと進んでいく。

屍(しかばね)の上に築かれた繁栄。

それは戦争ビジネスの上に築かれているアメリカの繁栄とあまり変わらない。

デモ隊のいない香港の街は、きれいに舗装された「チャーズの跡」と同じだ。

この不条理をどこにぶつければいいのか。静かできれいに整頓された香港の街に、背筋が寒くなるのを覚えた。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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