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オーストラリアに誕生した「偽装反中」の新首相と習近平の戦略
オーストラリア総選挙で勝利した労働党のアルバニージ党首(写真:ロイター/アフロ)
オーストラリア総選挙で勝利した労働党のアルバニージ党首(写真:ロイター/アフロ)

21日、オーストラリアの選挙で、野党労働党のアルバニージ党首が勝利した。最近の世論動向を受けて反中寄りの発言はしているが、実は親中派。選挙中、「習近平が労働党に一票」という宣伝が与党側からなされていた。

◆政権与党は「習近平が労働党に一票を投じる看板」で労働党攻撃

21日にオーストラリアで総選挙が行われたが、最大野党の労働党が第一党として勝利した。9年ぶりに政権交代が行われることになる。党首のアンソニー・アルバニージ氏は、もともと親中であるため、スコット・モリソン首相が率いる政権与党側(自由党)を応援する選挙活動グループは、「習近平が労働党に1票を投じる看板」をトラックの三方に貼り付け、労働党攻撃を続けてきた。

以下に示すのは、4月6日にイギリスのDaily Mail(デイリー・メール)のウェブサイトに掲載された写真である。

出典:Daily Mail

中国共産党の党旗を背景に、習近平がオーストラリアの野党・労働党に投票している場面を描いたもので、「中国共産党(CCP)が労働党(Labor)に投票すると言っている」と書いている。これはすなわち、「労働党に1票を入れるということは、習近平に1票を入れるに等しい」ことを表している。

それくらい、労働党は中国寄りで、「労働党が政権を取ったら、オーストラリアは中国に乗っ取られるぞ!」と警告している選挙のためのプロパガンダ看板だ。

モリソン首相の強烈な反中主張とアメリカとの連携により、オーストラリア国民の反中感情は激しくなり、オーストラリアのローウィー研究所の調査によると2018年にオーストラリアで「中国を経済パートナーと見る人82%」、「安全保障上の脅威と見る人は12%」だったのに対し、2021年には「中国を経済パートナーと見る人が34%」、「安全保障上の脅威と見る人は63%」に変化している。

そこで労働党攻撃の材料として習近平を使うという手段に出たわけだ。

しかし、それは必ずしも、労働党に決定的なダメージを与えたわけではない。

◆オーストラリアの最大貿易相手国は中国

なぜなら、一つにはオーストラリアの最大貿易相手国が中国であることだ。以下に示すのは2019年から2020年にかけてのオーストラリアの貿易相手国・地域別割合である(出典はオーストラリア政府の対外貿易省ウェブサイト)。

出典:オーストラリア政府のウェブサイト

中国が最も多く28.8%で、アメリカは米州(北アメリカ+カリブ海諸島+中央アメリカ+南アメリカ)全体で11.6%にしか達しておらず、 中国の半分にもならない。

もう一つの理由は、オーストラリアには120万人のオーストラリア市民権を持った中国人がいるという事実だ。これはオーストラリア全人口の5.6%を占めている。

2022年4月29日~5月19日にわたって、その内の有権者を対象に地元中国メディア《今日豪州》が7,000人のネットユーザーを対象に調べたところによれば、75%が労働党に投票すると答えているとのこと。これら多くの中国系有権者は、中国との貿易によって生計を立てている者が多いので、労働党が習近平に近いというのであれば、労働党に入れようという結果を招いた側面もある。

◆本当は「親中」の新選出のアルバニージ首相

それだけではない。

実は労働党のアルバニージ党首は、今年1月に、「激しい親中発言」をしているのだ。1月25日のDaily Mailは<アンソニー・アルバニージは共産中国を人類史上最高の経済体と称賛するが、しかし選挙に勝つ者が誰であれ、超大国との関係は凍りつくような状態が続くだろう>という、矛盾に満ちたスピーチをしていると報道している。

記事を詳細に見ると、どうやらアルバニージ党首はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで以下のように中国を称賛するスピーチを行っていることが分かった。

  • 中国が貧困から「何億人もの人々を引き上げた」とことは称賛に値する。
  • これは、私たちがかつて見たことがないような大きな経済的成果だ。これは人類史上、一度も見たことがない偉大な成果だ。                      

Daily Mailはアルバニージ氏が「共産中国への湧き出る賛辞」の中で、「共産主義の権力は、経済的成功という点から大きな信用に値する」としながらも、「オーストラリアと中国との関係は、たとえ彼の党が今年の連邦選挙に勝ったとしても、困難なままである」と述べたと報道している。しかも、「それはオーストラリアが悪いのではなく、中国共産党が変わったからだ」と弁明しているという、なんとも選挙民を意識しての「どっちにでも解釈できる」、苦し紛れの言説のように聞こえる。 はっきり言ってしまえば、アルバニージ氏はこれまでの労働党同様、心の中では「中国が好き」で、「本音は親中」であるということだ。

それを選挙のために「反中という虚勢」を張っているのが見え見えなのである。

◆習近平の長期的戦略

一方、習近平はまるでオーストラリアの北東側を取り囲むように周辺諸国と国交を結んだり、安全保障を締結したりしている。それを時系列的に表すと以下のようになる。

筆者作成

これらを地図に表すと習近平の戦略が歴然としてくる。

下に示す地図はグーグルマップの画像をキャプチャーして、そこに筆者が○印と説明を加えたものだ。こうして地図に描いてみると、オーストラリアの北東に点在する島々を、ほぼ覆い尽くしていることがわかる。

グーグルマップの画像をキャプチャーして筆者作成

これが習近平の長期戦略だ。

中でも、これまではあくまでも「一帯一路」構想という経済的関係から提携を結んでいったのだが、ウクライナ戦争後、バイデン政権が「国際社会に戻ってきた」というスローガンのもと、日米豪印「クワッド」やアングロサクソン系の軍事同盟的性格を帯びる「オーカス(AUKUS)」など、何重にもわたる枠組みで対中包囲網を強化しようとしてることから、習近平は「揺れ動くオーストラリア」に焦点を当てて、じわじわと戦略を実行に移しているのである。

2022年4月、5月と、突然「安保協定」が目立っていることが見て取れる。

これが今般のオーストラリアにおける総選挙にさまざまな形で影響を与えた。この詳細を書くと、もう一本別途コラムを書かないと正確には伝えられないので、今回は省略する。少なくとも、この地図を見ただけで、影響を与えない方がおかしいだろうと、視覚的に理解して頂けるのではないかと思う。

◆習近平の「人類運命共同体」vs.バイデンの「民主主義体制と専制主義体制の闘い」

2022年5月20日、中国の王毅外相はウルグアイの外相、エクアドルの外相、ニカラグアの外相」と電話会談をした

習近平政権がアメリカの裏庭まで手を伸ばしているのは今に始まったことではないが、中国外交部のこの情報の中で、「習近平国家主席は、人類運命共同体の構築に協力し、ラテンアメリカとカリブ海諸国を含む100カ国以上から温かい反応を得ている」という王毅の言葉が気になる。

一見、中国の常套句として何でもない言葉のように見えるが、実は中国側が発している言葉の中には、必ずと言っていいほど、以下の意味合いが含めれている。すなわち

――習近平は全ての国家に対して、必ず「人類運命共同体」という概念を使って「世界各国は国連憲章に則って平等に扱わられなければならず、一部の国が第三国に対して排他的に小さなグループや小さなサークルを形成して国連憲章に背き、世界秩序を乱すことは、冷戦構造を再構築するだけで、人類の平和と安定に貢献しない。戦争を助長して人類に不幸をもたらすだけである。

習近平の外交スローガンである「人類運命共同体」はバイデンが唱えるところの「民主主義体制と専制主義体制の闘い」に対峙する概念と言ってもいいだろう。

中国がもし、言論弾圧をする国でないのなら、この言葉は少なからぬ国によって肯定的に受け入れられるだろうが、中国が言論弾圧によって統治されている一党支配の国家であるということを認識せずに、習近平のこの発信を受け止めるのは危険だ。

私など今となっては、中国に一歩でも足を踏み入れたならば、「人類運命共同体国家」によって、理由もなく空港で拘束されるであろうことは目に見えている。

しかし、その認識を持たない発展途上国からすれば、習近平の「人類運命共同体」的発信は魅力的に映るにちがいない。

一方では、ウクライナ戦争以降、バイデンの「民主主義体制と専制主義体制の闘い」という概念は、戦争を煽り、人類に災いをもたらす「裏の目的」を孕んだものであることが露呈しつつある。ウクライナ戦争によって利益をむさぼっているのはアメリカの軍事産業であり、LNG(液化天然ガス)などのエネルギー産業だ。アメリカの戦争ビジネスが、人類に災禍をもたらしている。

そこにメスを入れる勇気を、人々はなかなか持てないでいる。

しかし、日米豪印「クワッド」の虚実とともに、バイデンが唱える「民主主義体制と専制主義体制の闘い」が内包している危険性(戦争ビジネスの手段)からも目をそむけないようにするのが、日本国民の「良心」なのではないかと期待したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(7月初旬出版予定、実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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